歌謡曲が聴こえる 片岡義男

一世代前で素材が歌謡曲でもなんとなく春樹の先駆け感が出てる第一章。第三章は橋本治に先駆けてか。

歌謡曲が聴こえる (新潮新書 596)

歌謡曲が聴こえる (新潮新書 596)

 

第一章

一九六二年、夏の終わり、竹芝桟橋

[早稲田大学四年の夏、フェリーから]埠頭に上がると、女性の声による歌謡曲が聴こえた。再生されているレコードではなく、生き身の女性が現実に歌っている声だった。PAで拡大されて埠頭の空間に放たれているその歌声は、こまどり姉妹のものだ、とやがて僕にもわかった。(略)

木材で仮に組み上げた、四角くて素っ気ない(略)特設ステージの上で、こまどり姉妹が歌っていた。(略)

金銀珊瑚綾錦という言葉をそのまま形にしたような着物をふたりは着ていた。強い風を受けて裾はまくれ上がり、袂は水平になびき、はためいた。(略)

マイクロフォンで拾われスピーカーから放たれる彼女たちの歌声は、風にちぎれていろんな方向へと飛んでいった。電気的に増幅された歌声が、歌う端から次々に風にちぎられては飛んでいくのを見るのは、僕にとって初めての体験だった。

(略)

美しい着物をまとって強風のなかで歌うおなじようなふたりは、この世ならざる美しさをたたえた異星からの来訪者のように見えた。

(略)

彼女たちが歌ったこの歌の、なんとも言いがたい不思議な奇妙さを、僕は受けとめた。受けとめたものを自分の内部に受容するために、それまでは存在しなかった異空間が体内に生まれた、という感触があった。そしてすべてはそのなかに納まった。

(略)

 良く出来た歌謡曲と言う不思議なものが、いくつも持っているはずの奇妙な棘のうちの一本が、僕に初めて突き刺さった、という比喩で語っておこう。

(略)

[東京に戻りレコードを購入し繰り返し聴く]

 この日に吹いた風は夜のなかにまだ残っていた。庭の周囲を縁どる樹の枝が揺れ、重なり合った葉がおたがいに触れて音を立てていた。明かりを消した部屋のなかに、こまどり姉妹の『ソーラン渡り鳥』の歌声が、何度となく広がっては消えた。

(略)

[九月の新学期、『全音謡曲全集』の]10を一冊買った。もっとも新しいのもから見ていこう、ということだ。

(略)

 初めて買った『全音謡曲全集』を、それからの僕はいつも持ち歩く人となった。

(略)

僕はその全集をゆっくり読んだ。一冊を読み終えるのに半月はかけていたように思う。最初に買った10を読み終えると9を買った。(略)

各巻の目次につけた印が増えていくことは、レコード店で買った七インチ盤が増えていくことでもあった。

(略)

発売された七インチ盤を次々に収録しては一冊にしていく『全音謡曲全集』とは別に、ヒットした歌謡曲だけを時代順に収録した全集が、よく似た体裁で刊行されていることを、やがて僕は知った。その全集は第一巻から買い始めた。そして、それも持ち歩いては読むことをとおして、僕は戦前からのヒット歌謡曲も、ほぼ時代順に、まず最初は譜面と歌詞で、知っていくことになった。

(略)

 外出するときにはほとんどいつも、僕は『全音謡曲全集』を持ち歩いた。ふとした場所でそれにふさわしい時間があれば、僕は全集のページを開いては譜面を読み、歌詞のつらなりを眺めていた。

(略)
 持ち歩いている『全音謡曲全集』をバーのカウンターに置く。(略)隣についたホステスが全集のページを開く。好きな歌があれば、ハミングあるいは鼻唄で、歌い始める。他のホステスがともに歌う。その歌声にじつに巧みにハーモニーをつける客の大学生がいたりする。その大学生に後日、大学の構内で呼びとめられて立ち話をすると、彼は大学にいくつもあった合唱クラブのひとつのリーダーなのだ、とわかったりした。きみもうちのクラブに入らないか、と誘われたことをいまも覚えている。

 ギターを弾く若い男のバーテンダー、という人たちもいた。

(略)

「この本、貸してください」と、バーテンダーは言う。ひと月ほどして友人とともにその店へいくと、僕を覚えていたバーテンダーは全集を返してくれる。(略)返してくれたその本を、僕は心のなかで驚きながら見た。なぜ驚いたかと言うと、なにをどうすれば一冊の本がこれほどまでにぼろぼろになるのか、想像もつかないほどに、その全集はぼろぼろになっていたからだ。

(略)

