インドとビートルズ その3

前回の続き。

ビートルズ到着

 ビートルズが遂に到着すると、アシュラムは大きな興奮に包まれる。

(略)

ジョンとジョージがマハリシと共に入場(略)マハリシは(略)2人を歓迎してから、何も特別なことが起こらなかったかのように、いつもの講義を始めた。ナンシーはまっすぐ前を見て、ジョージの艶やかで清潔な、美しくカットされた肩まで届く長い髪を観察した。隣に座る優美な女性はパティ(略)その隣はパティにそっくりな妹のジェニー。3人目の女性は、ジョンの妻シンシアだ。眼鏡をかけてはいたが、3人のなかで一番美しいのはシンシアだった。その隣はジョンで、ナンシーによれば、おばあさん眼鏡をかけた厳しい学校の先生のように見えた。ジョンの白い肌は、不健康な灰色を帯びていた。

(略)

西海岸からやって来た社交界の淑女は、世界一有名なロックスターとその配偶者の世話をできるかと思うと有頂天になった。妻たちは衣服を仕立ててほしいと言い、みんなでリシケシュに買い物に行く計画を立てた。(略)

彼らはナンシーの着ているパンジャビを気に入り、自分たちも購入したいと言う。ナンシーはビートルズに褒められて大喜びする。

(略)

色とりどりの布、サリー、袖無しの長いベスト、刺繍が施された薄いクルタ、大量の安手のベルベット、カシミアのショール。明らかに商人たちは、永遠に売れないと思っていた品々を大量に売りさばいたようだ。ジョンとジョージは買う物を決めるのが早かった。2人共自分の好みを分かっており、言い値で買った。妻たちは助言もしたが、購入を決めるのはボーイズだった。値切るのが決まりだとラグベンドラが言っても、2人は決して値段交渉をしなかった。(略)いつもはシニカルなジョンでさえも、大量のエキゾチックな布地を前にして興奮を抑えきれなかった。(略)赤い斑点で覆われた金色のフラシ天の布地を指しながらジョンは「これで自分にコートを作るんだ」と宣言。

(略)

 ジョージとジョンは女性のサリーをシャツ用に買い、ジョンは赤とオレンジの長いベルベットをロング・コート用に購入。妻たちは男性のドゥティをおしゃれパジャマに、サリーを長いひらひらのドレスに仕立てさせた。

[この買い物により]ビートルズがアシュラムに到着したことが地元のファンにばれてしまう。(略)

鮮やかなズボンを履いた女の子たちが、両親を伴いアシュラム周辺を徘徊したが、何も無いまま失望して帰っていった。

(略)

マスコミは、国際的な大ニュースを報道するためにリシケシュに駆けつける。

(略)

 アシュラムで何をやっているのか、ビートルズに直接取材できないマスコミは(略)様々な憶測記事を書き始める。

(略)

[ドノヴァンを迎えにデリーに向かった]ナンシーとアヴィの目が釘付けになった2枚のポスターには、「アシュラムでの乱交パーティ」「アシュラムでレイプされるビートルズの奥方たち」と、日刊紙の見出しが踊っていた。

(略)

ナンシーが、マスコミが広めているアシュラムでの行状の噂をビートルズと妻たちに伝えると、みんな一斉に大笑いした。(略)ドノヴァンが「誰がやられたのか教えてよ」と言うと、ビートルズの妻であるパティとシンシアが、まだそのような光栄に預かっていないと答えた。

(略)

思いのままにできる自由時間が醸し出す心地よいムードのなか、聖者の谷での毎日はゆっくり過ぎていった。

(略)

 アシュラムでの食事が口に合わなかったリンゴでさえも、バケーション気分を味わっていた。

(略)

 アシュラムを最も高く評価したのはエヴァンスだった。がっしりとした体格のビートルズボディガード兼ローディである彼は、普段の過密スケジュールとは大きく異なる、平和で静かなアシュラムを明らかに楽しんでいた。「もう一週間経ったなんて信じられない。心の平安と、瞑想によって得られる落ち着きによって、時間が飛び去るのかもしれない」と、エヴァンスは日記に記している。

(略)

 グルはヘリコプターがアシュラムに来て、自分と有名人ゲストを遊覧飛行に連れて行く計画に有頂天になる。

(略)

[ポールの回想]

 

(略)ヘリコプターが降り立ち「誰かマハリシの前に軽く飛んでみたい人いますか?」と聞かれた。ジョンが飛び跳ねながら「はい、はい、はーい!」と叫んだから、彼が一番になり、残るはもう1席になった。

 後でジョンに「何であんなに行きたがったの?(略)」と聞いたら、「そう。彼に答えを教えてもらえると思ったのさ!」と彼は言った。

(略)

 「すごくジョンらしい。(略)聖杯を見つけられると思ったんじゃないかな。うぶだよね、すごく。純粋だ。感動的なくらい」

(略)

 超越瞑想にあまり興味のなかったポールでさえも、自分の思考に及ぼす影響に驚く。(略)

 「気持ちの良い午後、バンガローの平たい屋根の上に茂る南国の木の木陰にいた時のことだ。自分が蒸気の出る熱いパイプ、温かいパイプの上に漂う羽根のように感じた。湯気だけで空に浮かんでいるようだった。(略)赤ちゃんが、安心感に包まれているような、そんな心地いい優しい気持ちを思いだした。あの時が一番気分が良く、今までで一番リラックスできた。数分の間、すごく軽く、浮かんでいるような、完成されたような感じを受けた」

(略)

 マハリシマントラを唱え続けて抑えられた感情やトラウマが解放されることは、必ずしもいい結果をもたらさなかった。時には恐れや不安が暴力的に爆発することもあった。ナンシーは若いドイツ人が恐怖の叫び声を上げて、夜間みんなを起こしてしまった時のことを記憶している。(略)ドイツ人の若者は「前世で近所の人々に殺された時の体験が戻って来たのです。恐ろしかった」と説明した。

