ソニー技術者が語るマイク、ヘッドフォン製作秘話

 後半にソニー技術者へのインタビュー。

 第三章 ソニーに訊け!!

『C-800G』開発・製造者座談会 富山康明、村上佳裕

富山 (略)オシロスコープナーのようなカーブトレーサーがありまして、(真空管)1本1本、ノイズや特性を計測してカーブを見ながら選別していました。

村上 6AU6Aのヒーター電圧は、推奨値があるんですが、実際は少し高めに設定することによって電子の放出が良くなって、いわゆる過渡特性ですとか、立ち上がりの部分で音質に効くんですね。 そうやって、どうしても、音質を優先したいためにヒーター電圧を上げることで(1木1本選別した真空管でも)寿命がバラつくんです。

(略)

電圧を下げると音質は落ちてしまうので、どうしてもそこはトレードオフになってしまうんですね。私たちとしては、当初そういう点でクレームをいただいていましたが、真空管の入手経路が1カ所しかなかったので、それ以外の選択肢がありませんでした。

富山 加えて環境物質規制が厳しくなりまして(略)今まで使っていた部品が使えない、さらにはそもそも売られなくなってしまったものもありましたので、部品を替えなければいけないと。そこで最も苦労したのが真空管なんですね。

(略)

林 ひとつ疑問に思っていたのですが、なぜ90年代に入ったその時期にわざわざ真空管を選んだんでしょうか?

富山 もともとは弊社の会長を務めた大賀典雄が“ソニークラシカル”というプロジェクトを立ち上げまして[レコーダーからデジタルコンソールまで](略)

村上 まさに“入り口から出口まで”というプロジェクトですね。(略)

[デジタル・オーディオに]どういう音を求めるか?という方針を決める際に、一般的にデジタルというのは、CDも含めて柔らかさやふくよかさ、そういったものが少し欠落しているのでは?ということで、先達がいろいろ考えて、じゃあ温故知新ではないですけど真空管がいいのではないか、と。(略)

音にも温かみがあって、しかもプレート電圧が300Vはあるのでダイナミックレンジ的にも良いのではないか(略)

温かいけれどもその中にスピード感、つまり立ち上がりとか音のキレがある、そういう音が狙えるんじゃないか?という話になったんです。

(略)

村上 そこは、ある意味チャレンジで、構想から7年はかかりましたね。

(略)

富山 (略)[『C-37A』は]創業者のひとり、井深大の「なんとか国産のマイクを」という強い想いから開発されたと聞いています。

(略)

発売した当初はまったく売れなかったんです。日本では見向きもされなかった。ところが、ソニーは海外にも展開していますので、これを北米に持って行ったら、いわゆるレコーディングで、ナット・キング・コールフランク・シナトラが使って「これは良い!」と絶賛してくれたらしいんです。その話が広がりまして、見向きもしていなかった国内のエンジニアがこぞって使うようになって一気に火が点いたと(笑)。それから『C-37A』がトライアルで使われて、そのあと大晦日の国民的歌番組などで使われたりしたこともあって『C-37A』の株が急に上がったんですね。

(略)

林 『C-38B』は1965年の発売ですから、50年以上、現在も作り続けているというのはたいへんなことですね。

村上 維持がたいへんです。『C-800G』も、ネジ1本替えただけで音が変わりますからね。私は電気エンジニアですから「そんなの嘘でしょ?」って言ったんですけど、本当に変わったので当時びっくりした覚えがあります。(略)

やはり50数年作っていると、部品が手に入らなくなることも当然ありますから。

[そこで、どうやって音質を維持してきたか]

(略)

富山 管理する誰かがいるというわけではないんです。ただ、音を継承しているというのは間違いありません。当然、設計変更というのはたびたびあるので、その都度キチッと音を評価しています。もちろんリファレンスがありまして、『C-800G』も開発当初のリファレンスもあります。それに、実はトランスだけを評価する筐体というものがあったりするんです。そういう細かい評価体制ができているということはあると思います

(略)

村上 『C-800G』のときにものすごくこだわったのは“制振構造”で(略)[音が濁る不要共振を抑えるため]

材質から構造まですべて、みんなが念仏のように「制振構造、制振構造」と言っていたのを見ていましたから。(略)

富山 (略)どこを止めてどこをキチッと鳴らしてキャラクターを出すか、そういうことについて本当に1個1個の部品を評価していくんです。例えばケージ(金網)の材質とかその留め方とか──二重構造になっているので──、塗装ひとつでも基板の材質でも響きは変わりますし(笑)。

(略)

ただ、そうすることでバランスが崩れたりすることもあって、じゃあ元に戻そうと。その中でも「このキャラクターを残すために、この部分は元に戻して、ここは残そう」とか、最後には、評価しているマイク・スタンド自体のバラつきまで見えてくるようになって(笑)、スタンドがちゃんと固定できないと正しい評価ができないということで、“神様スタンド”のようなものまでありましたね(笑)。(略)