[ぼろぼろにしていながら]なんら悪びれることのない笑顔で水割りを作ってくれるのを見ながら、自分とはなにからなにまでまったく異なる生活がこのバーテンダーにはあるのだろう、というようなことをそのときの僕はおぼろげながらに感じた。一冊の本のなかのいくつもの歌が歌謡曲なのではなく、若いバーテンダーにひと月ほど貸してぼろぼろになって返ってきた一冊の本こそ、歌謡曲なのではないか、とも思った。

 歌謡曲全集の譜面を見ては、気になった歌の七インチ盤をレコード店で買う、という体験が積み重なっていった結果だろう、僕は前奏を想像することを始めた。譜面には簡単に前奏の部分もつけてあった。簡単とは言っても、歌によっては前奏が二十一小節あったりもした。その前奏の譜面が、どのような楽器編成でどんなふうに演奏されるのか、譜面だけを見ている段階で、自分なりに頭のなかで作ってみるのだ。気になる歌の前奏を頭のなかで作り上げたなら、その日のうちに七インチ盤を手に入れて自宅へ帰った。(略)

そのレコードの再生音が聴こえてくるまでの短い時間は、自分ひとりだけが抱いている期待の、存分に高まる時間だった。

第三章

黙って見ていた青い空

 松竹という映画会社は、『そよかぜ』と題されたこの映画を、じつは敗戦直前の八月上旬に企画していた。そのときの題名は『百万人の合唱』といい、内容は当然のこととして、戦意の高揚につながるものだった。日本が敗戦するとほとんど同時に松竹は、『百万人の合唱』の脚本を戦後向けに書き換えるアイディアを思いつき、ただちに実行に移した。戦中の戦意高揚は一日を境にして戦後の民主主義の称揚となった。なにがGHQの検閲を通るか通らないか、松竹の関係者たちは知り抜いていたはずだ。つい昨日までは、大日本帝国による身柄拘束に近い検閲下に、その身を置いていたのだから。

 戦前戦中における神州不滅から、敗戦の一億玉砕をへて戦後の一億総懺悔へという世界の大転換に、『百万人の合唱』から『そよかぜ』への転換は、ぴったり重なっていて興味深い。しかしこの大転換には、用意周到にはりめぐらされた意図や深い他意などは、いっさいなかったようだ。敗戦そして占領へと激変した状況に、きわめて軽く対応しただけのようだ。

(略)

[映画は不評、あってなきがごとき作品が今も話題となる理由は]

主題歌の『リンゴの唄』があったからこそだ。主演の並木路子はこの主題歌を劇中で歌った。主題歌にはもうひとつあり、それは『そよかぜ』という歌だったが、こちらはすでに完全に忘れ去られている。

(略)

[『映画を書く』でも僕は]『そよかぜ』を採り上げ、そこで『リンゴの唄』をこれは労働歌だ、と僕は書いた。多くの人たちが命を落とした戦争は終わり、全国の主要都市はすべて焼け野原となり、生活物資はあらゆる領域で極端に不足していた。やむにやまれぬ人口の大移動が日本ぜんたいで起こり、それは戦中から長く続いた。(略)

今日や明日の飯になるなら、どんな労働でも引き受けざるを得ない状況のなかに、一例として『リンゴの唄』のような労働歌が受け入れられた、とかつての僕は考えた。

(略)

前奏と基本メロディだけを記した譜面をいくつか見ていくと、「行進曲ふうに」と指定してあるものに出会うことが出来る。行進曲ふうにとは、明るく前へ進んでいく気持ちで、というような意味だろう。(略)

大勢の人たちが、比喩としてはいっせいに、明るく前へ進んでいく気持ちで歌うなら、この歌らしさが最高度に発揮される、という基本的な性質が、短調の曲調のなかにあるのではないか。

(略)

そよかぜ』の撮影時に間に合わなかったのは、万城目正によるメロディのほうで、サトウハチローによる歌詞は、企画された戦時中にすでに完成していた、という伝承がある。

(略)

戦争がおこなわれていた三年と九か月足らずのあいだに、じつに十二万五千人の子供が日本から消えたことになる。

(略)

子供を戦争で失った親の悲しみに深く共感することの出来た人たちが、ほとんど無数にいた。『リンゴの唄』を支えたのは、そのような人たちだった。

(略)

『リンゴの唄』を録音するにあたって、「いまのきみにこんな明るい歌をうたってくれというのは、僕としてもしのびない気持ちだが」と、作曲者の万城目正並木路子に言った

(略)

並木路子は三男二女の末っ子だった。(略)

