なにものかへのレクイエム  森村泰昌

対談集 なにものかへのレクイエム――二〇世紀を思考する

対談集 なにものかへのレクイエム――二〇世紀を思考する

芸術とはたった一人の決起である

(略)[このシリーズの最後に]ガンジーをやりました。撮影を終えた途端、真っ白になってしまいまして。その直後の取材でまったく答えられなかったんです。いままでそんなことなかったのに、なにかおかしいんですよ、手も足も。(略)どうも自分には大きすぎるものを背負ってしまった感じがする。
 そういうことを考えながら改めてなにをやりたかったのか考えると、抽象的な言い方ですけど、なにかに触れたかったんですね。触れ過ぎると戻れなくなってヤバイんですけど、辛うじて戻って来てまた次のものに触れる。そういうことをやりたかったのではないかと。それがなにものなのかは自分でもまだよくわからない。

「女装の時代」

 男についての話に戻りますと、今は「女性の時代」だということがよく言われています。でも僕は、実は「女性の時代」ではなく「女装の時代」ではないかと思う。そう思ったきっかけは、今の若い女の子たちのメイクを見たときなんです。自分もメイクをして女装をするわけですけど、そうして女になるにはかなりのテクニックがあって、ヒゲをカバーするために被覆力の強いメイク用品を使ったりとか、ウィッグや付けまつ毛、アイメイクでもバキッとさせるのに非常に強いものが必要です。基本的に、男の要素を消すためにはケバくしなくてはならない。ところが、今の女の子たちのメイクを見ると、そうやって自分が今まで女装としてやってきたメイクを、そのまま再現しているように思えてしかたがないんです。
 僕が〈女優シリーズ〉をやっていたのは一九九六年ですけど、当時は付けまつ毛なんて映画のメイク用品を売っているような非常に限られたお店にしかなくて、それなりの値段だったのが、今では一〇〇円ショップでさえ売っている。付けまつ毛が、誰でもするようなものになっているんですね。
 そこで、どうして化粧がケバくなったのかと考えるんですけど、一つこういうことは言えるなあと思うのは、実際のところ男性の力が衰えて女性の力が強くなったのかどうかはわからないけれど、少なくとも、男性と女性の差異は限りなく縮まってきていると思うんです。そして、もし男と女の間に大きな差異があるからこそ男と女という意識がこれまではあったのだとしたら、男女の性差がほとんどなくなった現在では、両者はイコールで結ばれてしまうわけです。そうして男女がイコールで結ばれたとき、では女は、どうやって女を確かめたらいいのか?きっと女は、もう素顔では女でいられないと思うんです。(略)
女が女になることをやらなければ、女としての自分というものを確保することができない時代になりつつあると思うんですよ。素顔だと男も女も変わらない。(略)
そうすると、今の時代は男も女もみんなが女装する時代だなあと思う。
 そうしたことを考えながら、ふと自分の経験を思い出すんです。僕はマリリン・モンローとかブリジット・バルドーになったりするんですけど、そうすると一応、女優なのでスターとして輝く必要があって、人が見ている前でバーンと女優然として立つんです。人には「マリリン・モンローになったご気分なんでしょうね」とか言われたりして、たしかにちょっとそうした気分もあるんですけど(笑)、でもそれ以上に実は、見た目がマリリン・モンローとかの女性になっている場合、心はかえって男になっているなあ、というのが実感なんです。
 女装というのは、女という名の鎧兜を着ているような感じのものなんてすね。柔らかくて弱々しいヒールのある靴やドレスというのは、上手にあつかうと非常に強い鎧兜になるもので、つまり裸でそこにいるようなものに対して銃を向けるのはとても強い抵抗が生まれるんです。しかし、そうやって体を張って一人で世界を相手に立たなければいけないというその心境はかなり男気のあるもので、だから女優というのは心は男なんじゃないかなと思ったりもするんです。
 では逆に、男性の姿かたちをしている人はどうなのか(略)[キリストは]あんなに心が女性的な人はいないのではないかということです。最後には磔になって槍で脇腹を刺される。あれはほとんどレイプですよ。(略)
そういうことを思うと僕のなかで、男と女という関係についてめまいが起きてくるんです。
(略)
今の女性たちが非常に頑張っているあの姿をみると、まさに僕が、外見はマリリン・モンローになって、でもその心は男であったと同様に、現代のケバいメイクをしてすばらしいファッションで身を固めている女性たちの心のなかはかなり男性化してきているに違いない。

