永山則夫 封印された鑑定記録・その2

前回のつづき。
これを読んでると、永山に酒鬼薔薇とかにあるイヤな感じは全くない。要領が悪くてもどかしくはあるけど、猟奇的悪意はない。だいそれたことをしでかしてしまうのは、母や兄にないがしろにされた、「あてつけ」なのだ。まあ、今なら、かまってちゃんは困るねと言われそうだけど、もうちょっとうまく物事が流れていれば、こんなことにはならない人だと思う。成功した兄が父のように博打に狂ってしまわず、永山の面倒をみてくれていたら、こんなことにはならなかっただろうし。どうも永山家は、成功した人は博打に狂い、優しい人は発狂しがち。そんな一族の中で永山が事件おこしたのは、文学体質だからじゃないかなあ。

永山則夫 封印された鑑定記録

永山則夫 封印された鑑定記録

父への憧れ

永山 映画、観ててね、板柳は大映系統がたくさん来るんだ。佐田啓二とか佐分利信とか、そういう人を見るとね、こんな親父だったらなあって……。
(略)
 この頃、永山は一日一回、映画を無料で観ることのできる「パス券」を特っていた。兄たちの新聞配達を手伝わされるようになり、新聞の販売店から、新聞配達の少年たちへの特典として渡されていたものだ。映画館は独りで夜を過ごせる格好の場所となった。駅の荷物置き場やバスの下よりも暖かかった。
 映画を観ながら、父親役を演じる俳優たちに父の姿を重ねた。永山には兄たちのように、博打に狂う父の姿も、大酒を飲んで家族に暴力をふるう姿も記憶にない。まして網走で母に捨てられた事実も覚えていないのだから、助けてくれなかった父への怨みもない。母から疎まれ、邪険にされる中、父への夢は逃げ場であり救いになっていた。(略)親父がいつか自分を迎えに来てくれると思ったりもした。(略)数年後、父の非業の死を知るまで父への夢は膨らんでいく。

セツ

[則夫の小学五年になる前に、セツが病院から戻る]
 長女セツは再び、献身的に永山の面倒を見た。永山を「のっちゃん」と呼び、宿題を手とり足とり教えた。雨が降れば傘を持って小学校まで迎えに行き(略)編み物が得意で、永山に色とりどりの靴下や手袋を編んだ。
(略)
 それまで何年も不登校だった子どもが、たったひとりの人間の存在で、せっせと学校に通うようになるのである。(略)幼い子どもにとって、愛する人から愛情を注がれることがいかに大切で尊いことか、石川医師が注目した小学校の出欠記録は示している。(略)
 だが、永山の幸せはいつも長くは続かない。
[近所の40男Oとセツが寝ているところを目撃]
Oがセツの上から覆いかぶさっていた。セツはされるがまま、ヨダレを垂らして横になっている。性に関する知識がなかった永山は最初、それが何を意味しているのか、よく分からなかった。
[セツは妊娠、堕胎、そして塞ぎこむようになり、再度精神病院に入院。以来生涯入退院を繰り返すように]

