真説・長州力 1951‐2015 田崎健太

真説・長州力 1951‐2015

真説・長州力 1951‐2015

 

端っこがいいんです

[上座をすすめると]
「ぼくはいつもここです。端っこがいいんです」(略)
「中学校ぐらいから、ぼくはいつも端っこでしたね。なるべく後ろ側の端っこ(略)
「旨い酒でも楽しい酒でも、いつか底が見えますよ(略)
やっぱり勢いがいいときは、どんな仕事の世界でも旨い酒を飲めます。でも、いつまでも旨い酒は飲めない。だんだん透明になって底が見えてきた。(略)ああ、ぼくは底が見えていますね。(略)だから缶珈琲で割ってしまおうかと」
長州は泡盛を珈琲で割った

ジャンボ鶴田

[新日も狙っていたが]馬場は彼の父親が入院している病院に行って枕元に見舞金を置き、鶴田の心を摑んだ(略)
同じ轍を踏むまいと、新間は自ら[長州に]会って説得することに

契約金300万円

 契約金は全額、専修大学レスリング部に渡った。(略)
 監督の鈴木も金を受け取ったことを認め、「あいつには悪いことをした。ピンハネだもんな」と大笑いした。
 「貧乏な学生が多かったから、あれは助かったよ。当時の金で300万っていったら大きいぞ。でも彼の前でやったことだから、彼が納得して渡した。そういうところはあいつはさっぱりしているからな」
 光雄は契約金を専修大学に寄付したと新間が報告すると、猪木は感心したように「吉田というのは、ここがいいな」と胸を指さした。

ゴッチとの決裂

「その前にドイツで失敗してるから。あんまり“固いこと”やったってしょうがないなっていうのはありましたね。
 固いとは、関節技や寝技の練習を指すと思われる。
(略)
 〈まあ、関節技はアマレスにないから手や足を出しちゃえば、獲られちゃう。でも、その前段階で俺を倒せる人間、寝技に持ち込める人間はいなかった。
 関節獲るのってメチャクチャ楽なんだ。すぐに覚えられたよ。ただ、倒す技術っていうのはなかなか身につかない。覚えるのはしんどいよ。だから、レスリングをみっちりやってきた俺を倒せる人間はいなかったな。それは自信持ってた〉
(略)
[ゴッチと決裂し6歳年上のタイガー]服部がレスリングと柔道を教えていたジムに入り浸るようになった。そんな彼を見かねたヒロ・マツダはフロリダ近辺の試合に出られるように手配してくれた。
(略)
 日本に帰らず、このままカナダに居続けるのも悪くないと光雄は思っていた。日本への未練はなかった。
[しかしアリ戦の負債でNETの実質子会社となった新日に呼び戻される]

参考になった猪木の言葉

――リングサイドから五列目までは(試合をしながら)全部見ているからな。
 リングサイドの観客を“捕まえ”れば、池に石を投げ込んで水紋が広がっていくように、会場全体の客の心を摑むことができるというのだ。
 「大きな石だとドボーンッて早く波が終わってしまう。ポーンと投げて輪を静かに大きくしていく、そんなような感覚ですね。それは大きな会場でも小さな会場でも関係ないんですよ。その点で猪木さんは天才でしたね。完全に(観客に対する)指揮者でした」
 長州は猪木のセコンドに付くときは、猪木のちょっとした動き、表情に目を凝らした。
 「あの人はロープ際に行っても、絶対に下を向いていないです。頭を上げて、じーっと客と目を合わせますよ。自分の凄く苦しんでいる顔を見せる。ぼくはそういう風に見ていましたね。あの人は顔から指の先まで使って客を捕まえる」
 猪木さんは、指の第一関節だけで苦しみを伝えることができる、と長州は人さし指を曲げてみせた。

新日のマークは藤波と小鉄で考えた

小鉄さんが紙の上に丼をひっくり返して、丸を書いた。そこにキング・オブ・スポーツ、ニュー・ジャパン・プロレスって」(略)
「あのライオンマークを見るたびに思いますよ。最終的にはデザイナーが仕上げたんですけれど、これは俺らがあのときに考えたマーク。確かに完璧ですよ」