[父と兄は戦場へ、姉は嫁ぎ]

東京への空爆で家を焼かれ、母親はこれで命を落とした。燃え盛る炎のなかをひとり隅田川まで逃げた並木は、泳げないにもかかわらず川に飛び込み、溺れかけるところを危うく助けられた。父親と三人の兄たちのうちひとりは戦死した。(略)

並木路子は、ごく簡単に書いて、以上のようなすさまじい戦争体験を持った人だった。

(略)

並木がかかえていた耐えがたい戦争体験について知った万城目は、「『君一人が不幸じゃないんだよ』と諭して並木を励まし」たそうだ。

 並木路子はおそらく必死で歌っただろう。その結果、『リンゴの唄』は、レコードとして残っているとおりの、可能なかぎり澄みきって輝くような歌いぶりとなった。しかし『リンゴの唄』はけっして単純に明るい歌ではない。悲しさのようなものを感じさせずにはおかない力を持った、それゆえに奇妙な歌だ。

(略)

「黙って見ている 青い空」とは、なになのか。過去と未来の、両方のことだ。過去とは、戦争で子供を失った悲しみだ。そして未来とは、繰り返し続けられる営みとしての、失った子供とのつらい別れの積み重ねだ。

夜の新宿 

一九七四年から僕は小説を書き始めた。海のものとも山のものともわかりかねたはずの当時の僕を、ひとまず教育だけはしておこうと思った編集者たちは、僕を夜の新宿へ頻繁に連れ出した。

 銀座は一度もなく、それ以外の場所もなく、ただひたすら新宿だった。教育は一九七四年から三年ほどのあいだ続いた。

フランク永井

もう何年も前、確か雑誌で読んだフランク永井による発言を僕はいまでも記憶している。歌詞の日本語の発音のなかに英語の歌詞の発音のしかたを自分は取り込もうとしている、という内容の発言だ。日本語を英語ふうに発音してみる、というようなこととはまるで違う。

 好みのジャズ・ソングやポピュラー・ソングを英語で歌うとき、フランク永井は、日本語からの脱却の快感を楽しんでいたのではなかったか。日本語そのものからの脱却は不可能だとすると、人前で歌う英語の歌詞の言葉が自分の口から歌声として出ていくとき、少なくともその音にだけは、日本語の音からの脱却を、かなりのところまで果たさせることは出来た。英語で歌うことがうまくなればなるほど、歌手当人は日本語の音からの脱却の快感を、よりいっそう深いところで楽しめた。そしてそのような英語の歌を聴いた多くの人たちが、この歌手に日本語の歌を歌わせてみたいものだ、と願った。  

ヨーロッパ憲法論 ハーバーマス

 

ヨーロッパ憲法論(叢書・ウニベルシタス)

ヨーロッパ憲法論(叢書・ウニベルシタス)

 

 序文

加盟諸国が合意して持続可能な財政収支の水準を定め、各国が自発的に国民国家の予算をその水準に従わせるというオルド自由主義の夢は、失敗に終わったという認識である。ここで、夢想されたのは、それさえあれば協同の政治的意思形成は必要なく、民主主義の暴走を防ぐことができるとされた「メカニズム」だった。(略)

今日では誰もが、通貨同盟の「構造的欠陥」について語っている。通貨同盟にはそれが必要とする政治的なカバナンス能力が欠けているというのだ。

(略)

 目下検討されている計画は、ユーロに参加する一七か国の共同統治を、政府首脳のサークルで、すなわち欧州理事会の「中核」で実現しようとするものだ。指導部となるこの組織には、法的拘束力を持つ決議を行う権限がない。(略)

「ユーロプラス協定」によって、欧州理事会の決議が及ぶ範囲は拡張した。経済的に格差が広がっている国家群は、クローバル市場における競争力を左右するような政策のすべてについて、欧州理事会の決議に従うことが求められる。

(略)

そのつど自国の議会において、EUによる処罰という脅しをちらつかせながら、過半数をまとめる。ここで想定されているのは、あきらかにそのような手続きである。こうしたやり方は、一七か国からなる欧州理事会が全権を奪取して行う統治連邦主義といえる。(略)それは、まるでポスト民主主義的な支配行使の模範となることだろう。

 政府間の決議を通じて民主主義を空洞化するこの動きは、当然のごとく抵抗を引き起こしている。(略)

ひとつは国民国家を擁護する勢力からの抵抗である。彼らは(略)建前としては残っている国家主権の概念に、ますます意地になってしがみついている。

(略)

