少年A 矯正2500日全記録 草薙厚子

少年A 矯正2500日全記録 (文春文庫)

少年A 矯正2500日全記録 (文春文庫)

  • 作者:草薙 厚子
  • 発売日: 2006/04/07
  • メディア: 文庫
 

転勤する心を許した教官と涙を流して抱き合い、「寂しさ」という気持ちを理解するようになった、関東医療少年院入所二年目の少年A。
七夕の短冊に書いた言葉が、まさに都築響一夜露死苦現代詩」の世界。デカ字にしたYO。

ミドリガメの甲羅をエアガンで木っ端微塵に吹っ飛ばしたような人と出会ってほしい》
[文章自体には相変わらず破壊への執着があるが]
Aにとってカメは、事件の前に大事にしていた動物で、「ぼくはカメになりたい」と作文に書いたように、自分自身を投影する対象でもある。「一人の信頼できる特定の人物を通じて、外界を見ていくような心理が込められている」と、ある心理学者は分析した。

退院時に懸念されたこと

ある関係者は「Aに再犯の恐れはない」と強く言い切った。
 「退院したAが何者かに襲撃され、そのときに暴れて人に怪我をさせるという、その程度の恐れはあります。しかし、彼が以前と同じパターンで小さな子どもを殺す可能性はゼロです。なぜなら、もはや彼にはその『原因』がなくなったからです」
 ただし、Aを待ち受けるのは拉致や襲撃だけではないと、法務省は神経を尖らせている。
 「たとえば、大金を積んで手記を書かせようとする者もいるでしょう。それで億単位のカネが入ったら、彼は自由に動き回れるようになってしまう。だから、一挙に押し寄せるであろう様々な誘惑をはね返すケアも必要なのです」
 実際にそういう動きが出てきていると、法務省は警戒するのだ。
 被害者遺族への慰謝料、総額二億円という莫大な債務を抱えたAは、今後の生き方についてこう語っているという。
 「できることなら仕事をしたい。汗水垂らして働いて、償いのお金をコツコツと払ってい考たいのです。そして、詐されるならば、お墓参りをさせてほしい。あるいは、手紙を受け取ってもらえるならば送りたい。遺族の方と調整がつけば、できる範囲で精一杯のことをさせてもらいたいのです」

入所時

「自分にとって最悪な事件になった。(中学の)制服を着てやったのに、なぜその時、警察は捕まえてくれなかったのか、ボクは相当恨んでいる」
 警察が自分を逮捕していれば、土師淳君殺害事件は起こらなかったと、Aは責任転嫁の発言をした。
(略)
 「連日のテストや面接で疲れ果てていて、これでは矯正教育などできないと判断されました。それに、彼は淳君を殺害したことによって、人間としてのエネルギーをすべて出し切った、腑抜けのような状態だったのです」
(略)
 「生きろ、死ぬことは許されない」
 少年院のスタッフは、心を閉ざしたAを毎日必死に説得し、生きる意味を問い続けた。
 「何で大人はそんなに勝手なんだ。僕は一人で死にたいと思ってるのに、どうして死なせる自由を与えてくれないのか」

精神鑑定で自慰行為について問われ

「中学一年生の時に、人間を解剖し、貪り食うことを想像して自慰行為をはじめました」

実験ノート

金づちで殴った方は死に、おなかを刺した方は回復しているそうです。人間は、壊れやすいのか壊れにくいのか分からなくなりました。

“スパルタで育てました”

 母親は、Aが幼稚園で恥をかかないよう(略)排尿、排便、食事、着替え、玩具の後片付けなど、普通の子よりも早めに、厳しく躾けたのである。(略)
Aは母親から「弟たちがいるのだから、しっかりしなさい」といつも厳しく言われ続けた。たとえば、家族に対しても「おはようございます」と、子供らしからぬ礼儀正しい朝の挨拶をするようになっていく。Aにとって家庭とは、幼少時から甘える場所ではなく、苦痛を伴う自己鍛錬の場でしかなかったのかもしれない。
 三男が誕生して間もなく、Aが突然、「足が痛い、足が痛い」と言い出したことがある。(略)
[病院で検査したが]どこも悪いところはない。母親が家族の状況を話すと、医師は言った。
 「長男をもっとかまってあげてください。おそらく精神面から来る症状でしょう」
 母親はその頃、小児喘息持ちの三男の世話に一生懸命で、Aをほとんどかまってあげなかった。医師の助言を守って母親がAに気を配った結果、症状は二、三週間で消え、その後は「足が痛い」と言わなくなったという。
(略)
ある意味で早熟な子供だった。友達との玩具の奪い合いでは、いつも我慢して相手に譲る。幼稚園側は、母親が家庭でしっかり躾けていると見ていた。
(略)
 砂場で遊んでいる時、友達に玩具を取られたAが、モジモジして何も言い返せなかったことがある。母親は強く注意したという。
 「取られたら取り返しなさい!」
(略)
「緊張するなら周りの人間を野菜と思ったらいいからね」
幼稚園の音楽会で緊張をほぐすために母親がAに言った言葉だ。
(略)
「強ければ、人にいじめられなくてすむし、母親にも怒られなくてすむ……」
Aが自分より強い者すべてを「仮想敵」として胸に秘めていたのは間違いない。
(略)
小学三年のAを、学校側はこう振り返っている。
「根は大変優しいが、超テレ屋。怒られることに敏感で、心を出せない子。本当の情緒が育っていない。母親は“スパルタで育てました”と言っていた。
(略)
実は「お母さんなしで生きてきた犬」には、当時の担任が[母親に見せるのを躊躇し]削除した部分が存在していた。「ぼくもおかあさんがいなかったらな。いやだけどやっぱりぼくのお母さんみたいなのがサスケのおかあさんだったらわからないけど。やっぱりかわいそうだな」
(略)
[この頃からAは反抗的になり、ある日、兄弟喧嘩を父が強圧的に止めると]
Aの目は突然虚ろになり、宙を見つめ、震えながらこう言った。
「お母さんの姿が見えなくなった。以前住んでいた家の台所が見える。前の家に帰りたい、帰りたい」
母親は、異様なAを目のあたりにして心配になり、医師の診察を受けさせた。下された診断は「過干渉による軽いノイローゼ」というものだった。
「親の躾が厳しすぎる。早まって口出ししたり、過去の事をくどくど言わず、子供の性格を理解した上で躾をしなさい」
母親は医師から直接の指導を受けた。繊細で何事にも敏感なAは、精神的に限界にきていたのだ。