父の死

[父が岐阜の電車の中で倒れ死去。葬儀での兄達の言葉から]永山は初めて、「網走で乞食みたいになったのは、おふくろに捨てられたからなのか」という疑念を抱く。(略)
[仏壇の奥に隠されていた警察の現場検証の写真を見つける]
汽車かな、どっかに横になってて、ツバみたいな、ドロっとしたもんか出て。なんていうか、嫌でね……。(略)汚い格好してたな……(略)
この頃から、自殺を考えるようになる。母代わりの長女セツの発狂、そして映画俳優に重ねて夢みた父の非業の死。瞼に焼き付けられた父の死に顔は、後に東京を放浪するようになってからもずっと脳裏から離れず、永山を「死」へと誘うことになる。(略)
自分を愛してくれた大切な人であったセツ姉の不倫は則夫に不潔感、侮蔑感、失望等の混合したやり場のない怒りを引き起こした。
(略)
 永山は、かつての兄たちのように木刀を持つようになった。
 木刀を持つと、自分が強くなったような気がした。妹と姪のうち、永山は特に姪のことをひどく殴った。姪は、長男が産ませた子どもである。(略)
 姪を殴った理由は、父の葬儀にやってきた長男と次男が結託して、僅かに集まった香典をすべて持ち帰ったことへの復讐だった。それに、上京する前の次男が姪のことを可愛がっていたことから、散々、暴力を振るわれた次男への復讐も兼ねていた。これまで自分がされてきたのと同じ理不尽な仕打ちを、今度は自分よりもさらに弱い立場の姪にぶつけたのである。
(略)
名実ともに未亡人となったヨシに誘惑が増え(略)[板柳駅の助役と不倫]行商一筋だった、母親はすっかり変わってしまっていた。(略)[中二の夏、母が天ぷら屋と1ヵ月駆け落ち。これが「おふくろは、俺を三回捨てた」の二回目]
[脳卒中の気があった母が入院、則夫の暴力に耐えかね、妹も姪も母と病院で寝泊まりするようになり、則夫一人の家に不良少年が入り浸るように]
家の二階は彼らの盗品を保管する倉庫となり、新品のレコードや衣類が山と積まれていった。だが永山にとっては、誰もいないより遥かに良かった。そのうち、かっぱらいの手下をやるようになり、町の商店や、時には弘前まで出掛けて行って食料品や衣類を盗みまくった。新聞配達で鍛えたせいか足が速かった永山は、一番危険な盗品を持って走り去る役目をやらされた。仲間との共同作業に、初めてとも言える達成感を味わった。
 家に独りでいると、周りの同級生たちが集団就職に向けて準備を進めているのが分かった。トランクや白いワイシャツ、靴下を買ったという会話が、筒抜けのベニヤ板の壁の向こうから、いやでも耳に入ってきた。一銭の金もない永山には何も用意することも出来ず、焦りだけが募った。窃盗仲間から、盗んだワイシャツを分けてやると言われていたので彼らだけが頼りだった。
 永山の家は、「博打場」にもなった。(略)永山は勝てたためしがなく、マッチ棒の借金は嵩んでいった。近所の同級生からは、「永山んちは板柳のモナコだ」と笑われた。
(略)
 二月になって、事件は起きる。不良少年らについて、かっぱらいの店を見定めしながら町を歩いた時、連れ立って歩く母と妹にバッタリ出くわした時のことだ。ふたりは銭湯に行く途中だった。(略)
永山 おふくろとね、妹がさ、ふたり笑ってね、「なんか、元気にやってるかって。俺は「この野郎」って思ってね。俺、メシも食えない状態がすごく続いているわけだ。俺、その頃さ、風呂も入れなかったから、それで「元気か」なんてさ、言われるもんだから、無性に腹がたったんだ。
 その瞬間、それまで抑え込んできた何かが爆発したようだった。(略)
[母へのあてつけで、わざとつかまるように万引き]
 母は学校に呼び出され、大目玉をくらった。永山家の二階に山と積まれた数々の盗品も見つかり、すべて没収された。不良少年たちは永山との関係をそろって否定し、窃盗は永山ひとりの仕業にされた。永山は否定せず、また何度問われても仲間の名前だけは一切、喋らなかった。(略)
[賭けの借金3000円を取り立てると]それ以降、不良仲間たちは一切、永山の家には寄り付かなくなった。彼らにとって永山は都合のいい手下にすぎなかった。永山にとっては、町で出来た唯一の友人だった。だからこそ、大人たちに何を聞かれても彼らの名前は絶対に明かさなかった。
 しかし、五ヶ月にもわたって永山家に出入りしていた不良少年たちの姿は近所の人に目撃されていて、永山にかけられた嫌疑はそのうちに晴れた。セーターを盗まれた洋服店の主人は、永山はひとりで苦労しているし、もうすぐ集団就職するのだから品物さえ返してくれればそれでいいと、学校にも警察にも事を荒立てないよう言ってくれた。少年に対する周囲の人々の配慮が、この小さな町にはまだ辛うじて残っていた。だが永山は大人たちを怨むばかりで、店主に感謝する気持ちにはなれなかった。(略)自分だけが疎外されているという憎悪ばかりを増幅させていた。
(略)
 東京に向かう汽車の中で、彼はふたつのお守りを身につけていた。
 ひとつは、学生服の下に着ていたシャツである。
 胸に大きなワシの絵がプリントされたシャツ。板柳の不良仲間がかっぱらってきた、例の盗品だ。店主に見つかった時、家にあった品物は返したが、このシャツだけは隠しておいた。「これを着て東京に行く」と固く心に決めていたからだ。そのシャツを着ていると自分が強くなったような気がした。盗んでやったという達成感、そして誰に向けるでもない「ザマ見ろ」という当てつけにも似た満足感、さらには力強い大きなワシの絵が彼に自信を与えてくれた。
 しかし、特別なシャツを身にまとい手に入れていたはずの自信は、上野駅に着くやいなやすっかり消え失せていた。
[手紙を送っても音沙汰なしの長男次男とはちがい、千円を送ってくれた三男が迎えに来ていなかった]