「C-800Gの評価は絶対コレでやること!」っていうものがあるんですよね。

村上 (略)いろんなスタジオから「シリアル・ナンバーが連続の物が欲しい」と言われるんですね。

林  僕らエンジニアは、連番の方が(音が)揃ってると思いますからね(笑)。

村上 その気持ちがこちらもわかるじゃないですか。だから、通常はソニー・太陽で製品を作った商品は倉庫に入れて、あとは庫出するだけなんですけど、そこで「ちょっと待った!」と、こっちに引っ張ってきて、試聴室でちゃんと差異がないか確認をしてから納品していたんです(笑)。

(略)

村上(略)私達の評価ってほとんど肉声なんですよ。試聴室での評価でも

(略)

マイクを海外に売ろうと思うと、私達の発音では英語にしろドイツ語にしろフランス語にしろ(子音が)再現ができないんですね。そうするとわざわざネイティヴの人を連れてきてしゃべってもらって「あ、やっぱりこの子音のキツさが違う!」ということになったりします。一方で、立ち上がりとか、そういうきれいな音っていうのは“明珍火箸”で評価してるんです。

(略)

[実演]

林 独特な音ですねぇ~。シンプルで強い。

村上 これは“和声”だと思うんです。海外にこの音はないと思うんですよね。

富山 2本の周波数差で余韻ができるんですが、このアタック音と余韻ですよね。

(略)

村上 これに近い楽器が、少し音色が違いますけど、三味線とか三線だと思っているんです。つまり、アタックのピーンって音とウワウワ~ンっていうビブラートのハーモニーだと思ってるんですけど

(略)

林 この火箸みたいな音って、倍音の構造がすごく整理されているんですよね。で、実はそういう音こそ収録すると歪みやすいんです。特にデジタル化するときに、基音がしっかりしていて倍音が整理されている楽器ってすごく歪みやすい。

村上 デジタルノイズが乗るんですね。

(略)

林 (略)電気回路的な面で、例えば「そう言うなら、もうちょっとこういう色付けもあるぜ」ということもやられているんですよね?

村上 やっています。例えばコンデンサーでも(略)音的に良いと言われているスチロール・コンデンサーを使ってたんです。実際、音がクリアなんですね。逆にセラミック系は音が濁るんです。抵抗も、今は全部チップで作っていますけど、いわゆる“リード線型”がいいんです。これがおもしろくて、同じ抵抗値でも、許容ワット数が大きいもの、要するに抵抗の大きさが大きいものの方が音が良いんです。しかも、よく言われることですが、それが金属皮膜とカーボンとではまた音が違いますし、さらに言うと(それらを作っている)メーカーによっても音が違ってくるので(笑)、そこは頭の痛いところですが、そういうすべてが音作りに関係しているんです。

富山 回路構成自体はシンプルな方が音が良いという話もあって、複雑な回路にしていくよりも、今、村上さんが言ったように、むしろそこに使う部品、その材質をどう選ぶかってことが音に影響するので、やはり、先ほど言ったように1個1個、部品を替えたりしながら追い込んでいく、ということになってくるんですね(笑)。あとは、真空管を冷やしてみたり、トランスは機械巻きだとバラつきが出るので人間が手で巻かなきゃダメとか、そういうところですね。『C-800G』のトランスは実は手巻きで、人間が1個1個、線を送って巻いているんですよ(笑)。

村上 (略)私と同じ年くらいの工員が般若心経を唱えながら巻くんですよ。周りみんなシーンとして、半径1m以内には絶対に近づかないんです。

(略)

富山 1個巻くのに半日かかりますね。

 座談会2 ソニー ハイレゾマイク 今野太郎 篠原幾夫

今野 (機械として)周波数特性が広くて、減衰特性が速いマイクに音を通してみると、音源のアタック成分が目立って、普段の収録ではこの帯域だとサステインがもっとあるはずなのに、伸びないように聞こえてしまうなど、いろいろなことがあるんです。だから、もともとすごく反応が良くてスピード感があるという特性を生かしながら、なんとかレンジ感があって、かつ暗くなくて、というところで、当然先達のマイクを参考にした部分はありますね。

(略)

篠原 我々は、じゃあ実際、[ハイレゾマイクは]本当に必要なのか?という意味も込めて、楽器とか人の声って実際どれくらいの帯域まで出ているのか調べてみましたが、20kHzより上って意外と出ていて、楽器も出ていますし、人の声でも、実験では女性にしゃべってもらいましたが、収録の都合で40kHzまでしか録れなかったものの、減衰しながらも40kHzまでは出ているんですね。ですから、そこは掘り下げてやらなきゃいけないなとは感じています。やっぱりその帯域も存在しているので、実際に収録して24/96の器の中に入れていただいて再生すれば、違うものになっていくとは思います。

(略)

