操られる民主主義: デジタル・テクノロジーはいかにして社会を破壊するか

操られる民主主義: デジタル・テクノロジーはいかにして社会を破壊するか

操られる民主主義: デジタル・テクノロジーはいかにして社会を破壊するか

 

「私がミスター・トランプになりきって書いていたのよ」

 広告配信にかけてフェイスブックがきわめて効果的なメカニズムであるのは、ユーザーを微細に細分化してターゲットにすることができるからである

(略)

 選挙運動中、プロジェクト・アラモでは、約七〇〇〇万ドルがフェイスブックの広告に使われ、広告は一日あたり一〇〇本にまで達し、それぞれの広告のバージョンが数千にまで及ぶことも少なくなかった。そして、どのバージョンがいちばん効果的だったのかを知るため、絶えず微調整が繰り返された。(略)

フェイスブックはたしかに効果があった。これまで手の届かなかった相手にも、手を伸ばすことができるようになった」とブラッド・パスカルはこたえている。「テレビのCMでは、こんな真似は決してできない」

(略)

重要なのは誰もがみな同じメッセージを受け取ることであり、そうでなければ、他の人間がどんなメッセージを受け取っているのかは少なくとも知っている必要がある。知っているからこそ、同時代の問題をめぐって私たちは議論を交わせられるのだ。誰彼かまわず送られ、個別化されたメッセージしか受け取れなければ、公開討論が共有できなくなってしまい、何百万という烏合の衆にすぎなくなる。(略)

過剰な個別化によって、政治家はそれぞれの“ユニバース”に対し、てんでんばらばらに誓約をしてしまうことになる。誰の目にも見えて、理解できる明らかな公約がひとつとして存在しなければ、私たちはどうやってその責任を問いただすことができるのだろう。そして、その人物が、まぎれもない本物のトランプだとそもそも知ることができるのだろうか。

 プロジェクト・アラモを訪問したときのことである。
 「フェイスブックのミスター・トランプの投稿は、ほとんど私が書いたのよ」とテリーザが教えてくれた。目が点になった。あれはトランプ本人の投稿だと私はずっと思い込んでいた。読んだのは一度や二度のことではない。あの書き方はまぎれもなくトランプ本人のはずだ。だが、実はそうではなかった。投稿を繰り返していたのは、サンアントニオのオフィスのデスクに座っていたテリーザだったのである。
 「私がミスター・トランプになりきって書いていたのよ」と、テリーザはにこやかな顔で話している。「どうやれば、ドナルド・トランプのような人間になりきれるんですか」と問い返した。「そうね、『私を信じてほしい』『おまけに』『とても』という言葉を繰り返すこと(略)。ミスター・トランプはこの手のものを書かせたら最高よ。本当にわくわくする文章だわ。やっぱり、本物は違うわね」。自分で口にしている皮肉に彼女は気がついていないようだ。

(略)

こうした政治家は、そよ風が吹いても激しくはためくような人間で、矛盾する発言を何百と口にして、都合がよくなるたびに変心を繰り返す。

(略)

 たぶん、未来の政治家とは、この手のタイプのように、理念には乏しいが、論点をぼかし、曖昧模糊とさせることにかけては抜群の才能がある者かもしれない。選挙陣営のスタッフが候補者に向かい、相反するメッセージを前もって何百と用意しておけと言っている光景が目に浮かぶ。そうすれば、聴衆ごとにこうしたメッセージを浴びせられる。(略)

その広告は機械生成によって標的が完璧に定められた広告で、精巧に調整され、格別のタイプの人間や心的状態に訴えるようにして送りつけられる。

接戦の選挙

 二〇一六年は双方ともに人気がない候補者による、どちらかと言えば接戦となった選挙で、しかも主要な注目州の数も限られた選挙だったが、そのなかにあってプロジェクト・アラモの決心は揺るがなかった。

(略)

 大量のボットを投入したり、荒らしたりするトランプらしい論争をネット上で引き起こしたが、それらも十分にうまくいった。最終集計が公開されてみると、投票総数六〇〇万票のペンシルベニア州では、トランプは得票差四万四〇〇〇票で勝利し、ウィスコンシン州は得票差二万二〇〇〇票、ミシガン州は一万一〇〇〇票の差だった。いずれも僅差にすぎず、それぞれ有権者の一パーセントにも満たない。その彼らがヒラリー・クリントンを支持していたら、予想通り、大統領に選出されていたのはヒラリーだったはずだ。

デジタル・テクノロジーが「独占」を生む

 一九九〇年代、多くの者が、インターネットによって独占は消滅し、ネットは独占を生み出さないと予言した。デジタルに関しては、同時代の第一人者や未来学者が繰り返し説いていたことから、ネットは脱中央集権的で、新たに結びつきながら、必然のなりゆきとして、競争原理が機能する分散型の市場が成立するという考えが広く支持されていた。(略)

クリス・アンダーソンのような影響力を持つ人物がこの現象を“ロングテール”と提唱すると、みな熱心に耳を傾けた。
 いまとなっては、デジタル・テクノロジーの本質とは、独占を阻むのではなく、むしろ作り出す点にあることは明らかだ。

(略)

[「厚みに乏しいロングテール」の脚注]

(略)ブロックチェーンの提唱者の話に帯びるのは、一九九〇年代の技術楽観主義者と非常によく似た響き[だが、実際は](略)

ごく少数の人間が不釣り合いなほど大量のビットコインを所有している。

企業による世論操作

巨大なデジタルプラットフォームというインフラを所有することで、企業はさりげないが有益な形で公的な論議の調整や喚起という、過去にはなかった機会を与えられるようになった

(略)

[ロンドン交通局が「企業としての責任の欠如」を問題視してウーバーの営業免許更新を却下すると]

不思議なことが起きた。ウーバーはチェンジ・ドット・オーグでオンライン請願書の署名を集め始め、膨大な利用者層を反対運動に巻き込もうとした。

(略)