中学二年、犯行開始

[進路希望の作文で]Aは葬儀屋の仕事について書き、死体が腐っていく過程をリアルに描写して先生を悩ませた。(略)
Aは、部屋でひとり殺人妄想にさいなまれ続けていた。
 二月の初め、階段ですれ達った三年生の女生徒が、Aのまっさらな運動靴を踏み付けてしまうという出来事があった。その女生徒に謝罪をさせようと、二月十日、午後の授業が終わった後、Aは制服姿で鞄をもったまま女生徒の自宅付近で待ち受けていた。玄関のドアを無理やりこじ開けようとしたAは、友達に見つかって怒鳴られ、迫いかけられて家まで逃げ帰る。そんな自分に激しい屈辱感を覚え、Aは心理的混乱に陥った。
 そして、同じ日のその直後から、Aによる一連の犯行が開始される。

「まさか、あの酒鬼薔薇?」

院生の間で自分の犯行について語るのは懲罰房行きだが、ある日、ひとりが、女教師をバタフライナイフで殺したと告白

院生たちはちょっと引きながらも、「ああ、そうなんだ」という感じで聞いていた。
「僕も結構、人を殺したんですよ。あったでしょう、神戸で……」
Aは突然、自分の犯した罪を仄めかした。
「まさか、あの酒鬼薔薇?」それを聞いた誰かが訊ねると、Aは目を大きく見開いて、舌をベーッと出し、声なき声で叫ぶような表情を見せた。まるで「そうだよ」と自分を誇示するような表情だった。その場に居合わせた少年たちは皆、ショックを覚えた。
「何で殺したんですか?」
Aに対して矢継ぎ早に質問が浴びせられた。するとAは高次元な言語を使い、難解な理論を持ち出して説明を始めた。質問が続くと、それに対してまた高次元な理論で回答する。意味を理解した者は一人もいなかったが、女性教師バタフライナイフ殺人の少年だけは、驚きながらも犯罪に興味があったためか、興味津々で聞いていたという。

1999年正月、Aが自信たっぷりで書き上げた書き初めを教官がデキが悪いと破いた

嫌味で破ったわけではない。まあ、これは残しておくほどのものではない、もう一枚新しいのを書くだろうと、教官は思ったようだ。しかし、半紙が破られるや、Aは鋭い眼光で教官を凝視した。数秒の沈黙があり、部屋中にピリッとした空気が流れた。その場にいた院生たちは皆、「頼む、何も起こらないでくれ」と心の中で願ったという。
「なんか、気分が悪いですね……」
Aは沈黙を破り、予想に反してぼそっと一言だけいった。そして何事もなかったかのように、また書き初めを始めたのである。周囲の少年たちは、Aが言葉を発するまでの間、何が起こるのかと思って本当に恐ろしかったと述懐する。

“かわいいブタ、死ね”

[教官が院生全員に家族についてのイメージを語らせると、Aは]
「母」という言葉のそばに、こう書いた。
“かわいいブタ、死ね”
「僕はね、父に対しては疎遠というか、あんまり接してなかったから、特にイメージがないんですよ」
そう切り出したAは、続けてこんな解説を始めた。
「母に対しては“かわいいブタ、死ね”と書いてありますけど、“かわいい”っていうのはその通りなんですよ、ほんとに可愛らしい感じの母なんですよ。“ブタ”というのは、母の体格そのものを示してるんです。だから僕ね、ちょっと冗談でなんですけど、母が作業やってる時、後ろから隙を窺っていきなり思いきりけつを叩くんですよ、ばちーんと。それで思いっきり逃げるんですよ。“死ね”っていうのは愛憎で、憎しみという部分だと思うんですけど、その部分についてやっぱりほんとに“死ね”っていうイメージしかない……」
 Aは自己を分析しながら、きわめて冷静に話したという。

次回に続く。
kingfish.hatenablog.com
kingfish.hatenablog.com
kingfish.hatenablog.com