代表質問 16のインタビュー 柴田元幸

一度読んでいる(kingfish.hatenablog.com)のだが、読んだ記憶がないところがあったので、また読んでみた。

代表質問 16のインタビュー

代表質問 16のインタビュー

一九八九年の村上春樹

村上 (略)短篇集に入れる。何年か経つ。するとある日ふと思うんです。これはもっと延ばせる、という風に。予感のようなものがどんどん膨らんでいくんです。(略)
[『ねじまき』同様、『世界の終り〜』『ノルウェイの森』も]
短篇として発表してから長篇化するのにだいたい三年くらいかかってますね。三年くらい経つと、その辺が自然にうまく見えてくるんじゃないかなと思うけれど。
 それから、これは延びるんじゃないかなと予測していたのに、延びなかったものというのはありますね。たとえば、そうですね、「午後の最後の芝生」なんか僕は自分ではわりに気に入っていた短篇で、これはうまく延びるんじゃないかなとその直後は思ってたんだけど、結局駄目だったね。(略)短篇としてのよしあしとは関係なく、延びるものもあれば、延びないのもあるんです。
(略)
 それと逆に、僕は「外伝」と呼んでるんだけど(略)たとえば『1973年のピンボール』(略)パステル画的にさあっと描いちゃったわけで、それとはまた違う、もう少し濃密な描きかたもできたんじゃないかなとは思っていたんです。「双子と沈んだ大陸」はまあ、後日談に近いものですけれどね、書いていてわりに楽しかったですね。今『1973年のピンボール』という小説を書いたらオリジナルとはずいぶんちがったものになるんだろうなと考えたりしてね。これからも気が向いたらまたそういう形のものをふと書くかもしれないですね。具体的に長篇をあげてみると、『1973年のピンボール』の世界はそれが比較的やりやすいかな。『風の歌を聴け』と『羊をめぐる冒険』の場合はちょっとむずかしいですね。『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』は意外に可能かもしれない。
(略)
――村上さんのこれまでお書きになった短篇の中で読者がいちばん驚いたのは「ファミリー・アフェア」という作品じゃないでしょうかね。
村上 うん、あれは僕も自分でちょっと驚いたですね、書きながら。自分でもなんとなく書き姶めたんだけれど、あんなふうな感じになるとはあまり予想していなかったしね。あれは『LEE』っていう女性誌に書いたんで、いつもよりはちょっと軽く明るく書こうと思ったんですよね。(略)さあっと書いて、なんとなくああなっちゃったんです。自分でも意外だったな。
――あれは最初読んだとき、村上さんはいらいらしてこれを書いたのかなと思ったんですが、今読みなおしてみると楽しんで書いていたみたいに思えますね。
村上 あれはとても楽しんで書きました(笑)。要するにね、あそこではテレビのホームドラマみたいな形式だけ借りて、あとはもう自由にどんどんやっていこうと思ってやったんです。そういう入っていきかたがうまくいったし、書いてて楽しかったですよ。
――あの作品でもうひとつ気になるのは、あるインタビューで、村上さんは「あれが書けたから『ノルウェイの森』の緑さんが書けたんだ」っておっしゃってましたよね。
村上 (略)うまく言えないけれど、ある種の現実の手ざわりというのはあったんですね。異物としての現実というようなことかな。
(略)
それまでの僕の小説だったら、あの小説は「僕」と妹とふたりの話を書いていたと思うんです。妹の婚約者は出てきても、いわば象徴的な影のようにしか出てこなかったと思う。でも「ファミリー・アフェア」における渡辺昇はありありとした現実の存在だし、まあ異物ですね。名前を与えられたことによって異物としての機能を身につけたんです。彼の登場によって「僕」という主人公が徴妙に揺らぐんですね。その辺が僕自身書いていてわりに新鮮だったような気がするんです。これは、例としてはずいぶん違うみたいだけれど、緑と「僕」のかかわりかたに似ているんじゃないかなという気はするんです。
 この「ファミリー・アフェア」という小説も続きを書いてのばさないかという話はあってちょっと書きかけたことはあるんだけど、でも思い直してやめたんです。もう少し待とうという感じですね。書けなくはないけれど。
(略)
――『ノルウェイの森』が例外的であるというのは、シチュエーションが特異であるとかそういうことではないですよね。
村上 うん、そう、書き方そのものが違ってるんです。
――いわゆるリアリズム小説であるということですか?