ウーバーの利用規約は最近アップデートされ、「ウーバーは、ウーバーのサービスに関連する選挙、投票、住民投票ならびに政治的および政策的手続きに関する情報をユーザーに提供するために、当該情報を使用する場合があります」という一文が加えられている(略)。
 ウーバー程度の規模の民間企業でも、開かれた議論の仕組みと内容に関してこれだけの力が発揮できるのだから、どんな情報を私たちが受け取り、どうコミュニケーションするかは、まったくもって尋常なことではないと私には思える。この力がいかに貴重で、物議を醸すものかテクノロジー企業も承知しており、魔法の杖は控え目に振っている。
 二〇一二年、「オンライン海賊行為防止法案(SOPA)」がアメリカ下院に提出された。(略)
 しかし、グーグルはこの法案の制定に正面から異を唱えると、サイトのフロントページを使い、法案の存在を知らしめた。四六時中サイトを訪問するユーザーに向け、グーグルのロゴのうえに大きな黒い箱を置き、「下院に対して声をあげよう――ウェブの検閲はやめてください」というリンクを貼った。ここをクリックして署名、法案を廃案にせよという請願が下院に送られる。もちろん、何百万という人間がクリックしたので、下院のサーバーはダウンした。法案は結局廃案となった。
 ウェブの検閲阻止は晴れがましい目的だが、検閲阻止はグーグルの商売上の利益にもかかわる問題ではなかったのかと、ふと思いやることがある。ホームシェアリングのウェブサイト、エアビーアンドビーはこれをさらに一歩進め、数百万ドルを投じ、「ホームシェアリングクラブ」という草の根運動を展開するコミュニティーを組織した。「コミュニティー」という言葉はほのぼのとして、つねに人の警戒心を解いてしまうが、「ホームシェアリングクラブ」は、地域の規制と戦うことも辞さない、「人と人の結びつきによる、強固な政治的主張団体」だ。「オンライン海賊行為防止法案」がグーグルによって廃案に追い込まれたように、この“コミュニティ”も二〇一五年、短期の宿泊者に影響を与えかねない法案の不成立にひと役買っている。

カリフォルニアン・イデオロギーの実態

 巨大テクノロジー企業は何年もの時間をかけ、カリフォルニアン・イデオロギーに入念な磨きをかけてきた。かれらは(略)巨大企業だが、反エスタブリッシュメントだと言い張ってきた。データ抽出と監視資本主義をビジネスモデルにしているにもかかわらず、人々に解放をもたらす、胸躍るテクノロジーを推進していると称している。ありあまる富を持つ白人男性が支配していながら、口にするのは社会の正義と平等だ。

(略)

 富裕な企業は(略)ふんだんな予算を使い、シンクタンクやTEDトーク助成金あるいは後援者や予算や顧問の活動を通じ、個人や同じような世界観を持つ理念に働きかけて拡大を図っている。さらにシンクタンクや研究所の設立を通じ、さり気ないが確実な方法で、テクノロジーをめぐる世間一般のイメージのバランスを調整している。

(略)

 最近、ある国会議員が国民健康保険はウーバーのように運営されるかもしれないと言っていた。別の誰かは、一夜の宿を必要とする病人に、エアビーアンドビーよろしく部屋を貸し出せばいいというアイデアを売り込んでいた。天よ、われら皆を救い給えというわけだ。
 独占の完全なる勝利は、経済や政治だけでなく、私たちの常識や理念、ありうべき未来さえ覆い尽くす。そうなったとき、巨大テクノロジー企業はもはやロビー活動や競合他社を買収する必要さえない。彼らはひっそりと私たちの生活や心のなかに入り込んでくるので、彼らなしの世界などもはや想像できなくなっている。

ディストピア

 一方、ディストピアのシナリオでは、中央政府は適正に機能する能力を少しずつ劣化させていく。不平等はますます高まり、技術という技術、富という富が結局ごく限られた者たちに独占され、その他大勢の人々は、勝者に仕えることでかろうじて糊口をしのぐよりほか生きる手立てはなくなる。政府は正統性と権力、そして国民に選出された議員としての権利を失っていく。秩序は緩慢な死を遂げていき、作家アインランドの『肩をすくめるアトラス』に描かれているように、金持ちは堅く守られた砦のなかに身を隠していく。
 これはある男が、別の夢想のなかで待ち望む悪夢だ。ティモシー・メイのような筋金入りのクリプトアナーキストにとって、このシナリオは必然であり、国家なきあとの仮想通貨のパラダイスと、ボーダーレスな仮想コミュニティーヘと至る道に向かう、歓迎すべき一歩なのだ。
(略)

 格差の拡大が社会にもたらす影響は、社会そのものの分断だ。社会は異なるコミュニティーエスニック集団から構成されるようになり、職業、教育はもちろん、オンラインにしてもオフラインにしても、その生活は決して交わることはない。(略)

第5章で独占について説明したように、ある時点で政治は技術エリートたちによって壟断されてしまうのだろう。

(略)
 これで民主主義が崩壊するわけではないとはいえ、過剰な緊張をはらんでいくのはまちがいない。高止まりの不平等、社会の分断、低迷する経済、ひ弱で無能な政府など、いたるところで緊張が高まっていく。ここから向かう先は、先程のユートピアディストピアのいずれのシナリオでもなく、行きつくのはむしろ、蠱惑的な魅力を放つ、新たな権威主義的政治への傾斜という、民主主義にとってはむしろ危険な状況のように思える。 

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熟議が壊れるとき: 民主政と憲法解釈の統治理論

熟議が壊れるとき: 民主政と憲法解釈の統治理論

熟議が壊れるとき: 民主政と憲法解釈の統治理論

 

 まず、巻末の編者解説から先に

意見や利害の異なる多数の人々が社会集団を作り、長い期間にわたって運営していく必要にせまられたとき、しばしば私たちは二通りの方法を活用してきた。(略)

一つは(略)集団の分裂や解体を防ぐために共有しておくべきことがらを書きとめ、他の決定に優先して守っていくというやり方。もう一つは、新しい取り決めが必要になるたびに合議にはかり、オープンな議論を経た決定には誰もが(個人的には反対であっても)従っていくというやり方である。――「国家」という政治社会の運営にあてはめるなら、いうまでもなく前者は立憲主義の方法、後者は民主主義の方法だ。(略)

両者はそれぞれよく似た困難を抱えてもいる。(略)
司法を担う人々は選挙で選ばれたわけではない。しっかりとした民主的基盤をもたない彼らの判断に、人々はなぜ従わねばならないのか。(略)

他方、民主主義の擁護者は、政治的な討議と決定そのものへの不安をいつも惑じていた。多数派の専制と少数派の排除・抑圧、集団的な熱狂、公益とかけ離れた妥協や利害調整に陥ることなく、立法機関は公正で思慮のある決定を下せるのか。

(略)

