サウンドプログラミング入門―音響合成の基本

サウンドプログラミング入門――音響合成の基本とC言語による実装 (Software Design plus)

サウンドプログラミング入門――音響合成の基本とC言語による実装 (Software Design plus)

 

波形と音色

 ただし、波形が変化したからといって音色も変化するとは限りません。(略)
 実は、周期的複合音の場合、倍音の位相の違いは音色にほとんど影響しないことがわかっています。人間の聴覚は、波形そのものではなく、波形を周波数特性に変換し、倍音の配合比率を割り出すことで音色を知覚していると考えられています。そのため、人間には音がどのように聞こえているのか理解するには、波形だけでなく周波数特性を観察することが重要なポイントになります。

バーチャルピッチ

このように、基本音がなくても、まるで基本音があるかのように感じられる音の高さを「バーチャルピッチ」と呼びます。
 バーチャルピッチは決して特殊な現象ではありません。実は、私たちの身近にある電話もバーチャルピッチの思恵にあずかっています。通信の都合のため、音声の基本音が含まれる300Hz以下の周波数成分をカットして音声をやり取りするのが電話の仕組みになっていますが、こうした処理がほどこされていても私たちは相手の声の高さを間違うことはありません。まるで基本音を補うかのようにして音の高さを知覚するのが人間の聴覚の特徴になっています。
 バーチャルピッチは、人間の聴覚には波形そのものから音の高さを割り出す仕組みが備わっているとする仮説によって説明することができます。図4.17と図4.18を比べてみると、基本音の有無に関わらず、どちらの波形も基本周期で繰り返していることがわかります。こうした波形の繰り返しを割り出すことで音の高さを知覚するのがバーチャルピッチの仕組みと考えられています。
 いずれにしても、波形と周波数特性という2つの視点から音の特徴を割り出しているのが人間の聴覚の仕組みといえるでしょう。

加算合成とオルガン

 実は、加算合成のアイデアは実際のオルガンにも通じるものがあります。オルガンはパイプに空気を送り込むことで音を鳴らす一種の管楽器ですが、それぞれのパイプは単純な音色を作り出す笛にすぎません。こうしたパイプを組み合わせることによって倍音の配合比率をコントロールし、厚みのある音色を作り出すのがオルガンの仕組みになっています。

減算合成

 あらかじめ多数の周波数成分を含んだ波形を用意し、こうした「原音」からフィルタを使って不必要な周波数成分を削り取るのが、「減算合成」と呼ばれる音作りのテクニックとなっています。(略)
LPF[ローパスフィルタ]を適用すると、高域の周波数成分を削り取ることで音色の明るさをコントロールすることができます。同様の音を加算合成で作り出すには、それぞれの周波数成分について1つひとつパラメータをコントロールしなければなりません。一方、減算合成は、遮断周波数といったフィルタのパラメータをコントロールするだけでよいため音作りの仕組みとして簡単であり、これが加算合成と比べて減算合成が人気を集める大きな理由になっています。
 実は、こうした仕組みで音を作り出しているのが(略)アナログシンセサイザです。アナログシンセサイザは、減算合成によって音を作り出す装置の代表例になっています。

周波数特性の時間変化

こうしたフィルタの周波数特性を「周波数エンベロープ」と呼びます。
 表情豊かな音を作り出すには、周波数特性の時間変化をコントロールすることが重要なポイントになります。図7.3に示すように、時間エンベロープを設定することで周波数成分の時間変化を1つひとつコントロールするのが加算合成のアプローチになっていますが、一方、図7.4に示すように周波数エンベロープを設定することで周波数成分の時間変化をまとめてコントロールするのが減算合成のアプローチになっています。
(略)
加算合成と減算合成は、周波数特性の時間変化をそれぞれ異なる視点からながめたテクニックとしてとらえることができるでしょう。

音声合成

 減算合成のアイデアは、私たちにとって最も身近な音である音声にも見出すことができます。実は、人間が音声を生成するメカニズムは減算合成そのものになっています。
(略)
肺から押し出された呼気は声帯を周期的に振動させ、多数の倍音を含む原音を作り出します。こうした原音が口腔や鼻腔を通過すると、その形状にしたがって周波数特性が変化し、音声が生成されます。口腔や鼻腔はフィルタとして働き、あごを上下に開いたり、舌を前後に動かしたりすると、それにともなってフィルタの周波数特性は変化することになります。

FM音源

 サイン波を1つひとつ重ね合わせることで音を作り出す加算合成は、最も自由度の高い音作りのテクニックであるものの、多数のパラメータをコントロールしなければならないという難しさがあります。(略)
あらかじめ用意された原音を加工する減算合成の音作りは(略)原音に含まれていない周波数成分を新たにつけ加えることはできないという限界があります。
(略)
 こうした状況のなか、新たな音作りのテクニックとして登場したのが「FM音源」です。次のように、「キャリア」と呼ばれるサイン波に対して「モジュレータ」と呼ばれるサイン波を使って変調をかけることで音を作り出すのがFM音源の仕組みになっています。
たった2つのサイン波から多数の周波数成分を作り出すものになっており、加算合成ほど多数のパラメータをコントロールしなくても複雑な音色を作り出すことができるという特徴があります。さらに、パラメータしだいではアナログシンセサイザでは難しい金属的な音を作り出すことができ、こうした画期的な特徴が新たな音作りのテクニックとしてFM音源の普及を後押しした大きな理由になっています。
(略)
アナログシンセサイザとは一線を画すFM音源の重要なポイントは、アナログシンセサイザでは難しい「非整数倍音」を簡単に作り出すことができるところにあります。
(略)
金属の板をたたくことで音を鳴らすエレクトリックピアノはFM音源によって同じような雰囲気の音を作り出しやすい楽器の1つになっています。(略)
キャリアとモジュレータの周波数比を、減衰音については1:1、打撃音については1:14にすることで、減衰音には低域の倍音、打撃音には高域の倍音を受け持たせています。

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