村上 そうです。(略)
ある種の時間性のようなものじゃないのかな。つまりね、僕が書いている小説世界というのは、だいたいいつもふたつの世界を内包しているんですね。こっちの世界とあっちの世界ですね。(略)
直子のいる京都の療養所の世界、あれはあっちの世界だし、緑のいる東京の世界、これはこっちの世界ですね。(略)でもそれとは別に、僕の意識のなかにはふたつの種類の時間性みたいなものがあるんです。こっちの時間性とあっちの時間性ですね。これは具体的に言うと、僕が小説の舞台として描いている六〇年代・七〇年代・八〇年代の限られた現実の時間性と、それからそういうものを越えた非リアル・タイムの時間性ですね。でも『ノルウェイの森』ではそういう時間性の重層性というのはあまりかかわってこないような気がするんです。だから僕はこれはリアリズムの小説だと感じるんです。実感としてね。
 『ノルウェイの森』というのは、びしっとあの時代に限定しなくてはならなかったんです。もっと極端に言えば、そこから広がってほしくなかったんです。あれはあれとして終わってしまってほしかった。「僕」と緑さんがあのあとどうなるかなんて、僕としては考えたくないし、読者にも考えてほしくなかったんです。変な言い方かもしれないけれどね。だから僕にとってあの小説は他の小説とはぜんぜん違うものですね。
(略)
とくに「青春の記」というんではないね。もちろんそれなりの思いがないではないけれど、そこの部分だけが拡張されても困るんです。
 だから僕が言いたいのは、とにかくあの時代に時間を限定された小説を書きたかったということですね。それはそこで始まって、そこで終わる話なんです。
(略)
そういうタイプ[永沢さん、五反田君など]の人物の系譜というのはたしかにありますね。そうだな、僕はたぶんそういう人たちのことをいわば落ちていく人間として捉えているんだと思う。英譜でいうDESCENDという感覚かな。現実的に落ちていくということもあるし、モラリスティックな意味で落ちていくということもあるし、それから現実に適合できなくて死んでいく場合もある。三部作のなかの「鼠」もそうですね。
(略)
 どうしてそういうキャラクターに興味を持つかというと、それは現実的に落ちていった人間を見てきたということはありますよね。それからある意味では自分だって落ちかねなかったんだという怖さもある。人生というものの中には暗い深い穴がいっぱい開いているからね。そういう怖さは誰にだってあるんじゃないかという気がするんです。
(略)
だから、彼らの、そういう人たちの存在のなかには僕自身もまた存在しているんです。でもそれは僕ではない。主人公の「僕」のなかにも僕は存在している。でもそれはひとつの選択肢にすぎないんです。僕自身がひとつの選択肢に過ぎないのと同じように。
(略)
――ホラーといえば『ダンス・ダンス・ダンス』にキングの『シャイニング』の影響を認める人もいますけどね。
村上 へえ、それは気がつかなかったですね。どういうところが?
――あのホテルの空間が一人の人間の意識が生んでいる空間であるという捉え方ですね。
村上 なるほどね、それは面白い指摘だと思うな。
――僕はアーヴィングの『ホテル・ニューハンプシャー』の反転というか、そういうところが面白かったですね。『ホテル・ニューハンプシャー』の場合は拡大家族的なホテルなんだけれど、それとはまったく逆ですよね、いるかホテルは。ホテルといってもいろんな捉え方があるんだなと。
村上 僕は一時期、スティーヴン・キングの作品にいれこんだことがあるんですよね。日本でまだあまり翻訳が出てなかったころ。最近のはあまり熱心には読まないですけどね。だいたい『ファイア・スターター』くらいまでかな、熱心に読んだのは。でも物語の装置としてのキングの面白さというのはもう少し真剣に考えられてもいいんじゃないかと思いますね。まあ、ひどいものもたしかに書いてはいるけれど。フィリップ・K・ディックがあれほど真剣にとらえられて、キングが軽くみられてほうったらかしにされるというのは、なんとなく不公平なような気がしますね。
(略)
異議申し立ての小説みたいなのはあまり好きにはなれないんです。古い話だけど、たとえばカミュの『異邦人』みたいなのね。(略)あるいはもっと細かいレベルでの、私小説的というか、日常的異議申し立てみたいなの。僕としては、そういうのはもうわかってるんだ、というところから話を始めたいというのかな。そういう不条理というか、異物としての状況を前提として飲み込むところから話が始まらなくてはならないような気がするんです。それをすんなり認めちゃえということじゃなくてね。