本書の著者、キャス・サンスティーンが一九九〇年代はじめに司法ミニマリズムと熟議民主主義という旗印を掲げて登場したとき、彼もまた、立憲民主制の可能性と足場を見定めようとするこの企ての伝統に加わっていたといえる。
 憲法解釈の手法について、彼は「広くて深い」裁定(略)を避け、コモン・ロー的な類推解釈を用いて一つひとつの具体的な紛争解決に専念していこうとするミニマリズム的な姿勢こそが、これまでの裁判所のふるまいに合致するし、利点も多いのだと主張した。また民主主義については(略)共和主義の理念に根ざした熟議民主主義の構想、政治参加者の相互批判と相互学習に力点をおく民主主義のとらえ方を強く擁護した。

(略)

 しかしサンスティーンの本領は、むしろそのあと、発揮される。彼はやがて、それまで擁護してきた自分の見解の弱点をすすんで認め、その価値を相対化する議論をみずから精力的に展開しはじめたのである。
 曰く、ミニマリズム憲法問題に取り組む裁判官が全面的に受け入れるべき解釈手法ではない。重要な政治的局面で裁判官に態度表明を控えさせ、深刻な不正の存続を許してしまう場合があるからである。またそれは、司法機関に余計な負担や責任を負わせないという口実のもと、それを裁判所以外の部門――たとえば熟議の過程――におしつけてしまうかもしれない。

(略)

 また熟議という方法も、いつでも必ず望ましい政治的決定をもたらしてくれるわけではない。(略)

内輪だけの閉鎖的な議論では、全体の流れを覆すような情報が提供されにくく、そこに水を差すような異論の表明も抑えこまれがちになる。参加者はつい、互いに受けのいい話ばかりを披露してしまいやすいのだ。このとき熟議は、たんに参加者の思い込みを補強し、いっそう極端な方向へとエスカレートさせるだけの装置になりかねない。

(略)

 とはいえ、彼は司法ミニマリズムと熟議民主主義の理念や理論を放棄したわけではない。彼はただ、これら特定の理論の擁護や推奨から、複数の理論の使い分けをうながす。

(略)

いついかなるときでも無条件に望ましい手段というものは存在しない。そして、憲法解釈の理論も民主主義の概念も、私たちが自分たちの社会のためのよりよい決定をするための道具にすぎないのであって、万能の手引きのように思い込むべきではないだろう。 

 第1章 熟議のトラブル?

集団極化 

 集団の構成員が互いに重要な点で似通っていると考えている場合、あるいは彼らを結びつけるなんらかの外的要素(たとえば、政治的立場、居住地域、人種あるいは性別)が存在する場合、集団極化の度合いは高まる

(略)

他と不和を生じている集団の構成員たちは、集団の内部だけで会話する傾向があり、それによって自分たちの怒りを煽り増幅させ(略)凝り固まった見方をするようになる。

(略)
 ティムール・クランは、国際的に広く生じている「民族化」現象について調査した。(略)民族紛争の要因は、長年抑えられていた恨みが呼び起こされたことにではなく、評判カスケードにあったというものである。その過程では、民族性を確認する行動に加わらないことに対して評判上の制裁が与えられ、その要求は、時間とともにカスケードに加わる人が増えるにつれて、厳しいものになっていく。人々はまず、民族衣装を身にまとうことを求められる。次に、儀式に参加し会合に出席することを求められ、さらに、他民族と距離をおくことを求められる。このように、「民族性の色濃い活動にともなう恐怖や敵意は、そのもともとの原因から生じたのではなく、民族化から生じた可能性がある」。

第3章 司法ミニマリズムを越えて 

浅さと狭さ

 むずかしい決定を迫られると、人はミニマリズムの方に傾きやすい。(略)一つの大きな決定を下すよりも、複数の小さな決定を積み重ねたがるのである。

(略)

裁判官は、しばしば浅い根拠をもった判決を好む。それは、根本的な問題について合意がない場合でも、多様な人々が合意できるような結論と論拠を生み出せるからである。

(略)

 ミニマリストの裁判官はまた、狭い法的判断を好み、あえて危険を冒して当座の問題以上の事柄に踏み込もうとはしない。

(略)

 浅さと狭さはきわめて異なった概念であることに注意しなければならない。たとえば、浅いけれど広い決定を考えることができる。人種隔離をつねに禁止しつつ、それがなぜ不正なのか、なんら深い説明を与えないような見解がありえよう。逆に深いけれど狭い決定というものも考えられる。たとえば、言論の自由の原理についての大がかりな理論を展開しつつ、そこから特定の政治的異議申立てに関する検閲だけを禁止するような場合もありうるだろう。無論、浅くかつ狭い決定もあるし、広くかつ深い決定もある。

空虚さ、浅さ、概念的下降

人々が憲法理論について合意できない場合でも、憲法的実践や憲法上の権利について合意にいたることは多い。言い換えれば、うまく機能している憲法秩序とは、完全には理論化されていない合意を通じて問題を解決しようとするものなのである。

(略)

個別の事案については厳しい対立があるのだが、抽象的な理念自体は皆に受け入れられている、といった場合がしばしばあるのである。だからこそ、憲法が暴力の教唆やヘイト・スピーチを保護すべきかどうかをめぐって対立している人も言論の自由という一般原理を受け入れられるし、憲法が同性関係を保護すべきかどうかをめぐって対立している人も差別は誤りだという抽象的原理を受け入れられる。

(略)

そもそも、憲法というものが制定できるのもこのためなのである。憲法制定者は抽象概念の具体的意味について対立していても、抽象的原理自体については合意できる。しかし、このような抽象概念は、具体化されなければならないその内実についての合意が成立していないので、空虚であると思われるかもしれない。
 だがこの空虚さには、実際問題としてこれ以外の形で合意を実現できないというプラグマティックな理由があるのである。詳細な合意を作り上げようとすることは、論争的すぎるかもしれない。

(略)

合意を進めるための最良の方法は、一般的な規範だけを述べておき、後の人間がそれに適合するような形でその内実を埋められるようにすることだろう。

(略)

抽象的な問題――たとえば「平等は自由よりも重要なのか?」とか、「自由意志は存在するのか?」(略)について対立したり、そもそも答えが見出せない場合に陥ったりすると、問題を非常に個別具体的なレベルまで落とし込むことで合意を促進できることがよくある。つまり概念的下降を試みるわけだ。(略)

基本的な問題について沈黙することが(略)対立の収束を生み出す装置として機能しているのである。つまり、沈黙が建設的な力をもっているのだ。完全には理論化されていない合意は、立憲主義と社会的安定性を達成するための重要な源泉なのである。そしてそれはまた、人々が互いを尊重する方途でもある。

