書き出し「世界文学全集」 柴田元幸

 柴田元幸の解説の方を主に紹介。

書き出し「世界文学全集」

書き出し「世界文学全集」

 

エドガー・ハントリー――夢遊病者の回想録

チャールズ・ブロックデン・ブラウン

 [解説]

この人の小説は、主人公がハッと気づくと覚えのある場所に来ていたり、ふと目が覚めると今度は逆にぜんぜん知らない場所にいたり、とか、とにかく人が世界のなかに溶け込んでいない気がする。これはつまり、自己の一貫性を信じていないということの表れだと思う。その意味で、大変アメリカ的な作家である。 

エドガー・ハントリー (ゴシック叢書)

エドガー・ハントリー (ゴシック叢書)

 

 緋文字 ナサニエル・ホーソーン

[解説]

(略)この小説は、不義の出来事自体は小説がはじまった時点ですでに終わっているという特異な設定。「税関」と題された、本筋とは一見さして関係なさそうな、かなり長い序章がこの小説にはあって、これを退屈と見る人も多く、僕もエキサイティングだとは言わないが、作者ホーソーンが自分の影の薄さを自虐的に語っていて、実は大変好みの文章。  

完訳 緋文字 (岩波文庫)

完訳 緋文字 (岩波文庫)

 

 白鯨 ハーマン・メルヴィル

[解説]

(略)「緋文字」にインスパイアされて書かれた作品で、ホーソーンの抑圧された書き方とは正反対に、まだモダニズム文学だって出てきていないのに一気にポストモダニズムまで飛んでしまったきわめて奔放な作品だが、ただし、いないかもしれない神と空回りの格闘を続ける真剣さはポストモダンとはまるで違う。  

白鯨 モービィ・ディック 上 (講談社文芸文庫)

白鯨 モービィ・ディック 上 (講談社文芸文庫)

 

 顧みれば――二〇〇〇年から一八八七年を

エドワード・ベラミー(1850-98)

[解説]

19世紀末を生さる上流階級の男性が、社会主義の正義が実現された2000年でめざめるという話。当時、社会主義思想を広める上でものすごい影響力があった。しかしこの小説で夢見られている2000)年の社会の麗しい状態が、2003年のいまも実現されていないのはもちろんのこと、そもそも1887年よりよくなっているかどうかさえ、近年では疑わしいのでは……。

[本文]

 一八五七年、ボストンの街において私は産声を上げた。「何だって!」とあなた方は言う。「一八五七年?妙な言い違いだな。もちろん一九五七年のことだよね」。失礼ながら、間違いではない。一九五七年ではなく一八五七年、クリスマス翌日の十二月二十六日の午後四時、私はボストンの東風を初めて吸い込んだのである。読者に保証するが、その風は、この遠い時代にあってもやはり、現在の二〇〇〇年にそれを特徽づけているぴりっとした味わいに彩られていた。

(略)

小学生でもみな知る通り、十九世紀後半、今日の文明は、或いはそれと似たいかなるものも、まだ存在していなかった。たしかに、今日の文明を生み出すことになる一連の要素は既に発酵を始めていたが、遥か昔から続いていた、社会が四つの階級に分かれた事態に修正を加えるような流れは未だ生じていなかった。実際、その四階級とは、むしろ四国家と呼ぶ方が相応しかった。それらの間の差異は、今日の国家間の差異よりもずっと大きかったからである。豊かな者と貧しい者、教育ある者と無知な者という断絶。私自身は金持ちであり教育も受けていて、したがって、その時代で最も幸運な者たちが享受する幸福の諸要素を全て所有していた。贅沢に暮らし、人生における愉しいこと、優雅なことの追求に明け暮れ、その生活の基盤は他人の労働から得ていて、何の奉仕も返さなかった。両親も祖父母も同じように暮らしていたし、私に子供ができれば彼らもやはり同様に安楽な生活を送るものと思っていた。
 でも、世界に何も奉仕せずにどうやって生きていられたのか? そうあなた方は問う。ちゃんと奉仕を行なう能力があるのに、何もせぬ怠惰な人間を世界はなぜ養ったのか?その笞えは、私の曾祖父が一定の額の金を蓄積し、子供たちは以後ずっとそれを糧に生きてきたから、というものである。(略)