別の方面では、長い間沈黙してきた「ヨーロッパ合衆国」の支持者が、ふたたび名乗りを挙げている。

 人間の尊厳というコンセプトおよび人権という現実的なユートピア

ここ数十年(略)世界中で幅を利かせている政治は、なによりも経済的自由を保障することで、自己決定に基づく市民生活を可能とし得るかのように称している。このような政治は、基本権の異なる範疇間の均衡を破壊してしまう。

(略)

基本権が法システム全体により深く浸透するほど、それはより頻繁に、個々の市民と国家の垂直的関係を超えて、個々の市民の間の水平的関係に介入するようになる。

(略)

「人間の尊厳」は地震計である。この地震計は、民主的な法秩序にとってなにが根本的であるのかを──すなわち、政治的共同体の市民が、たがいに自由で平等な人々からなる自発的結社の成員として尊重し合うためにおたがいに認めるべき権利がなんであるのかを示すのである。この人権の保障によってはじめて、平等な権利の主体として自らの人間的尊厳にふさわしく尊重されることを要求し得る市民という法的地位が生じる。

(略)

人間の尊厳はいわば扉であり、その扉から、平等主義的かつ普遍主義的な道徳内容が、法のなかへと持ち込まれた。

(略)

不偏不党とは程遠く、全体の代表とはいえない安全保障理事会が、恣意的で一面的な決議をしたことが思い出される。また、議決された介入を実行する気乗りしない中途半端で無能な試みも、──そしてそれがしばしば悲劇的な形で失敗したこと(ソマリアルワンダダルフール)も思い出される。さらに、こうした警察力の投入は戦争のごとく執り行われ、軍隊は無辜の住民たちの死と悲惨を「副次的被害」として無視する(コソボ)。その上、介入を行う諸国は、当該地域を平定しても、その地域で破壊された、あるいは崩壊したインフラを再建し、国家を建設する能力も、そのために必要な忍耐も、見せてはくれなかった(アフガニスタン)。人権政治が、大国の国益の実現の道具と、そのことを覆う隠れ蓑のようなものになってしまうならば、そして、超大国国連憲章をないがしろにし、介入の権利を不当に行使するならば、さらには、人道主義的な国際法を破って侵略を行いながら、普遍的価値に訴えてみずからの行為を正当化するならば、人権のプログラムは人権の帝国主義的な乱用そのものだという疑念のとおりということになる。

 人権の実定法化によって、理念と現実の間の緊張が、現実そのもののなかに入り込んできた。そのことが今日われわれに、ユートピア的な起爆力を裏切ることなく現実的に思考し行動するという挑戦的課題を突きつけている。

(略)

人権のプログラムを一括りに捨て去ろうとするカール・シュミット的なやり方はとっくに現実的でなくなっている。人権のプログラムはいまや、支配体制を揺るがすそのパワーによって世界のあらゆる地域で深く浸透しているからだ。したがって「現実主義」は今日では別の様相を示すことになる。正面切って人権の建前を突き崩そうとする批判にとってかわったのが、人権の穏健な価値切り下げである。この新しいミニマリズムは、人権からその核心である道徳的原動力、すなわち各人が等しく有する人間の尊厳の保護という内容を切り離すことによって、理念と現実の緊張の緩和を促す。

 ケネス・ベインズはこのアプローチを、ジョン・ロールズに依拠しつつ「政治的な」人権の企てであるとする。さらに、そうした「政治的人権」は、人間であるという理由だけでなんびとにも「生来」の人権が備わっているという自然権的な人権観とはちがうものである、としている。「人権は、政治共同体への包摂の条件として理解される」。これには私も賛成である。問題なのは、それに続く指し手である。つまり、この包摂の道徳的意味──各人が等しい権利の主体として、その人間的尊厳において尊重されるという内容──を、フェードアウトさせてしまう点である。人権政治に最悪の失策がともなっていたことを考えると、慎重になることはたしかに必要である。だからといって、人権それ自体からその道徳的な付加価値を奪ってよいということではない。そして、人権政治の失策は、人権という主題の論点を、はなから国際政治の問題へと狭隘化してしまう十分な理由とはなりえない。 

 「政治的なるもの」、カール・シュミット

法は一方では、支配の権威的な行使のための組織手段であったが、同時に他方では、そのつど支配する王朝にとって自身の支配の正当化には欠かすことのできないものでもあった。つまり、法秩序は、国家の処刑・制裁権力を通じて安定的なものとなっていたが、それとは別に政治的支配権力は、自らが正当なものとして被支配者から受け入れられるためには、自らが取り扱う聖なる法のもつ正当化の力に依拠せざるをえなかった。王の裁判権および法が、聖なるアウラを帯びていたのは、元来は神話的な暴力との結びつきによってであり、のちには、宗教色を帯びた自然法に依拠することを通じてであった。しかし、法がその独自の力を発揮したのは、ローマ帝国において法という媒体が社会の風俗習慣から分離独立してからであった。そしてついには、支配権力の行使そのものが法というチャンネルを通じるようになることによって、法は合理化の作用を持ち、また展開できるようになったのだ。