 精神的に不安定な状態でアシュラムに来たプルーデンスは、癒されようと必死に瞑想を続け、様態が良くなるどころか悪化したため、マハリシは大きなジレンマに襲われる。「長い沈黙の後で発作のように叫び声や金切り声を上げるので、アシュラムにいるほとんどの人が、プルーデンスは気が触れていると思っていました。専門の医者による治療が必要なのは明らかでしたが、マハリシが彼女を放したがりませんでした」(略)

プルーデンスがアメリカで精神病院に入ってショック療法を受けていた事実をマハリシが知っていたことを、ナンシーも暴露している。

(略)

2ヶ月過ぎると意識が朦朧とするようになり、自分で食べることもできなくなる。この頃には「私を助けてマハリシ!みんなあっち行って!助けて!助けて!」と昼夜叫び声を上げるようになる。

(略)

 ジョージの友人で映画『ワンダーウォール』の監督ジョー・マソットも(略)プルーデンスの症状を目撃している。「(略)小柄なインド人2人に支えられながら、文字通り壁をよじ登っていた。自殺する恐れがあるため、2人は見守っているようだった。彼女は完全にいかれていた」。

(略)

ジョージとジョンはヴィーナにすっかり魅了され、シンのリサイタルを褒めちぎった。またアシュラムに来て自分たちだけのために演奏してくれとビートルズは言い、シンの店に行って楽器を見てみたいとも言う。(略)

数日してビートルズ一団全員が、マイク・ラヴとドノヴァンを連れてプラタープ・ミュージック・ハウスに降り立ち、町が騒然となる。(略)

シンはまた、ビートルズに会いにアシュラムを数度訪れている。「ジョンが調子の悪いギターを見てくれと私に言ってきました。店に持って行かなければならないと伝えましたが、彼はすっかり信用してくれ、全く問題ないと言いました。とても高価なギターで、当時の価格でも軽く一〇万ドルはしましたが、渡してくれました。修理をして返すことができ、彼はとても満足していました」。

 ギターの修理に気を良くしたジョンは、シンにペダルで操作する特別なハーモニウムを制作し、サイケデリックな花のペイントを施すよう依頼。「それでハーモニウムを作らせ、姪の画家に鮮やかなサイケデリック・フラワーの絵をジョンの指示通りに描かせました。彼はとてもハーモニウムを気に入ってくれました。ジョンの未亡人ヨーコ・オノが、まだアメリカで所有しているはずです。(略)」と、八〇代のシンは言う。彼はその後ドノヴァンにも、鶏の形をした特注のギターネックの制作を依頼された。

(略)

 リンゴが去ってしばらく後、イタリアのテレビ番組のクルーがアシュラムの生活を撮影した貴重な映像では、ミアが目立つように映されている。(略)

冒頭(略)ギターを持ったジョンとポール、ジョージ、パティ、ジェーン、シンシア、ラヴ、ドノヴァン、ミアが一緒に歩く姿が登場。アメリカ人女優は、歌い、写真を撮り、川で顔を洗う姿が全編を通してフィーチャーされている。短いハイキングの後で、川縁にたどり着いた一行は、ミアのカメラに向かってポーズを取る。それからジョン、ポール、ジョージとドノヴァンがギターを回し弾きし、みんなで合唱している

(略)

 皆とても上機嫌だ。(略)ばか笑いをするジョンにつられてシンシアも笑うシーンがあるが、まるで夫婦間の問題が全て解決したかのように見える。(略)

最も楽しんでいるように見えるのはポールだ。カメラは最初にギターを持ってふざける彼の姿を捉えた後、川岸の泥に足を入れ、つま先を覗かせて茶目っ気たっぷりに足の指を動かし、歌を楽しんでいるように見える猿に向かって変な顔をする様子を映す。両脇を側近に守られたマハリシは、川風に髭と髪を揺らしながら、慈悲深く微笑み、ガンガでしゃがみ、聖なる水を浴びるように皆に勧める。ほとんどの人がマハリシの言葉に従っている。

(略)

インド最大の聖なる川に集まったスターたちの気持ちが1つになっているのは明らかで(略)

ドノヴァン

既に知り合いだった両者は、アシュラムで固い友情で結ばれるようになる。

(略)

「ジョンはよく絵を描き、2人で瞑想し、プレスもメディアも不在、ツアーもやらず、プレッシャーもなく、名声とも無縁だった。僕は新しいスタイルを身につけ、彼らも同様だった。ビートルズのソングライティングのスタイルは変わり、僕のも変わった。延々と何時間も演奏し、その成果の多くが『ホワイト・アルバム』の一部になった。どんな風にしろ『ホワイト・アルバム』に影響を与えたことを誇りに思っている」

(略)

ドノヴァンはジョンにアコースティックギターの「フィンガー・スタイル」を教えた。

 「二日間にわたって、秘技をジョンに授けた。それから最初に彼が書いた曲は、母親のジュリアに捧げる感動的なバラードだ。『母と一緒に体験できなかった子供時代についての曲を書きたい』と彼は言った。何か使えるイメージはないかと聞かれたから……『曲を思い浮かべる時、自分はどこにいると思う?』と言うとジョンは『海岸にいて、自分のお母さんと手を繋ぎながら歩いている』と答える。それで数行手伝った――『貝殻のような瞳 海風のような笑み』。ジョンがとても愛していたルイス・キャロルの『不思議の国のアリス』のような雰囲気にして。曲は……素晴らしい "Julia"

になった(略)

 ジョージが(略)インドのベース楽器タンプーラをくれた。彼は僕の曲 "The Hurdy Gurdy Man" のヴァースの1つを書いてくれて、僕はタンプーラをその曲で弾いている。お互い学び合っていたんだ。(略)」

 ドノヴァンによればポールは、卓越した音楽的な耳を持っており、特別なギター奏法をドノヴァンから教わる必要はなかった。ジョンがドノヴァンから教わるのを聞くだけで、数日のうちに奏法を会得してしまった。