実践における収束

奴隷制やジェノサイドが間違っていること、政府が政治的異議申立てを抑制してはいけないこと(略)

なぜ正しいのか正確にはわからなくても、われわれはこれらが正しいと知っているのである。

(略)

なぜその原理が法として受容されているか正確には説明できなくとも、政府が宗教的行為を罰するのは違法であると裁判官は知っているだろう。

 不完全な理論化の利点 

 [三つ目に]社会的論争を調停する際、完全には理論化されていない合意は、対立が続くことによって生じる政治的費用を削減する(略)

もし憲法実践に参与する者たちが大きな理論と関わりあわなければ、個別の事案において敗れても、その者が失うものはずっと少なくなるだろう。彼らは個別の決定においては敗者であっても、それは自身の世界観の敗北を意味しない。彼らは、また別の機会に勝利するかもしれない。彼ら自身の理論が許容されないものと決定されたり、否定されたわけではない。

(略)

 四つめに、完全には理論化されていない合意がとりわけ価値をもつのは、ある社会が長きにわたって道徳的進化、進歩を追求している場合である。たとえば平等の領域について考えてみよう。(略)

完全に理論化された判断では、こうした事実や価値観の変容に対応しきれないだろう。

(略)

平等をめぐる論争では性的志向や年齢、障碍などにもとづくさまざまな差別が、人種差別と同じく禁じられるべきだとして次々に取り上げられてきたのである。完全に理論化されていない合意は、新しい事実や観点に対して開かれているという点で大きな利点がある。

音楽の未来を作曲する 野村誠

音楽の未来を作曲する

音楽の未来を作曲する

 

 バルトーク

小学三年生の頃に、ぼくはバルトークと出会ってしまった。二十世紀の前半に民俗音楽を収集し自身の作曲に応用した作曲家バルトーク・ベーラにだ。(略)

バルトークの音楽に、ガツンとやられた。それは、今まで聴いたどの音楽とも全く違った。頭の中では、四角や丸の物体が、目まぐるしく蠢き、世界がかき混ぜられるような感触がする。脳みそがグルグルまわり、皮膚が痺れる。もう何が何だか分からない。四十年近く経った今でも、あの時の衝撃が蘇ってくる。
 躍動的で、不思議な響きがして、メロディーとか和音とかでは説明できない音楽が、ものすごくパワフルに、体に直接ぶつかってくるのだ。なんなんだ、これは。聴き終えた後、ぼくは興奮して先生と話し込んだ。
 その日から、ぼくが尊敬する人は、「バルトーク」になった。

(略)

 山田誠津子先生は、そういう音楽のことを「ゲンダイオンガク」と言うと教えてくれた。ぼくは(略)「ゲンダイオンガク」の作曲家になろう、と決意した。ハ歳のことだ。

(略)

先生は、変わった先生だった。教え方がその時々で異なり、カリキュラム化されていないのだ。(略)

色んな楽譜をぼくに自由に見させてくれて、次に弾きたい曲を自由に選ばせてくれた。そして、小学生の子どもを相手に、時折、真剣に現代音楽について語ってくれた。
 先生が言うには、現代音楽というのは難解になりすぎてしまって、一般の聴衆を置き去りにしていて、それが問題らしい。この現状をどうしたらいいと思う?と、十歳にも満たない子どもを相手に大真面目に質問してくる。(略)

自分は大人になったら「現代音楽の作曲家」になるんだ、と決めているので、これは深刻な問題だった。

(略)
 一音もピアノを弾かず、ただただ悩むだけというのが、ある日のレッスンだったこともあった。

 「作品」と「演奏」

[高校一年、戸島美喜を訪ね自作曲の楽譜を見てもらう]

先生は開口一番、

「これは作品というより、君の演奏だね」(略)

[さらに続けて]

「作曲の学生で、先生にここを直せと言われて、言われた通りに直す人は、一流になれないよ」

とおっしゃった。(略)

[その意味をずっと考え続け]

「作品」というより「演奏」という部分を個性として保ちながら、独学で自分の道を進みなさい、というメッセージ[だと受けとめた]  

音楽と建築

音楽と建築

 

音楽サークルでの交流

 独学で作曲をすることにしたぼくは、クセナキスの「音楽と建築」 という本にも影響を受けて、大学では数学を専攻することにした。

(略)

[大学の音楽サークルの大先輩の河合拓治さんは]ポスト・モダニズムの音楽にも行き詰まりを感じていて、その解決策として、即興演奏をしていたようだ。(略)

[その考えを理解しようと延々即興演奏をやってみたが]ちっとも楽しくない。自分の手癖が出てばかりで、何度やっても同じような音楽になってしまうのだ。(略)

模索していると、即興演奏をする友達ができた。(略)
 これが、メチャクチャ面白かったのだ。今まで一人でピアノを弾いていても、同じところをグルグル回ってどこにも行けなかった。ところが、二人になった途端、相手の演奏に刺激されて、今まで自分が演奏したことがないようなパッセージが、次から次へと指から出てくるのだ。音楽が自分と相手の間に生起する。初めて味わった感覚だった。
 河合さんの即興の謎は、すっかり頭から消えてしまった。とにかく、こうやって音楽的な交換をしたい。違った音楽様式を引用し、変形し、コラージュするポスト・モダン音楽は、超えられると思った。だって、人と人が一緒にいるということは、お互いの音楽様式を引用し、変形し、コラージュするだけじゃない。人と人が一緒にいれば、相互作用が起こる。交流が起こる。それぞれの個性をコラージュするだけじゃなく、それぞれが持ち合わせていない何かが、その間に立ち上がるはずだ。だから、人と人が出会って交流する場を作ろう。作曲する遊び場を作ろう。作品というより演奏という自分の個性を伸ばそう。そう思ったぼくは、作曲と即興演奏を追求するサークルを結成することを決意した。

(略)

[参加メンバーの一人、小林薫が]誰かがちょっと間違えたことがきっかけで、アイディアが生まれたり[と話したことから](略)

ぼくは「間違い」について考え始めた。

 例えば、ある楽譜を正しく書き写すには、たった一通りしかない。ところが、ある楽譜を写し間違えるのは、一通りではない。どの音を書き間違えるか、どんな風に書き間違えるか、間違え方は無限にある。「間違い」は多様で豊かなのだ。