 もちろん、支配の正当性が、被支配者たちの側からの法的に制度化された同意に依拠するようになるためには、それ以前に国家権力そのものが世俗化され、法そのものが隅からすみまで成文法として実定法化されていなければならない。そうなることによってはじめて、政治的支配の行使そのものが民主的な法制化を見るという、我々の議論の連関で重要なプロセスがはじまりえたのだ。法制化が国家権力からその権威的性格を奪取し、それによって政治的なものそれ自体の内実を変化させる程度に応じて、この法制化は、合理化の力だけでなく、文明化の力をも発揮するようになるのだ。この文明化の流れに不審の目を向けたのが、政治神学者カール・シュミットである。彼から見れば、それによって支配の権威の中核が柔弱となり、聖なるアウラそのものが奪われてしまうからである。彼の理解では「政治的なもの」の「実体」は、法的に確立された支配権力の自己主張の能力のことであり、この支配権力を規範的な鎖で縛ることはゆるされない、というのだ。

(略)

「政治的なるもの」をシュミットが振りまくようなアウラ重視の反啓蒙の霧から救い出して、決断および統治権力の民主的な法制化という核に還元するならば、このシュミットの記述が意味するところが明らかになろう。

 国民主権と国家主権

とはいえ、政治的支配を、国境を越えて民主主義に即して法制化することへの執拗な懐疑は、間違った集団主義的な理解、つまり、国民主権と国家主権を混同して考える誤解から養分を得ているのだ。この誤解は、例えばコミュニタリアン的な理解にも、リベラルなそれにも、また保守的な、そしてナショナリスティックな解釈にも登場しているが、それは、偶然的な歴史的状況を一般化しすぎるためである。つまり、一九世紀のヨーロッパで構築されたナショナル・アイデンティティという人工的で、それゆえいくらでも変わりうる意識を誤解してそのまま受け取ることになってしまうのだ。
 市民たちは、民主主義的な選挙に参加することで、自分たちの中の何人かに全員のために行動する権利を付与する。それによって市民たちが共同の政治的 実践に参加していることはたしかかもしれない。しかし、それだけでは、民主主義的に生じた決定を、当該集団の決定とすることにしたといっても、それは、分配的に普遍的な意味で[一票でも多ければ、全体の意志となるという意味で]そうなっているにすぎない。多様な個人の多様な見解が民主主義の規則にしたがって生み出され、論じられる結果として、集団的決定が生じる。複数で多様な意見形成と意志形成のプロセスの結果が、特定の行為へと決定する主権者としての国民の意志の表明ということになる。しかし、こうした考えは個別の異議を無視した集団主義的な解釈によっている。そして、このように主権を物象化し、単数化することによってのみ、国家主権と表裏一体として国民主権があるというような想定が生まれることになる。それによって古典的な国際法の意味で交戦権を持ち、それゆえに無制限の、つまり、競争相手となる別の国際法上の主体の決定によってのみ制限されうる行為主体の自由を享受する国家、その意味での国家主権の鏡像であるかのように国民主権が見えて来てしまうのだ。こういう誤解のパースペクティヴから見るならば、国民主権という考えは、国家の外交上の主権に実現していることになる。こうして国家の行動を通じてその市民たちは、おたがいに、そして自分自身を当該の政治的集団の一緒に行動する成員として確認し合うことになってしまう。

 なるほど、共和主義的な自由、国民皆兵制とナショナリズムは、おなじフランス革命にその歴史的起源を持っているにはちがいない。とはいえ、内政における民主主義的な自己決定と外に向けた国家主権とのあいだに強固な関連を設定するこうした考え方が多くの人に訴える力があると言っても、これをこうした歴史的コンテクストを越えて一般化してはならない。古典的な国際法で保証されている主権国家の行動の自由は、おなじ自由とは言っても、「自由の法の下での自律」(カント)、つまり、市民たちが憲法国家において用いる自由とは、異なった種類のものなのだ。国家の外交面での主権は、恣意的自由というモデルで考えられている。それに対して、国民主権は、民主主義的な普遍化を目指す法に、つまりすべての市民に同じ自由を保証する法に表現されるのだ。「恣意的自由」は、「法としての自由」とは本質的に異なるものなのだ。この理由からして、国家主権を制限して、スプラナショナルな審級にいくつかの主権条項を移譲するからといって、それは必ずしも、民主主義的な市民の権利の剥奪に至る必要はない。この主権の移譲こそは、すでに国民国家の枠内で市民たちが自分たちの自由の源ととなる国家権力を憲法的に確立した行為を、継続することになるのだ。もちろんその際に、民主主義的な手続きが無傷のまま残されるとしてのはなしだが。