佐山聡と長州、それぞれのシュート

[佐山談]
 「コレ(シュート)がない人たちはドッタンバッタンするしかない。コレがある者同士だと暗黙の了解というか、流れがパパパパッと格闘技になるんですね。それがぼくらのプライドだったんです」
 「つまり、表に出ているプロレスの部分とシュートが一対になっていれば問題なかった?」(略)
プロレスを納得できたということですか?」
 「できましたね。だけれども矛盾はあるわけで」
(略)
 「長州さんが悩んでいたのは、セメントのことではなくて、“プロレス道”のことだと思うんですよ。長州さんはセメントには関心がない。長州さんはもの凄いプロレス道を持っているんです。それはアマチュアレスラーとしてのプライドがあるからかもしれません。長州さんはこっち(関節技)の方ははっきり言って必要ない。長州さんにとってのコレ(シュート)はプロレス道。ぼくらのプロレスに対する思いと長州さんの思いは道う。でも、コレ(シュート)は同じ」
(略)
「[長州の技の数は少ない]それをもの凄い迫力にしてしまうのが長州さんです。闘いの迫力というかね」
 佐山は長州が「客から笑われることだけは絶対にするな」と口酸っぱく言っていたことが記憶に残っているという。

噛ませ犬事件

[画策したのは誰か。びっくりして止に入って初めてリングに上がったくらいだよと新間は否定]
[試合当日]大塚が渡した対戦表を見た猪木は「面白くもおかしくもないなぁ」と呟いた。(略)
「凱旋帰国って言ったってな……。シックスメンか」と言うと黙ってしまった。面白くないと言うからには何かやるのかなと予感しながら大塚はその場から立ち去った。
 長州と藤波の仲間割れが始まったのを見て、大塚は、ああ、こう来たかと思った。
(略)
 「仕組んだというのは……アントニオ猪木でしょうね。うん、仕組んだとしたら。(略)
いいときに空ける、タイミングのいいときに空けられると、みんなが酔いしれる」[とメキシコから帰国した時にワインの喩え話をされた](略)
なんか俺に対して布石を打つというか(略)このままでいたら……お前また一年同じことをやったら終わるぞ(略)
「何をやれという(具体的な)ことはまったくない。(略)
会場に入ってトレーニングしているときに呼ばれて、それに近いことを、布石を打たれるような……」
――そのときは、ピンと来るものがあった。
 「ああ……俺にしたって、自分なりには分かってきていた。(でも)俺の感じを本当にどこまで出せと言っているのか。じゃあ、何をやってもいいのか、どこまで受け止めていいのか分からない。(略)
俺だけの解釈じゃ、相手は絶対に戸惑うというか、成り立たないわけなんです。でも成り立たないところに闘いが見えるんじゃないか(と思ったり)……。(略)
そういう感情を毎日出していたら、とんでもないことになってしまう。それはできない。でも最初のインパクトを摑むには、個々の感情の一発目で決まることなんですよ」(略)
「それが後楽園。引き金を引いたのはぼくです。でも撃鉄を上げたのはぼくではない」(略)だから怖いんですよ、あの人」(略)
“あー、俺は今、カミングアウトしている、自分の(素の姿)と違うな”という感触はありましたね。猪木さんもここまで出るとは思っていなかった」(略)
 藤波に、仲違いすることを承知していたのかとぶつけると、「ぼくは知らない。もしそういうのがあったとしてもぼくは知りたくない」と激しくかぶりを振った。
 猪木はかつて自分の付き人だった藤波の愚直なほど真っすぐな性格を熟知している。(略)
 どこまでやっていいのか探っていた長州、まったく知らなかった藤波。その噛み合わなさ、たどたどしさが二人の関係に緊迫感を与えた。
(略)
[その後のアメリカ行きは]
「あれは半分“シュート”でしたね。半分ですけど。会社とうまくいかなかった部分がありますね」(略)
[藤波とガチで険悪になり試合が成立しない]ほとぼりを冷ます必要があった。(略)
「マサは向こうで顔だから、一緒に行動してみろ。そしてビンスにも会ってこい」
新間はそう言うと経理担当者から数千ドルを引き出させて長州に渡したという。
(略)
[オフでも男前にヒールを演じるマサ斉藤にしびれ、プロレスラーとして覚醒した長州。このままマサとサーキットしてもいいとさえ思ったが、呼び戻され維新軍結成]