 「間違い」について小林さんに尋ねると、フレデリック・ジェフスキーの「パ二ュルジュの羊」という曲があると教えてくれた。この曲は、一つのメロディーを集団で一斉に演奏する曲なのだが、間違いやすいメロディーなので、どうしても間違えてしまう。間違えた人は、間違えたら、弾きなおして再開して、他の人とずれていく。こうやって間違えが誘発するずれが、カノンになって、曲が多様化していく曲だ。(略)

確かに面白い曲で、名曲だと思った。しかし、ぼくがテーマとしたい「間違い」の多様さには、この曲は着目していない。この曲は、間違いによって生み出される「ずれ」をうまく利用しているが、ぼくはもっと「問違い」にフォーカスできる音楽をやってみたい、と思った。
 「ドレミファソと演奏して」と言われて「ドレミファソ」と正しく演奏できる人が、百人集まって一斉に演奏しても、「ドレミファソ」のユニゾンでしかない。ところが、「ドレミファソと演奏して」と言われても「ドミレ~レファ」とか「レミファソラ」とか「ドレファソラシ」とか間違えて演奏する人が、百人集まって一斉に演奏したら、リズムも複雑にずれるし、ピッチも複雑なハーモニーになるだろうし、多様性に満ちた音楽になるだろう。
 音大ではなく一般大学に通っていたので、周りに楽譜を正確に演奏できる仲間が少なかった。だから、複雑な楽譜で作曲をしても、演奏されることがない。だから、ぼくはいつの間にか複雑な楽譜を書くことへの興味を失っていた。
 そして、発想を逆転させてみた。ぼくは音大にいない。だからこそ、周りには楽譜を正確に演奏できない仲間がいっぱいいる。こういう仲間と一緒に、多様で複雑な音楽を創造していくことができる。そう考えた途端、音楽の可能性が一気に広がったような気がした。

「真似をしても似ない」

  この「真似をしても似ない」というのは、偉大な発見だった。それまでのぼくは、自分のオリジナルな音楽を生み出さねばいけない、誰もやっていないことをしなければいけない、でも、どうすればいいんだ、と苦しんでいた。ところが、気づいてしまったのだ。「真似をしても似ない」ということに。

(略)

韓国や中国の雅楽と、日本の雅楽は、同じ雅楽でも全然違う音楽だ。かつて真似したはずなのに、全然違う。どうして日本の雅楽は、あんなに渋いのだろう。

(略)

 また、LASのメンバーの一人が、新曲を聴かせてくれた時、
 「ここが、ちょっとライヒの真似で恥ずかしい、この和声が少しラヴェルの真似で恥ずかしい」
と言う。ところが、どう聴いたって、その曲はライヒにもラヴェルにも似ていなかった。彼の個性ばかりが目立つ曲で、どの部分が真似なのか、さっぱり分からなかった。こういうのを個性というのだ、と思った。そして、ぼくは解き放たれた。そうか!「真似をしても似ない」んだ。厳密に言えば、真似をしても似ない部分こそが、その人の個性なんだ。だったら真似をすればいいじゃないか!そして、真似をしても似ない部分こそ、自分の個性として伸ばしていけばいい。

野外楽

 野外楽の作曲への手がかりは、野外に出かけ、野外で演奏してみることだ。試みにおもちゃのピアノを持って、近所を散歩する。外の風は気持ちいい。しかし、街を歩いて行くと、自動車のエンジン音が、かなりうるさい。おもちゃのピアノの微細な音色は、自動車の低音に見事な程にマスキングされてしまう。(略)

だから、そうした環境にも耐えうるだけのパワーがある楽器(例えば、和太鼓など)が、しばしば野外楽で用いられるのだろう。
 野外楽で効果満点だった和大鼓を、非常に残響のあるコンサートホールに持って行く。今度は、壁からの反射音が強すぎて、はっきりとリズムが聞き取れない。ウワンワウンと響いて、何が何だか分からなくなってしまう。音が耳に突き刺さって痛い。音の逃げ場がないのだ。同様に、野外を前提としているバリ島の楽器ガムランも、コンサートホールでガンガン鳴らすと、響き過ぎて、音の粒が聞こえてこなくなってしまうことがある。

(略)

ホルンという楽器は、室内で演奏すると、部屋全体を響かせて独特な豊かな響きが出るのに、反射する壁がないと、途端に貧弱な音色になってしまう。 

 ジャワ島での野外楽

 鍵盤ハーモニカを持ってポンジョンでの即興演奏に加わったぼくは、最初、大いに戸感った。鍵盤ハーモニカは西洋音楽の十二平均律に調律されている。ところが、アナンの持参したタイの楽器は、一オクターブを七等分した七平均律に調律されている。さらに、スボウォ、中川真が持参したジャワのガムランの楽器は、一オクターブを五等分しているスレンドロという音階だったりする。この三つの全く違った音階が同時になっている。ぼくには、三つの異なる音階が共存する中で、どの音を吹いても、何か馴染めないような気がして、模索の連続だった。でも、音楽は「音を全感覚で体感する行為」なのだから、音律については考えないようにして、ただ、全身で音を感じようとした。日本とは全く違う鳴き方で、ジーワンジーワンと蝉が鳴いている。心地よい風が吹き、木々がざわめいている。ぼくは、アナンやスボウォと演奏しているだけではない。蝉とも、風とも、この場にある全てのものと共演している。

(略)

音に名前をつけることをやめて、全ての音にニュートラルに向かう。そこには、音がある。色んな音が鳴り響いている。それに、何かを感じて、自らも音を発したい衝動に駆られる。そして、音を発する。ただそれだけだ。
 ぼくは、徐々に自分の概念化された耳から解放されて、音律などについて気にせずに鍵盤ハーモニカを演奏できるようになっていった。鍵盤ハーモニカだけではなく、風、葉っぱ、石、田んぼ、用水路の水、あらゆるものと対話を交わし続けた。 

 世界は音楽に満ち溢れている

 料理のレシピだって、壁紙の模様だって、心電図のグラフだって、空の雲だって、電話番号だって、幾何学だって、星空だって、地図だって、森だって、冷蔵庫の中だって……、ぼくが、そこに音楽があると思った瞬間に、全部が音楽になってしまうのだ。そうか、世界は音楽に満ち溢れていて、「そこに音楽がある」とぼくが思えた瞬間に、音楽は存在するのだ。逆に言えば、そこには音楽がある、と思えない限りは、そこには音楽なんて存在しないのだ。ぼく自身の問題だったんだ。
 楽器だってそうだ。ペットボトルは単なる容器だが、楽器だと思えた瞬間に素晴らしい楽器になる。石だって楽器だと思えた瞬間に、繊細な音色の打楽器になる。一方、ピアノが楽器だと知らなければ、ピアノは単なる黒くて大きな箱だ。
 そうなると、ぼく自身がそう思えさえすれば、「全ての事象は楽譜」として見えてくることになるし、「全ての物は楽器」になる。ヴァイオリンを頂点とする楽器のヒエラルキーは崩壊して相対化される。竹輪とフルートと雨どいとペットボトルは等価になる。著名な指揮者を頂点とする音楽家ヒエラルキーもガラガラと崩れる。雨漏りの音と超絶技巧のギタリストが等価になる。全ては等価に音楽だ。相対化された広大な創造の海が広がっている。ぼくは呆然とする。ぼくは何を音楽にするのか?何を音楽にしないのか?ぼくは誰と音楽をするのか?誰と音楽をしないのか?

