アメリカ小説を読んでみよう・その2

前回の続き。

なぜ十九世紀アメリカ文学が読みたくなるのだろう

 アメリカ文学を研究する人たちの場合は、文学史の線にそいながら、コツコツと昔の作品を系統的に読まなければならないが、ぼくたち一般読者のばあいは、それとはちがった動機で、なにか特別な作品が急に読みたくなってくるものだ。たとえば最近のフランス短編映画に「ふくろうの河」という南北戦争の一挿話をあつかった傑作があったが、これはアンブローズ・ビアースの短編を映画化したものであり、これを見た若い映画ファンが、あとで原作が読みたくなったといった。
 これはほんの一例だが、なぜアメリカの短編小説が十九世紀にまでさかのぼって読みたくなるのだろうか、といったふうに、すこし問題をひろげて考えてみることにしよう。(略)
 それは一九三〇年代のはじめで、親のすねをかじりながら勉強ができた学生時代のことだったが、当時は丸善のほか、神保町の三省堂に新しい洋書がよく入ってきた。とくに三省堂の店さきには、タウフニッツ・エディションという白いペーパー・カヴァーの文庫本がたくさんならんでいて、ちょうどそのころ帯封というやつが、はじめて工夫されたんだろうと思うが、ある日のこと、新入荷したタウフニッツ・エデションの表紙の活字が急に太いゴチック体になり、おまけに黄色い帯封がしてあったので、それがとてもフレッシュな感じをあたえ、目がはなせなくなってしまった。そうしてそのとき『おや、アーネスト・ヘミングウェイっていう新人が出てきたんだなあ』とつぶやいたのである。
 とにかくゴチック体なんか本の表紙にまだ使ってなかったし、それに「武器よさらば」という英語の響きがいっしょになって、なにかこう強烈にうったえかけてきたので、買わないではいられなくなった。たしか九十銭だったような気がするが、買ったときはホッとしたし、それから読みだしたところ、いまでいうならハードボイルド・スタイルみたいなものに、はじめてぶつかったので、すっかりビックリしてしまった。これは友だちに見せなければならない。そう考えて遊びにいったのが、いま毎日新聞社の出版局長をしている狩野近雄さんの家だった。
 それからしばらくして、こんどはアースキン・コールドウェルの「神のちいさな土地」のイギリス版をみつけ、これを読んだときはヘミングウェイよりも感心してしまった。じつは英語の力なんかそうないのだが、いままで読んだことのない味の文章というものが、ふしぎとよく判ったのである。そんなところにアメリカ文学の魅力があるんじゃないかとも思うのだが、とにかくひとりでゴキゲンになり、おもしろい個所はくりかえして読んだので暗記してしまった。
 このころのことで思いだすのは、毎年一回出るエドワード・オブライエン編集の「アメリカ短編小説傑作集」を揃えてみたくなったことで、たいした冊数にはならなかったが、これをあつめるのに一時ほとんど夢中になった。というのは、この本がアメリカ文学の新しい方向へと手さぐりしていくのに、いちばん役にたったからで、付録になっている作家の経歴をはじめとし、いろいろな雑誌に出た一年間のめぼしい短編小説を全部リストにしたうえで採点を加えてあるなど、なかなかいい参考資料になった。たとえばポール・ホーガンという作家に、この短編傑作集でなじむようになると、この人の単行本をあつめるのが楽しみになったりした。
 それで戦争がはじまったころ、エドワード・オブライエンが死んだのを知ったときは、じぶんが教わった先生がいなくなったようにガッカリしたものだ。こんなことから彼の著書「アメリカ短編小説の進歩」と「機械の踊り」も読むようになったが、この二冊の本は、当時としてはアメリカの短編小説をテクニックのうえから研究した珍しいものだったし、とくに最初の本でスティヴン・クレーンが非常な影響をおよぼしたことを力説しているあたり、なるほどそうなのかと思いながら、なかでも「オープン・ボート」という短編における主観描写の見事さを賞めているのにぶつかると、この作品が読みたくてたまらなくなった。
(略)
当時は在日イギリス人に本を読むのがすきな人がおおく、いまいるアメリカ人よりは読書レヴェルがずっとすすんでいたので、面白い本を古本屋でたくさん発見することができたが、アメリカの作家のものがイギリス版で見つかることがおおく、ぼくが最初に読んだスコット・フィッツジェラルドの小説は、みんなイギリス版だった。