 ポールはマイルズに、長いことメロディはあったが歌詞は無かった "I Will" を完成させるのを、ドノヴァンがリシケシュで手伝ってくれたと語っている。

 「(略)ある晩、一日瞑想をした後でみんなで座りながら、僕がその曲を弾いたら彼が気に入り、一緒に歌詞を書こうとした。もっといい言葉はないかと探し続け、とてもシンプルな言葉、まっすぐなラブソング用の言葉ばかりの歌詞を自分なりに仕上げた。とても印象的な歌詞だと思う。メロディの方も、未だに自分の曲で一番好きだ」

 興味深いことに、ドノヴァンの記憶はポールと食い違っている。「歌詞は手伝わなかったと思う。コードの形を手伝ったかもしれないし、その時期インドで書いた僕の曲から、イメージのヒントを与えたかもしれない」。

(略)

ある朝、ラヴが朝食を食べていた時、ポールがアコースティックギターを手にバンガローから出てきた。彼はマイアミ・ビーチから「U.S.S.R.(ソ連)に戻る」飛行機の旅で始まる歌を歌っていた。ラヴはビーチ・ボーイズが "California Girls" で歌ったように、モスクワのいかしたお姉ちゃんや、ウクライナの女の子たちが出てくる歌詞にしたらと提案した。

曲を書きまくるジョンとポール

 マイルズによれば、アシュラム滞在中はビートルズ全員の生産性が甚だしく高まり、合わせて40曲以上書かれたという。彼はまた、過去数年で初めてジョンの頭がドラッグから自由になり、音楽が流れ出るようになったと言っている。ジョンの書いた曲は―― "Julia"、"Dear Prudence"、"The Continuing Story of Bungalow Bill"、"Mean Mr.Mustard"、"Cry Baby Cry"、"Polythene Pam"、"Yer Blues" と、時差ぼけで眠れなかった最初の数日間に書かれた "I'm So Tired" だ。

 後にジョンは少し愉快そうに、こう振り返る「マハリシのキャンプで面白かったのは、美しい景色のなかで八時間瞑想していたにも関わらず、僕は "I'm So Tired" や "Yer Blues" のような地球上で最も惨めな曲を書いていたことだ」。

 ジョンの書いた曲は、当時彼の頭が混乱していたことを反映している。ビートルのままでいる熱意を失ったこと、脱退したら何をしていいか分からなくなるのではないかという恐れ、この2つの間の葛藤がよく曲に表れている。その上、故郷に置いてきた女性への報われない情熱も当然のことながらあった。

 後にジョンは次のように回想している。

 

「当時すごく『何になるというんだ?曲作りなんて無駄だ!無意味なことをやっているし、才能も無いし、自分はクソだし、ビートルでいる以外に何も出来ないし、どうしたらいいんだ?……僕のエゴは巨大で、三年か四年エゴを壊そうとし続けたら、何も手元に無くなってしまった。インドに行ってマハリシに会ったら、彼は『自分で面倒をみられるのなら、エゴはいいものです』と言っていた。でも僕はもうエゴを破壊し尽くしてしまっていて、パラノイアに陥っていて、弱っていた。もう手の施しようがなかった」

 

 例えばジョンの曲 "I'm So Tired" には、アシュラム到着から三週間、内なる悪魔が自身を苦しめる間、眠れないままベッドで寝返りを打ち続け、煙突のようにタバコを吸い続けた嘆きが歌われている。メンタルの疲労感が表れたこの曲を、後にジョンはリシケシュで書かれた曲の中でも上出来のものだと評価している。「一番好きな曲の1つだ。サウンドがとにかくいいし、よく歌えている」。

 ポールもこの曲がお気に入りで、ジョンらしいと言う。

 「 (略)スペシャルな言葉『サー・ウォルター・ローリーを呪ってやる 間抜けなくそったれだから』が出てきて最高だし、これ以上ないくらいジョンで、彼が書いたのは間違いない。100パーセント、ジョンだ。(略)」

 パティの一〇代の妹ジェニーは、ジョンと――彼は不眠、彼女は扁桃炎で――お互い慰めあったことを次のように回想する。

「(略)眠れないので、『ホワイト・アルバム』に収められることになる曲を書いていました。私が一番辛かった時、魔法のランプから出てきた、ターバンを巻いたシーク教徒が大蛇を持つ絵を描き、『内なるパワーと外なるパワーにより、そなたの扁桃腺の灯台の灯りよ、消えろ!』と厳かに唱えてくれました。ああいった晩にジョンが書いた "I'm So Tired" のような、悲しい歌を彼が歌うのが、今でも時々夜中に聞こえるのです」

(略)

"Yer Blues" での彼は紛れもない自殺願望を抱いており(略)ディランの有名曲 "Ballad of a Thin Man" の中で嘲られ怒られるミスター・ジョーンズに自分をなぞらえている。「インドで自殺したい思いに駆られながら、ブルースの曲を書こうとしていた」と、後にジョンは不気味なことを言っている。

 不眠と絶望が、彼の皮肉をより辛辣にさせる。(略)リシケシュでジョンの書いたもっと覚えやすい曲の1つ "The Continuing Story of Bungalow Bill" は、ナンシーとその息子リックの絡むアシュラムで実際に起こった事件に基づいている。好き嫌いのはっきりしていたジョンは、ナンシーをそれほど好まず、ややお節介ではないかと感じていた。(略)彼女はビートルズの住まいをリフォームし、買い出しに連れて行きと、彼らの無事を見守り世話をしていたにも関わらず、だ。クルーカットをして短パンとブーツを履くリックが到着してからというものの、ナンシーに対する反発は強まる。(略)

