まちモジ 日本の看板文字はなぜ丸ゴシックが多いのか?

 著者が世界各国で収集した看板のカラー写真がメインなのですが、途中に挟まれた文章の面白いところを引用。

まちモジ 日本の看板文字はなぜ丸ゴシックが多いのか?

まちモジ 日本の看板文字はなぜ丸ゴシックが多いのか?

 

 看板の職人さんに、たずねてみた

[以下、本では図版付きで説明している文章なので伝わりづらいですが]

縦画1本 を平筆で書くとき[普通は枠を取り中を塗り込むが、看板屋には下書きの時間もないし]シャッターなどでは鉛筆の正確な下書きはほとんど不可能だからです。

 次から、熟練した職人さんがとる、効率の良い方法です。

[図版による解説。角ゴシックだと6回の筆入れのところが、丸ゴシックだと4回もしくは2回ですむ]

 丸ゴシックには、早くできる理由がもうひとつあります。字の形が簡単なのです。角ゴシックでは、「口」の縦画の一番下の部分が下の横画より下に伸びますが、丸ゴシックでは下の部分が丸く単純な形です。

 角ゴシックでは10回の手間が必要とされるところ、丸ゴシックでは6回ですみます。

 30センチ未満の小さめの字の場合は、「ゴシック筆」と呼ばれる、穂先の長い丸い筆にペンキをたっぷり含ませて書くだけで丸ゴシックになります。角を整える手間は不要です。

(略)

やっぱり角ゴシックは一度線を引いたあとに角を出す作業が入ってくるので、手間が多いです。特に、ハライの先端の切り口の角度は勝負どころです。この「交」の字は、熟練の腕のおかげで一発で良い角度で収まっていますが、あと少しでも鋭角になってしまったら落ち着かず、鈍角にしたら重苦しい印象になるところです。それに比べて丸ゴシックは、筆を止めたところが自然に丸くなり、効率が良いのが見ていてもわかります。ただし、丸ゴシックも、初心者に簡単にできるわけではなく、すべての先端の丸みが統一感を持つように書くのは難しいんだそうです。
 上林さんに言わせると角ゴシックは丸ゴシックよりも「見える」そうですが、一方で、彼はこう言います。「多くの文字を書くときは、角ゴシックをスッキリと並べるのは至難の技です。どないしても、ざわついた感じになることが多いのです。丸(ゴシック)にすると、そういった感じにはなりにくい」。太い字になればなるほど、ハライの先端の切り口がはっきり見えてくるから「ざわついた感じ」になるのかもしれません。角ゴシックの先端の処理は難しく、彼は「見習いに理解させるのは至難の技で、とうとう一人の後継者も育てることができなかった」と言っています。

(略)

カッティングシートが一般的になってから、角ゴシックが増えてきたように感じます。誰でも簡単にデジタルフォントの文字を使うことができるようになって、筆書きの技術の習得の必要はなくなりました。カッティングシートを貼るのにかかる時間は、角ゴシックでも丸ゴシックでも同じです。

(略)
平看板の製作は、カッティングシートやインクジェットプリンタを使ったほうが耐久性も高く、早く仕上がることもあります。そのかわり寿司屋や料理屋の仕事のときは、手書きの方が貧弱にならなくて良いし、シャッターに書く場合、壁面に大きく文字を入れる場合も書き文字が適しているというように、手書きの良さを活かせるところはまだあります。
 上林さんと板倉さんは、自分たちのことを「手書きができる最後の世代」と言っています。事実、「屋外広告美術士ペイント仕上げ二級」の資格を取ったあと、その資格を審査できる人がいなくなり、一級を取りたくとも取れなくなってしまったのです。

(略)

丸ゴシックが選ばれてきた理由は、遠目でも読めること、オフィシャルに見えること、そして手で書くときに効率が良いこと、の3つがバランスよくそろっていたからではないでしょうか。