 話がそれたが、こうして「オープン・ボート」を読むことができたというわけで、やさしい文章だなという第一印象をうけたあとで、やっぱり感心した。漂流しているボートから海岸のほうを眺めると、波のうねりで遠くの景色が見えたり見えなくなったりする。そういったイメージが、まるで映画を見ているようにクッキリしてくるので、このときは真似をした文章が書きたくなった。(略)
 こういった気持には、「ふくろうの河」という映画を見てアンブローズ・ビアースの原作を読みたくなった気持と、どこか共通点があるにちがいない。映画としての「ふくろうの河」は、詩のようにうつくしい流れのなかに冷たい残酷さを光らせた実験的な演出のありかたに特色があったが、なんといってもビアースという作家がものをいっていた。そのため映画で成功した詩的ムードといったようなものが、ビアースの文章ではどう表現されているのだろうか、ということが原作を読みたいという気持にさせたのだ。そしてこんなところに『なぜ十九世紀のアメリカ短編小説が読みたくなるのだろうか』という気持とのむすびつきが発見できるのであって、ぼくがヘミングウェイからコールドウェルへ、そしてスコット・フィッツジェラルドやポール・ホーガンからスティヴン・クレーンヘと向かっていったのも、その根本動機は、アメリカ文学に独特な文章そのものの味だったのである。だいたい外国文学にひかれるのは、なんといっても文章そのものの味であろう。(略)
 つまり言葉のもつ魅力から知らないあいだに小説を読むのがすきになっていったのだが(略)

アメリカ文学私観

 数ヵ月前、パリの若い作家たちの間で、アメリカの作家ホレース・マッコイの「彼らは馬を射殺するではないか」という小説が非常に騒がれたことがある。この小説は一九三〇年代のニューヨークが背景となり(略)大部分は、このマラソン・ダンスの情景描写でうずまっている。
(略)
 ホレース・マッコイという作家は、最近も新作を発表しているが、アメリカでは特に注目はされず、いままでの作品の数もすくないし、ハードボイルドの二流作家にとどまっているのであるが、彼が二十代の頃に書いたこの処女作が、十年後に、パリの若い作家のあいだで持てはやされたということはちょっと面白い。
(略)
[そのブームは]カルチェ・ラタンの或る一角の地下にある薄暗くて殺風景で煙草のけむりが立ちこめているナイトクラブ“クリュブ・デ・ロリアンテー”などを巣にしている若い芸術家たちの間からまず始まったのであろう。この地下室には最近のパリ独特の雰囲気がただよい、サルトル、エリュアールなどもリューテの演奏ぶりを聴きに出かけたということである。
(略)
 しかし、アメリカ作家にとっては、マッコイの上記の小説がそんなにも評判になったことがかえっておかしく感じられるであろう。批評家もそういった口吻を洩らしているが、彼らにしてみれば、マラソン・ダンスなどは過去の風俗の遺物であり、この小説を読みかえしたところで何らのセンセーショナルな興味もさそわれまい。
(略)
 たとえば彼らはこういうかもしれない。
――ノーマン・メイラーの「裸者と死者」を君たちは読んだのだろうか。(略)トルストイの「戦争と平和」にも比べていいこの傑作を二十五歳の青年が書いたことを知ったら、君たちはどう思うだろうか。これが本当のアメリカの小説なんだがね――
(略)[10ページ程あって](略)
名前も売れている探偵小説作家が、しだいに小説の世界へはいっていこうとする傾向が最近とくに顕著である。最近になって探偵小説は不可解な事件の興味を追うよりはむしろ事件をわざとボカし、漠然とした雰囲気のなかで犯人とおぼしい人物が互いの肚の中を探り合って行くほうがハイ・ブラウな方法だと考えられるようになってきた。(略)
[エラリー・クイーンレックス・スタウトですら]小説家になろうとしたり、社会批評家になろうとしたりしている。(略)[カーター・ディクスンも]近作で、彼独特のトリックを活用するより、いかにしたら神秘的恋愛が描けるだろうかに努力しているようで、非常に面白い。なかでもローレンス・トリートの「流砂のQの字」と、マーガレット・ミラーの「鉄の門」は、探偵作家が小説の世界へ入っていこうと努力している点で最近での代表作品に挙げられるであろう。