リックは虎を撃ちたかった訳ではなく、森の密生した下草からその野獣が襲いかかろうとしたので仕方なく撃ち殺したと、後にナンシーは釈明している。だが、殺された虎の横で誇らしげにポーズをとる、母子の写真が残されている。後ろめたさを感じたリックは(略)ビートルズもいる前で「何か悪いカルマ」になるようなことをしてしまったかとマハリシに聞く。ヨーギーは寛大にもこの若いアメリカ人に、何であれ自分の欲に落とし前を付けたことはいいことだと言って、リックを安心させる。ビートルズのメンバーやその妻、および恋人は黙っていたが、ジョンだけがあざけるように「でも、それって生命の破壊に近いことしたんじゃないの?」と言い、銃殺は自己防衛のためだったとするナンシーの弁明を一笑に付した。

(略)

「弾丸頭をした純正アメリカ人で アングロサクソンを母に持つ息子」――クルーカットをしたマザコンのリックをからかう言葉だ――による虎狩りの物語で、ジョンはヴァースに皮肉をたっぷりと散りばめている。

(略)

 ジョンと同じくらい制作意欲に恵まれたポールは、マイルズによれば、アシュラムで15曲も書いた。題材は幅広く、時に同じテーマに面白い変化を付けて歌詞が書かれた。例えば、 "Mother Nature's Son" は、人間と自然の関係についてのマハリシの講義に基づいている。 "Why Don't We Do it in the Road?" は、アシュラムの屋外で気軽に交尾する猿のカップルを、茶目っ気たっぷりに、刺激的に書いた曲で、人間も生物の本能に忠実になり、猿からロマンスを学んだ方がいいのかと質問を投げかけている。「屋上で瞑想していたら、猿の群れが見えた。雄がひょいっと雌の背中に飛び乗り、お国言葉で言えば、一発かました。二、三秒してからまたひょいっと飛び降り、『やったの僕じゃないよ』とでも言いたげに周りを見渡し、彼女の方も、『何か起こったの?』とでも言いたげに周りを見渡した……それで思った……生殖とは、これほどシンプルな行いなんだと」と、ポールは後に語る。

(略)

「ある晩、村で映画が上映されるので、みんなで出かけて行った。(略)インドのとても気持ちのいい夜だったから、マハリシが来て、みんな来て、行列を作って歩いて行った。とっても、とっても気持ちが良かった。ジャングルの小道を瞑想キャンプから、土埃のなかをやや下り気味に降りていって、行列の横で僕はギターを弾きながら、当時書きかけだった "Ob-La-Di,Ob-La-Da" を歌った」

(略)

 ジョージの方が瞑想キャンプを真面目に捉えていたというシンの見解を証明するのは、ポールがマイルズに語った、ジョージが他のメンバーを怒りに満ちて非難した一件だ。数週間アシュラムで過ごした後、ポールとジョンは当地で創作した曲の数とクオリティに大満足する。あまりに好調だったため、2人はバンドの将来の大きな計画を立て始める。

 「ジョンが壮大なテレビのシナリオを思いついたんだ!すごいテレビ番組。僕は次のアルバムのタイトル『アンブレラ』を思いついた。全てを覆う傘ね。確かこの時点で、ジョージが僕に腹を立てたんじゃなかったかな。(略)

『次のアルバムのためにここにいるんじゃないんだぞ、くそ!瞑想しに来たんだ!』。『あら、息をしてごめんなさいね!』って感じだったよ。ジョージはそこらへん厳しくて。

(略)

 リシケシュで生み出された曲のクオリティと幅は(略)彼らのキャリアのなかで頂点であると考える人もいる。1週間ちょっとしか滞在しなかったリンゴでさえも、初めて曲を作ることができたのだ。これらの曲の最大の特徴は、それぞれ独立しており、アルバムという枠を想定して書かれていない点だ。

(略)

恋する若者ドノヴァンが(略)パティの可愛らしい金髪の妹のために書いた "Jennifer Juniper" の歌詞とメロディは、超越瞑想時代の究極の愛の賛歌であり続ける。

マジック・アレックス

 マジック・アレックスがなぜマハリシのアシュラムに現れたのか――それはビートルズが到着して六週間経った頃だ

(略)

理由が何であれ、彼はビートルズのリシケシュ滞在にドラマチックな結末をもたらす上で、欠かせない役割を果たすことになる。

(略)

 全くの部外者だったヤンニ・アレックス・マルダスが、ビートルズの人生に登場し、あっという間に彼らに近づき、親しくなり、信頼を得たこと

(略)

 アレックスのジョンへの売り込みが成功した一因に、ジョンがテクノロジーに圧倒的な興味を持っているにも関わらず、全ての科学的な事に対し底抜けに無知であったことがある。程度の差はあれ、ジョンの一面は一九六〇年代イギリス特有のものだ。

(略)

[ポール回想]

「(略)アレックスはジョンのグルだったけど、僕らみんな彼のしゃべりに魅せられた。SFっぽいアイディアではあったけど、今すぐ実現可能だと言われればね。六○年代にはモダンでなければいけない雰囲気があって、それがあまりに強かったから、今これから六〇年代が始まるのではないかと錯覚に襲われるくらいだ。未来の時代だったみたいだ。過去の時代じゃなくて」。

(略)

 ギリシャ人の軍人(略)の息子で、ガリガリに痩せた、薄茶色の髪をした二一歳のこの男は(略)訛りの強い英語で、音節ごとに舌がもつれながらも、ものすごい速さでしゃべった

(略)

 制限付きの学生ビザでイギリスに入国したアレックスは、パスポートが荷物から抜き取られて以来、その期限が切れてしまったと主張していた。ギリシャ大使館にこの問題を報告に行くと、大使館員は彼がパスポートを売ったと非難する。(略)

テレビの修理店の地下で、修理工として違法に働く。同じ頃、ジョン・ダンバー(略)が、アレックスと知り合い、彼の電気と電子に対する知識を活用できるのではないかと思い始める。

(略)

[ブライアン・ジョーンズのお気に入りとなり、ブライアンがジョンとジョージに紹介]