 とするならば、国民国家からスプラナショナルな審級に移譲された、あるいは、そうした審級と分かち合うことになる権能は、国際条約にもとづくレジームにおいて法制化されるだけであってはならない。それ以上に、こうした権能は、民主主義的な 法を通じて法制化される必要がある。そうした主権諸項目を移譲する際に、市民たちの国家公民としての自律性を発揮する余地が狭まるのではないかという危惧があるが、そうしたことが起きないためには、こうしたスプラナショナルな法制定に当該国家の市民が、それ以外の参加各国の市民たちと民主主義的な手続きにしたがって、ともに加わる必要がどうしてもある。

 [リーマン破綻後、オバマ選出の数日前のトーマス・アスホイヤーとのインタビュー]

ハーバーマス──(略)

こうした潮目の交替は、公共の議論のパラメーターを変えます。それとともに、どのような政治的対案が可能かという幅も変化します。朝鮮戦争とともにニューディール政策の時代が終わりました。レーガンサッチャー、そして冷戦の解消がはじまるとともに、社会福祉国家というプログラムの時代が終わりました。そして今日、ブッシュ時代が終わり、ネオリベラルの大言壮語の吹き出しが泡のようにはじけると、クリントンおよびニュー・レイバー[イギリスのブレア政権。労働党]の綱領も命脈が尽きました。それでは代わりになにが来るでしょうか。私が望むのは、ネオリベラルの綱領が、額面通り受け取られなくなり、ともかくいったん看板を下ろさせて考え直そう、という風になることです。生活世界を、なりふりかまわず市場の指示に服従させようというプログラムは、考え直す必要があります。

──ネオリベラルにとっては、国家といえども経済のグラウンドでのゲームの一参加者にしかすぎません。国家は小さくなった方がいいというのですが、こうした考え方は、もはや信用されなくなったということでしょうか?

ハーバーマス──それは、危機のこれからの進行しだいです。また各政党がどのように危機を受け取るかによります。そして、公共の議論がどのように論じるかにかかっています。ドイツではまだなんとも言えない議論の無風状態です。ともかく一連の政策が醜態をさらしたのです。たとえば、投資家の利害をなにがなんでも中心にしようという考え、そして社会的不平等が拡大しても平気でいられ、不安定雇用者層の発生も、貧困児童、低賃金などなども仕方ないと見ていられるような物の考え方は、顰蹙を買うようになっています。あきれられているというその点では、民営化に狂奔して、国家の中心的な機能まで空洞化させるやり方も同じです。また、政治的公共圏で当面の利害を離れて論議できるわずかに残る拠点までも、配当性向の上昇を企図する金融投資家に売り飛ばしたり、文化や教育を、景気に応じて対応の変わるスポンサーの利害や気分に委ねてしまうやり方も、その馬脚を露わしています。

(略)

証券取引のリスクに曝してはいけない傷つきやすい生活分野もあるのです。例えば、老齢年金を株に委ねることなど、してはならないことなのです。

(略)
彼らはもう大分前から、金融市場に規制が必要なことについては、分かっていたのです。(略)

ところがアメリカとイギリスの政治指導者たちは、野放図な投機であっても、うまく行っているかぎりは、利用できると考えていたのです。そしてヨーロッパ大陸でも、ワシントン・コンセンサスに服してしまいました。

(略)

──ワシントン・コンセンサスとは、一九九〇年に国際通貨基金(IMF)と世界銀行が打ち出した有名かつ悪名高い経済構想のことですね。まずはラテン・アメリカの、そしてそのあとは世界の半分を思いどおりに改革しようというものですね。その中心テーゼはいわゆるトリクル・ダウン説です。つまり、金持ちをもっと豊かにしようではないか。そうすれば豊かな生活からのおこぼれが貧者のところにもまわってくるようになる、というわけです。

ハーバーマス──この予測は間違っていることを示す経験的データが何年も前から沢山出ています。生活水準の向上は、ひとつの国の中でも、また世界全体でもきわめて不均衡に配分されています。現在では、貧困地区が、われわれのすぐ目の前にまで広がっているのが実情です。

(略)