[だが遺産の]額は当初、およそ大きいとは言えなかった。実際、何もせぬ怠惰な三世代が養われたあとの方が、当初よりずっと大きな額になっていたのである。この消費なき使用、燃焼なき熱の神秘は何やら魔法のように思えるが、実のところはただ、今日では幸い失われたが、あなた方の先祖によって完璧の域にまで高められていた、自分を養う重荷を他人の肩に転嫁するという技術を巧みに駆使した結果であった。これを違成した人間は(略)投資収入で暮らすと称された。古の産業形態がどうしてこのようなことを可能にしたのか、それを説明するのはあまりに大きな寄り道になってしまう。ここではただ、投資利息とは、産業に従事する者たちの生産物に対する、金を所有するか相続するかした人物が徴収した一種の永久税だったとだけ述べておこう。現代の考え方から見てかくも不自然で理不尽に思える制度が、あなた方の先祖たちによって全く批判されずにいたと考えてはならない。太古の昔から、立法者も預言者も利息を廃止しよう、少なくとも可能な限り小さな割合にとどめようと努めてはいたのである。だが、旧態依然とした社会組織が続いている限り、その努力も全て挫折に終わるほかなかった。私がこうして語っている、十九世紀後半の時点では、どの政府も概ね、この問題を統制する試みを放棄してしまっていた。 

エドワード・ベラミー (アメリカ古典文庫  7)

エドワード・ベラミー (アメリカ古典文庫 7)

 

ヘンリー・アダムズの教育

ヘンリー・アダムズ

[解説]

(略)大統領がいた超名門の家に生まれ育った歴史家、小説家。(略)

知識人の苦悩を語っているとか現代文明に警鐘を鳴らしているとか言われるが、個人的にはメチャクチャ可笑しい本だと思う。何が起きているのか、実は誰もわかっていないまま国の政治が動いている、そのちぐはぐさを淡々と、ちぐはぐさ以外に何がありうるのかと言いたげな筆致で綴っている。  

ヘンリー・アダムズの教育 (1971年) (アメリカの文学)

ヘンリー・アダムズの教育 (1971年) (アメリカの文学)

 

殿方はブロンドがお好き

アニタ・ルース

[解説]

1925年に出版されたもうひとつの隠れた傑作。なかば失明していたのにこの小説の連載だけは楽しみに読んだというジェームズ・ジョイスをはじめ、フォークナーや哲学者ジョージ・サンタヤーナにも愛された。ほんとは言い違いとかいっぱいあってもっと面白いんですが、それは翻訳不可能。(略)

[本文]

 きのうのよるリッツで殿方のお友だちとディナーしてたら、きみがエンピツとかみをつかってかんがえてることをみんなかいたら本ができるよといわれた。そういわれてなんだかわらっちゃうところだった。だってできるのはきっと本どころか何かんもならぶ百かじてんだろうから。わたしってほとんどいつも何かかんがえてるきがするもの。わたしってかんがえるのがいちばんすきだしときどき何じかんもじっとひたすらかんがえるだけみたいなときもある。それでこの殿方がいうにはアタマのいい女の子はかんがえるいがいにもアタマをつかって何かすべきだって。

(略)

 ミスタ・アイスマンはシカゴでボタンのおろしうりをやっていてシカゴじゅうでボタン王ガス・アイスマンとしてしられている。この殿方があたしをきょういくしようとおもいついて、だからとうぜんニューヨークにしょっちゅうやってきてあたしのアタマがこないだよりどれくらいよくなったかみていくわけ。

(略)

もちろん殿方が女の子をきょういくしようとおもったらアパートメントまできてよるおそくまでゲンダイのわだいをいろいろはなしたりしたがるわけで、だからあたしはつぎの日はぐったりくたびれていてコロニーへディナーに出かけるしたくのじかんまでベッドでぐずぐずしてる。
 あたしが女せいさっかになったらおもしろいだろうな。あたしの故きょうはアーカンソーリトルロックのそばで、りょうしんにはおんがくをやりなさいといわれた。きみには才のうがあるよと友だちもみんないうので、れんしゅうしろれんしゅうしろってものすごくしつこくいわれた。でもあたしはなぜかれんしゅうがすきになれなかった。だってただ仕ごとするために何じかんもぶっつづけでれんしゅうするなんてやってられない。それである日もうアタマにきてマンドリンをへやのむこうにブンなげてそれいらいさわってもいない。でもものをかくのはちがう。いろんなことをおぼえたりれんしゅうしたりもいらないしキモチものってくるみたいで、れんしゅうしてるとのってるキモチもみんな出てっちゃうみたいだったから。だからいまこうしているとほとんどえみがもれてくる、だってもう次の次のページまでいって三月十八日のぶんまでかいたんだもの、きょうとあしたはこれでおしまい。あたしっていったんやりだすとほんとにのってくるのよね。 

紳士は金髪がお好き (名作映画完全セリフ集―スクリーンプレイ・シリーズ)

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