(略)

「みんなのための芸術」をしなければいけない風潮に、ぼくら芸術家はしばしば曝される。「みんなが芸術家で、すべてが芸術である」と言ってしまう危険性。その瞬間に、全ての物が持っている価値が、等価に大暴落してしまい無価値になってしまうのではないか?全ての物が相対化されて、絶対的な価値が存在しない時代だからこそ、ぼくなりの価値を明確に発信したい。曖昧な「みんなのための音楽」をしている場合じゃない。最大公約数な音楽ではない。世界の全てが音楽で満ち溢れているからこそ、ぼくは明確に選択しよう。他の誰もが目を向けない微かな小さな音楽を。ぼくが心底愛せる音楽を。

愛しのジャズメン2 小川隆夫

愛しのジャズメン〈2〉

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愛しのジャズメン2

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 ケニー・ギャレット

 [日本語を勉強して『君の瞳をタイホする!』というタイトルはおかしいと指摘してくるケニー。オフには日本語学校に通うために何度か来日。京王線の中でサックス・ケースを持った青年と意気投合]

西口公園に行って教えてもらったのが〈翼をください〉だった。

「高層ビルに向かいながらふたりでサックスを吹いたんだ。背中には夕陽があって、とても気持ちがよかった。その情景にこのメロディはぴったりだった。9・11の直後だったから、なんて平和な気分だろうと思いながらこのメロディを吹いていた」

 テオ・マセロ

 「わたしはプロデューサーと思われているかもしれないが、自分では作・編曲家だと考えている。コロムビアでプロデューサー業をしながら、テレビや映画のための音楽も書いていた」

(略)

 オフィスには、フェンダー・ローズが置かれている。オーディオ装置で自分がプロデュースしたマイルスのレコードを大音量で鳴らしながら、テオは身ぶリ手ぶりを交えて、一緒にフェンダー・ローズを弾いてみせる。
 「ここは、本当はこうやりたかったのにマイルスが認めなかった。こちらは最初こんなハーモニーだった。それに七度の音を加えてみたら、ほら、このハーモニーだ。響きが穏やかになったじゃないか。これはわたしのアイディアだ」
 まるで、いまもスタジオでマイルスを相手に「ああだ、こうだ」といっているような雰囲気である。ぼくは背筋がぞくぞくしてきた。
 「マイルスのイメージはわたしが完成させたと自負している」

 こう断言するだけのことをテオはやってきた。とくにエレクトリック時代の作品は、彼の大胆な編集作業によって完成したものだ。手を加えたことに対しては賛否両論あるものの、テオは動ずることなくこう話す。
 「マイルスは録音するだけだ。やりたいことをやったら、さっさと帰ってしまう。そのままの形では作品にならない。そこで、わたしが彼のイメージを考えながらテープを編集していくんだ」
 それだけに、最近次々と発表されているコンプリート・ボックスは許せない。
 「わたしがゴミ箱に捨てたテープまで、彼らは見つけ出して発表してしまった。あれは、せっかく高い完成度を求めて制作したオリジナル・アルバムを踏みにじる行為だ」
 この言葉に、テオのクリエイターとしての誇りが示されている。

 ビル・エヴァンス

[エヴァンス・トリオで最後のベーシストを務めたマーク・ジョンソンに、なぜ死の直前まで演奏し続けたのか問うと、病院へ行ってくれと頼んでも拒否され]

このままでは絶対に死んでしまう、と心の中で何度も何度も叫びながら一緒に演奏していた。(略)

指はもつれ、ほとんど満足にピアノが弾ける状態ではなかった。(略)

[最後はドラマーが車で病院に運んだが]医者が呆れるほどの手遅れだった」

(略)

[マークは]込みあげてくる悲しみをこらえるようにしながら《最後》のプレイについて静かな口調で語ってくれた。
 「気力を振り絞るようにして全身全霊で演奏に取り組んでいた。一音一音別れを惜しむような感じでね。(略)

テクニックがどうとかいう問題ではなく、スピリチュアルな世界にいたのだろう。ジョーとぼくはビルが弾くピアノについていくだけだった。最後に演奏した曲はいまでもはっきり覚えている。〈マイ・ロマンス〉。言葉ではいい尽くせないほど胸に迫る演奏だった。終わってしばらくは涙が止まらなかった――」

ベニー・カーター

 インタヴューをした時点で力ーターは八三歳になっていた。このときはフル・サイズのビッグ・バンドを率いていたことに加え、モダンな感覚の作・編曲にも驚かされた。しかしそれ以上にびっくりしたのが、狭い店内で大音量を発するビッグ・バンドの中に彼がいたことだ。

 一般に歳を重ねると、大きな音に体力が奪われることもあって、それを受けつけなくなる。しかしカーターはまったく平気で、それどころか大音量を楽しんでいる様子だった。

(略)

 「音の大きさはまったく苦にならない」
 こう語る力ーターは、驚くべきことにそのサウンドに身を任せながら微細にサウンドのチェックもしていた。休憩時間にインタヴューを受けつつ、楽譜の書き直しにも余念がない。その日のミュージシャンのコンディションに合わせ、少しずつ譜面を直すのである。こんなひとはデューク・エリントンギル・エヴァンス以外に知らない。そのエリントンですら、晩年はアシスタントに譜面を書き直させていた。それを、八〇歳がすぎても力ーターは当たり前のようにやっていた。この意欲も若さの秘訣だろう。

(略)

彼は日本に来るたび最新の補聴器を購入していた。そしてその話が、どこからか補聴器メーカーの開発者に伝わったようだ。
 あるとき、力ーターの楽屋に見知らぬ人物が訪ねてくる。(略)[取り出したのは]試作器で、ジャズ用に周波数が調整してあるという。この人物、相当なジャズ・ファンの様子で、これまでにも何人かのミュージシャンに頼まれたり、自分から申し出たりして、そのひとに合う補聴器を製作してきたそうだ。
 さっそく力-ターがそれらを試してみる。[高音低音を補正したもの、入力音量を抑えるもの等](略)

