安西水丸 おもしろ美術一年生

 

COYOTE SPECIAL ISSUE 安西水丸 おもしろ美術一年生 (Coyote MOOK)

COYOTE SPECIAL ISSUE 安西水丸 おもしろ美術一年生 (Coyote MOOK)

 

 水丸さんと最初に出会った頃 村上春樹

 僕が最初に安西水丸さんと出会ったのは、まだ千駄ヶ谷鳩森神社の近くでジャズの店を経営していたときのことだった。(略)「群像」新人賞をとって間もない頃だったと思う。一九七九年、僕はちょうど三十歳になったばかりで、水丸さんは三十七歳くらいだった。

(略)

 僕は実をいうと、小説を書くようになる前からずっと、安西水丸さんの熱烈なファンだった。(略)

僕はこの「チューサン階級の友」を毎月愛読していて(今でも当時の雑誌は保存している)、そこに添えられている水丸さんの絵が大好きだった。

 当時水丸さんと嵐山さんはまだ平凡社に勤務する会社員だった。(略)

[近所に住む水丸が嵐山を誘い]

糸井重里さんも「チューサン階級の友」の仲間の一人で、そういう縁で親しく話をするようになった。まだみんな若くて、身軽で、とにかく面白いことが大好きだった。

(略)

 水丸さんはときどき僕のところにやって来て、「ねえ、悪いんだけど、これにサインしてくれる?」とすごく恥ずかしそうに僕の本を何冊か差し出した。「で、宛名は* * *子ってしてくれる?」

 「ねえ、水丸さん、サインくらいいくらでもしますけどね、またこれを餌に、女の子に悪いことをするんでしょう」と僕が言うと、彼は「ふふふ、悪いことなんかしないよ。いいことしかしないもの」とうそぶいていた。

(略)

 「彼女、村上さんのファンだから、今度紹介するね」とよく言われたが、一度も紹介されたことはない。

 僕と水丸さんとが最初の頃に一緒にした仕事で今でもいちばんよく覚えているのは、短編集「中国行きのスロウ・ボート」の表紙だったと記憶している。当時の水丸さんは、メディア的にはいわゆる「へたうまイラストレーター」の代表格として扱われていたのだが、僕は「この人には、こういう軽妙な絵ばかりではなく、きっと素敵な落ち着いた絵が描けるはずだ」と思って、最初の短編集のカバーを依頼した。そしてできあがってきたのは、本当に清新な素晴らしい絵だった。正直言って、これまで出版した本の表紙の中で、僕はこの絵がいちばん個人的に気に入っている。水丸さんが描いた絵の中でも、いちばん好きだと言っていいかもしれない。この絵の中には、どう言えばいいのだろう、僕の世界と水丸さんの世界とをつなぎ合わせ、重ね合わせた、いちばん素敵な部分が表されているような気がする。今でもこの絵を見ると、胸が軽く締め付けられるような感覚がある。

 当時の中央公論社の僕の担当編集者は安原顕さんで、彼がこの短編集を受け持ってくれたのだが、水丸さんの絵ができあがってきたのを見て、「なんだよ、これは。こんな下手な絵は使えねえよ」と言った。でも社内の若手編集者が「いや、安原さん、これは素晴らしい絵ですから」と説得し、うちでお嬢さんに「これとても素敵じゃない」と言われ、「それなら」ということでなんとか無事に表紙に採用されたらしい。あとになってそういう話を聞いた。僕も水丸さんもまだ、作家として絵描きとして世の中に船出したばかりの身で、日々すべてが順風満帆であったわけではない。そういういくぶん心許ない境遇にも、少しばかり相通ずるところがあったかもしれない。

 それからいくつかの雑誌で、僕と水丸さんは組んでエッセイの連載の仕事をするようになった。僕がエッセイを書き、彼がイラストを添えてくれた。二人ともその仕事を楽しんでいたと思う。良いコンビだった。

(略)

