出版現実論 藤脇邦夫 渋谷陽一対談

出版現実論

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上記の話を受けての対談なので、そっちを先に読んだ方がいいと思う。
[対談時期は1997年、著者による「ROジャパン」以後『「CUT」「H」「bridge」「buzz」と雑誌の快進撃が続き(しかも全て商業的に成功)、おそらく80年代以降もっとも成功した雑誌出版社の一つである』という景気のいい紹介文が。]
対談:渋谷陽一

渋谷−(略)『出版幻想論』の対談の中で、データハウス社長の鵜野さんが、「しょせんモノなんだよ、本は」とおっしゃっている。僕もそう思います。
 ただ、藤脇さんと鵜野さんが盛り上がっているファクターが文化を語ることに対するアンチでありすぎて、逆に同じことになっている気がする。さかんにモノモノとおっしゃっているけれども、どういうスタンスでモノとおっしゃっているかというと、文化に対するアンチとしてもモノなんですよ。それは違う。だから、鵜野さんの「原価なんて知りませんよ」といった主旨の発言になってくる。それは、文化を語る自分がいるから、モノを作っている原価を知りませんよという、発想です。僕には、同じロジックにはまっているとしか思えない。
 違うんですよ。世の中には本当にモノを作ることに人生をささげ、いかにいいものを効率よく、安い値段で提供するかということに命をかけている人もいっぱいいるんですよ。モノを作ることはそういうことなんだと思うんですよ。その人たちは原価なんかどうでもいいですよとは、絶対いわない。「原価なんか知りませんよ」という発想は、明らかに文化に対してモノを低いポジションに置いている。まさに文化の論理、文化のエリート主義ですよね。モノ作りをバカにしちゃあいけないですよ。原価は知らなくてはダメです。採算分岐点をシビアに見ていかなくてはいけないですよ。それはモノを作るということの原点ですから。だから、気持ち的にはまったくわかるんですけど、やっぱり文化の呪縛、出版=文化事業という呪縛から2人とも抜け出ていないという印象を、僕は持ったんですよ。

[3号までは書店に直販、4号から取次を通した]
ぼろくそに叩かれて、いいようにやられて。まあ、そこから何とか[取次の]条件を改善しつつみたいな。どんな出版社のオヤジさんより、僕は泥臭いと思いますよ。それこそ、藤脇さん以上に僕は営業の地獄を見てきているわけで、1冊1冊売って歩いていたわけですから。(略)営業の大変さも誰よりも知っているつもりなんですよ。
 そうした歴史もあって、うちの出版社は、編集部はないんです。営業部もないんです。要するに編集と営業は全部一体化しているんです。僕の主義なんですよ。一時分けたんですが、また元に戻した。まあ、うちでいう営業というのは書店営業ではなく広告営業が主になるんですけれども。だから広告営業と編集は同じ人間がやります。分けてはいません。広告も取るし、編集もする。原稿に関しても、最近はあまりにも出版物が多くなったので例外もありますけど、基本的に外部発注はありません。全部内部のテキストです。編集者が自ら原稿を書き、当然インタビューも自分たちでやる、そして営業も自分たちでやると。住み分けを一切しないという、そういう形でやっています。組織図的にはへんてこりんな会社です。(略)
取次の部数交渉も編集の人間が行きます。(略)
(略)
[藤脇が指摘したように出版界には編集が威張っているという構図がある]
たとえば広告を取ってきて、「何々の広告を取ってきた。ここはこれだけお金をくれたから、だからちょっと記事を書いてよ」と営業がというと、編集は「おまえ何いってるんだよ、俺たちは文化を作っているんだよ」ということになってしまう。すると営業のモラルは下がるし、編集の人間も営業的な駆け引きに対して疎くなってしまうわけです。あるいは、取次で「最近売れてないから、今回は部数を絞る」といわれて営業が帰ってくると、編集が「何だよ、次の号は売れるのに、何でそんな部数しか取ってこないんだよ、バカやろう」という。これでは出版のリアリズムから遠くなってしまいます。
 こういうことを考えるのは、やはり全部自分で体験したことが大きい。売れない本を作って取次に行くとすごくイヤな思いをするものです(笑)。「渋谷さん、最近ダメじゃん。数字、絞るよ」なんていわれて、「バカやろう、いつか見てろよ」とよく思ったものだった。でも、こういう経験は、編集に対していい効果、いいフィードバックがある。だから、あまりいいたくないですけど、あえて泥臭くいってしまうと、要するに全員渋谷陽一にしたい(笑)。
(略)
全員が渋谷陽一になれないことはわかっているんですが。それにもし、全員が渋谷陽一になったとしたら、みんな独立して僕の下で働かなくなっちゃうんですけどね。だけど、方向性としては、そういう発想ですね。古臭くて、畳屋のオヤジが自分のノウハウを弟子たちに伝えていくという発想。
(略)
営業と一体化すればヨイショ記事のオンパレードになってしまうという危惧があるかもしれません。でも、この業界の中で、一番ヨイショ記事を書いていない出版社がロッキング・オンだという自信が、僕はある。たとえば、音楽業界で原稿チェックと写真チェックは当然のセレモニーなわけです。うちはそれは一切認めない。編集権はこちらにあるんだから、それがイヤなら出ないでくださいと、いってますし。