光で色づけた空気、夜空にかけるレーザーでできた人工の太陽、ファンを寄せ付けないようにする力場、紙のように薄いステレオ・スピーカーでできた壁紙――といったアイディアに溢れ、既に制作方法も思いついていると言う

(略)

[ポール回想]

 「(略)[セッション前]僕の家に集まっていたところに、ジョンがアレックスと一緒に現れた。(略)

ジョンが僕の前で床に座りながら『俺の新しいグル、マジック・アレックスだ』と言ったのを覚えている。(略)

面白いアイディアを持つただの男に見えた」

(略)

[ベル研究所で既にプロトタイプが作られていたものもあれば]ただの想像の産物もあった――壁が透けて見え、ベッドやシャワーを浴びる人々を覗くことができるレントゲンカメラ、色の付いた空気で囲み建物を見えなくしたり、車の後部を追突から守る一種の圧縮空気。さらに、見えないビームで支えられた、空に浮かぶ家

(略)

ジョージは自伝で次のように指摘する。(略)最新の発明に気づくと僕らに紹介し、僕らは彼が発明したものと思い込んだ。僕らは全くもってうぶだった。

(略)

 マイルズによれば、ビートルズの友人でアレックスに感心する者は誰もいなかった。アレックスは科学やエレクトロニクスについて少しでも知っている人――例えばジョージ・マーティンなぞには、決して自分のアイディアを話そうとしなかった。ジョンになぜ発明が実現不可能か説明してしまう可能性があるからだ。マイルズは自著に、アレックスは『ポピュラー・サイエンス』[通俗科学雑誌]を定期購読していた可能性が高いが、ビートルズは購読していなかったようだと、かなりの皮肉を込めて記している。

(略)

技術的未来だけが、アレックスがビートルズに取り入ることができた理由ではなかった。彼には他にも使い道があった。ジョンが強く夢想していたものの1つに(略)みんなで孤島のセキュリティの高い複合型居住施設に外界から邪魔されず住む計画があった。

(略)

美しい個別の家を全員に建て、金で買える限り最高のスタジオを建設する。学校もあり、ジュリアンが1部屋だけの校舎で学び、ディランの子供たちも招かれて一緒に学ぶことができる。

 アレックスがこの機を逃すなとばかり話に飛びつき、ギリシャ沖にちょうどいい場所があり、ビートルズが「タダ同然」で買える島が何千とあると言う。

(略)

二日後アレックスが、神がビートルズのためだけに作ったような場所を見つけたと電話をよこす。(略)100エーカーの土地には1エーカーの豊潤なオリーブ畑があり、アレックスの主張では、七年もすれば、オリーブの収穫で6島の購入代金が戻ってくるとのことだった。アレックスは全てを格安価格の九万ポンドで購入できるよう手配していた。

 もちろんアレックスは、当時ギリシャが世界で最も圧政的な軍事政権の1つに抑圧されていたことを、ビートルズにあえて伝えるようなことはしなかった。この軍事政権支配下では、長髪とロック・ミュージックは禁じられており

(略)

アテネ出身のアレックスは、ギリシャの島の一件で、自分にネットワーク作りと取引の才能があり、バンドに役立つ男であるところを証明してみせた。ジョンはますます彼を好きになり、信頼を寄せるようになる。

(略)

 ブラウンによれば、シンシアはマジック・アレックスを見た瞬間から、ぞっとする思いをしたそうだ。アレックスはトラブルを起こす予感で満ちあふれていた。(略)ジョンの歓心を買う獰猛な競争相手として認識するのに、シンシアほどの適任はいなかった。

 会ってすぐにアレックスを嫌いになったシンシアであったが、制御不能なくらいにドラッグを摂取し続けるジョンにストップをかける点では、アレックスに味方になってもらえることを知る。(略)アレックスにとって、サンルームの棚に置かれた(ジョンが日々ドラッグの混合物を作っていた)すり鉢とすりこぎは、ジョンを不幸にする最大の要因であり、ジョンをコントロールできなくなる原因でもあった。ドラッグの影響下にあるジョンは、アレックスの影響下にあるジョンではなかった。

 アレックスはジョージにもつきまとったが、ジョンほどの成果は得られなかった。(略)

 興味深いことに、マハリシと会うことをビートルズが初めてアレックスに伝えた時には、彼は大喜びして、間髪入れず、超越瞑想のことを何でも知っていて、数年前にアテネ大学で行われたマハリシの講義に参加したことがあると主張した。

(略)

ジョージと異なり、ジョンとポールは2人共、無礼に近いほどの親しみでマハリシに接した。(略)

次第に会話が途絶え、気まずい沈黙が流れる。(略)ジョンが突然立ち上がり、足を組んで座っていたマハリシのところに行き、頭をぽんぽんと叩いてから「グルのいい子ちゃん!」と叫んだ。マハリシも含めて全員が、思わず爆笑した。

(略)

[ポール回想]

「どんな車を使ったらいいかマハリシが聞くから、『メルセデスは実用的でいい車です。派手過ぎず、でもちゃんと派手で、故障はあまりせず、目的地にたどり着けます』と言うと、『必要なのはこの車だ!』となる。(略)」

(略)

 映画『ワンダーウォール』の監督マソット[が到着した時には、リンゴとポールは既に帰国しており](略)

部屋に案内しながらジョンは、彼がフィリップスのポータブル・カセット・デッキを持っているのを見て、どんな音楽を持ってきたのか尋ねる。

 

 オーティス・レディング最後の録音で、リリースされたばかりの "(Sittin' on) the Dock of the Bay" と、ハッシシを少しと答えた。ジョンが声を低くして、リシケシュにはマリファナが無いこと、誰にもこのことを言わないこと、特にジョージには、と言った。(略)夕食の後で、みんなでマリファナを全部吸い、"Dock of the Bay" を最低20回は聴いた。

(略)