 僕は(略)すべての風俗は善だと思ってるんです。原則的にはね。つまり今あり、今おこっていることは、原則的にはすべてナチュラルであると。(略)そうならざるを得なくてそうなっているんだから、否定することはできないと。(略)
少なくとも僕は小説家として、そういう風に考えるんです。すべての風俗は善であると。だから状況と自己の関わりについてスタティックに考察するよりは、状況を前提として飲み込んでいくこと、そしてある意味では自分自身が異化していくことのほうに小説的に興味があるんです。また、そういう流れというのは確実に出てきていると思うんです。
(略)
 たとえば、ジョン・アーヴィング(略)あの人の小説の構成というか、枠組みそのものはよく見てみるとまともなんです。(略)十九世紀小説の物語性にのっとっている。でも全体像として見ると、これはやはり何か奇妙なんです。奇妙な人々が出てきて、奇妙なことが奇妙な順番で起こる。でも登場人物はそれに対して「これは奇妙だ、これも奇妙だ」とは言いたてない。騒ぎたてない。むしろ静かにそれを飲み込んで行動するわけです。
[そこに彼の面白さ新しさがある]
(略)
ティム・オブライエンの場合はヴェトナムでの実戦体験が小説の核になっている。ほとんど戦争の話しか書いていない。でも彼はその体験を徹底的に分解しちゃっているんです。(略)もちろん彼は戦争を受け入れて認めているわけではない。戦争というものを心の底から憎んでいるし、否定している。でもそこにどうしようもなく美的なものが含まれていることもやはり認めている。そして何よりも、彼は戦場におくりこまれた以上、その戦争という状況を受け入れないわけにはいかないんです。それは認める認めない以前の問題なんです。肯定しているわけではなくても、とりあえずは受け入れざるをえない。否定するにはあまりに大きな状況だから。だから受け入れる。そしてそれを受け入れることによって、そこに幻想が生じるんです。幻想を生じさせることによって自分を状況にあわせて異化し、それによってサヴァイヴァルするんです。現実と幻想の明確な境界線が消滅していくんです。あっちの世界とこっちの世界とが補足しあうようになるわけですね。

バリー・ユアグロー

 書き始めたころは、いわばステージに立ったコメディアンがアドリブでしゃべるみたいに(略)自分の中に入っていくことを目指したんですが(略)
私の野心は、アメリカのビートたけしとして知られること(笑)。北野武さんの映画は大好きで、つい先日もアメリカで彼にインタビューしました。完全な人とは言いませんが(笑)、実に興味深い人ですね。
(略)
 映画の中でも特にヤクザ映画が好きですね。深作欣二とか、北野武とか。
(略)
 読んで自分の書き方が変わったと思う作家は、一人はアメリカのレイモンド・カーヴァーですね。もう一人は、最近、アメリカで新訳が出たんですけど、イサーク・バーベリというロシアの短篇作家です。
(略)
あとは探偵小説ですね。何でかというと、探偵小説というのは、いつも物事がどんどん、どんどん進んでいく感じがする。どこかに向かって突き進んでいくという感じです。実は夢もそうであって、夢を見ている人というのはどんどん前に進んでいって、これから何が起きるかをどんどん見ていく。私自身の小説も、そういうものから影響を受けて私の書き方になっていったんだと思います。
(略)
自分が精神的にすごく感じるものがあって、それに反応して書くこともありますし、あるいはもう少し知的に、こういう要素と、それと全然関係ないこういう要素があって、この二つをつなげると何が書けるだろうと、一種エクササイズのように書いてみることもあります。
(略)
日本文学のある種のインテンシティ、濃密さというか、強烈さ、それとイースセティックス、美学ですね。そういうものにまず惹かれるし、それから、詩などで、非常に小さなスペースで宇宙全体を示唆するような、そういう面も素晴らしいと思います。でも私は作家なので、すごく自分勝手な読み方をします。
