ニュートン主義とスコットランド啓蒙

ニュートン主義とスコットランド啓蒙―不完全な機械の喩―

ニュートン主義とスコットランド啓蒙―不完全な機械の喩―

ガリヴァー旅行記・ラピュータ島の数学と天文学にしか関心のない異様な支配者は、スウィフトが同時代のイングランドの科学者集団を風刺したもの。

スウィフトたちニュートン主義批判者の歴史はフランス革命を経て、啓蒙の科学が世界を生命のない機械に変えたと抗議するロマン主義者たちで頂点に達する。科学がもたらす恐怖を描き、後の通俗的な科学批判の直接の原形を提示した、ゴシック怪奇小説の主人公、フランケンシュタインの先祖は、ロンドンに住み、科学者集団を指揮して知的世界の王者として君臨するニュートンなのだった。(略)
スウィフトのカリカチュアが浮き世離れした痴人の集団で、現実には何の役も立たない妄想に耽っていることを嘲笑されているのに対し、フランケンシュタインはすでに「生命の秘密」を手にし、怪物を創造して自ら破滅する。自然を支配する力を科学が手に入れつつあるという認識こそが、一九世紀に書かれたこの小説の恐怖を作り出している。スウィフトはニュートンたちの「プロジェクト」の非現実性を笑い飛ばしているが、シェリーはその成功に脅威を見て取っていた。

周辺に追いやられた魔術に変わり科学が

「科学」と「魔術」の覇権闘争が終わり、日常意識と科学の対立の時代が始まることで、ますます難解に、非日常的なものになっていく科学意識と、「生活世界」に拠り所を求める科学批判の時代がはじまる。だがその前に、この膨れあがっていく日常意識が、理性の健全な行使という点で科学と結びつくと見えたときには、「理性の時代」が幕を開けたと思われた瞬間があった。
それは従来世界が脱魔術化され、合理化された時代の出来事だと考えられてきた。(略)
「理性」が倒さなければならなかった相手とは、魔術師だったのだ。啓蒙が勝利をおさめるためには、「迷信に打ち勝つ知性が、呪術から解放された自然を支配しなけれぱならない」。そして「神話は啓蒙へと移行し、自然は単なる客体となる」。

司祭や儀礼などの特権的知識を極力キリスト教から排除しようとしたトーランド。

教義の解釈権を制度から奪い、同時にそれを個人の霊感ではなく「理性」に委ねることで予言者的行動を封じ込め、既成宗教と在野の新宗教を問わず、聖職者全体の権力を解体しようとしたトーランドの戦略は、魔術と啓蒙の関係から言えば、「理解不能なもの」に非存在の烙印を押し、世界を暗い混沌から自明な白昼へ転換しようとする試みだった。

機械って、素敵やん(by18世紀の啓蒙思想家)

ロマン主義の時代が機械のイミジャリーに対する拒絶と嫌悪に満ちていたとすれば、一八世紀には機械は驚きと賞賛の対象だった。これは論敵から機械的な体系と悪罵を投げつけられたベンサムや大陸啓蒙の思想家ばかりでなく、「本来の個人主義者」であるはずの、アダム・スミスまでが共有していた感情だった。(略)
現代人がロマン主義者たちと分かち持っている、「歯車」で組み立てられた無機的な機械としての社会への嫌悪の念が、一八世紀の啓蒙思想家たちの間では、まったく逆の感受性をもって受け止められている。このヴィジョンヘの価値評価の軸は、ロマン主義以前は正反対の方向を向いていたのだった。見事な機械としての政治体は、あくまで褒め称えられる存在であって、憎悪されてはいなかった。一八世紀は有機的なものと無機的なものとの対立を知らなかった。あるいは、ボイルの原子論について科学史家たちが明らかにしたように、「有機性」とはルネサンスの暗い想像力によってつくられた怪物で、啓蒙はすでにそれを遠く後にしてきたのだ。規則と秩序を愛する啓蒙期の知識人にとって、整然と計画的に作動する機械は、美的感情をかきたてるのだった。

属国の顛末。併合され観念の世界で政治的言説を組み立て、やがて同化していく。しみじみ。

かつて合邦によって政治的独立性を失い、いわばその代償行為のように、観念の世界で政治的言説を組み立てていったスコットランド知識人が生み出した哲学的政治学は、彼らがスコットランド人としての観念上での政治的独立性をも喪失し、帝国の運営に当たる為政者の立場に同化して、彼らの視野そのものを変化させたことによって消失したのだと考えることができる。(略)
じじつ大英帝国の運営には、小さな人口に不釣り合いなほど多くのスコットランド人が関わっていた。彼らは武勇の誉れ高い大英帝国の軍人として、情熱的で献身的宣教師として、そして有能な植民地行政官として、この体制を支えていくことになる。

他にも引用しようと思ったところはあったのだけど、なんだかんだでこれだけに。最後はトリビア的に。
250年続いた限定20名の閉鎖的討論サークルでは、ふざけたものから重要なものまで色々議論されました。ハゲネタは永遠だ。

「歴史は髪が薄い男性を冷遇してきたか」
「現在の帝国と植民地の政治は、帝国の解体に向かう傾向を持っているのか」
「ミュージカルの人気はブリテン国民が知的に衰退している証なのか」