マイケル・ムーア、語る。

マイケル・ムーア、語る。

マイケル・ムーア、語る。

 

 マイケル・ムーアの死刑

[殺害予告を受けるハメになったのは、オスカー授賞式でブッシュを非難した時から]

「(略)俺たちはノンフィクションが好きで、その連帯感で結ばれてここにいる。俺たちはノンフィクションが好きだが、偽りの時代に生きている。偽りの選挙結果により、偽りの大統領が選ばれる時代に生きている。偽りの理由で俺たちを戦争に送る男のいる時代に生きている。(略)俺たちはこの戦争に反対だ、ブッシュ大統領。恥を知れ、ブッシュ。恥を知れ。(略)」
 このスピーチの途中から、地獄の釜の蓋をあけたような騒ぎになった。すごく大きなブーイングが上の階や舞台裏からあがった(マーティン・スコセッシメリル・ストリープなど何人かが、会場の席から賛同の声をあげてくれたが、多勢に無勢だった)。

(略)

 怒ったスタッフが近づいてきて、俺の耳に向かってあらんかぎりの大声で叫んだんだ。
「クソ野郎!」って。(略)
目を光らせていた舞台裏の警備員が、一触即発の雰囲気を察して飛んできて、すばやく俺の腕をつかんで安全な場所に引っぱっていった。俺は震え、動揺し、そして自分のスピーチヘの圧倒的な負の反応に、人生最高の瞬間を喜ぶかわりに、突然絶望のどん底に突き落とされた。

(略)

 アメリカ人なら、俺の言ってることがわかるはずだ。あの週、あの月、あの年の雰囲気を覚えてるはずだ。戦争に異議を唱えるようなことは誰も言えなかった。もし言ったら、そいつは裏切り者であり、兵士の敵だとみなされた。まるでジョージ・オーウェルの世界をもっと暗く恐ろしくしたみたいだった。だって本来なら、そもそもこの不要な戦争に兵士たちを送りこもうとする連中こそが、本当の兵士の敵だろ?

(略)
 一時間後、アカデミー協会主催の晩餐会の会場に俺が入っていくと、部屋じゅうが静まりかえり、みんな一緒に写真を撮られるのを恐れて俺から離れていった。

(略)

俺は、妻とふたりだけでパーティ会場の入口に立ちつくしていた。そのとき、パラマウント映画の会長のシェリー・ランシングが、中央の通路をまっすぐこっちに向かって歩いてきた。ああ、そうか――これが結末か。ハリウッドの最高権力者から叱責されるのか。そう思った。(略)
 そのとき、シェリー・ランシングが目の前に立ったかと思うと、俺の頬に盛大にキスした。
 「ありがとう。今はつらいだろうけど、いつかきっと、あなたの正しさが証明される。あなたは立派だわ」と彼女は言って、ハリウッドのお歴々の前で、俺を抱きしめた。それは宣言だった。

(略)

 その晩はそれ以上のことは何も起きなかった。シェリー・ランシングが思わぬ共感を示してくれたことで、アンチ派に何か言われることはなかったが、だからといってリスクを冒して近づいてくる者もほとんどいなかった。

(略)

自宅に帰りついてみると、地元の美化委員会がわが家の私道に捨てていったトラック三台分の馬糞が腰の高さまで積もってて、自分の家に入れず、しかもわが家に庭木には、真新しいいくつもの看板が釘で打ちつけられていた。“出ていけ!”、“キューバに行け!”、“アカのゴミ!”、“裏切り者!”、“すぐに出ていかないとひどい目にあうぞ!”

 出ていく気はさらさらなかった。

(略)

嫌がらせの手紙が山と届くようになった。

(略)

もっと不気昧だったのは家にかかってくる電話だ。怒りの念に人間の声がくっついてて、「こいつは逮捕される危険を冒してまで、電話でこれが言いたかったんだ」と考えると、その怖さは格別だった。(略)
 だが一番最悪だったのは、人が家までやってきたときだ。(略)

俺を本気で憎んでるやつは少なくて、ほとんどはただのいかれた連中だった。何度も警察を呼んだあげく、とうとう向こうから言われた。自分でガードマンを雇ったほうがいいんじゃないかってね。だからそうした。

(略)
 最初は元SEALsをひとり派遣してもらった。でもその年の年末までには、脅迫だの襲撃だのがかなり深刻に増えたせいで、二十四時間、九人のボディガードに囲まれてすごすことになった。