 僕が水丸さんと最初に出会った頃のことを思い出して、いちばんありありと思うのは、僕らがとにかく自由であったということだ。僕らは誰かの顔色をうかがうこともなく、自分たちのやりたいことだけを好きにやってきた。もちろんあちこちで失敗もしたし、それなりに痛い目にあうこともあった。しかし自分のやりたいことがどういうことなのかいつだってちゃんと掴めていたし、その道筋を見失うことなく、頑固に自分のスタイルをまもり続けてこられたと思う。

 そういう意味では水丸さんは僕の大事な友人であり、また人生における気の置けない同志だった。(略)

どんなものでも主役になる

「いちいち『何を描こう』と悩んでいたら、イラストレーターになれないと思っています」と水丸さんはきっぱりと断言していました。

似てないことに誇りを持つ

 エッセイの挿絵などで水丸さんは多くの似顔絵も残しましたが、自分の似顔絵を「似な顔」と呼んでいました。顔を描く時、似ているか似ていないかで悩むことはありません。なんとなく雰囲気が出ればそれでいい。不安なときは横に名前を書いておけば、勘違いされる心配もなく安心です。水丸さんは似顔絵について、こう言いました。

 「今だに似顔絵は上手くないが、この頃はむしろそっくりに描けない自分に誉りを持つようにしている。どうやらぼくに似顔絵を描かれた人たちは、気の毒がってかむしろ向こうからぼくの絵に近づいてきてくれているようだ。

 数年前、仕事であちこちと旅してまわった小説家の村上春樹氏が洗面所から出てきて言ったことがある。『ぼくの顔、最近、水丸さんの描く絵に似てきちゃったみたいで』

 なんだか申しわけない気がしてならなかった。」

絶景だけが風景じゃない

生前「僕は絵はがきのように固まった風景の人間になりたくない。車窓のように人の目の前をさーっと流れていく人間になりたいんだ」と語っていた水丸さん。

すべては線から始まる

 シンプルな線で描く手法は、元々体が弱かった水丸さんが時間をかけずに多くの絵を描くための術でもありました。

(略)

 「僕の場合、自分の線がいつ出来たかと考えると、子どもの頃から漫画を描いていて、今もそれがずっと続いているような感じなんです。外国の作家で線で描く人がいたらそれを見たり、画家が描くデッサンの線を見たりもしました。そういう風にいろんな人の線を見て、昔はマネもしたんですけど、それでいい線が描ける訳じゃない。線というのは人柄のようなものが出るとも思っています。つまり、持って生まれたものが自分の線になるというか。ペンを持つカだとか、インクをつける量だとか、そういうもの。自分の体が持っている力の入り具合が線になって出てくるんだと思うんですよ。

 描く時って、気持ちが全面に出ているような気がするんですね。この辺は線を描くイラストレーターの、非常にミステリアスな部分なんです

(略)

スリリングな感じなんです。それを分かっているかいないかで、線に魅力があるイラストレーターになれるかなれないかが決まるような気がします。

 非常に残酷ですが、何千回描いてもダメな線はダメ。だから描けない人は、版画にしてみるとか、板に描いてみるとか。外すことが大事。いくら上手な絵を描いてもダメだとしたら、そこから外れることが大切なんですね。色々な方法があるんですから。

 僕も時々、今日は線の感じがなんか違うなって時があるんです。3cmくらい描いた時点で、なんかいつもとスピード感が違うとか。やっぱり毎日描いていると自然と上手くなるじゃないですか。その感じに慣れて、すーっといってしまうことがある。そういう時は自分の絵を見直したり、他の方の絵を見たりして、この辺に戻らなきゃいけないんだと思って。自分のリズムをあらためてつかむということでしょうね。線には、すごく感情が出るんです」

ベン・シャーン

 学生時代にベン・シャーンの絵に強く憧れ、どうやったらこの線が描けるのかと、あらゆる技法を試したという水丸さん。しかし最終的に残ったものは、自分が子どもの頃に描いていた線でした。

(略)

 「絵というのは、才能のある人がいろいろと研究を重ねたすえに、いい味わいの絵を作り出すのだが、描いているうちにどんどん巧みになってしまうことが多い。一番いい状態をいつまでも保つこと、これがなかなかむずかしい。あの人はあの頃、あんなにいい絵を描いていたのにとおもうことがしばしばある。ベン・シャーンに対しても、国吉康雄に対しても、ぼくは同じことを感じている。」