 ポールとジェーンのアシュラム滞在で犠牲となったのは、2人の関係だ。両者共、大体において心地よい、リラックスした休暇を過ごすことはできたが、一緒に時を過ごしたことにより、数ヶ月前にロンドンで、もうすぐ結婚すると発表したのは時期尚早だったと気づく。2人共感情を表に出さないことに長けていたため、誰も彼らの数年に及ぶロマンスが終わろうとしていることに気づかなかった。1つヒントとなったのは、日帰りでもいいから[人気のデート・スポット]タージ・マハルに行きたいというジェーンのリクエストを、ポールが頑なに拒んだことだ。(略)帰国してから1ヶ月も経たないうちに、ポールとジェーンが別れたことは、驚くに値しない。

 ビートルズの伝記作家フィリップ・ノーマンは(略)自著に、ポールとジェーンが去った後から、ジョンが落ち着きを失い始めたと記す。(略)

[アスピノール談]「ジョンはマハリシに授けてもらわなくちゃいけない何か秘密があり、それをもらえたら家に帰れると思っていた。彼はマハリシが自分に出し渋っているのではないかと思い始めた。『彼と一緒にヘリコプターに乗れば、自分だけに答えを教えてくれるかもしれない』とジョンは言った」。しかし、答えをもらうことがなかったジョンは、次第に落ち着きを失っていった。

 ヒンドゥーの信仰と文化に熱心に取り組んでいたジョージさえも、アシュラムのなかで軽い閉所恐怖症に襲われ始め、本物のインドを見せないように、マハリシビートルズの周りを壁で囲んでいることに違和感を覚え始める。

(略)

ジョンが落ち着きを失っていった原因は全て、内なる葛藤から来ていた。この頃までにジョンは、ヨーコに首っ丈になっていた。ヨーコから何千マイルも離れ、数ヶ月も会えない状態は(略)彼女を恋い慕う気持ちを強めさせたのであった。

 ジョンとヨーコは、奇妙な形で長距離恋愛を進めていた。ヨーコはジョンに、華やかな手書きの文字でたった1行「空を見上げて雲が見えたら私を思い出して」と書かれたようなハガキ何枚も送っていた。ジョンはヨーコから、暗号のようなハガキがアシュラムの敷地内の郵便受けに届くのを今か今かと待ち受けた。返答として熱情を明らかにした、長ったらしいジョンの手紙が、ヨーコのロンドンのフラットに積み上がっていった。(略)

後にジョンは語っている。「(略)インド滞在から、彼女のことをただの知的な女性ではなく、女として見るようになった」。

(略)

[ジョンはコテージのなかの別室で]瞑想するふりをしながら(略)ヨーコに手紙を書いていた。それでもシンシアは、夫婦関係がアシュラムで魔法のように元に戻るのではないかと、淡い期待を抱いていた。(略)

ジュリアンの五歳の誕生日(略)マハリシが(略)可愛いベルベットのスーツをくれた時などは(略)

「ああ、シン。ジュリアンとまた会える時は、どんなに素晴らしいだろうね!全てがまたファンタスティックになるよね。そうだろ?待ちきれないよ。シン、君は?」。(略)[だが]ジョンは翌日、鍵のかかるコテージの自室に戻って行った。ジョンの親としての思いやりと家族への献身は、突然現れた時と同じくらい、あっという間に消えてしまったのだ。

 サルツマンはジョンと交わした会話で、彼が含みのある発言をしたのを覚えている。(略)[サルツマンの失恋話に]ジョンは、「そうだ。愛は時々とても辛いものになるよな?(略)それでもいいのは、いつかは別のチャンスがやって来るってことだよな!」と言った。

(略)

 ブラウンの説明によれば、アレックスは最初からマハリシと喧嘩するつもりだったようだ。

(略)

[ビートルズの年間収入10~25%を求めたと聞き]金目当てで近づいているのではないかとマハリシに詰め寄ると、ヨーギーはアレックスを買収しようとした。

(略)

 パティの妹ジェニーは(略)「彼が来たのは、ビートルズが瞑想するのを好まず、ジョンを取り返したかったから」と言っている。

(略)

[マハリシの影響力を削ごうとアレックスは敷地内に地元の酒をこっそり持ち込み、マハリシが鶏肉を食べたと噂を流す。]

[『グル・デヴ』とタイトルがつけられた映画、マハリシは、アップル・コア以外とも同時交渉]

マハリシの側近は、グルが二重に取引をしていて、双方との交渉がかち合うことは不可避であることを知っており、その行方を心配していた。

(略)

リューツが、署名済みの映画の契約書を持ち、準備万端のフォー・スター・プロダクションの弁護士を伴い到着する。

(略)

身だしなみの整ったアメリカ人ビジネスマン風情を己のイデオロギー上の敵とみなしていたジョンは、とりわけ嫌悪を露わにした。ビートルズと彼らのスピリチュアル・グルの間で計画を進めている映画を乗っ取ろうと脅すなど、彼にとっては個人的な侮辱以外の何ものでもなかった。(略)

 その間にもマジック・アレックスは、マハリシ反対キャンペーンを強化していた。マハリシにチキンを食べさせられたことを告白した看護師を使い、彼はさらにショッキングな告白をさせる。今度は、個別相談でマハリシに性的に誘惑されたと主張し出したのだ。(略)

マハリシは手始めに、2人の間にスピリチュアルな力が流れるよう、手を繋ごうと誘ってきた。マハリシが流れを通す方法には、もっと手の込んだ、古くからあるやり方もあることが、すぐに判明。それぞれ別の日に5回、ことは行われた。偉大なる師を喜ばせたい一心で、女性は仰向けになって目を閉じ、グルが彼女の肉体に奉仕する間、カリフォルニアに思いを馳せた(略)

