グローバリゼーション・パラドクス・その4 資本主義3.0

前回の続き。

グローバリゼーション・パラドクス: 世界経済の未来を決める三つの道

グローバリゼーション・パラドクス: 世界経済の未来を決める三つの道

 

 アルゼンチンの悪夢

[91年、アルゼンチンの経済担当相になったドミンゴ・カバロは] 

厳密な金融・財政政策の規律を持つことで、政府が勝手にお金を刷るのを止めさせ[ようとした]

(略)

カバロが戦略の中心に置いたのが「兌換法」であり、アルゼンチンの通貨ペソと米ドルを一対一で法的に固定し、対外支払に厳しい制限を課した。(略)

ドルが流入した時のみ国内のマネーサプライは増え、金利は低下することになった。もしドルが流出すれば、マネーサプライは縮小され金利は上昇した。これで無計画な金融政策はできなくなった。
 加えて、カバロは民営化、規制緩和、そしてアルゼンチン経済の開放を加速させた。

(略)

[ワシントン・コンセンサスに沿った]カバロの戦略は、束の間だったが驚くほど上手くいった。兌換法はハイパーインフレを削減し、物価の安定をほとんど一夜にして回復した。信頼と信用も回復――少しの間は――し、大量の資本流入も導かれた。投資、輸出、そして所得はすべて急速に上昇した。第六章で見たように、アルゼンチンは一九九〇年代半ばに、多国間組織やダローバル化推進論者の広告塔になった。もっとも、兌換法は、明らかにワシントン・コンセンサスの一部ではなかったのではあるが。カバロは国際金融業界の人気者となった。
 九〇年代の終わる頃には、アルゼンチンの悪夢はすさまじい勢いで蘇った。(略)アジア通貨危機は、この国の経済に打撃を与えた。投資家の新興市場への欲望が、削がれたからである。しかし本当に大きかったのは、一九九九年初頭のブラジルの通貨切り下げだった。ブラジルの通貨が対ドルで四〇%も切り下げられたことで、ブラジルの輸出業者は海外市場に、いっそう低いドル価格で輸出することができた。ブラジルはアルゼンチンの主たる競争相手だったので(略)

対外負債を返済できないのではないかという疑惑が膨らみ、信頼が崩壊した。やがてアルゼンチンの信用力は、アフリカ諸国並みにまで滑り落ちた。(略)

[2001年に再起用されたカバロ]

五人に一人が仕事を失っている経済状況だったにもかかわらず、カバロは緊縮政策や財政支出カットを断行した。(略)

金融危機は、ますます悪化に向かった。(略)

 財政削減と銀行の預金引き出し制限は、民衆の怒りを買った。(略)

ついに国内の銀行預金を凍結し、対外債務をデフォルト、[ペソ切り下げ]

(略)

ハイパーグローバリゼーションの実験は、壮大な失敗に終わったのである。

(略)

 アルゼンチン経済崩壊の背後にあるのは、後から振り返れば全く単純な話である。アルゼンチンの政策担当者は、一つの制約――通貨の乱発――を取り除くことに成功したが、今度は別の制約――非競争的な通貨――に行き着くことになった。兌換法をあきらめるか、より柔軟な為替レートに合わせて改革していれば、これは一九九六年のことを言っているのだが、のちに国家を呑み込む信用危機は避けられただろう。

(略)

 しかし、アルゼンチンの経験には、もっと深い政治的教訓がある。

(略)

一国の民主主義と、深化したグローバリゼーションは両立できない。

(略)

イギリスは一九三一年にこの教訓を学んだ。ちょうど金本位制から離脱を余儀なくされた時だ。ケインズは、ブレトンウッズ体制にこの教訓を反映させた。アルゼンチンはこのことを見過ごしていたのだ。

(略)

ハイパーグローバリゼーションと民主政治の間には、根本的な緊張関係が存在する。ハイパーグローバリゼーションは、民主政治の縮小を要求し、テクノクラートに民衆からの要求に答えないように要請する。

(略)

 われわれは民主主義や国家主権を大事にしているのに、次々と貿易協定にサインして、自由な資本移動を事物の自然な秩序であるかのように扱っている。この不安定で一貫しない態度は、災厄の原因である。一九九〇年代のアルゼンチンは、鮮明で極端な事例だ。