滞在中に何度かやりとりをして、力ーターは自分にぴったりの補聴器を手に入れる。もちろんくだんの開発者氏は料金など取る気はさらさらない。尊敬する力ーターが、これでさらに素晴らしい音楽を演奏してくれるなら、それだけで本望とのことだった。
 インタヴューを終えて、その補聴器を見せてもらった。形は不格好である。しかし、そこには手彫りで「for BC」と書かれていた。
 「音楽を知っているひとが作ってくれたお陰で、それまで以上に細かい音が聴き取れるようになった。日本は素晴らしい。熱心に耳を傾けてくれるファンもいれば、わたしの体を気にかけてくれる技術者もいるのだから」

ミロスラフ・ヴィトゥス

[フェス数日前に現地入りしてもリハーサルをしない。当日になってもせずに、釣りに出かける。ついにコンサート開始]

登場したヴィトゥスは、譜面の代わりに釣ってきたばかりの魚をアンプの横に置くではないか。相手のベーシストにも譜面は渡さず、本番が始まった。結局は即興でやろうということになったのだ。

 彼いわく、「音楽は魚の顔を見てイメージを湧かすに限る」

 この時代のヴィトゥスはどこかぶっ飛んでいた。

(略)

[インタヴュー場所に指定してきたのは多摩川べりの食堂]

 暖簾をくぐると、長身の金髪男が焼き魚定食を食べている。見れば、釣リびとの格好をしたヴィトウスではないか。日本に来ると、時問があればこのあたりで釣りをしているという。釣りが音楽的な創造意欲を高める話も本当だった。彼は釣り糸を垂れながら、作曲にいそしんでいたのだ。
 「釣りは孤独な遊びだ。作曲をするのと同じで、自分の世界に没入できる。気持ちを集中させるにはもってこいだ。自然の中で川の流れを見ていると、楽想が湧いてくる。だから、ぼくは世界中のあちこちで釣りをしながら曲を書いたり、アレンジをしたりしている」 

社会統合――自由の相互承認に向けて (自由への問い 第1巻)

社会統合――自由の相互承認に向けて (自由への問い 第1巻)

社会統合――自由の相互承認に向けて (自由への問い 第1巻)

 

社会統合の破綻で、市民社会から国家への移行

 市民社会は、自らを社会の一員であると感じることができず、むしろ自らに対する扱いを不当とみなす反社会的な社会層を必然的に生みださざるをえず、そのことにおいて社会統合の限界を露呈するのである(略)

ヘーゲル『法の哲学』では、この社会統合の破綻こそが、市民社会から国家への移行を必然たらしめる理由である

(略)

ロールズもまた、アンダークラスにおいて、貧困という物質的な側面以上に、社会とその制度からの謀反という心的な側面を重視する。ヘーゲルのいう「窮民」と同様、それは、社会統合への動機づけを失った社会層として定義されるのである。彼によれば、公正な社会的協働が成立しているならば、「最も不利な状況にある人々も、自らを政治社会の一部だと感じ、その理想や原理をそなえた公共的文化を自ら自身にとって意義あるものとみなす」ことができる。しかし、福祉国家資本主義には、そうした公正な社会的協働を成り立たせるための「相互性」の原理が欠落しており、そのため(略)平等な者として承認され、公正に扱われているという感覚を得ることのできない社会層を生みださざるをえない。

(略)

成員が自らの自由を享受しうる条件を損ない、「自尊」を取り戻す生の展望を与えることができない社会は、物質的な貧困を解消するために事後的な救済を行ったとしても、統合の力をもつことはできない。

制度への信頼としての愛国心と、感情に走るナショナリズムの違い

 『法の哲学』においては、社会統合は国家においてはじめて達成される。(略)

市民社会(市場システム)においては即自的なもの(無自覚なもの)にとどまっていた他者との相互依存の関係は、国家においては対自化され、国家の制度を媒介として互いが社会的に協働していることが成員によって自覚される。

(略)

ヘーゲルが描くのは、制度を離れた抽象的自由ではなく制度のもとでの具体的自由である。

(略)

 第二に、一般に「愛国心」とよばれる「政治的心情」は制度の効果として生じるものであり、制度の外部に求められるものではない。(略)

ヘーゲルは、制度への信頼としての愛国心と、法や制度を軽視し、感情に走るナショナリズム――文字通り「法外な愛国心」――とを明確に区別する。

(略)

近年力を得ているのは、「アイデンティティの共有」に訴えて社会統合をはかろうとする議論である。

[そこにある問題とは。共有されるべきアイデンティティが明確ではない]

(略)

一部のリベラル・ナショナリストは、その解釈が成員の討議に開かれた可塑的なものであることを強調するけれども、その解釈に深い溝が生じるなら、国民のアイデンティティは共有されうるものとはならない。(略)

[解釈の違いをある幅に抑え込むことで]リベラリズムナショナリズムを抑制するというよりも、逆にナショナリズムによってリベラリズム(自由な解釈)が制約される側面が顕わになってくる。

ハーバーマス

ポスト・ナショナルな社会統合を展望するハーバーマスは、デモクラシーという政治過程それ自体が連帯の資源を再生産することができると主張する。(略)

[そのための二つの条件とは]

意思形成過程にできるだけ多くの参加者を包摂すること。(略)

意思形成が討議にもとづいて行われること。

(略)

[ハーバーマスに対する二つの反論]

一つは、デモクラシーは社会統合のメディアとしては弱すぎるというものであり、もう一つは、デモクラシーは(略)排除のメディアにもなりうるというものである。

(略)

第一の反論について(略)

ハーバーマスは、歴史的なコンテクストを捨象する抽象的なコスモポリタニズムの地平を設定してはいない(略)

ハーバーマスのいう「憲法愛国心」は、具体的なコンテクストから離れた普遍主義的な正義原理(憲法原理)それ自体に対する忠誠や愛着を指すわけではない。

(略)

チャールズ・テイラーは、デモクラシーは濃密な政治的凝集性を必要とするがゆえに、排除はそれ自体に内在する傾向であるとしている(略)

テイラーによれば、民主的な市民は、重要とみなす争点についてかりに自らの意思が覆されたとしてもなお、その意思決定を受け入れる動機づけをもちうるのでなければならない。(略)