 たとえば文学だけじゃなくて、クロサワの映画とかにもそういうことを感じるんですけれども、私は自分のファンタジーが遊べるというか、ファンタジーが思う存分動けるようなスペースというのをいつも探していて、そこに自分のファンタジーを放り込んで、そこから今度はそれを自分の作品に使える形で引き戻す。そういうふうに日本文学を使わせてもらっています。
(略)
西洋が東洋に行ったり東洋を見たりするとき、勝手に間違ったロマンティックなイメージを相手に投影してしまう。それをオリエンタリズムといってサイードは批判したわけですけれども、ある意味で、『憑かれた旅人』は、そういう個人のオリエンタリズムをそのまま小説にしたような本です。旅人は自分のロマンティックな思いで世界を見ようとするんだけど、世界はそれとは全然関係なく、あくまでも世界自体であって、全然、旅人の思いどおりにはならない。そのずれを私は描こうとしているんだと思う。

アーヴィングはこう語った……と思う
――柴田元幸・構成 架空インタビュー

 この架空インタビューは(略)およそ二十篇のインタビューやエッセイを素材としてつくり上げたものである。
(略)
――キリストといえば、『ガープの世界』についても、ガープが三十三歳で殺されるという設定に、キリストの影を読み込む人が争いようですが。
ジョン・アーヴィング(JI) あの本が出てまもなく、ある女性から、あなたって何て傲慢なの、と非難されたことがある。どうしてですか、と訊くと、彼女はこう言った。「だってそうじゃないの、ガープは三十三歳で死ぬ、そしてキリストが三十三歳で死んだことくらいどんな阿呆だって知ってるわよ、そしてガープはあなたそっくり、ゆえにあなたは……」
 そこで僕は彼女に、なぜガープが三十三で死ぬことになったか、真相を話して聞かせた。残念ながら全然信じてもらえなかったがね。
――その真相とは?
JI こういうことなんだ。『ガープ』を書きあげたとき、僕はもうすっかり混乱しきっていた。出来事の日にちも、登場人物の生まれた年も、まるっきりメチャクチャになっていた。とにかくあの小説は、当初は矛盾だらけだったストーリーを、強引につじつまを合わせたパッチワークみたいな作品だからね。しまいには編集のヘンリー・ロビンズと大喧嘩になってしまった。
 そこでヘンリーは、非常に聡明な女性を雇って、登場人物の年齢を整理させる仕事をやらせたんだ。彼女は一週間のあいだこの仕事に専念した。はじめる前は若々しく元気潑剌だったのが、一週間経ったらもうボロボロ、まるっきり別人のようになっていた。そして我々は最終会議を開き、登場人物一人ひとりの年齢を決めていった。彼女が計算機を片手に指揮をとり、一ページ一ページみんなで検討していくのさ。これはなかなかエキサイティングな作業だった。
 ガープの年齢を、はじめ僕は三十六歳にしておいた。僕は当時三十六歳だったから、三十六で死ぬということがどういう感じなのか、わかっているつもりでいたんだ。ところが、計算機の女性が泣きながら言うには、三十六ではどうしても駄目なんだ。つじつまが合わない。「じゃ、いくつならいいんだい?」と僕が訊くと、三十三、と彼女は答えた。「オーケー、じゃあ三十三で行こう」。それでガープは三十三歳で死ぬことになった。僕があんまりあっさり変えてしまうんで、みんな呆れてたけどね。
――でも例の女性には言じてもらえなかった。
JI 今度は「あなたって何て嘘つきなの」と言われた(笑)。まあ何しろ彼女は、パーティで僕に近づいてきて、いきなり僕の髪をひっぱり上げて、僕の耳が片方ないかどうか、見ようとしたぐらいの人だからね(*訳注 ガープは子供のころ犬に噛まれて片耳をなくす)。
(略)
――ウィーンと並んで、熊という動物も最初の五作のトレードマークになっていますが……。
JI ミステリー作家のジョン・マクドナルドが、「どう書いていいかわからないときは、手にガンを持った男を部屋に入れろ」と言っている。僕の小説の熊も、それと同じようなものだね。読者の気持ちを惹きつける上でも効果的だ。たいていの読者は、人間よりも動物にいち早く共感を抱くからね。
――たいていは仕込まれた芸を懸命に演じるんだけれど、どうしようもなくぶざまになってしまうような熊ですね。
JI 人間も似たようなものじゃないかな。一生懸命学んだ芸を一生懸命演じるんだけれども、はためにはみっともないとしか思えない――小説を書くこととか、レスリングとか(笑)。
(略)
――『熊』をお書きになっていたころ、誰か傾倒していた作家はいましたか?