 しかし、探偵小説は、詩人W・H・オーデンも言っているように、二度繰り返して読まれるだけの価値はいかなる作品のなかにも含まれていないようだ。オーデンは彼自身が相当な探偵小説ファンであって、最近のハーパーズ・マガジンに「有罪の牧師館」という探偵小説論を書いているが、そのなかで彼はこのジャンルの読物がいちど馴染んだら中毒症を起こしやすい作用と読まないではいられない魅力をあたえる。しかし、どんなに興味に釣られても読んだあとではきれいに忘れている。このため探偵小説を芸術として受け入れることはできないが、逆にこの特性を分析してみると、小説芸術の本質が判ることになるかもしれないと言っている。
(略)
当時三十近くあったブック・クラブのなかで一般読者層にもっとも影響力を持っていたBOMC(ブック・オブ・ザ・マンス・クラブ)(略)は過去二十二年間の活動にあって、無名あるいは無名にちかい作家を世界的に有名にしたことを誇っている。パール・バックマーガレット・ミッチェルジョン・スタインベックの三人はBOMCの力があったからこそ世界的作家になれたのだと今でも公言している。この公言がたたって、一九四六年には、ブック・クラブの功罪が槍玉にあげられジャーナリズム論壇を賑わした。これに対抗してBOMCが同年四月の推薦図書にえらんだのが、メアリー・ジェーン・ウォードの「蛇の穴」とジム・コーベットの「クマオンの人喰虎」の二冊である。(略)[会員は困惑したであろう]なぜなら一方は精神病院の記録であり、片方はインドの山奥で住民が虎に喰われる話をありのままに綴った面白くない話であったからである。
(略)
[推薦図書に選んだ]BOMCの審査員たちの気持はおそらくスタイルの特色と女流作家の筆になる異色作品であることを売物にして当時ジャーナリズムから悪口ばかり叩かれていたBOMCの危機を脱しようと思ったのであろう。審査員たちは出版社ランダム・ハウスと合議して初版だけでも四十七万五千部刷ってしまった。これだけの部数を刷れば最初からベストセラーと変りがない。(略)[神田の古本屋で]この本などもすでに十冊ぐらい見たと思うが、面白いことに、どのコピーも精読された形跡はなかった。実際のところ最初の二、三十ページはヴァージニア・カニンガムという中年婦人が精神病院の病棟で不可解なモノローグばかり喋っているので好奇心に誘われるが、「蛇の穴」という題名も昔、気ちがいを正常人に戻すために蛇の穴へ放り込んだ伝説があるという註釈から精神病院を指していることが判り、また不可解なモノローグを使うことが、この小説の唯一のトリックであると知れてしまうと、別に事件もないので、いくら読んでも同じであり、逆に忍耐力が必要となってくる。この小説が出版されたころ、イギリスからアメリカヘ講演旅行に赴いた文芸評論家シリル・コナリーは目ぼしい新人の小説全部に目を通したあとで賞めるだけの新しい作品はひとつもない、ただトルーマン・カポーティの短編だけが面白いと言った。カポーティは当時二十一歳のニューオーリンズ生れの若い作家で
(略)
作品は一流とはいえないが新鮮で、ヒッチコックの映画やダリの絵を見ているような芸術的興趣を覚える。(略)

現代アメリカ文学の冒険 佐伯彰一丸谷才一の両氏と
[『ユリイカ』一九七〇年七月号]

佐伯 最近は、日本でもアメリカ小説の読者がずいぶんふえている。最近出てくる日本の新人作家を見ても、たいへん、アメリカ小説くさい人が目立つようになってきて(略)
要するに、第二次大戦以後は、〈アメリカ小説の時代〉ということが、かなり普遍的に言えるような気がする。(略)
[ロシア小説が]二十世紀の初めから少しあとぐらいまで、ヨーロッパに非常に強い影響を与えた。日本でもほぼ同じ時期に強烈な衝撃をこうむったことがある。日本で近代小説という場合、まずヨーロッパ小説ということになって、その際何がくるか。ぼくなんか、正統的な小説といえば、ごく自然にまずイギリス小説ということが来るわけで、イギリス小説こそ小説そのものだという偏見をかなり持っている。スタンダールバルザック、あるいはフローベルを抜きにして小説は考えられないということも事実だが、しかし小説ジャンルに関しては、フランス人も何となくイギリスに一目おいてきたようなところが昔からあった。だから、いままでのところ、小説というものを考えると、イギリスという国と小説ジャンルは、何となくずっとうまが合っていて、イギリスくさいことが同時に小説くささに通ずるようなところがあった。ところがアメリカ小説になると、ずいぶん違った面が出てきたんじゃないかとぼくは思う。丸谷君、いかがですか。