[創刊の動機が]ロックがこんなにシリアスなのに、シリアスなロックに対するシリアスなメディアがないと。それは絶対必要なのだ、という発想なわけです。その必要なのだという発想は、商売の発想ではない。思想です。思い込みなわけです。それが実に70年代しているんですけれども、私のたたずまいとして。でも動機が思想だから、廃刊になるということは、思想が負けることになる。私の生き方が否定されるってことなわけですよ。だから負けられない。(略)
経営者であるならば、経営効率を考えて、じゃあまあここで廃刊にしようかっていう発想もあるけれども、儲けることが目的じゃないわけですよ。最初の話と矛盾しているようですけど、ただこれは表現と同じで、儲けることが目的ではないけれども、儲かってなくちゃいけないんです、絶対。だから廃刊にはできないです。
藤脇−「しない」じゃなくて、「できない」っていうのが迫力あるなあ。
渋谷−次に創刊した「ジャパン」も、発想は同じですね。日本のロックが、これだけシリアスな表現を出しているのに、なぜメディアがそれに対応しきれていないんだと。そういうメディアはこの世に存在しなければいけないんだということで、立ち上げるわけですから。これもやめられない。
 やめられる雑誌の最初のものが、「CUT」です。「CUT」は「ねばならない」ではないわけですから。インタビューマガジンを作ってみたいし、ビジュアル的にもインパクトのある雑誌が今までないから作ろうという(略)
[皮肉なもので]それが一番早く成功しちゃったんですよ。(略)
ロッキング・オン」も「ジャパン」もなかなかうまくいかなかったけれど。趣味性とマーケティングが先行した雑誌だからこそ、うまくいったんじゃないですかね。思想じゃなかったから。
藤脇−「H」も思想じゃないのかも。僕は個人情報誌って聞いた時に、「なるほど!」とは思ったけれど、「じゃまーる」には行きませんでしたね。
渋谷−行けなかった。本当は「H」というタイトルからもわかるように、すごくおしゃれなエロ本を作るつもりだったんですよ。それを個人情報とリンクして。(略)
だから、僕にガッツと本当にエロを追求するモチベーションがあれば、「じゃまーる」まで行って、今ごろ何10万部の部数をエンジョイできたわけですよ。それができなかった。結局、また「CUT」を作っちゃった。それは僕の編集者として、経営者としての限界だったと思います。(略)なんか山の手のお坊ちゃん体質が出ちゃったなあという感じがしますよね。
藤脇−僕は、最初、1ページめくったら、ヌード写真が出て来ると思ってましたけどね。
渋谷−それを作らなくちゃいけなかったんです。なのに、あまりにも危ないものは全部やめにして、スマートな本にして、部数も低迷。どうも行き先のわからない雑誌にしちゃったわけですね。で、若い奴に「社長がやってると、ろくなことはないですから、やめてください」ってマジにいわれたんです(笑)。ただ、「CUT」とか「H」は廃刊しても経営者として傷は残りますけれども、生き方、思想家としての傷は残らないわけですよ。
(略)
[創刊したい雑誌のアイディアは何十とある]
渋谷−だって個人情報誌なんて、なんでみんな気がつかないんだろうって思ってましたし。「TVガイド」しかなかった時に、テレビ雑誌をどうしてやらないんだろうって思ってましたし。それを考えたのは10年以上前ですが(略)ある一定の見える市場を設定して、それを訴求する形でしか、雑誌というのは成り立たないと思ったんです。切手マニア向け雑誌とか。それで、日本で一番大きいくくりは何だろうと思ったんですよ。その答えがテレビ。(略)これは誰がやっても勝てるぞと思って。ただ難点は、マーケティングはできるけれど作りたくはない、自分自身が。[ソニー・マガジンズの友人に話してみたが「そんなの売れない」と言われた](略)
間違えないで欲しいのは、クラスマガジンとは一般誌よりも部数が小さくてマイナーなところへ住み分けていくものとは違うということ。マーケットを明確に設定できて、誰に売るのかがわかっていればいい。
(略)
藤脇−たとえば「CUT」は、もうカルチャー雑誌というよりも、ある種の女性誌ですからね。