JI ギュンター・グラスの『ブリキの大鼓』には大いに影響された。これは実に安全な影響源だ。何しろグラスと僕では世代が違う、国が違う、言語も違う。どう真似ようとしたところで、僕が彼に似てしまう可能性は少ないからね。グラスは現存の作家で唯一、僕が畏敬の念を覚える人だ。ディケンズと同じで、物語を次々につむぎ出していくやり方が素晴らしい。「そしてつぎに……そしてつぎに……」というおはなしの勢い、躍動感、リズム、他人の小説を読んで一番感銘を受けるのはそれだね。
(略)
JI 『熊』の場合はとにかく最後まで書きぬくことが最大の課題だった。だからあの本を書き終えられて、僕はすごく自信がついた。何も知らないであれだけ書けたんだから、今度はどんなすごいのが書けるだろうと(笑)。(略)
[コミックでハッピー・エンドにしようとして]
 実際できあがった小説は、とてもコミカルな作品だ。正直言って、『ウォーターメソッドマン』が飛ぶように売れなかったことに(6906部)、僕はとても驚いた。あの本こそベストセラーになるべき本だと思う。
(略)
――そのころからアイオワ大学の創作科で教えられるようになったんですね。
JI なにしろ小説が売れなかったからね(笑)。アイオワでは一九七二年から七五年まで教えた。
――創作を教えるという仕事については?
JI 学生たちはみんな真面目で、熱心だった。それに彼らは僕の書いたものを読んでいて、僕を慕って集まってきてくれていた。だけどつらいのは、当時の学生がみんな判で押したように、難解で、読者に多大な努力を強いる、カフカ的作品を書いていたことだ。一生懸命、誠実に書いたことはよくわかる。それだけに、それがつまらないと、読んでいてとにかくつらかった。
 当時は僕にとってしんどい時代だった。依然僕は作家でありかつレスラーでありたいと思っていた。でももうそのころには、レスラーとしての自分には見切りをつけていた。それは結構寂しいことだった。それに小説も売れないし、友人たちの人生も僕のまわりでつぎつぎバラバラに崩れていったし、おまけに僕は本を読みすぎていた。それが次に書いた『158ポンドの結婚』にも反映していた。(略)
あれは僕が書いたなかで唯一「文学的」な作品だ。つまりあれは、人生を素材にして書いたんじゃなくて、他人の小説を素材にして書いた本なんだ。具体的にいうと、もし僕がフォード・マドックス・フォードの『かくも悲しい話を……』と、ジョン・ホークスの『ブラッド・オレンジ』を読まなかったら、『158ポンドの結婚』はけっして書かれなかっただろう。
 この二冊の本はどちらもとても素晴らしい本だ。でもそれと同時に、僕はこの二冊に対し苛立ちも覚えた。どちらも文芸批評でいう「信頼できない語り手」を使った作品だ。フォードにしろ、ホークスにしろ、そういう語り手を、それなりに筋の通ったやり方で使っている。でも僕には、フォードともホークスとも違った、もっと別のやり方があるはずだと思えてならなかった。そこで僕は、信頼できない悪漢的人物を語り手に据えて、性的にこんがらがった関係を語らせることにした。
(略)
[『ガープの世界』について]
ガープはつねに、自分や、自分の愛する人たち――母親、妻、子供たち――に何かが起こりはしないかという強迫観念に取りつかれている。それは彼の見ている悪夢だ。だからある意味で『ガープの世界』とは、ガープの悪夢が実現してしまう物語だと言ってもいい。
(略)
正直言って、フェミニストのシンパみたいに捉えられるのにはいささかうんざりした。アンチ・フェミニスト呼ばわりされることも同じ。たしかに『ガープ』という小説は、それまでの僕の作品と較べて、いわゆる社会的問題をずいぶん多く取りこんでいる。だがね、だからと言って小説全体を社会問題に還元して読むのは、はっきり言って貧しい読み方だよ。僕にとって大事なのは「小説」だ、「問題」じゃない。
(略)