(略)
丸谷 率直に言えば、アメリカ小説は好きじゃない。
佐伯 だろうと思う。〈アメリカ小説の時代〉といったのは、丸谷君に対するいやがらせでもあるわけだ。(笑)
丸谷 ある出版社の外国文学の叢書で、イギリス小説から何を入れるかという相談に乗ったことがあるんです。そのときぼくが推薦した中にファウルズの「コレクター」(略)ぼくの嫌いな小説だが、日本ではきっと受けるだろう、イギリスでよりもアメリカで評判がいいようだ(略)そうしたら、ぼくの推薦したイギリス小説の中では一番売れたらしい。(略)
あの小説をなぜぼくが嫌いなのか、考えてみると、やはりアブノーマルなところが嫌いなんてすね。何か神経症的な感じがして。(略)
あれをもっと正統的なイギリス小説の立場から書くとすれば、社会がうんと侵入してくるでしょう。
(略)
そんなところがアメリカ小説とイギリス小説の違いの一つのあらわれみたいな感じがするんです。
(略)
社会の中での孤独は、社会を書いて、しかも孤独を書かなければ、ほんとうじゃないという感じがする。
(略)
佐伯 イギリス小説の場合は、うまく言えないんだが、市民なんですね。市民という言葉の日本語の語感がぼくは大嫌いで、ほんとうは使いたくないんだ。
(略)
[とあるイギリスの先生は]相当の変わり者だが、当人には、自分が変わり者だという意識は全然ないし、それをふり回すことも全然しない。それをごく普通に、あたりまえの人間の生き方だと思って生きている。
(略)
それが、アメリカ人の場合だと、そうはいかない。社会のしきたりやスタンダードから、自分がはずれていれば、やはり意識せざるを得ない。そうすると、それを強い身振りで訴えるか、あるは社会が悪いんだというか……
丸谷 告発したりする。ところがイギリス小説は、そういう告発をしない。
(略)
佐伯 そういえば「イージー・ライダー」の映画のほうだけど、あのセリフも、ぼくにはなかなかついていけなかった。
植草 あれには、アメリカ人にもわからない謎的なセリフがいっぱいあるそうで、ポール・クラスナーがその一部を説明したのを読んで、なるほどと思いました。『どこから来たんだい』『Lから来た』そんなのがいなかのアメリカ人にわからないんですね。
佐伯 近頃の小説には、一種の通じにくさみたいなもので何かを出そうという傾向がずいぶんある。安定した関係を、しゃにむにこわしてしまって、通じているかどうかわからないところでというか、むしろ、通じていないということで安心して、そこでいろいろやり出すというようなところがずいぶんある。イギリス小説では、どんなにエキセントリックなことをやっていても、相手にはちゃんと通じていますというところがあって、それがイギリス小説の真髄みたいな気もするんだけれど、いわば、それに対する一種の反抗だね。
丸谷 いまの日本の職業作家が外国文学に関心を持つ場合、アメリカ小説に関心を持つ人が多い。それはどうしてなのか、いろいろ考えてみると、どうもちょっと、話が簡単過ぎやしないかなって感じがするんだ。つまり、いままでの日本の小説の型と、アメリカ小説の型とわりあい重なり合っている部分があって、要するに、明治以後いままでの日本の小説の型を確認しているに過ぎないことを、アメリカ小説の影響だというように誤解しているんじゃないかという気がするんです。
佐伯 それは非常におもしろい点だな。ぼくは、ちょっとあなたとずれるかもしれないけれど、イギリス小説を中心に置いて、アメリカと日本と並べてみると、もちろん比較にならないぐらい違うわけだけれど、ただ、日本の場合は、いわゆる近代の小説、特にフランス自然主義なんかが入ってきて、その影響で、小説概念ができ上がる時期には、要するに、いままでの既成の型から逃げなければいけない、つまり、型などというものはすべて反小説的なもので、型を破らなければいけないという、つまり、脱走したり、逃避したり、破壊したりすることを非常に強調したわけだ。日本に、長過ぎるぐらい古典主義の型が支配してきた国だけに、文学とは、そういうコンベンションを守ること[が明治以前まで強かった]
(略)
