文藝別冊・さよなら吉本隆明

呉智英吉本隆明は難解文で意味ありげに見せてるだけとか、適当な事を言ってる件についてそのうちまた検証するけど……。

さよなら吉本隆明 (文藝別冊/KAWADE夢ムック)

さよなら吉本隆明 (文藝別冊/KAWADE夢ムック)

 

鮎川信夫 固窮の人(1969)

 吉本は思想者として類例のない人間であった。彼と少し付き合ったことのある者なら、誰でも気がつくことだとおもうが、何事かについて意見を述べるとき、羞恥に似たかげが走るのを一再ならず目撃するはずである。


まるで猥画をとり出すときのやうにして
ぼくはなぜぼくの思想をひろげてみせねばならないか 
 (「その秋のために」より)


 このユーモラスな詩行のなかに、吉本の思想者としての特色がかくされている。
 なぜ思想が羞恥の対象になるかといえば、それが彼自身のものだからである。多くの知識人にとって思想は権威からの借りものにすぎないから、羞恥の対象になるどころか、安心して自信の拠りどころとなるくらいのものである。しかし、吉本にとって、思想はほんらい人に隠しておきたいもの、何ほどかの羞恥を伴わずしては公開しえない、自分自身の本性に属するものとして意識されていた。その違いは決定的である。
 生身の人間がうんだ独創的な思想というものは、猥画と同じように、どんなものでもヴィヴィドで、人々の関心をひきつけずにはおかない。「まるで猥画をとり出すときのやうにして」と書いたとき、彼はそのことに気がついていたのであろうか。

鹿島茂「幸福追求の徹底的肯定者として」

つまり、批判者たちは、吉本の「大衆の原像」をそれこそ「着たきりスズメの人民服や国民服を着て、玄米食に味噌と野菜を食べて裸足で暮らして、二十四時間一瞬も休まず自己犠牲に徹して生活している痩せた聖者」(←吉本によるスターリニスト像:補足リンク先後半→kingfish.hatenablog.com )をレフェランスにしてイメージし、高度成長以後の大衆はこれとはズレているから吉本の「大衆の原像」論は無効になったといっているにすぎないのである。
 これでは話がまるで逆である。吉本の「大衆の原像」とは、どこまでも自分の幸福の追求に熱心で、清貧などとは縁もゆかりもないエゴイスティックで貪欲きわまりない存在であり、それは社会の富裕化にともなってどんどんグロテスクなかたちを取ることもありうる。しかし、だからといって、これを否定してしまっては元の木阿弥で、「着たきりの人民服や国民服を着て玄米食と味噌を食っている凄味のある清潔な倫理主義者」に戻るだけである。カイエンやハマーに乗った金満家も「大衆」として肯定すべきか?肯定すべきなのである。
 ただ、ここで誤解があるといけないから、あらかじめ指摘しておくと、吉本のいう「肯定」とは、そこに善悪の判断はからんではいないということである。カイエンやハマーに乗った大衆が「善」だから肯定するというのではいささかもない。それは「自然」であり「必然」だから、肯定するほかはないのだ。否定してしまったらスターリニズムの陥介に落ち込むだけなのだからである。
 ことほどさように、吉本隆明の思想とは、単純にして無限に深いのである。

友常勉 私的短歌論ノート

――『初期歌謡論』に寄せて

『初期歌謡論』が今日の時点で興味を引くのは、それが80年代の『ハイ・イメージ論』を準備する予備作業であった点である。高度資本主義の消費社会の人工的な情景を感性的な自然化としてとらえ、その心的なリアリティを展開していくに先立って、定型詩の定型たるゆえんの量的分析がおこなわれたわけである。『初期歌謡論』とは、定型の成立を心的リアリティの確立として内在的に論証しながら、表現史の時系列的な展開を重ねようとする試みであった。それによって吉本は人工物が感性において自然化される条件を見定めたかったのである。

初期歌謡論 (ちくま学芸文庫)

初期歌謡論 (ちくま学芸文庫)