──ネオリベラリズムというのは、ひとつの生活のあり方ですね。市民一人一人が、起業家に、そして顧客になれというのですから……

ハーバーマス──そして競争相手になれというわけです。この競争社会の広大な荒野で勝ち残った強者は、成功は個人的能力の成果であると自惚れてかまわないと言うわけです。経済マネジャーたちは(略)テレビのトークショーで有名人たちのおだてに乗って、自分が模範的な目標であるかのようにもてはやされるのを本気で受け入れ、自分たち以外の社会を心のなかで下に見ています。そうしたさまはなんともぞっとする喜劇です。機能エリートと、身分が違うとぶっているエリートの区別がもうできなくなっているみたいです。トップの役職にあって自分の仕事をまあまあ普通にこなしている人間のキャラクターのなにが、いったいぜんたい模範的だというのでしょうか?もうひとつ警告になったのが、二〇〇二年のブッシュ・ドクトリンです。イラク侵攻の下敷になったドクトリンです。このドクトリン以来というもの、市場原理主義という社会ダーウィニズムは、社会政策の分野だけでなく、外交政策においてもその力を振るうようになったのです。

──しかしそれはブッシュだけではありませんでしたね。彼の味方をする影響力のある知識人が驚くほど沢山いました。

ハーバーマス──しかも彼らの多くはなにも学んでいません。ロバート・ケーガンのような先導者にあっては、イラクの大失敗のあと、カール・シュミット型のオオカミのカテゴリーを使った物の考え方が、さらにはっきり前面に出てきています。国際政治が、核武装を伴う危険きわまりない力のぶつかりあいへと後戻りしているさまを見て、「世界はまた正常状態になった」とコメントする始末ですから。

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データでいのちを描く テレビディレクターが自分でAIをつくったわけ

 東日本大震災の報道での無力感から、辿り着いたのがビッグデータ

データでいのちを描く―テレビディレクターが自分でAIをつくったわけ

データでいのちを描く―テレビディレクターが自分でAIをつくったわけ

 

 ナースコール

 意外なところにデータが眠っていることもあります。(略)

協力してもらったのは、熊本県にある済生会熊本病院。長年大量のデータを収集・活用しており、データに関するリテラシーが高い病院です。自前で巨大なサーバーを用意し、検査データは看護師の皆さんが即時にデジタル化を行います。提供してもらった1年分のナースコールのデータは、約109万回分。(略)

 提供されたデータには患者個人が特定できるような情報は含まれておらず、ナースコールが押された日時や病棟の場所、診療科、患者の年代や性別、押した目的などの限られた属性がひも付けられているだけでした。しかし、「109万回」という、とてつもないボリュームが大きな意味を持ったのです。(略)

頻繁にナースコールが押されるのは何時ごろか、性別はどうなのか、どの年代が多いのか。結果、80代の男性患者が、消灯から1時間の間に、「寂しいから」という理由で押すパターンがいちばん多かったとわかりました。

飲酒運転

 飲酒運転を撲滅したい──強い思いで臨む現地取材チームが福岡県警と交渉し、過去10年間の飲酒運転による事故の詳細データを提供してもらったのです。(略)
[データは予想以上に]とても細かくデジタル化されていました。

 事故の起こった地点、運転者のアルコール量、発進した後いくつ目のカーブを曲がりきれずにぶつかったかなど、事故の詳細が記録されていたのです。これらのデータを分析したところ、飲酒運転で事故の起きたケースの多くでは、発進後一つ目のカーブすら曲がりきれないことがわかりました。

ディープラーニングが最強なわけではない

第3次AIブームを牽引するディープラーニングは画期的なものですが、最新の学習法が使用されたプログラムだけがAIではないというのが個人的な意見です。

 私自身の体験を紹介しましょう。あるセンサーデータをAIに学習させて、自動判別を行うことを試みました。「どうせやるなら最高の技術を投入しよう」と、数日かけてディープラーニングによる学習モデルをつくりました。結果は、判定精度が98%と高い成績を収め、その力強さに大満足。そこで終えても良かったのですが、古典的な機械学習との差を確認しようと、そちらも試してみることに。結果、95%と高い精度を叩き出しました。わずか30分で実装したものです。さらに、設定値を少し調整すると98%に到達することがわかりました。

 確かにディープラーニングのパフォーマンスはすばらしいのですが、古典的な技術とあまり変わらない場合もあるのです。ある意味で手垢の付いた古典的な技術は、その導入方法やロジック、あるいは問題点が明確になっており、使い勝手が良いという利点があります。

(略)