フランシスコ・ゴヤ

ゴヤの時代は、啓蒙主義の時代――科学が発達してくる理性優先の時代です。そのなかで、ゴヤはスペインの人ですが、スペインには当時はまだ、病気になるのは悪魔がとり憑いたんだから、魔女に頼んで何とかしないとまずい、というような迷信が残っていました。そこに、フランスあたりから新しい考え方がスペインにも入ってきて、かなり新しい時代に変っていくときだったと思うんです。
 そんな時代に生きたゴヤが、いろいろやりながら、最終的に戻ったのは、魔女を描くことだったんです。(略)ゴヤは若いときにも、魔女の集会の絵を描いています。しかし、面白い絵ではあるが、ステレオタイプ化した魔女像だったりする。ところが、最晩年に描いた〈黒い絵〉シリーズは(略)家に閉じこもって、その食卓とかに描いた、誰にも見せない絵だったらしい。その絵にもやはり、悪魔がいっぱい描かれている。しかし、かつてのステレオタイプ化されたものではないんです。その啓蒙主義的な理性の時代、「魔女なんかを信じているのはバカだ」というような時代に、古臭いスペインの闇の世界をテーマにするんです。
 テーマにするんだけれど、その「古い」テーマを、ゴヤは自分の生きた時代の器に移し替える作業をしています。初期の魔女の作品は、古い器のなかに古いイメージを入れて描いている。だからステレオタイプ化するんです。時代は確実に新しくなっていて、ゴヤの生きていた時代には魔女の時代は終っている。終っているその時代の新しい器のなかに、かつてのものを入れる。「かつてのもの」は、魔女やらそんなものですけれども、それはきっと、ゴヤのとっても好きな世界だったと思います。好きでないと駄目ですよ。その好きな世界を、ゴヤの生きている「いま」という時代の器のなかに移し替えている。
 すると、ものすごい絵ができて、その絵はいま見ても「これ、現代美術と違う?」というぐらい新しい世界になっています。つまり、古いものを、どうやって「いま」という新しい時代に移し替えてやるか。これは、古いものを懐かしんで、「昔はよかったなあ」という話とはずいぶん違うし、また、新しい時代の新しいイメージや、考え方や、流行といったものに追随するのでもないのです。古いものと新しいものとの新しい関係を見出すことによって、何かを産み出す。自分がやりたいのはこれかな、と思っています。