アニマル浜口

 「レスラーっていうのは一人でやっているわけじゃないんです。みんなで波を起こさないといけない。ただ、全員で波を起こして、最後に乗る奴は一人。この業界、高い波に乗れるのは一人しかいない」
 そして長州は「その感覚が鋭くなったのは、浜さんと組んでからでしょうね」と付け加えた。
 「直接言ったことはないですけれど、うわー、浜さん、ぼくのために一生懸命波を起こしてくれているというのは分かりましたね。乗ったら乗ったで、またこれもしんどい。高い波に乗った奴は綺麗なものを見せなければならない。勝っても負けてもしんどい。ぼくは波を立ててくれた浜さんのためにも波に乗ってあげないといけないという感覚です。ぼくができることは、(長州を支える)アニマル浜口は最高だというイメージをつけること。それがぼくの報い方でしたね」

大塚直樹の営業方法

 大塚の地方営業のやり方はこんな風だ――。
 見知らぬ土地に行くときは、街で一番名前の通ったホテルに泊まる。ただし、そのホテルで最も安い部屋だ。風呂が付いていなくともよい。きちんとした宿に泊まっているかどうかで信用の度合いが違ってくる。宿泊客はロビーなどの施設を無料で使うことができるので、結果として安上がりなのだ。
 足となるのはレンタカーである。もちろんレンタカーの事務所では興行のポスターを張ってくれと頼む。そして地元の商工会議所に飛び込んで、一帯の情報を頭に入れると、地道にスポーツ用品店、煙草屋などポスターを張ってくれそうな場所をしらみつぶしに回っていく。多くの人が集まるスーパー、百貨店も重要だ。とにかく人を繋げてもらうことだった。
 日が暮れると、糊の入ったバケツをぶら提げて、ひっそりと宿を出る。ひたすら電信柱、歩道橋にポスターを張った。まずは街で最も大きな通りから始める。大切なのは、一晩で一つの通りを張り終えることだ。翌朝、ポスターで埋め尽くされた道に、通行人ははっとして、プロレスの大会があることに気がつく。
 そして次の夜は別の通りで同じように張っていく。もちろん警察の目を避けて、である。勝手にポスターを張るなと、新日本プロレスの事務所に抗議の電話が入ることもあった。大塚は謝るのは本社の人間の仕事だと割り切っていた。
 改装中のパチンコ屋に入り、こう頼んだこともある。
「サイン会でも玉売りでもなんでもやりますから、チケットを買ってくれませんか?」
 そして開店日に合わせて、猪木を連れていった。30分ほどパチンコ玉を売った後、猪木はそっと大塚を呼んで耳打ちした。
 「ボウリング場とかスーパーの屋上でサイン会でもなんでもやるよ。でもパチンコ屋で玉を売るのはなあ……」
 今度から気をつけますと大塚は頭を下げた。

  • クーデター

山本小鉄がクーデターを起こしたのはアントン・ハイセルに金が流れただけではなかった。坂口が新日入りして、自分がNo2じゃなくなった。坂口が地方興行の現場を仕切ったら経費をどんぶり勘定の山本の半分にしたので、以来、猪木&新間は坂口に任せるように。山本の仲人をした中村パン社長から三億出すという口約束を貰って新団体設立の野望を抱く小鉄。36歳までに独立したい大塚。プロレスを辞めたい佐山。猪木不在の巡業中に相談。