渋谷−非常に鋭い指摘ですね。「CUT」を女性誌だと思っている人は、非常に少ないんですよ。それがわかっているのは、僕らと書店さんだけなんですよ。(略)
マーケットのリアリズムを知っているのは、書店とうちだけですね。取次もわからない。売れていることはわかるけれど、誰が買ってるかわからない。指摘の通り「CUT」は圧倒的に女ばっかりなんです。(略)
ところが「CUT」はどういう動機で作ったかというと、大人の男の読める雑誌として作ったわけです(笑)。マーケティング的には、完全に敗北してる。女ばっかり買うわけですよ。(略)
「CUT」が思想誌であったならば、もう無理やりにでも男の読む形でねじ曲げてたかもしれませんが。「CUT」は、あくまでもお客様主体にどんどんどんどん。
(略)
僕の雑誌作りのやり方は、要するに試行錯誤のうちに、だんだん落ちついていくというものです。よく創刊1年で勝負をつけるとかいう話がありますが、僕はよく理解できない。「ロッキング・オン」は10年かかりましたし、「ジャパン」も7、8年、「CUT」は早かったですけど、それでも2、3年かかりました。天才じゃない限り、とにかく続けて、失敗して修正するという試行錯誤していかないと、状況とアジャストできるような落としどころが見つからないんですよ。
藤脇−でも、渋谷さんのように思想だから負けられないという覚悟は別として、経営者としては早めに見切りをつけるのも必要な場合があるんじゃないですか。人件費だけでも大変だし。
(略)
渋谷−(略)なぜ、うちがそういうことができるかというと、要するに「CUT」は3人で作ってたんです。(略)
編集、営業、進行。何もかも全部含めて3人です。(略)
「ジャパン」隔月刊行の頃は、それぐらいでした。(略)
だから、赤字が出ていったって、そんなに血は流れないですよ。(略)
利益率の向上を図るために、そうやってるわけではなくて、要するに「CUT」を成功したいと。で、いいものを作りたい。だからすぐ潰せない。じゃあ、どれぐらいのお金と人数を配置できるかと考えて、まあこんなもんだろう。その人員でできると思ったら、立ち上げようという。だからね、とにかく全部間違ってんですよ、今の出版は、はっきりいって。たとえば、つい最近、某新聞社で対談したんですが、そうすると、「こちらが原稿をまとめる何々さん、こちらが司会進行をつとめる何々さん、速記の何々さん、それで私が編集の何々です」って。(略)
編集のお前って、何やる人? みたいな。考えられないです、私の出版常識からすれば。(略)で、その編集者には、何のノウハウも蓄積されません。司会もやらなければ、まとめもしなければ、構成もしない。電話一つで適当に仕切って。そうなると、創刊雑誌なんて、リスクが多くて絶対できないですよ。(略)
雑誌創刊には金がかかる。うちだって雑誌1冊創刊するには3人体制でも億の金がかかるんですから。(略)
「あーっ」といっている間に、ババババーッと飛んじゃいますから(笑)。これが20人のスタッフを集めて立ち上げてしまったら、それはもう1年で見切らないと、出血多量で死んじゃいますよ。だから、死なない程度にやる。
(略)
うちは編プロ外注率どころか、自社デザイナーも抱えているし、テキストだって自分たちで書くし。そうしないとダメですよ。だから、どんどん出版社の基本的な体力が落ちていて、代理店と編プロがいなければ、何もできないという状態にはまっていくわけですよ。(略)
社員20人で定期刊行物6冊と年間何10冊かの単行本を出している。それで外注はゼロ。
(略)
やっぱり今の出版界の構造が、非常に間違ってると思いますね。だから、うちとか太田出版とか、あるいは幻冬舎とか、宝島社とか。最近の宝島社の元気の良さは、もう素晴らしいと思います。社員全員、成り金化計画を立てた途端にああなったというのは(笑)、すごいなと思って。
藤脇−「売れりゃあ、何でもいいんだ!」って社長がいいだしたんだって。それは正しい。
渋谷−だから、絶対変わりますって、これからの何年間で。既存の大手と、インディーズとの力関係が。(略)
うちはまだ、利益は大手の100分の1以下で、片や大手は何百億円で、すごく距離はありますが。インディーズでは、まず、宝島社が行ってくれるんじゃないですかね、利益何10億の世界に。