労働基準

 アウトソーシングのおかげで、いまや使用者は以前には到底できなかったことが、できるようになった。国内の労働法はいまだに、法を踏みにじる条件で私を雇用したり、仕事を押しつけることを禁止している。しかし、そのうち問題ではなくなる。私をインドネシアかガテマラの労働者と置き換えることができるからだ。同じ条件なら彼らは喜んで働くだろうし、それ以下でも働くであろう。経済学者にとって、これは単に合法的であるというだけではない。これこそ貿易の利益を示すものだ。しかし私や私の仕事にもたらされるのは、労働基準と結びついた労働者の権利が奪われるという事態だ。なぜ国内の規制は、国内の労働者だけでなく海外の労働者との引き下げ競争から私を保護しないのだろう。われわれはなぜ国内市場で同じことは許さないのに、国際市場が裏口から国内の労働規制を腐食するのを許しているのだろう。
 この非一貫性は、インドネシア人やガテマラ人を、彼らが本国で受け入れている労働基準と同じ条件で、出稼ぎ労働者として雇用されるのを社会が許すかどうかを考える時いっそう明らかになる。自由貿易擁護論者でさえ大半は、こうした実践には異議を唱えるだろう。一つの国家には一組の労働基準しかあるべきではない。彼らがどんなパスポートを持っていようと、すべての労働者がそれを受け入れるべきだ、と。しかしなぜか?貿易を通じたアウトソーシングの仕事は、すべての関係者に、間違いなく同じ結果をもたらす。移民労働者に、低い基準で苦しい労働をさせているようなものなのだ。

企業や資本の国際移動は、移動できない労働者に税の負担を移す

 企業や資本の国際移動は(略)法人税に引き下げ圧力がかかり、国際的に移動できる資本から、移動できない労働者に税の負担を移してしまう。

(略)

 一九八〇年代初頭から、世界中で法人税率は明らかに低下している。(略)

企業が税金の安い国に逃げるのを指をくわえて見ていたくなければ、同じ手段で対抗するしかない。興味深いことに(略)

国際租税競争は、資本管理を廃止した国の間で起こる。資本管理が適切に行われていると、資本も利潤も国境を簡単に超えることはできない

 グローバル・ガバナンスへの懐疑

グローバル・ガバナンスの方向に沿って進むなら、国家主権が大きく削減されるのは不可避だ。国民政府は消えないが、その権力は(略)超国家的な立法・執行機関によって、厳しく制限される。EUはその地域的事例である。

(略)
私が学生にトリレンマの話をして、三つの選択から一つを選ぶとすればどれかと尋ねると、このモデルが圧勝である。もしグローバル化と民主主義の便益を両方とも得られるなら、国の政治家の仕事がなくなるかもしれないなどと、誰が心配するだろうか。

(略)

 私はグローバル・ガバナンスの選択には懐疑的だ。それは実行に難があるからというより、もっと本質的なところに難があると考えるからだ。仮にルールが民主的につくられるとしても、世界は、共通のルールによって押し込めるには国による多様性がありすぎる。グローバル・スタンダードや規制は、単に実現不可能なだけではない。それらは望ましくないのだ。

(略)

 唯一の残った選択は、ハイパーグローバリゼーションを犠牲にするものだ。ブレトンッズ体制が行ったことであり、私はそれをブレトンウッズの妥協と呼んだ。(略)

すべての貿易相手を平等に扱う限り、各国は自分たちの曲で踊ることができた。資本移動の制約は、維持するようにした(実際には促した)。(略)

途上国の政策は、国際規範の範囲の外に上手く残されていた。
 一九八〇年代までは、これらの緩いルールのおかげで各国には自分たちのやり方を追求する余地があり、発展の多様な道が可能だった。西ヨーロッパは地域統合を選択し、高水準の福祉国家を立ち上げた。先に見たように、日本はダイナミックな輸出促進と、サービス業や農業分野の非効率を結合するという、資本主義の独自かつ独特なブランドを編み出して、西洋に追いついた。中国は、民間部門の自発性の重要性を認識してからというもの、ガイドブックにある他のあらゆるルールを無視したにもかかわらず、飛躍的に成長した。残りの東アジア諸国の大半も、WTOでは禁止されている産業政策に依拠して経済的奇跡を起こした。 

EU 

  国民国家は時代遅れだ。国境は消えつつある。(略)

われわれの経済生活の形を決めるのは、巨大な多国籍企業や、顔の見えない国際官僚たちだ。(略)

[などとよく言われるが]

金融危機を避けるべくグローバル銀行を救済したのは誰だったのか?世界の信用市場を落ち着かせるために流動性を供給したのは誰だったのか?

(略)

あらゆることが起こる前に、最中に、あるいは起こった後で最も非難を受けるのは誰か?