――著名なフェミニストのマリリン・フレンチも、『ガープ』について長い文章を書いていますが……
JI あれは下らない文章です。とにかくね、社会派モラリストの連中にわからないのは、小説というものは論文と違ってパラドックスに満ちているということだ。登場人物の女性たちを引っぱりだして、そこから「女性」一般をめぐる結論を引きだそうとしても無理なんだ。次から次へと矛盾が出てくるだけだ。
 それに僕は、女性の声を直接書いたのでも、女性の視点から書いたのでもない。僕がそんなことをするのは倣慢でしかないと思う。『ガープ』のなかの女性たちは、みんなガープが見た女性たちなんだ。男性だって同じだ。あの小説のタイトルが『ガープによる世界』だということを、どうしてみんな忘れてしまうんだろう。
(略)
『ガープ』を書いていてはじめて、書くことの怖さのようなものも実感したな。『ウォーターメソッドマン』を書きはじめたころは、小説を書くこつみたいなものがわかった気がした。じっくり練りこみさえすれば、コミックであるべきシーンはコミックに書ける気がしたし、読者を感動させるべきシーンは感動的に書ける自信があった。そういう自信が、『ガープ』を三分の二ぐらい書いたところまでつづいていた。これを書こうと思い描いたら、何だって書ける気がした。
 だけどそのころから、待てよ、こいつはひょっとしてすごく危険なオモチャかもしれんぞ、と考えるようになった。何でも書けるからこそ、何を書くかについては気をつけなくちゃいけない、とね。あるアイデアが出てきて、一生懸命書けば、そのアイデアをうまく言葉にする自信はある。そして、いったんうまく言葉にしてしまえば、それをボツにするのはむずかしい――たとえそのアイデアが悪いものだと気づいていてもだ。だから用心しなくちゃいけない。
 『ガープ』のゴールが見えたなと思ったのは、ウォルトが死ぬんだということがわかったときだね。子供が誰か死ぬんだということは、もっと前からわかっていた。でもそれが誰だかはわかっていなかった。ウォルトとわかった時点で、すべてがはっきり見えた。何もかもがわかった。あとは自分に、急ぐんじゃない、一日三ページ、四ページでいいんだ、と言い聞かせればよかった。
(略)
 今後アメリカ小説が、アメリカ詩がたどったのと同じ運命をたどらないことを祈るばかりだね。
(略)
[17世紀のミルトンを読んでも80%わかるのに、現代詩人のは40%しか理解できない]
そして、わからないのは読者のせいだということらしい。スーザン・ソンタグのフィクションもしかりだ。ああいうものの価値を僕は認めない。いったい彼女は誰に向かって書いているんだろう?友人に向けてか?仲間うちの、パーティーでの会話だよ、あれは。そういうのがより高級な知的コミュニケーションだと思ったら大間違いだ。だって、コミュニケートされるものはより少ないんだからね。
 もちろん僕だって、多くの人に受ければそれでいいと言ってるわけじゃない。こう言っちゃ何だけど、ジュディス・クランツとか、ベストセラー・リストに名を連ねてる本の大半は、とても読めたものじゃない代物だよ。だがああいうベストセラー小説だって、少なくともわれこそは芸術なりといった気取りがないだけましだよ。いかにも「目の肥えた少数の読者に愛されたい」と言いたげな作品というのは、どうしようもなく尊大な嫌らしさが鼻につく。
 僕の本を、読みやすいからという理由で、書くのもやさしいだろうと決めてかかる連中が世の中にはいる。これほど馬鹿げた思い込みはないね。僕にしろ、僕の敬愛するカート・ヴォネガットにしろ、そういう面ではずいぶん誤解されている。でもね、本気で物を書こうとしたことのある人間なら知ってるはずだが、わかりにくく書くよりも、明快に書くことのほうがずっとむずかしいんだ。わかりにくく書くことなら誰だってできる。
――あなたがいわゆる実験小説に対して日ごろから批判的なのも、そういう理由からでしょうか?