対談:高橋源一郎

高橋 (略)僕や森村さんは遅れてきた少年だった。(略)(略)
でもみんな、途中で一斉にいなくなってしまうんです。(略)
[学生運動連合赤軍事件で終わり]政治運動がほぼすべてなくなってしまったんです。
 それと同時に、政治的な言葉を使っていた人たちも、政治なんかやっても辛いだけ、バカみたい――といっていなくなる。(略)
森村 (略)僕は政治=言葉に痛めつけられ、その時言葉を発せなかったという体験をしています。「お前も何か言え」「何かを選択しろ」「どっちにつくんだ」という詰問に対して、何も言えなかった。それが宿題として残った。
(略)
 高橋 僕も、政治はなくなったと感じていたし、だから政治的なことはしゃべらなかったんですが、ここ数年しゃべれるような気がしてきていました。そこへ三月一一日の大震災があった。それから三週間が経ちましたが、いまの状況はかつてないくらい政治的です。
 森村 とてもよくわかります。
 高橋 この震災には二つの要素があります。(略)[地震津波は]発生と同時に「終戦」なんです。ところが原発事故はそこから「開戦」で、だんだん状況が悪くなっていく。僕はツイッターをやっているんですが、三月一一日以降、ツイッター上の言葉がものすごく悪くなってしまっています。(略)タイムラインを流れる言葉を読んでいて憂鬱になってしまう。それは、政治の言葉になってしまったからです。
 今、原発については、絶対反対派と絶対推進派しかいないことになっています。本当はその間にいくつもの立場があるはずなのに、「絶対反対」と「絶対推進」しかない、という言葉に巻き込まれてしまっている。これって、僕らがぶつかった、「お前はどちらを選ぶんだ」という政治の言葉ですよね。それが「左翼」とか「マルクス主義」とかいう言葉だったら、みな政治の言葉だとわかります。ところが原発をめぐっては、誰も政治の言葉だと思っていない。そんなことはありません。政治とは、ある原理と別の原理が互いを許さない戦いをくりひろげることであって、原発の問題はその典型なんです。
 日本では左翼もマルクス主義もなくなったので、政治はもうなくなりました、あとは社会と経済だけです、と言ってきましたが、実は問題を解決しないまま隠して、ないことにしただけだったんです。だから、原子炉建屋での水素爆発とともにパンドラの箱の蓋が開いて、最悪なものが出てきてしまった。
(略)
鶴見俊輔さんが著作のなかでプラグマティズムの発生について説明されていて、それにぼくはシビれたんです。
 プラグマティズムアメリカ生まれの哲学思想ですが、「その発生の由来を知っていますか」と鶴見さんは問いかけます。南北戦争なんです。プラグマティズムをつくった学者はみな、南北戦争で親が行方不明になった、兄が死んだ、友人が不具になった、そういう人ばかり。この戦争で致命的な被害を受けた物書きのなかから出てきたのが、プラグマティズムだというのです。
 ご存知のように南北戦争では、北部は奴隷解放、南部は法律の遵守をスローガンにして戦いました。お互い自らの正義を主張した、原理と原理の戦いです。だから双方一歩も退かず、凄まじく徹底した消耗戦になり、アメリカは真っ二つに割れて、膨大な死者が出ました。その敗戦を蒙った南部から、プラグマティズムが生まれてきたんです。その考え方をごく簡単に言うと、「原理と原理の間のコミュニケーションは不可能だ」というものです。
 僕らは「話し合え」と言うでしょう。原発推進派も反対派も話し合え、って。でもそんな不可能を求めるのは止めて、コミュニケーションできない者たちが、それでも殺し合わずに共存するにはどうしたらいいかをシステムとして考えるのが、プラグマティズム。ある原理的な考え方は、他の原理的な考え方を絶対に受け入れないのだから、仕方がないと諦めてしまうんです。逆転の発想ですよね。それでどうするかというと、Aという考えと、Bという考えがあったら、そのどっちでもない、全く違うところにあるCという結論へ持って行けというんです。
 僕たちが一番大事だと思っているコミュニケーションを求める話し合いという幻想こそが、ディスコミュニケーションでどうしようもない対立を生んでいる、とプラグマティズムは考えます。僕はすごく納得しました。でもその、まったく違うところに解を求めるというやり方は、たとえば美術がそうじゃないかと思うんです。そんなふうに考えられるようになるまで四○年かかりましたけど。
(略)
今回の原発事故は、僕たち自身が選んだとしか思えない、戦後六六年の正しい帰結だと思います。だから「びっくりした」じゃなくて、「やっぱりね」と考えた方がいい。開戦と敗戦が同時に来てしまったんです。(略)
 結局、日本は核兵器を持たない、代わりに原発を作る、と振り替えたんです。原発は日本にとって、経済戦争を勝ち抜くための核兵器だったわけですが、それについてどうかなと疑問を感じながらも、推進派と反対派で勝手にやってくれという感じで、僕らは原発で作られた電気の恩恵を享受してきました。放置していたのは、認めたということです。その正当な報いを受けることでやっと目が覚めて、また負債を返さなくてはならない時期になったのかなとも思います。
 森村 一九六八年は権力と反権力とか、もっと前なら革命派と貴族派でも、対立の軸は自分の外にあったでしょう。それが今回はなくて、たとえば「善意」という言葉だけが残りました。受け取る側は悲しそうな顔をして、施す側はいいことをしていると思って、「善意」のやりとりをしている。(略)
「善意」という印籠の前には手も足も出ない。いま、原理は一つになっているんです。そこは大きな問題でしょうね。
 高橋 そうですね、対立さえない。
 森村 そうさせてしまったのは、政府ではなく、我々です。そこに自分では気づいていない。
 高橋 困りますよね。そのことを僕は「正しさへの同調圧力」と書きました。悲しがるとか、支援を送るとか、「頑張れニッポン」とか「正しさ」の基準が空気のようにあって、それ自身に害はなくても、逆らうことができないという点で、非常にまずい状態になっています。(略)
 森村 前の戦争の時は、みなの目に見える悪があり、そこに加担したことを懺悔したのだと思いますが、今回は悪の所在がずいぶん違う。自分のなかにあるから、懺悔できないんでしょうね。

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