 ここで、ちょっとした笑い話を紹介しましょう。あるプログラマーと話していたときのことです。その人は「自分は決してエクセルを使わない」と言い張りました。エクセルは、データの整理もグラフ化も数理処理も手軽に行える、優れた表計算ソフトです。最近は性能も上がり、ビッグデータ解析にも使えます。しかし、その人は普段からプログラムを書くことにこだわりを持っており、既存のソフトウエアを使うことはあまりないと言うのです。

 あるとき、データの中に混じっている“汚れ”を取り除くことをお願いしたのですが、その処理をするためだけにプログラムを書いたそうです。エクセルですれば10分でできるはずなのに3時間かかっていました。これは典型的な“プログラマーあるある”です。「必要もないのに、20行のプログラムコードを3行に短くして自慢する」「計算速度を5倍にすることに数日かける」。少し汚いコードでも、正確に動いてくれれば問題ありませんし、コーディングに数日かけるくらいなら、さっさと計算を始めて、空いた時間でコーヒーブレイクした方がいいでしょう。

 AIの技術も同様です。シンプルな機械学習を使わない(認めない)プライドの高い人がいますが、それはもったいないです。たとえ10年前と同じ手法であっても、今だからこそ入手できるビッグデータを学習させるならば、当時よりはるかに良質な結果が得られます。

 また、一つの手法を磨くよりも、複数を組み合わせた方が効果的な場合もあります。NECの開発した、「異種混合学習」という学習法はその内部で巧みに手法を組み合わせており、防犯カメラの顔認証から食品スーパーの在庫管理まで驚異的な精度を出しています。

ディープラーニングブラックボックス

 たくさん技術がある中で、どれを社会課題解決型AIに使えばいいのか。ここで二つの大きな選択肢があります。

1.ブラックボックス

2.ホワイトボックス型

 ディープランニングは前者に分類されます。比類のない高い成果を生み出しますが、開発者であっても弾き出された回答までのプロセスの理解は困難で、ブラックボックス化してしまうのです。

(略)
 しかし、社会課題を解決したい場合、それでは困ります。100万件の交通事故状況のデータをAIに学習させるのならば、「事故発生確率が60%」と予測をするだけでなく、確率の高くなる要因が「ドライバーの年齢」なのか、「日が暮れて暗くなってきたこと」なのか、「街路樹が多いこと」なのか、原因を突き止めることが求められます。事故発生予測AIをつくることに意味はありません。具体的な解決の一手にたどり着かなければ、新たに発生する事故を、ただ見守ることしかできないのです。

 さて、選択肢の二つ目、ホワイトボックス型のAIにはどんなものがあるのでしょうか。(略)機械学習の中には、決定木や次元削減、クラスタリング、回帰分析など長年使用されてきた技術が山のようにあります。可視化の方法や精度の上げ方も明確です。そして、AIの“思考”プロセスをのぞくことが可能なこともポイントでしょう。

 事例によってはディープラーニングのパフォーマンスに敵わないこともありますが、精度の差が極端に開くことは少ないので、開発者は目的に応じて適切な技術を選択すればいいわけです。思い切った表現をするならば、ホワイトボックス型AIの技術水準はもはや“伝統芸”の領域に達しているとも言え、安定した結果を生み出してくれます。

(略)

AIは「何でも放り込めば、後は何とかうまくやってくれる」と思われがちですが、内部構造をつくる際、さまざまな値を設定する必要があり、その微妙なコントロールがパフォーマンスに大きく影響します。まるで職人の世界です。設定値は、データの種類や量によっても変わるのですが、「うまくいったらそれが正解」的な性格が強くて、研究者の方とお話ししていても、「やってみないとわからないね」と返ってくることが多々あります。

「人は被害に遭うまで避難しない」 

東日本大震災の際の携帯電話の位置情報から、浸水域を対象に10メートル以上移動した人のデータを抽出し、その軌跡をグラフ化したのです。(略)

 ざっと解説しますと、震度7地震が発生した直後、さらなる余震、そして津波を警戒して人は移動し始めました。しかし、データから見えてきたのは多くの動かない人たちです。最初の地震から約15分、震度5程度の余震が発生すると、最初よりは少ないですがやはり人々は移動を始めました。その後、しばらくは大きな行動は見当たりません。そして津波警報などの情報が入り始め、また少しずつ動きが出始めます。そのタイミングでまた余震が起き、そこでまた少し移動するのが認められます。その後しばらくはほとんど動かない時間が続き、最後に、津波が押し寄せてから多くの人々が動き出しました。

 ここから見えてくるのは、「人は被害に遭うまで避難しない」ということです。