 とはいえ、みなが猪木と新間に対して事を構えることには及び腰だった。
――2対50でも勝ち目はない。出て行けと言われるだろう。
 追い出された場合、新団体を立ち上げようと山本が話をまとめた。
 新団体の仮名は「ワールドプロレスリング株式会社」――社長に山本、副社長に藤波、専務に佐山、常務取締役に永源。取締役にはキラー・カーン、長州、星野勘太郎たちを充てることになった。
[しかし、役員に自分が入ってないことに不満を抱いた佐山のマネージャー、ショウジ・コンチャが佐山を連れ勝手に新日離脱。別行動でテレ朝から出向していた望月和治がロスから戻った猪木を空港で捕まえ、猪木らが辞めないと、大塚&レスラーが辞めると談判。一旦山本&テレ朝出向役員二人のトロイカ体制となったが、テレ朝専務三浦甲子二が猪木坂口が新団体作っちゃうぞと激怒、結局、猪木坂口が復帰。巡業に出た猪木は藤波を呼びつけクーデターの全容を聴取。]

谷津嘉章

[最初の宴会で、皆は水で谷津だけは酒という洗礼を受けていきなりプロレスに幻滅。付き人を免除されたせいか他の若手から嫌がらせ。坂口が気を使って同じレスリング出身の長州と同部屋にしてくれたが]
「長州は新日本プロレスの流儀はこうだと教えてくれなかった。(略)ほかのレスラーはともかく、長州力には教えてほしかったなと」(略)
[デビュー戦で流血の赤っ恥]
「[史上最強重量級選手と]お金をかけて持ち上げておきながら、最後に首を取るというのが猪木さんのスタイルじゃないですか。猪木イズムはオリンピックより凄いんだ、プロレスは厳しいんだ(略)だからあれだけ持ち上げられて、あんだけ流血させられたんですよ。でもしょうがない。俺は1500万円で自分の軀を売っちゃったんだから。何をされてもね」
(略)
[フロリダに行ったが試合は少なく金欠。助けてくれたのは全日のレスラー]
 「ハル薗田とかは、“谷津ちゃん、アメリカ来たら、新日本も全日本もないよ”って言ってくれたりね」(略)
 「ジャンボの方が、長州よりもよっぽどプロレスのことを教えてくれる。それで俺は全日本の方が面白いな、みんな優しいなと思って」
(略)
[しかし新日から長州軍入りの指令]
形としては、俺と意気投合して、長州が日本に連れてくるというアングルだった。(略)
 「長州から“おー谷津、これから頼むよ。お前入ってくるんだよ”って言われた。こちらは、ああそうですかって、そんな風にやるって決まっているから、しょうがないじゃん」
 このとき、長州から「谷津、プロレスは面白いよ」と晴れ晴れした表情で言われたことが谷津の記憶に残っている。
 「その頃、なんか彼は(プロレスに対する)悶々とした気持ちが吹っ切れたんじゃない?」

新日本プロレス興行」

[辞めるという大塚を引き止めるため、テレ朝との関係がこじれた時のためにと作った「新日本プロレス興行」という自分の会社をやると猪木。大塚は新日系列の興行会社だという認識。藤原が長州を襲撃した札幌の試合は大塚の興行だった。タイトルマッチを望んだ大塚への猪木の嫌がらせだと大塚は考えてるのだが(猪木は要望に応えて盛り上げようとしてくれただけじゃないのか?と引用者は推測)。さらに8月の田園コロシアムを押さえたら新日がそれは無理と難色。憤る大塚に馬場から誘い。]
「あなたは俺の一番嫌いな人だったんだ」(略)
「だって、うちの会場の前で宣伝カーを流すのはあなたぐらいしかいないもの。そのくらいやる奴をうちの社員でも欲しかったよ」(略)
「今日会っていただいたのは、うちの興行を一試合でも二試合でもいいから買ってくれないかと思って」
[ありがたいと応じた大塚。提携したという記者会見していいかと、翌日、馬場から電話。]
自分と猪木との間にできた隙間を利用して、新日本を挑発するつもりだと大塚は勘づいた。しかし、敢えてそのことには触れずに「お任せしますよ」とだけ答えた。(略)
[当然新日側から色々言ってきたが]
「うちは親日の子会社ではないし、興行会社として頼まれれば受けるしかない。ぼくから断ることはできません。ましてや馬場さんはプロレス界の先輩ですからね」[と冷たくあしらった]
(略)
田園コロシアム全日本プロレスの大会を行うことになった。
 この大会で大塚は、新しいタイガーマスクをデビューさせている。すでに新日本プロレスと原作者の梶原一騎との契約はなかった。大塚は梶原のところに何度も通い、「二代目タイガーマスク」を作ることを認めてもらった。(略)
もはや新日本との関係は修復不可能だった。
[竹田勝司がポンと1億4千万出してくれたので長州らを引き抜き社名を「ジャパン・プロレスリング」に変更。]
 馬場とはホテルのラウンジで待ち合わせしていた。馬場は興味津々に「ちょっと1億4千万というのを見せてくれる?」と言って、金の入った鞄を開けた。
「うーん、ほーっ」
馬場は札束を見て驚いた顔をした。