JI 実験小説家が全部駄目だと言うわけじゃない。たとえばバースの初期の作品を僕は評価するし、ウィリアム・ギャスにしても内容に乏しい恨みはあるが面白く読める。僕が腹立たしく思うのは、自分の力に自信がないものだから、「小説はかくあるべし」とか「短篇小説はこうでなければならない」とか「これは芸術、これはガラクタ」とか、そういうことをやたら言いたがるエセインテリだ。そんなのは知的姿勢じゃない。大学院生的な物言いだ。ジョン・ホークスカート・ヴォネガットのいずれかを選んでいずれかを捨てなきゃならないとしたら、文学はどれだけ痩せほそってしまうだろう?(略)

内田樹 『村上春樹にご用心』をめぐって

――[村上春樹を好きじゃないのに研究しようという学生の例をあげて]そういうふうに自分を賭けないで誰それがなぜよまれているのかなんて言うのは、ほとんど卑怯だと思うんですよね。で、このご本がそういうのと違うのは、要するにご自分が村上春樹をどう読まれているかを全人類を代表して語っておられますよね(笑)。(略)
内田 憤ってますからね。四方田犬彦とか蓮實重彦とかの村上春樹論には。
(略)
[離婚でボロボロになって、活字が入ってこなくなったときに、心にしみたのが、翻訳していたレヴィナスと、レイモンド・チャンドラー村上春樹だった]
こんなことをカミング・アウトするのは実は初めてなんですけれども、その時にとにかく村上春樹は僕の傷を癒やしてくれた。日本の作家でこういう効果が実際にあったのは彼だけなんです。(略)漱石とか鴎外も大好きなんですけれども、そういう状態の時には全然受け付けられなかった。
(略)
七〇年代というのはけっこう暗い時代だったんですよね、実は。六〇年代の終わりというのは祝祭的な時間で(略)
七〇年の夏くらいに暗転して、あと一気に暗鬱な時代に入っていく。本当に暗い顔をすることがデフォルトになった時代になる。それが凄惨なかたちになって。知性の切れ味が人をどれくらい深く傷つけることができるかで考量されるようになる。いかに完膚無きまでに相手を論破するかを若者たちが競合し合う。政治闘争は一人一派的にどんどん純化していって、テロリスト化してゆく。とにかく時代がきりきり尖った感じで。あの時代の二十代前半ぐらいの学生たちの呼吸していた空気というのは、ほんとうにひりひりしてたんです。
(略)
肉体労働をする「生活者」という生き方を村上さんに選択させたのは、七〇年代のあの空気の痛さみたいなものだったんじゃないですかね。だって、ほんとに空気が痛いわけですから。
(略)
 60年代のジャズ喫茶のオーナー、マスターが持っていた社会的なプレスティージというものは、今われわれが思っているよりずっと高いんです。それもわかりにくいかもしれないですね。
(略)
 いま七〇年代の自分たちの話をしてしまったんですが(略)そういうものが核になってある種の共感の培養基みたいなものが出来てるという話でまとめてしまうと、どうして村上文学は世界性を獲得できたのかという問いに答えられない。
(略)
「ローカルな神」というのは価値の担保者を切望する我々の無意識な欲望がつくり出したイリュージョンに過ぎない。実際には、「父」なんかどこにも存在しない。誰も世界の秩序を担保していない。世界を満たしているものには何の価値もない。そのような「システムの底抜け」についての恐怖は、世界中のみんなが持っているわけですよ。(略)
たぶん『海辺のカフカ』は、そのことを書いたんじゃないかと思うんですけれども、これは世界中の人の琴線に触れるわけですよ。(略)
この世界の秩序を担保するものは実はどこにも存在しない。にもかかわらずその無意味な世界で生きてゆかなくちゃならない。正しい生き方のマニュアルが存在しえない世界で、人はなお正しく生きることができるか。(略)
村上春樹はそれを物語を通じて問う。
(略)
脱構築批評って、結局さっきの話に戻ってしまうんだけれど、「脱構築できる私は偉い」っていうチープな物語に還元されちゃうじゃないですか。「脱構築できる私」はローカルな知的ヒエラルヒーにおいて、「脱構築できないバカ」より上位にポスティングされるべきだというわりとみすぼらしい欲望がはしなくも露呈するじゃないですか。ヒエラルヒーそのものを壊すんじゃなかったのかよっていう。威張るじゃないですか。レヴィナスとかやってる人が他の研究者に向かって「お前、レヴィナス読めてないよ、お前は黙ってろよ」とか言うのって、レヴィナス読めてないと思う(笑)。従来のドミナントなシステムは壊すんだけれども、システムを壊す過程で誰が一番上手く壊してるかとか、誰が一番鮮やかに壊したかというような「壊し競争」でヒエラルヒー作ってるんだったら、縮小再生産ですから。(略)