そういうことに反抗してそれを壊すこと、それが文学なのだということになって、それに自然主義の影響が結びついたのだと思う。一方、アメリカは、もともと古典主義がない国で、やみくもに表現が始まった国だから、そういう国と、型の呪縛力が非常に強くて、そいつから逃れなければ文学が始まらないという国とが、ある意味で期せずして一致した……。
丸谷 何か、両極端が一致したみたいな感じがある。それは実に不思議な話で、よくわからないんだけれど、しかし、二つの国がどちらもローマン主義文学に対してものすごく弱かった、と見れば実に簡単ですよね。
(略)
[ノーマン・メイラー「裸者と死者」の話から]
佐伯 あれ[メイラー『なぜぼくらはヴェトナムへ行くのか?』]は、だれかうまいことを言ってね、インスタント版の「フィネガンズ・ウェイク」だって。そんな高級なものじゃないんだけど。
(略)
一種のユダヤ的な離れわざ、力わざ(略)滑稽な、きたないことばを、これでもかこれでもかと蒔き散らす。(略)
一種の滑稽小説で、ジョイスのある部分が笑わせるのと同じような効果が出ている
(略)
ユダヤ系の作家には、シンガーからソール・ベローに至るまで、かなり饒舌なところがあって、その饒舌がそのまま一種の魅力になるようなところがあるでしょう。さっき、ジョイスの話が出たけど、アイルランド人にも、同じようなところがあるんじゃないか。
丸谷 ジョイスなんかが、二〇年代にブロムスベリーの連中にあれほど嫌われたということは、そういうことでしょう。しかし、ジョイスというのは非常に趣味がいいという感じがするんですよ。何か普遍的な文化を考えているという感じがする。ジョイスは血みどろみたいなことをやらないでしょう。ところがフォークナーは血みどろのやつをやる。それによって、はじめて土俗に到達しようとする。ジョイスはそれをやらなかった。
(略)
佐伯 (略)ジョイスだと、「ユリシーズ」とか「フィネガンズ・ウェイク」でできることが、フォークナーだと、とても一つや二つの小説ではやれない。フォークナーは一面でジョイスであると同時にバルザックだ。つまりそういう大きなことをやらなければ「ユリシーズ」的世界は持てないということがあると思う。アメリカの作家としてね。よりかかる伝統がないわけだから。
丸谷 ジョイスだって、ぼくは、なかったと思う。あったふりをしたんだと思う、ただ、あったふりをする手がジョイスで終っちゃった。そこがぼくは二十世紀アメリカ文学の非常に大きな分岐点だと思う。つまり、ないけど、あるふりをするという手が禁じられてしまった。だからジョイスがいなければ、二十世紀のアメリカ小説は、もっと変ったんじゃないかという感じがします。
佐伯 (略)文学者というか、作家というものは、アメリカの場合、そのままじゃ認められない。作家なんていったって、だれも認めてくれない。ジョイスまでは、作家たること、文学者たることは、一個の身分証明になるところがあったけど、アメリカの場合は、アンダーソン以来、ヘミングウェイでも、フォークナーでも、自分が作家だという顔をした主人公は出てこないし、いわんや書き手が、自分は作家でございというところから出発した文学は全然ないんじゃないですか。むしろ意識的にごまかした形で、自分をアマチュア的な位置におけば書き始められるということがあるんじゃないか。ヘンリー・ミラーでさえそうでしょう。文学者くさくないものね。むしろ、素人くささがアメリカ作家には大事で、ノーマン・メイラーの場合「裸者と死者」でいえば、彼は、まぎれもない一個の兵隊なわけだ。兵隊という位置におくと、小説の作家が成り立つ。
(略)
佐伯 アメリカの場合、エロはフィジカルなファクトそのものが嬉しくてしようがないという感じがあるように思うね。デカダンスとか、頽廃とか、手近なところで言うと、吉行淳之介みたいな感じ、ああいう感じは、アメリカ小説にはまるでないように思う。
(略)
近ごろのニューヨークは、検閲がまるでなくなっちゃったみたいで(略)[一週間ほど]映画だの芝居だのを見て回って思ったけど、どれほど露骨に、なまにうつしていても、フィジカルなものに対する信頼は厳としてゆるがないという感じがあって、そういう意味では、やっぱり、ナチュラリズム、リアリズムです。どんなふうに変態な組み合わせをつくってみたって、リアリズムからちっとも逃れられないという感じが強い。

鼎談の途中だが、次回に続く。