男女を問わず「もてた」けど、ウブすぎて……

[渋谷駅前の西村フルーツパーラーに就職]
 永山は小柄で華奢で色が白く、丸顔に大きな瞳でまつげも長く、いわば女性的な顔立ちをしていた。都会での新生活に、いつもおどおどしていたに違いない。うぶな永山は、とにかく「もてた」。それも男女を問わずである。店の前でホウキを持って掃除していると、通りがかりの男に食事によく誘われた。「また永山だ」と同期入社の少年たちは笑った。板柳で「オカマ」と呼ばれて苛められたことを思い出して嫌な気分になったが、この種の話はそれだけに終わらない。(略)
[社員寮で]ある先輩と二人きりになった時のことだ。いきなりズボンを脱がされて陰茎を砥められた。それがどういうことを意味しているのか当時は分からなかったが、永山は「悪いことをしているような」気持ちになった。身を任せているうち、少し妙な気分になりかけて大慌てで部屋から逃げ出した。「ホモ」という言葉を知るのは随分あとになってからだ。永山が初めて夢精をしたのは中学三年の冬だったが、当時、そのことの意味を教えてくれる大人もおらず、自分の性欲やその処理をどうしたらいいのか、よく分からないままたった。
 年上の女性にも誘われた。自由が丘からアルバイトに通って来ていた女子大生のSは、「今度ボーナスが出たら一緒にホテルに行きましょう」と誘ってきた。Sはお嬢さん風の綺麗な人でドキドキしたが、永山は「ホテルに行く」の意味するところも、実はよく分かっていなかった。突然の誘いにどう答えていいか分からず、笑いかけてくるSにこう返した。
 「お金、200円あげるから、君だけで行け」
 Sは「侮辱だ」と怒り、以来、女子グループに「共同戦線をはられて」総スカンを食らうことになった。
Sが夏頃にアルバイトを終えた後、その母親が店にきて従業員にお礼の挨拶をしてまわっていたが、自分にだけ話しかけないように感じた。まだ怨まれているのだろうかと嫌な気持ちになった。

友達ができない、クビへの恐怖

ある問題が永山を悩ませた。友達が出来ないのだ。たったひとりでもいい、ふと淋しくなった時、一緒にいてくれる人がほしかった。休日に一緒に遊びたいとも思ったが、どうやって声をかけたらいいのか分からない。小学校も中学校もほとんど不登校で通し、友達を作る知恵も経験も無かった。それまでに経験したのは、叱られたり殴られたりという受身の人間関係だけ。他人と対等に付き合うということが出来なかった。
(略)
それまで完璧にこなしていた仕事にも、時々ミスが出るようになった。世間の常識を何も知らない永山は、会社という場所はミスをしたら首になるものと思い込んでいた。映画でサラリーマンが失敗をするシーンを何度も見たが、彼らは必ず首にされていた。人が気にも留めないような小さなミスでも、今度こそ首になるとビクビクした。彼の短い人生で、誰かに相談するという経験は一度もなかった。目の前で起こることすべてをひとり抱え込んだ。落ち込んだ日には、東急東横線に乗って終点の横浜まで行った。海を見ると心が安らいだが、深まる悩みを解決するには彼はあまりに無知だった。
(略)
[求人で上司が青森・弘前に出向いた際]永山がよく働いていることを伝えた。するとその学校関係者は、永山が中学三年の時に起こした窃盗事件について喋ってしまった。(略)
[職場で万引きがあった際の上司が]
 「俺も分かるよ、やったことあるからさ。永山、お前はどうだ」
 永山の胸はドキンと脈うった。咄嵯に答えた。
 「俺は、畑のリンゴをかっぱらったくらいだから……」
 すると、待っていたかのようにBが続けた。
永山 そしたらBさんがね、「嘘つけ、この野郎」ってね、「呉服屋のこと、知ってるぞ」ってね。俺、ビックリしちゃって、「あれっ」て思って、何て言うか、ガーンッてぶん殴られたような気がしたよ。それからね、もう、駄目になっちゃったんだよね……。
(略)
 それでなくてもミスが続いていた。さらに窃盗の過去がばれてしまっては首になるのは間違いない、と永山は思い込んだ。上司を頼って相談したり、自分が期待されていると自信を持つことは出来なかった。切り捨てられるか、その前に自分が切るか――。一週間後、永山は誰にも相談せず、荷物も待たないまま身ひとつで寮から飛び出した。

次回に続く。

 

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