対談:梅崎隆夫

梅崎−(略)[ジュンク堂に12年いて]ドラクエの攻略本を書いたら、ジュンク堂の年収の4倍ぐらいの印税が入っちゃって。いきなり30万部だから。そのあと書いたスーバーマリオのシリーズが5、6冊あって、それもアベレージで20万部ぐらい行った。(略)
当時、ドラクエの攻略本は、エニックス徳間書店双葉社とかに許諾を与えて、出していた。それが3になってから、許諾を与えなくなった。つまり、自社でやるというわけ。この問題について、「エニックス言論の自由をわかってない」と、アスキーの営業の人間に話した。ところが、その人間が、何を勘違いしたのか、マジでアスキー第二書籍出版(当時)の編集長に提案したんだ。そしたら、おもしろいから、すぐ原稿を書けと。(略)
[『パソコンゲームの世界』]も講談社の販売局で話していて、それやったらうちで書けと。
藤脇−それは本作りの珍しい回路ですよ。普通は、物言きと編集者が会って作る。ところが梅崎さんの場合は、書店と出版社の営業で決めて本が出た。
(略)
取次以外、全部経験してるわけやから、僕は。本がどうやって売られているか、商品としてどういう評価をすればいいのかを知ってるつもり。自分の本の売り方まで書店に指導できる(笑)。

梅崎−大体、本という商品そのものが、甘やかされていると思うな。書店にいた時から思っていたけど、値段に値しない本がたくさんある。だけど、お客さんはこの本はつまらなかったから金を返せとはいってこない。(略)
広辞苑とか牧野植物図鑑とかって、ジャンルは違うけれども、古本屋でもけっこう高い。せいぜい2割ぐらいしか引いてくれないよ。だから万引きの対象になる。万引き犯捕まえるとわかるんだけど、プロが盗ってる本っていうのは、実際、値打ちがある。一番本の価値を知ってるのは、万引きじゃないかと思うね。