(略)

アメリカ一憎まれる男”っていうありがたくない立場を手にした俺は、俺の立場の人間なら誰でもするであろうことをしようと決意した。
 それはアメリカ合衆国大統領が戦犯だと告発する映画をつくることだった。

(略)

 『華氏911』に対する当初の圧倒的な支持はブッシュ政権をおびえさせた。再選をめざすブッシュ陣営のブレーンたちは、映画が決定的な敗北への分岐点になりかねないと考えた。そこで、映画が有権者にもたらす影響を、とある世論調査の専門家に調べさせた。(略)

 『華氏911』は民主党の支持者(この映画に熱狂的な反応を示していた)を勢いづかせるだけじゃなく、妙なことに、共和党支持の女性にも目に見える影響をもたらしていた。
 映画会社の独自アンケートでも、共和党支持者のじつに三分の一が、映画を観たあとに、この映画を人にすすめると答えていた。(略)

共和党支持の女性有権者の一割が、『華氏911』を観たあとに、ジョン・ケリーに投票するか、あるいは投票を棄権することに決めた、と答えたのだ。
 ほんの数パーセントが結果を左右するかもしれない選挙で、これは衝撃的なニュースだった。

(略)

映画は北米全土で公開週の第一位になった(略)全五十州で一位になったんだ。そう、保守王国のディープサウスでも。(略)

噂じゃ、『華氏911』の海賊版イラクに行った兵士に一番人気だったらしい。

(略)

そのせいで、俺はターゲットになった。

(略)

それまではせいぜい殴り書きの罵倒の手紙を受けとる程度だったのに、本格的な暴行やそれ以上のことにさらされるハメになった。
 元SEALsがつねに俺と行動をともにした。道を歩くときは、彼らが文字通り俺のまわりを取り囲んだ。夜には暗視ゴーグルとか、CIAでもなければ見たことないような特殊装備を身につけて。
 俺が身辺警護を頼んでた会社には、脅迫評価部門があった。それなりに信憑性のある脅迫をしてきたやつを調査するのが仕事だ。あるとき、ファイルを見せてくれと頼んだことがある。担当者は、脅迫者の名前と脅迫の内容、会社が評価したそれぞれの脅威の度合いを読みあげはじめた。最初の十人ばかりが終わると、担当者は「まだ続けますか」って訊いた。「あと四百二十九人いますが」
 あと四百二十九人?俺に危害を加え、なんなら殺してやりたいと思ってるやつらのファイルがあと四百二十九人分もあるって?

(略)

 そのうち、何ごともなく出歩くこともできなくなった。最初は小さなことだった。レストランでテーブルに案内されると、隣のテーブルのやつが別の席に替えてくれって言うとか。タクシーの運転手が道路のまんなかで車をとめて、俺に向かって罵声を浴びせるとか。いきなりわめきちらされることも多かったな、ところかまわず。高速とか、劇場とか、エレベーターとかで。居合わせた人に、「こんなことがよくあるんですか?」って訊かれたよ。連中のわきまえなさと剣幕とに驚いてね。クリスマスのミサでもそういうことがあった。さすがに言ってやったよ。「本気か?クリスマスだぜ。今日ぐらい黙ってられないのかい」って。

 暴言はやがて暴力に変わった。(略)
ナッシュビルでは、ナイフを持った男がステージに飛び乗り、俺に向かってきた。(略)
ポートランドでは、男が野外ステージにのぼり、俺に向かってきた。手には鈍器らしきものを持っていて、それで俺の頭を殴ろうとしていたようだ。

(略)
・ニューヨークでは、『華氏911』を上映してる映画館の外で記者会見をしてたら、通りがかりの男が俺を見て激昂し、持ってた唯一の武器をポケットから取りだした。芯の尖ったHBの鉛筆だ。

(略)

 それと、リー・ジェームズ・ヘッドリーってやつもいた。(略)彼の日記によれば、世界はリベラルに支配され、メチャクチャにされてる。(略)

リーはリストをつくった。(略)そのリストの一番上に書かれてたのが、ナンバーワンのターゲット、マイケル・ムーアだった。(略)