 フォントって、こうやってつくってるんだ

 よく「フォントをつくるときって、最初にどの文字からつくるんですか?」とたずねられます。考えてみたら、いつも違う文字から始めている気がします。小文字aからのときもあるし、大文字Hこときもあるし、数文字をいっぺんにスケッチして単語の塊から始めることも多いです。それに、最初につくる字が何かっていうのは、そんなに大事じゃない。かりに、「じゃあ小文字aからつくろう」と思っても、「はいaが完成、次はb、そしてc」という順序にはならなくて、数文字のグループをつくっては直して、の繰り返しです。

(略)
 Akko制作の段階で実際にボツにした例があるので、それをもとに、制作プロセスを再現してみます。いつもだいたい次のページのような手順でつくっています。

[図版につけられた説明文]

1.a をつくる。(略)

2.次は a の右上の形が似ているから n をつくる

3.そして n の左の縦棒をのばして h をつくる

4.a、n を参考にしながら o をつくってみる

5.(略)o の右半分をコピーして、 h の左縦棒とあわせて b をつくる

6.b を回転させて q

7.q を利用して d

8.b を利用して p

9.全体のバランスを見て、a の右下の角の丸みがおかしいことに気づく

10.一度できたはずだった a をつくり直す

11. b の左下角を a に合わせてつくり直す(略)

12.それにあわせて qdp をつくり直す

(略)

書体デザインというのは、「大文字と小文字・数字の形ができたから終わり!」じゃなくて、スペーシング調整がうまくいった状態で初めて完成です。

(略)

私は、文字のデザインにかけた時間と同じくらいスペーシングの調整に使います。

(略)

本文書体をデザインする書体デザイナーに必要なのは、ひらめきはもちろん、そこから先、気の遠くなるような修整の繰り返しをするためのマラソンランナーのような持久力。また、小さなノイズみたいなもの、読者がほんの一瞬だけ戸惑ってしまうような部分をすばやく感じ取る能力。自分のアイデアに酔いしれてしまわないように、突き放すように自分のフォントのあら探しをする、鋭い批判的な眼も必要です。

 ドレスコード

 (略)たとえば「Monotype」みたいな会社の名前や、人名、固有名詞は、最初の一文字だけ大文字で、あとは小文字です。BMWIBMなど略称の場合は、固有名詞の単語の頭文字だから大文字だけになる。じゃあ、そのロゴが「MONOTYPE」みたいに大文字で組まれている場合に本文の文章中で社名の扱いをどうするか。日本では、ロゴにならって大文字で組まれることが多いようです。(略)
 でも、文章中でそれは避けた方が賢明です。大文字だけで文章や単語を組んである部分が文中から飛び出て、気になってしょうがないんです。

(略)

 書体についての小ネタを集めた本『Just My Type』を読んだときにも、仕事上の問い合わせに対して大文字で組んだ文章を送信したのがもとで解雇され、裁判を起こして一騒動になった人の実話が載っていました。著者が書いているとおり、「(略)大文字だけの文章は、誰かを嫌って叫んでいるみたいに見える」をその人は無視してしまった。気をつけていれば避けられた騒動です。

(略)

欧文組版ルールの本『New Hart’s Rules』(通称「オックスフォード・ルール」)を見ると、こう書いてある。(略)
 「電子メールや掲示板で大文字を過度に使うと、相手に不快感を与える(怒鳴っていると受け取られる)。ウェブサイトでは、大文字の単語は読みづらいことがあり、強調を表すには色を使うのが良い」

(略)
『The Chicago Manual of Style』(通称「シカゴ・ルール」)では、こうです。(略)
 「強調を表すために単語や語句をすべて大文字にするのは、まず適切ではない」

(略)

 もちろん、それを逆手にとって、小説などでわざと大文字を使って声の強さを演出することもあります。あのベストセラー、『ハリー・ポッターと賢者の石』の中の一場面。

(略)

手紙を渡してくれないバーノンおじさんに対してのハリーの怒りが爆発して、
″I WANT MY LETTER!″ he shouted.
 と叫ぶ。明らかに音量が違っている感じ、字面からもびんびん伝わってきてますよね。

(略)

ロゴが大文字で組んである欧米の企業サイトでは、どうやって表記していると思いますか?見え方にきちんと気を遣っている会社は、普通に大文字と小文字で組んでいます。日本の中では「大文字に!」って厳しく言われるところを、さらっとスルーしています。(略)

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