 すべての答えは同じだ。その国の政府である。

(略)

グローバル・ガバナンスのアキレス腱は、明白な説明責任の関係が欠けているところにある。国民国家では、選挙が政治的委任の究極の源泉であり

(略)

 コーヘンとサベルが、熟議を通じたグローバル・ガバナンスという考えを展開した時、具体的な事例が念頭にあった。欧州連合だ。

(略)

しかし、これを世界経済が向かうべきモデルだと考えるのは無理がある。この二十七の国は、共通の地理、文化、宗教、そして歴史によって結びついている。一人当たりの所得が極端に高いルクセンブルクを除くと、最も豊かな国と最も貧しい国の差は、たった三・三倍だ。世界の一九〇倍と比較して欲しい。(略)

 こうした優位性があっても、欧州連合の制度的な進化はゆっくりとしか進まず、加盟国の大きな違いも残り続けている。

(略)

EUは政治統合に進むか、もっと低い水準の経済統合に後退するかのどちらかになるだろう。(略)

[真の経済同盟]実現への道は遠い。ヨーロッパ経済が危機によるストレスを受けると、反応は圧倒的にナショナルなものになる。

(略)

銀行が破綻に向けてひた走った時、EU政府の間で協調はほとんどなかった。銀行や企業の救済は、個々の政府によって行われた。時に他のEU加盟国を傷つけるようなやり方で、である。

資本主義3.0をデザインする

  アダム・スミスが理想とした市場社会は、「夜警国家」以上のものを必要としていなかった。(略)

これを「資本主義1.0」と呼ぶことにしよう。

(略)

 資本主義2.0は、グローバル化の制限を伴うものだった――ブレトンウッズの妥協だ。

(略)

 このモデルは一九七〇年代から一九八〇年代にかけて擦り切れてしまい、金融グローバル化と経済統合の深化という二重のプレッシャーによって決定的に崩壊しようとしている。

(略)

1 市場は統治システムに深く埋め込まれるべきだ(略)

 市場は自らを支える他の社会制度を必要としている。(略)

再分配的な税制、セーフティネット社会保険プログラムを生み出す政治的責任を必要としている。

(略)

[それは]グローバルな市場についても当てはまる。

(略)

2 民主的統治と政治共同体はほとんどが国民国家として組織されており、今後とも消えそうにない

(略)

グローバル・ガバナンスの探求は無駄骨に終わる。(略)

 グローバル・ガバナンスの根本的な限界を見過ごしたことが、現在のグローバリゼーションを脆弱なものにしている。

(略)

バーゼル・ルールが自己資本比率に与える影響や、アメリカの格付会社の質について現実的な感覚を持ち合わせている銀行当局者であれば、自国の金融制度が被りつつあるリスクにもっと注意を払うはずである。

(略)

3 繁栄に「唯一の道」はない

(略)

4 それぞれの国に独自の社会体制、規則、制度を守る権利がある

(略)

 貿易とは、つまるところ手段であり、それ自身が目的ではない。(略)

グローバリゼーションは、社会が探求する目的を達成するための手段であるべきだ。目的は繁栄、安定、自由、そして生活の質などである。

(略)

人々の幅広い支持を受けた国内の慣行が貿易によって脅かされる場合には、必要に応じて国境の壁を厚くすることも、認められるべきなのである。

(略)

5 自国の制度を他国に押しつけるべきではない

(略)

6 国際経済制度の目的は、国によって異なる制度の間に交通ルールを制定することである

(略)

7 非民主的国家は、民主国家による国際経済秩序において同じ権利や特権を享受できない

健全なグローバリゼーション

 今日われわれが直面している課題は、もはや貿易体制を開放的なものとすることではない。(略)

いくつかの部門、特にある種の農産物(米、砂糖や酪農品)については輸入制限や補助金は依然重要な存在ではあるものの、世界貿易はとても自由なものになっている。その結果、わずかに残る保護主義の名残を取り除くことによってわれわれが得るとされる利益はほんのちっぽけなもの(略)となっている。

(略)

自由貿易の支持者たちは、あれやこれやの貿易協定によって「何千億ドル」もの貿易が創出されるだろうと騒ぎ立てることによって、誤魔化そうとすることが多い。しかし、貿易量の増加は、それ自体が高い所得、よりよい仕事、そして経済発展を生み出すものではない。国境を越えてTシャツやパソコンを運ぶことは、われわれの生活をより豊かにするものではない。それらの製品をより安い価格で消費し、自国の製品をより高い値段で外国に売ることができるようになって、われわれの生活は豊かになる。