ディック・ブルーナ

 いつかイラストレーションを描きたいと思っていたけれど、いざとなるとどんな絵を描いていいのかわからないことがあった。

 そんな時、アメリカの家庭雑誌に載っていた人形の型をしたクッキーと、ブルーナーの絵を見て、ああ、こういう絵を描けばいいんだなあ、と思った。

 ブルーナーの絵は、なんとなく気持が迷った時に見ると、すっともとの自分にもどれる不思議な力を持っている。」

アメリカのフォークアート

アメリカのフォークアートは、ぼくに忘れていたものを蘇らせてくれた。イノセントな感性が最も大切であることを教えてくれた。」

言葉を浮かべてから絵を描く

 「僕は基本的に描き直しをしない。なんか変だなと思って描き直しをしてもどんどん絵が変になっていくことが多い。初めに描く時って余計な意識がないから、一番重要なものが素直に出てるような気がするんです。自然に。もうちょっと良い絵が描けるかなと思う根性が僕は嫌いで、そういうことをしていくと、どんどん自分ではなくなっていく気がしてしまう」(略)

水丸さんの絵は一発勝負でした。それは漫画を描く時も同じ。下書きをせず、最初のコマから順に描いていきます。

 その為に、水丸さんはどの漫画を描く時も、必ず最初に言葉だけのラフを作っていました。

水丸さんのすごさは、絵をなぞるとわかる

「イラストレーションというと変わった絵を描こうとする人がいるが、オリジナリティは出そうと思って出るものではなく、にじみ出るくらいがちょうどいい」

 そう言う水丸さんの絵は一見誰にでも描けそうですが、果たしてどこがすごいのでしょうか。

(略)

[南伸坊が語るその凄さと魅力]

 水丸さん、やさしそうだから意外でしょうけど、絵を見るとものすごく果断で自信のある人だと思います。ぼくなんかヒューって線かいて、あダメダメここはこうしたかったんだって、直します。(略)

水丸さんはどうも、その絵は捨てちゃうんですね。これだって思う線が描けるまで、じゃんじゃん描くんだと思う。ときどき「ありゃりゃ、なんでこんなへたくそなまんま出しちゃったんだろ」って絵があって(笑)それ模写してみたりするんですよ。で、ナマイキに「ここはこうでしょうフツー」って直して描くと、途端につまんない絵になっちゃう。

 女の人の顔とか体の線とかが特にそうです。つまり、直したらいっぺんに色気がとんじゃうんです。このままいたらオバケだろ、みたいになってる顔を、ちょっと直すでしょ。なーんでもない顔になっちゃうんですよ。

 以前、水丸さんの展覧会のギャラリートークみたいな時に、レモンの絵の前で「このレモンがなかなか描けなくて……」とか言ってる。もんのすげえカンタンな絵なんだ。

 「どうしても描けないんで、その日はもう寝ちゃって、翌朝、起きぬけに描いた。それがこのレモンです」って(笑)。

 ずいぶん大ゲサに言うなァって思ったんですよその時(笑)。いまは全然違うふうに考えてます。水丸さんには、こう描きたいっていう線があるんですね。ひたすらそこへめがけて描く。何がダメなのか他人にはわかんない、ちゃんと描けてる絵を、どんどん捨ててたんだと思う。

水丸さんの教え 

楽しさを伝えるのがイラストレーション

 

失敗がオモシロイ

 

イラストレーションを知るには書店に行くべし

 

普通が魅力的

(略)

絵は恋愛と同じ。過ぎるとストーカー

 

大変だなぁって思わせる絵は良くない

 

一番いい絵を選び、これ以下の絵は描かないと決める

 

達者は危険

 

色鉛筆を使う時は、この中を塗ると決めたらぐちゃぐちゃに塗る

(略)

自分に合った画材を研究する

 

慣れてきたら別のペンに変える

(略)

完成度よりも、あなたにしか描けないものを描いたかが大切

(略)

コンプレックスを持つと三千歩くらい後退する。いいなあ、うらやましいなあと思うくらいが一番 

 

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