彼は、そのような動機づけは――ハーバーマスのように――民主的な意思形成‐決定の手続きの正しさだけに求めることはできない、と考える。デモクラシーは、手続き的な正しさだけでは連帯の資源を再生産しえず、高水準での相互の信頼を喚起するような市民相互のコミットメントが繰り返されることによってはじめて存続しうるものである。

(略)

既存の民主的手続きが実質的に現状の維持に奉仕するだけであり、それによって特定の少数派が排除されつづけるならば、デモクラシーによる社会統合を展望することはできない。それが可能であるためには、民主的な制度は、自らの規範的前提(略)を問い直す過程を有効に作動させていなければならない。少なくとも、それは、意思決定ないしその手続きへの異議申し立てを受けとめていることを少数派に対して明示していく必要がある。

(略)

人種差別、性差別などの歴史的経験が示すように、繰り返されるある種の要求の否認はしばしば承認要求そのものの否認をともなっており、そのことにおいて逆に、現行の制度の「規範的閉鎖」(正当性の欠損)を露わにしているからでもある。社会統合を可能にするのは、現状維持のためにひたすら抗争を回避することではなく、むしろ現状の正当性の擁護に挑戦する「承認をめぐる闘争」にその途をひらくことである。

平等と自由の相克/相乗 宇野重規

 トクヴィルは、社会のなかの一部の人間が特権として自由を享受するという「自由の貴族的概念」に対し、すべての人間が等しく自らの運命を決定できる「自由の民主的概念」を対置し、前者から後者への移行を歴史の必然と見なした。すなわち、「平等なき自由」は、民主的社会においてもはや存立しえないとしたのである。他方でトクヴィルは(略)

なお人間社会には、すべての個人が等しく自由になる可能性と、すべての個人が等しく隷属する可能性が残されていると指摘したが、これを「自由なき平等」への警告として理解することができるだろう。

(略)

 バリバールに言わせれば、自由は平等を条件づけ、平等は自由を条件づけることで、両者は近代という歴史のなかで弁証法的に発展してきた。いわば、本来は異質であった平等と自由は、互いに結びつくことではじめて歴史のなかで具体化してきたのである。

(略)

 バリバールは自らの「平等=自由」には、先例があるという。すなわちトクヴィルの『アメリカのデモクラシー』の第二巻である。(略)

トクヴィルは、「人々は誰もがまったく平等であるがゆえに完全に自由であり、また、まったく平等であるがゆえに誰もが完全に自由」であるという、「自由と平等が接触し、渾然一体となる極点」なるものに言及しているが、これこそが「平等=自由」の理念を示しているというのである。

(略)

なぜ、このように独特な議論がフランスにおいて展開したのだろうか。

(略)

フランス革命の最大の意義は、「自由の革命」と「平等の革命」を一体のものとして実現しようとした点にある。
 このことは『人権宣言』の表題にも示されているとバリバールはいう。(略)

もしこの宣言がただ単にフランス人の自由と諸権利を唱えるものであったならば、「フランス人の権利の宣言」とすれば十分であったろう(実際、保守主義者たちはそのように主張した)。しかしながら、そこに人権という言葉を挿入することで、『人権宣言』は独自の意味をもつことになった。すなわち新たな政治社会において、その構成員たる市民の自由や権利は、特定の所属や資格によるのではなく、すべての人に等しく認められる権利に由来することになる。すなわち、人権は市民権に等しく、自由は平等に等しい。

(略)

 ここには『アメリカのデモクラシー』を貫くパラドクスがある。トクヴィルは、アメリカという実例を通じて、平等化社会の姿一般を描き出そうとしている。しかしながら、とくにその一巻において顕著なのは

(略)

アメリカにおいて平等と自由が結びつきえたのは、その特殊性ゆえであったと言わんばかりである。いわば、トクヴィルは平等と自由の結びつきが、いかに偶然性に依存しているかをるる論じているのである。

(略)

[「自由の革命」と「平等の革命」であったフランス革命だが]

人民主権の追求はジャコバン独裁をもたらし、その恐怖政治は個人の自由を極限まで脅かすことになった。

(略)

平等と自由の関係は、理論的にも実践的にもけっして調和的ではない。そうだとしても、両者はあくまで一体のものとして捉えられなければならないし、その課題は個別具体的な歴史社会において模索されなければならない。

社会統合の境界線 杉田敦

犯罪などの暴力的な行為を取り締まり、「外敵」からの攻撃に対抗して欲しいというのは、最も基本的な欲求であり、それだけを担当するのがいわゆる「夜警国家」である。これは、国家の最小限綱領である。これに対し、個々人の生存・生活の保障までを国家に求めた場合、出現するのが「福祉国家」である。
 国家が「正当な暴力を独占」するという考え方は、前者のような国家像により適合的である。そのため、国家の「本質」を暴力との関係に求める論者は、福祉国家のようなものを国家の逸脱形態、あるいはその本質を隠して温情主義的な粉飾を施したものと見なす傾向がある。
 しかし、国家に限らず、さまざまに展開を遂げてきた制度なり実践を、あえてその原初の「本質」に遡って定義することに、意味があるだろうか。たとえば、議会が本来は特権的な諸身分の間の調整機構であって民主政治とは無関係であったということから、議会制民主主義の不可能性を主張できるだろうか。確かに議会と民主政治とは元々は無縁であったが、その後の歴史的展開の中で結びつき、今日では切っても切れないものになっている。同じように、国家が元々は「夜警国家」的なものだったからといって、それが国家の本来のあり方であり、それ以外は逸脱だなどと考える必要はないであろう。
 むしろ注目すべきなのは、夜警国家よりも福祉国家の方が、批判が困難であるという点である。すなわち、そちらの方が人々の支持を調達する上で、より強力であり、したがって、国家は生き延びるために福祉国家になって行く傾向がある。そうであるとすれば、福祉国家に向かうような側面も含めて、国家について考えるしかないのではないか。
 しかしながら、福祉国家に対してもさまざまな批判が行われてきた。何よりもまず、国家が個々人の生存や生活の面倒までみるようになると、自由が失われてしまうのではないか。こうした懸念は、自由と権力とが対立すると考える人々(自由主義者)によって、繰り返し唱えられてきた。自由主義者といってもさまざまであり、一方には市場での経済的な関係を重視し、そうした関係を自由なものと見なす人々がいるし、他方には、国家と共に市場をも強制的な領域と見なし、その両方から自由な場を求める人々もいる。