梅崎−ジュンク堂で専門書の売り方っていうのを、定着させていったのは僕やと自負しているけど、今はそれが難しくなっている。たとえば今ジュンク堂で、JIS(日本規格協会)がズラッと並んでるじゃない。あれは、昔、僕がJISに頭を下げて取ってきた利権なんだ。
藤脇−ちょっと説明すると、JISの本というのは、専門書中の専門書。JIS規格を置いてるところは、本当に少ないわけ。だけど必要な業界がある。建築業界とか。ネジのこの寸法がどうとか、ある企業、ある仕事をやってる人には、絶対必要な本。
梅崎−そう。ビルの建築仕様書を作るのにも、ネジの規格から、コンクリートの厚さ、鉄筋の太さにいたるまで、JISの規格どおりにしなくてはいけないし、提出書類にはオリジナルのJIS規格を添付しなくてはならない。ところがそれが書店販売する以前は、JISの規格は、東京だったら赤坂に買いに行かなくてはいけなくて、しかも、月曜日から金曜日まで朝の10時くらいから夕方5時までしか営業していない。(略)
だから、目を付けた。(略)
なんとしても仕入れて売らなきゃいけない。だから置かせてくださいという誠意を込めて頭を下げた。はじめは「絶対ダメ」っていわれたんだけど、僕も引き下がらなかった。あんまりしつこいんで書店に有利な条件でね、のんでくれた。(略)
でも、専門書専門店を作ろうとした時の状況といったら、屈辱の歴史やね。もともと専門書の出版には、たとえば『入銀制度』というのがあって、先に書店が仕入れ代金を出版社に支払うという“しきたり”があったんや。(略)「仕入れたければ前金で払え」ということなんや。今から思うと信じられない話やけど。まあそれは戦前の話らしいけど、僕が専門書を扱おうとしたときもまだまだひどい時代やったで。協会(この場合工学書協会)の加盟店が同じ地域にあるとするやろ。そうしたら「新規店には出庫はせん!」とハッキリいうてくるからな。金を出してもダメ。とくに「販売実績が必要」とか、「販売するという姿勢を見せてくれ」なんて無茶をいわれる。むちゃくちゃ困るがな。新規店に実績があるわけはないし、販売姿勢というたところで、やっぱり数字やろ? どないせーちゅーねん?[昭和54年頃の話](略)
だいたい、専門書っていうのは、少人数が食べていけるだけのものを、まず社長が利権として確保して、それを必要な人たちだけのために、作っていく。他社が参入しようとしても、ビジネスとしても小さいし、専門知識が必要だから手を出せない。売り方もそれだけ限られたマーケットだから、通販で十分なの。そういう版元と付き合うには、一生売りつづける姿勢が必要になってくる。1年置いたけど売れないから店に置くのは止めますというようなところは、相手にしてもらえない。
 いい例が、有斐閣法律学大系一括払い本。有斐閣が戦後お金がなくて、法律学大系を出すんだけれども、資金がいるからって、当時、一括払いで予約を取った。200何巻前払いって。それが昭和50年代になっても出続けて。ところが、あんまり長い時間かかっているものだから、予約した人が亡くなったりして、取りにこられない。しょうがないから子供が取りに来る。それが当時の旭屋だけで、300冊ぐらいあったんだもん。ほんと息の長い商売だ 僕は昔から思っていたけど、とにかく本はロングセラーになってくれないと、仕事が忙しくてしょうがない。ロングセラー化すると、なくなったら注文するというルーティーン化できるでしょ。アルバイトでもできる仕事になる。だから、将来ロングセラー化してくれそうな本は、最初に抱えこまなきゃいけない。
(略)
藤脇−だから、ジュンク堂は、倉庫みたいな本屋だった。
梅崎−実際、倉庫を目指してたから(笑)。出版社に置いとくんだったら、ウチに置いといてくださいって、商品を取っていた。
藤脇−でも、今はそういう商売もやりにくくなったんじゃないかな。
梅崎−そうもいえるけど、たとえば、この間、ある書店の女性が、僕のところに「鉄道関係はどこが強いですか」って聞きにきた。これは、ポイントが高い質問。鉄道なんて、昔からあるマニアのジャンルでそれをやらない手はないのに、今の流れやったら、たとえば宝島社のフェアやってるようなところでは、辛抱して置いてくれないわけよ。
 でも、東京にミスタークラフトという模型の専門店がある。そこの3階に行ったら、車とか、模型の関係、飛行機の関係が洋書も含めて、よく揃ってる。あるいは、銀座にある鉄道模型天賞堂。そこに行くと鉄道関係の書籍が揃っている。他の分野でいったら、山岳関係の茗渓堂。これは全国の山岳ファンは知っている。それはPOSレジにも載らないし。いってみれば、任天堂花札みたいなもんよ。でも、任天堂は年商5000億になっても花札やトランプの製造販売を止めない。それどころか、花札部門だって、年商20億も稼いでる。だから、そういう100年近くも同じ本を出し続けていて商売してる出版社、あるいはそれを支えている読者がいるっていうことが、あまりにも脇へ追いやられ過ぎている。