しかしビートルズの妻は誰もこの話を信じなかったようだ。例えばシンシアは(略)ジョンに対するマハリシの支配力を払拭できるのなら、アレックスは嘘をつくのもいとわないと確信していた。(略)その若い女性がある晩、アレックスの部屋で彼と一緒にいるところを見た覚えがあるからだ。(略)

パティもまた、ギリシャ人を信用していなかった。「すごく邪悪な人!嘘つきイタチ!」と彼女は五〇年経ってから言い、「必要の無い、不幸な騒動」を残念がる。

 マハリシが性的に不品行であるとの噂がアシュラムで広まったのは、初めてではなかった。(略)ビートルズや他の人にミアが伝えた可能性は高い。(略)

少なくとも他に2人の瞑想に来た女性(略)に言い寄った噂を耳にしたそうだ。だが以前は、ゴシップの域を出ず、証拠が無ければ信じられない話ばかりだった。

(略)

ブラウンによれば、ジョージは何一つ信じず、アレックスに激怒していたそうだ。だがジョンの方は、マハリシが結局、皆と同じように世俗的で金銭に卑しい人間であることが分かったと言い、マハリシに強い疑いを向けるようになった。

脱出、ぶちまけるジョン

[脱出を決めたビートルズマハリシが行く手を阻むのではと被害妄想に陥るアレックス]

タクシー2台を買収するのに失敗し、最終的にはボロボロの個人所有の車を運転手付きでなんとか見つけることができた。

 ジョンはマハリシに対する発作的な怒りを静められないまま(略)グルに対するひどく不快で悪意のある歌を作り始める。「マハリシ、このまんこ野郎!/何様のつもりだ?てめえ/何様のつもりだ?てめえ/おまんこ野郎!」――当初ヴァースには、これらの言葉が並んでいた。この曲は、ジョージの助言により下品さを無くし、大幅に書き換えられ、曲名を "Sexy Sadie" と名付けられた。(略)

 少し前までは有意義に思えた冒険物語の、誠に悲しい結末であった。渋々姉と義兄と一緒に出て行こうとしていたジェニーは(略)しょんぼりしたマハリシが、なすすべも無く立ち尽くす姿を覚えている。「待って。話し合いましょう」とマハリシが懇願するのをジェニーは聞いている。

(略)

 数キロ毎に車が故障し、遂にジョンとシンシアの車がパンクし、しばらく立ち往生する。皆、マハリシが何らかの呪いをかけたのだろうと思った。(略)

パティとジョージが助けを求めに行き、ジョンとシンシアと運転手は、うだるような夏の暑さのなか、人気の無い道で待った。マハリンが黒魔術を使って追いかけて来ると、何度も何度もわめくアレックスにより、事態は一層辛いものになった。

(略)

やっとデリーに着いた頃には、疲労と怒りで一杯だった一行は(略)あっという間に身元がばれてしまった。すぐにあらゆる通信社の海外特派員とレポーターが(略)ホテルのロビーをうろつき始めた。

(略)

ジョンは、オベロイに着いた途端、一番好きな酒、スコッチ・コークを飲み始める。シンシアと飛行機に乗るまで飲み続けた彼は、機上ではさらに杯を重ね(略)結婚後の不貞を酔った勢いで妻にぶちまける決心をした。

(略)

 「そんなこと聞きたくない」と言いながら、シンシアは悲しい目で飛行機の窓から遠くを見た。「知るより知らない方がましだ」と彼女は言った。(略)ジョンが突然告白の必要性に駆られたのは、もっと悪いことが起こる前兆ではないかと心配した。「それでもちゃんと聞くんだ、シン」とジョンは言いながら、彼女の腕に手を置いた。

 「ずっと何年もツアー中に何をやっていたと思ってるんだ?くそ。女の子たちがわんさかいた。ハンブルグでは…」。「そう、知ってた」とシンシアはジョンの言葉を遮った。「リヴァプールだってそう何十人も、何十人も。一緒に付き合っていた間ずっと」。シンシアの目が涙で一杯になり、頬を伝って流れ落ちた。(略)

「世界中のホテルの部屋でだ!分かったか!でも、君に知られるのが怖かった。誰も歌詞を理解できなかった "Norwegian Wood" は、全部それだ。君に知られないよう、不倫のことをちんぷんかんぷんな言葉で書いた。(略)」。

 「もう聞きたくない」――シンシアは懇願し続けた。それでもジョンは、残忍なほどに正直であろうとした。他にも有名なイギリス人ジャーナリストや(略)ジョーン・バエズと浮気したことを告白し続けた。さらに、イギリス人女優とも断続的な関係を持った事実だけでなく、一夜限りの相手もリストアップし、その中には、ロンドンの友人宅に出張手配されたプレイボーイ・バニーも含まれた。

(略)

シンシアとの間にあった残り少ない感情を壊し、磁石のように彼をロンドンに引き戻したヨーコのために道を空ける、計算が働いたのかもしれない。

(略)

次第にジョージはパティから離れ始め、最後に夫と心を通わすことが出来たのは、もの悲しくも美しいジョージの写真をマドラスで撮った時――裸でベッドに横たわる彼の顔には、窓からの日差しが当たっていた(略)「その後彼は着実に自分の殻に閉じこもるようになり、最後には彼を見失ってしまうのです」とパティは五〇年後に回想する。

 その間ポールは、バンドが元に戻るのをロンドンで待っていた。ビートルズとそのビジネス王国(アップル)が、自分の指揮の下で花開くと彼は信じていたのだ。

ヨーコ登場、バンド崩壊

ビートルズがスタジオに集まったのは、ニューアルバム(略)に取り組むためで、新曲の数々――その多くは戻って来たばかりのインド旅行で書かれた――をレコーディングすることになっていた。その時だ――世界でこれ以上当たり前のことはないという顔をして、ジョンがヨーコを腕にスタジオに入って来た。ジョンと並び決然とスタジオの床に座ったヨーコを、バンド仲間の3人はあぜんとしながら黙って見守った。