 二〇〇四年の春いっぱいかけて、リーは大量の武器と数千発の弾薬、各種の爆弾製造の材料を隼めた。(略)ノートにはロケット・ランチャーや爆弾の図解とともに、「戦え、戦え、戦え、殺せ、殺せ、殺せ」と繰りかえし書かれていた。さらにはオハイオ州のいろんな連邦ビルの図面も持っていた。
 しかしある晩、リーは自宅でうっかりAK-47の銃弾を一発発射してしまった。近所の住民が銃声を聞いて警察に通報し、やってきた警官は、武器弾薬に爆弾の材料のお宝の山を発見した。それから標的リストも。で、リーは刑務所に送られた。
 その何日かあとに、警備会社から電話がきた。
 「警察があなたの家の爆破を計画していた男を拘束しました。もう危険はありません」
 俺は黙りこくった。たった今聞いたことをどうにか理解しようとして。「もう危険はない」
 それが最後の一押しになった。すっかり神経が参っちまった。もう耐えられなかった。(略)俺が何をしたっていうんだ?こんなことをされなきゃいけないほどの何を?ただ映画をつくっただけじゃないか。映画で人は俺の家を爆破したくなるのか?抗議の手紙を送るんじゃなくて?

(略)

 それからの二年半というもの、俺はほとんど外にも出なかった。二〇〇五年一月から二〇〇七年五月までのあいだ、テレビには一本も出なかった。大学での講演もやめた。表舞台から完全に姿を消し、ときどきウェブサイトのブログを更新するほかは何もしなかった。

(略)

 そんな俺を救いだしてくれたのがブッシュ大統領だった。彼の言ったことで、俺はその状態から立ち直った。(略)「もしもテロリストに屈したら、テロリストの勝ちだ」とブッシュは言った。そのとおりだ。やつのテロリストが勝とうとしてる――俺に。いったい俺は家にこもって何をしてるんだ?クソ喰らえだ。

 俺はブラインドをあげ、自分を哀れむのをやめて、仕事に戻った。三年で三本の映画を撮り、バラク・オバマを当選させるための運動に加わり、ミシガン州選出の共和党の下院議員ふたりを落選させた。(略)

 そして、ある晩、カート・ヴォネガットの自宅に夕食に招かれた。それから彼が亡くなるまでに四回、彼と奥さんと夕食をともにしたが、その一回だ。すごく面白くて、熱くて、刺激的な会話をした。それが俺を生きかえらせてくれた。文字通り俺に息を吹きかえさせ、本来の居場所に戻らせてくれた。(略)
 「ブッシュとその仲間たちがきみに対してあそこまで極端なことをするのは、裏を返せば、きみが彼らにどれだけの脅威を与えてるかってことの証明でもある」ある晩、食後の三本目の煙草を吸いながら、カートが言った。「きみは自分で思ってる以上に、やつらの動きを封じるうえで大きな働きをしてきた。もしかするともう手遅れかもしれないが、きみはこの哀れな国への小さな希望をわたしに抱かせてくれた。それをぜひ言っておかなければと思ってね」

(略)

俺は投げださない道を選んだ。本当はすごく投げだしたかったけどな。かわりに、身体を鍛えた。もし今、俺を殴ったら、三つのことが起きると保証する。
(一)手の骨が折れる。一日たった三十分のトレーニングで、筋肉と骨が超合金みたいになるんだ。(二)俺が上に倒れてくる。まだ俺の体幹とバランスには問題がある。だから俺を殴ったら、俺に倒れかかられて、押しつぶされる。もちろんわざとじゃない。息ができなくてもがいていても、どうかわかってほしい。俺もなんとかあんたの身体からおりようと頑張ってるんだってことを。

(略)

[フロリダ州アベンチュラで三十代ぐらいの男が、通りがかりに「バカ野郎」と言って来たので呼び止め]