林 かたや「アナログ最高! レコードいいじゃん」っていう風向きもあって、僕ももちろんレコードを聴いて育ちましたし、愛着もあるし、無責任に聴くにはすごく好きなんですけど、エンジニアとして言わせてもらうと、実は、物理的制約によってあれほどひん曲がって記録されているものってないと思うんですよ。その物理的制約の中、よりいい状態で入れようと奮闘してくださるカッティング・エンジニアの方々には頭が下がる思いですし、その技術には敬服しているのですが、僕らが収録した音がアナログ・レコードに刻まれるためには、相当な紆余曲折を経てどうにかこうにか入れている。せっかくこうやって録ったのに、あんなふうにコンプがかかって刻まれちゃうっていう現場を見ちゃうと……。しかも、内周にいくほど高域が落ちていくなんてことは、僕も素人の頃には当然知りませんでしたけど、知ってしまったら「うわ……」って感じですよね(笑)。つまり“イコール”では全然ないんです。だから、むしろデジタルでできる可能性が広がった方が、たぶん”正しい音”=できるだけ”イコールで記録される”という点では、音楽の記録媒体としてすごく将来性があると思うんですよね。その入り口として、“伝える"デバイスとして、このハイレゾマイクはすごく可能性を感じますよね。

座談会3 MDR-CD900ST 投野耕治

投野 CDが出てきたときに、CDの音をフルに再生するヘッドフォンが欲しいということがスタートなんです。

(略)

サマリウムコバルトという希土類の磁石が出てきたり、極薄フィルムの振動板が製造可能になってきたので、小さいユニットでも十分に大きな音で聴けるようになってきました。そのことと、ちょうど我々が開発していたウォークマンの“持ち歩けて、電池駆動で十分オーディオが楽しめる”というコンセプトをうまく同期させることができましたので、その23mmのユニットのヘッドフォンが一般的になっていきました。ただ、そのドライバー・ユニットの技術そのものが当時は非常に新しくて、そこから少しずつグレードアップしていってCD900に辿り着きました。

 当時CBSソニーのスタジオでは、他社製のモニター・ヘッドフォンを使っていたという状況がありましたので、やはり「ソニー製を使ってよ」となりまして(笑)(略)

で、実際に持ち込んでみたら「この音じゃ、スタジオではすぐには使えないね」と。そこから足掛け3年かけて音作りをしていったんです。

(略)

最初は、例えば「低音がもっとバンとくるように」と買われると「低音の“量”をとにかく上げればいいのかな?」とか「いや、そういうことじゃなくて……」みたいなやりとりがずっとあって、なかなかピントが合ってこなかったんですが、やっぱりそうやって継続的に音作りしていく中で、同じ音量の同じ音を一緒に聴きながら比べると、「ほら、人の声のココがちょっと籠もって聴こえるでしょ?」とか「このベースのスピードが遅いじゃない?」とか、言われたことを自分の実感として持ったら、わりと音作りのポイントがつかめるようになってきたんです。

(略)

基本的には、なるべく変えないようにしています。というのも、いろんなロケーションで録音する際に、例えばスタジオでなく外部のホールなどで、そこの現場のモーター・スピーカーの音がわからないというとき、ミキシングのモニターとして使うこともあると言われますし

(略)

「このヘッドフォンでこれくらいに聴こえているならスピーカーではこれくらいに聴こえているはずだ」という経験値があれば、モニター・スピーカーがないところでも仕事ができるし、マイク・セッティングもトラッキングもできる、そういう仕事のツールになっているので、音が変わってしまったら困ると思いますから、基本的には変えない、それが第一のスタンスです。

 第二のスタンスは、この900STは発売からもう四半世紀経っている定番商品ですので(略)

やはり技術は進化させてほしいと思っているんです。ですから後輩には「俺はこれはもう変えないけど、キミはキミの音としてモノ作りをしろよ」と言っていて、そういう次世代のものは出てくるといいなと思っています。

林 900STの音を作っていくときに、スタジオ側から一番言われたことって何でしたか?

(略)

投野 (略)例えば、声が籠もった感じで返ってくると、声を張り上げてちょっと硬めに歌っちゃうとか、逆に、子音が刺激的に返ってきちゃうと、歌手の方がそれを聴いて「あ、ソフトに歌わなきゃ」と思っちゃう、と。さらに、自分が歌った歌って、普段は自分の口と耳の距離で聴いているので、その距離で聴こえてくるようなスピード感、ダイレクト感、ボリューム、音色で聴こえてくれないと歌いにくい、といったご意見をいただきましたね。もちろん人の声だけでなく、音色という意味では楽器も同様で、すごく近い音は近く再現でき、その距離感も近いこと。マイクが遠くなったらちゃんと遠くなること。エフェクトをかけて遠い音にミキシングをしたときには、その遠い距離感がちゃんと出る、そういう正確な距離の表現力があること、そういうことは言われましたね。さらに、つけてもいない余韻がヘッドフォンに付いちゃうと困りますから、切れるものはスパッと切れて、エフェクトで付けたらそれがちゃんと付いてくるということも重要だと。(略) 

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