著者による書評。
失楽園渡辺淳一

(略)
 常々思っているのだが、渡辺淳一の小説は女性誌そのものなのではないだろうか。なるほどこの作家の小説は女性誌の道具がすべて入っている。情報の多い女性週刊誌といったところだろうか。また、それは決して「新しく」ない。だから女性にいつでも読まれるのである。よく「新しい女性誌」(たとえば「UNO」)といって創刊する例があるが、女性誌に新しいコンセプトは実は必要ない。旅行と結婚とグルメが3本柱であって(今はファッションも入る)、これが意外にディープな世界であることは、一度でも女性誌を手がけたことのある者はわかるだろう。しかも取材等に金がかかる点は他のジャンルの雑誌の比ではない。
 それを小説で頭と手一つでやってのけた作家が渡辺淳一である。いつも「新しく」なく、「同じ」とか「繰返し」「マンネリ」といった批判は、すべてこの作家は承知のように思う。おそらくそういう声を聞くたびに本人はほくそ笑んでいるに違いない。
 逆にいうと、女を描けない作家は今、商業・職業作家として失格なのである。そのくらい女性市場は甘くない。渡辺淳一の小説もそれなりにマーケティングされたものなのである。なんだって売れるものはそうカンタンにできるわけではない。
 渡辺淳一への批判(というものがあるならばだが。つまり、批判が成立しないように書かれているように思う。つまり最初から、読者だけを対象に書かれているわけで、まちがっても批評家など相手にしていない)はそのまま、読む人間にはねかえってくる。読者、作家、評論家いずれにとっても、どうやっても書けない世界があるとすれば、渡辺淳一の小説はその一つだからだ。
 渡辺淳一はおそらく読者のためだけに書いている数少ない作家の一人である。ついでに自分のためにも。そんなことは作家だからアタリマエじゃないかとの声もあるだろう。だが、他の大多数の作家は内容の評価とか売行きとかを気にしていると思う。
(略)
 おそらく渡辺淳一にとってもう怖いものはないのではないか。売れている以上オレの勝ちだと。
(略)
 渡辺淳一の作品世界をワンパターン、マンネリだけの中年の不倫小説といっても始まらない。(略)
この世界は、男にとってある種の普遍的な「願望」だが、女性にとって渡辺淳一の小説世界は「わかりすぎるほどわかる世界」の一つだからではないのか。つまり、不倫という衣裳を纒った、女性が考える「理想的な絶対恋愛関係」の世界が、確実にこの作家の小説の中にはある。だから、氏の小説の正当な評価はこの日本では絶対に成立しない。なぜなら、批判はすなわち嫉妬・羨望のあらわれと写り、称賛は氏以上にその世界に精通していることを自ら認めることになるからである。
(略)
今回の『失楽園』が読者が男女半々という今までにない動きで全国的に売れており、近年の渡辺作品の中でも100万部達成が一番速いと言われている理由には興味がある。
 今までの氏の読者は、ハンで押したように20〜30代の女性と決まっていた。一番評論家の存在が関係ない層を相手にして、この部数を維持していたのだから大したものである。(略)[『失楽園』は日経連載で]男女双方の読者の関心がうまく一致したのではないだろうか。(略)
この本を読んだ日本の20〜30代の女性と40〜50代の男性はこの関係を理想的な恋愛関係として認めたのである。(略)
今までは男が「羨望」、女が「願望」だけだったのが、今回は男女両方とも「願望」になったから、このベストセラーに結びついたと僕は見る。
(略)
図書新聞97年1月1日号、出版ニュース97年6月上旬号]

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