 「なああんた、どうして俺にそんなことを言うんだ?」
 男はフンと鼻を鳴らし、身がまえながら言った。「なんでって、おまえのことは知ってる。おまえはバカ野郎だ」
 「おっと、また言ったな。でもあんたは、俺のことをなんにもわかっちゃいないと思うぜ。俺の映画を観たこともないんだろ?」
 「そんな必要があるか!」という返事が返ってきたので、俺の予想が正しかったことがわかった。「おまえが反アメリカ的なごたくを並べてることは知ってるんだ」
 「でもそれはフェアじゃないよな。誰かが俺について言ったことだけで、俺という人間を判断するってのはさ。あんたはもっと頭のいい人間に見えるぜ。ちゃんと自分の意見を持てる人間に見える。どうか一本でいいから俺の映画を観てくれないか。誓ってもいいが、全部の主張に賛成はできないとしても、絶対にこれだけは保証する。第一に、俺がこの国を深く愛してることがすぐにわかる。第二に、俺にも心があることがわかる。第三に、映画の最中に何回も笑えることは約束する。そのあとで、やっ
ぱり俺をバカ野郎って呼びたいならそれでいい。でもきっと違うと思うぜ」
 彼は落ち着いた。さらに五分ほど話をした。彼の世のなかに対する不満をひとしきり聞いて、それから言った。たぶん俺たちには、意見の合わない部分より、合う部分のほうが多いだろうって。彼はさらにリラックスして、とうとう笑顔さえ浮かべた。そこで俺は言った。映画が始まる時間だからもう行かなきゃならないって。
 彼は手を差しだしながら言った。「あんなことを言ってすまなかった。あんたの言うとおりだ。俺はあんたのことを何もわかってなかった。でもあんたは、あんなことを言われたのに、立ちどまって話をしてくれた。それで思ったよ。本当にあんたのことをわかってなかったってね。どうか許してくれ」
 俺は許した。そして俺たちは握手した。

(略)

 その何週間かあと、俺は久しぶりに〈ザ・トゥナイト・ショー〉に出演した。出番が終わってスタジオを出ようとしたとき、ブームマイクを操作していたスタッフが近づいてきた。(略)
 「あなたに謝罪できる機会がくるなんて思わなかった」と彼は言った。目に涙が浮かんでいた。「(略)ぼくは、あなたのオスカーの晩を台無しにしたんだ。ステージからはけてきたあなたの耳に、“クソ野郎”って怒鳴ったのはぼくなんだ。(略)あのとき、あなたが大統領を非難してると思った。でも、あなたは正しかった。彼のほうが嘘をついていた。それからずっとあのことが気になってた。あなたの素晴らしい夜にひどいことをしたって。本当に申しわけない」
 彼は今にも泣きくずれそうだった。俺にできるのは、手を伸ばして彼を抱きしめることだけだった。 

ロバート・ケネディ

 五年生が終わった一九六五年の夏休み[母に連れられ首都へ。国会議事堂で迷子に](略)

俺はパニックになりはじめた。(略)

 エレベーターのなかで、俺は泣きだした。乗っていたのは俺のほかにはひとりだけ(略)
 こと政治とカトリックに関してきちんと教育を受けていた俺には、一目で彼のことがわかった。ニューヨーク州選出の一年目の上院議員、ロバート・フランシス・ケネディだった。
 「どうしたんだい、きみ」(略)
 「お母さんとはぐれちゃって」俺はおずおずと言った。
 「それは困ったね。じゃあ捜しにいこう」

(略)
 エレベーターのドアが開くと、彼は俺の肩に手を置いて、近くの警備員のところまで連れていってくれた。
「このミシガンから来た若者が……」そこで俺に振りかえった。「きみの名前は?」
マイケル・ムーアです」
「マイケルがお母さんとはぐれてしまったんだ。力を貸してやれないかな」

(略)

「もう少しここにいるよ。マイケルが心配だから」(略)
なんてマヌケなんだろう。今、俺はボビー・ケネディアメリカの上院の仕事を遅らせている。

(略)

「十一歳です。議事堂に来るのははじめてで」(略)
「そしてはじめて上院のエレベーターに乗ったわけだね。ほとんど上院議員になったみたいなもんだ」アイルランド気質が顔をのぞかせ、ケネディらしい笑いが顔に浮かんだ。俺もつられて笑い、ジョークを返した。
「いつか本当になるかもしれないよ!」そう言った直後に、生意気なセリフを取り消したくなった。
「ミシガンからはすでにふたりの素晴らしい民主党上院議員が出てるよ。マクナマラ議員と――」
「ハート議員!」俺はクイズ番組の解答者みたいにすばやく答えた。
「自分の州の議員を知ってるなんて偉いな。将来有望だ」ケネディ議員は警備員にウィンクしてみせた。
「母親が見つかりました」警備員の持っていた無線機から声がした。

「すぐそっちに向かいます」
「どうやらだいじょうぶなようだね」とニューヨーク州選出の上院議員は言った。「元気で。もうお母さんとはぐれるんじゃないよ」

 そう言って、彼は去っていった。

次回に続く。