 それまでビートルズは、神聖な場であるスタジオにゲストが入るのを許可することはほとんど無く、妻やガールフレンドでさえも例外ではなかった。彼らがもっと耐えられなかったのは、レコーディング中に邪魔をされ、アドバイスをされることだった。(略)

ヨーコが初めて口を開いてジョンに意見を言った時には、スタジオにいる全員が仰天したが、ポールは怒りに燃えた。「くそったれ!誰かしゃべったか?どこのどいつだ?ジョージ、何か言ったか?ああ、お前の唇は動いてなかったな!」。

(略)

他のメンバーに毛嫌いされていることが分かると、ヨーコはジョンの近くにうずくまり、ひっきりなしに彼の耳元でささやいた

(略)

バンドのメンバーはヨーコに対する不快感と怒りで一杯になり、彼女が自分たちのリーダーに魔術をかけたのではないかとさえ思うようになった。ボーイズと(略)[スタッフは]ドラッグの混合物が引き起こすジョンの悪い部分を、些細なものとして何年にもわたり容認してきた。例えばジョンは、リシケシュから帰国後のある日、「(略)親友を何人かアップル・レコードに集め、啓示を受けたと宣言。自分が地球に戻って来たイエス・キリストであり、その事実をプレスリリースすることを要求した」。(略)しかし、断固としてファブ・フォーをファブ・ファイブ、またはファブ・フォー半にしようとするジョンの要求は承認できるようなものではなく、彼の奇行が限度を超えてしまったと、周りの全員が感じていた。

 それでもショットンの言うように、ビートルズ解散の原因がヨーコであるとするのは間違いだ。ポールと他の3人のボーイズの間の、醜い実権争いにより引き起こされたバンド内の根本的な緊張状態に、彼女が火をくべる結果になってしまったに過ぎないのだから。

(略)

[インド行きの失敗により]次なる一歩では自分にもっと頼ってほしいとポールは考えていた。性的不品行の疑いのあるマハリシに過剰反応したジョンとジョージを叱りつつも(略)2人の仲間がスピリチュアルな探求に流されているとした自分の指摘が正しかったことに、ポールは密かにほくそ笑んでいた。

 事態の収拾と次に進む助けをする自分に、他の人が感謝すべきとポールが感じる一方で、バンド仲間は(略)あれこれ指図しようとするポールを、偉そうで無神経だと思っていた。

(略)

"Across the Universe" を何テイクも録音する最中にポールに怒られたことで、ドラマーは出て行く。(略)今回は、ドラムの腕が問題になり、リンゴの存在自体が矮小化されたのだ。

(略)

[リンゴ回想]

 僕は言った「バンドを脱退する。上手い演奏ができないし、愛されていると思えず、君ら3人がとても仲良くて、部外者のように感じているから」。するとジョンは「君ら3人こそ仲いいと思ってたよ!」と言う。

 それでポールの所に行き(略)同じことを言った「バンドを脱退する。君ら3人がとても仲良くて、中には入れないように思えるから」。するとポールは「君ら3人こそ仲いいと思ってたよ!」と言った。

 それでもうジョージの所に行っても無駄だと思った。僕は言った「バケーションに行くぞ」。子供を連れてサルデーニャに行った。

(略)

 ビートルズは、「世界最高のドラマー」と讃える電報を送って(略)リンゴが折れてスタジオに戻って来ると、ドラムは花で飾られていた。だが(略)翌年の一月に今度はジョージが出て行く。彼はポールとジョンの両方ともめており、前者の高圧的な態度に息の詰まる思いをし、ヨーコの登場で自分のバンド内の存在がより小さくなるように感じていた。(略)

ジョンとジョージ(略)は怒りの拳を振りながら、醜い呪いの叫びを浴びせ合った。

(略)

ファブ・フォーの私生活は、仕事上のキャリアと同様に崩壊する。リシケシュから帰国後数週間も経たないうちに、ジョンはヨーコと寝て、情け容赦なく人生からシンシアを消し去った。ポールとジェーンの場合は、ポールが他の女性とベッドにいるところをジェーンが見つけてしまう。(略)ジョンとポールがそれぞれのパートナーと手を取り合いながら、リシケシュの川沿いを歩いてからちょうど一年の一九六九年三月には、2人は他の女性と婚姻関係を結ぶ。なんとそれぞれの結婚式の日は、一週間も離れていない。

(略)

 皮肉なことに、ビートルズが仕事上でも私生活の上でも、リシケシュを去ってから間もなくバラバラになったのに反し、マハリシの方はそれから何年も、何十年も、驚くほど好調だった。(略)マハリシは活動の場のほとんどを海外に移し、故郷を振り返ることは二度となかった。翌年、創造的知性の科学(SCI)のコースを開始。当時アメリカの25校の大学で、このコースは履修可能だった。マハリシはまた、超越瞑想のコースを軍人に学ばせるようアメリカ陸軍を説得する。一九七一年までに彼は、世界ツアーを13回行い、50カ国を訪問した。

 一九七五年一〇月にマハリシは、『タイム』誌の表紙を飾る。同年、彼が「悟りの時代の夜明け」と名付けた5大陸を訪れる旅に出発。マハリシはこのツアーでオタワを訪れ、カナダ首相のピエール・トルドーと個人的に会っている。

(略)

改宗者が増えると共に、金がどんどん入ってきて、マハリシは間髪入れずに土地を購入した。

(略)

本部をスイスに置き、一時は月に六百万ポンド(一千二百万米ドル)の収入があり、世界中に200万人の信奉者がいたと報告されている。

 一九九二年にマハリシは国際的な政治政党を設立(略)議員に立候補するよう、既に解散していたビートルズのメンバーに呼びかけた。その頃までにはジョージ、ポールとリンゴはグルと良い関係にあり、唯一警戒気味だったジョンは亡くなってから大分経っていた。(略)立候補する者はいなかったが(略)選挙キャンペーンには、皆協力した。無論、全ての候補者が供託金を没収された。