ジャンボ鶴田

[人生で印象に残っている試合は?との問いに、真っ先に鶴田のシングル初対戦を挙げた]
 「一番つらかった、プレッシャーがかかったのがジャンボさんとやったときですね。自分のスタイルでやるのか、ジャンボさんのスタイルでやるのかという。ぼくがあれ(鶴田のスタイル)でやっていたら、波がなくなったかもしれない。ぼくはジャンボさんを乗っけたと思うんですよね。ぼくの周りには一生懸命、波を起こしてくれる人がいた。鶴田さんのために波を立てる人がいなかったのが全日本だったのかなあと思いますよ。鶴田さんは波を立ててもらえないで、一人であれだけの仕事をやってきたというのは凄い人だなと思いましたね。(レスリングの)先輩ですからね」

新日復帰

[離脱でピンチの新日、レスラーは契約があるから、せめて営業だけでも戻ってくれないかと大塚に接触。猪木坂口との会談へ行くと察知した長州が合流。猪木に会うからと派手な装飾品をはずす長州に驚く大塚]
「おうっ、長州」と言って猪木は長州の手を強く握った。長州は背筋をぴんと伸ばして、直立不動になった。(略)
[しかし怪しい雲行き]
「倍賞鉄夫が長州の個人事務所を通じて一本釣りしようとしていた。(略)[倍賞と長州は飲み仲間]
「倍賞はぼくに戻ってほしくなかった。ぼくがいると自分の立場がないでしょ?だから長州だけを戻そうと動いた
(略)
[新日の接触以前から亀裂はあった。会長の竹田名義で購入した自社ビルの土地がバブルで7倍に高騰。レスラーが竹田に不信感。移籍金で潤ったレスラーと違い、興行ではあまり儲かっていない大塚は土地の件を問題にするレスラーに苛立つ。さらに山口組抗争でチケットの大口捌き先がなくなる]
(略)
 「(全日本では)すごく良くしてもらったんです。ただ、若かったし……マサさんにはギャンブル性みたいなものがあるじゃないですか」
 長州は斎藤から「稼げるのは今のうちだぞ」と叱咤されたという。
 「お前は黙って俺についてくればいいんだ、と。この頃はもう駆け引きの話ばっかりでしたね。新日本は佐山たちが出ていった後だったので、埒が明かない状態だった。全日本との契約が残っていたんだけれど、マサさんは“リングに上がっちまえば、そんなのは関係ないんだ、それでも欲しいというんだから、新日本にケツを持たせればいいんだ”と。マサさんの駆け引きは凄かったですね」
(略)
 谷津嘉章はこの時期、長州と共に猪木と会っている。
 「猪木さんからは、お前らが帰ってくるならば一億円出してもいいと言われた。長州は、“俺とお前とタイガー服部とマサさん、あとはいらない”と言った。一億円を分けるのならば、人数が少ない方がいい。でも俺は、そんなの行ってもしょうがないでしょうと。それで長州の家で監禁されて朝の三時か五時までずーっと一緒に来い、来いって言われた。でも俺はうんとは言わなかった。(略)
俺が行かないのが分かったから、みんなを招集したんですよ。彼は一人ではできない。長州チームを作らなくてはならないんです」
(略)
[だが長州は谷津の話を否定]
 「(略)ぼくが戻るときには、みんなが戻るという条件です。それは間違いなく一貫しています。何人かだけ戻るというのを考えたことはないですよ」

次回に続く。

長州力 最後の告白

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真説・佐山サトル タイガーマスクと呼ばれた男
 

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