Cut 90年11月号デヴィッド・リンチ コッポラ

Cut 1990年11月 Vol.6
JACK NICHOLSON & HARVEY KEITEL ジャック・ニコルソン & ハーヴェイ・カイテル
ニコルソンが監督・主演の"TWO JAKES"で共演の二人の超実力俳優が語る。
ARNOLD SCHWARZENEGGER アーノルド・シュワルツェネッガー
超大作『トータル・リコール』の成功で、波に乗る彼の強かなサクセス・ストーリー
2 LIVE CREW 2 ライブ・クルー
歌詞の卑猥さで逮捕されたラッパーたちを巡る表現の自由論争。
SPIKE LEE & JIM JARMUSCH スパイク・リー & ジム・ジャームッシュ
アメリカ映画界の若き巨匠が語る、我がインディーズ・スピリット。
黒澤 明
『夢』の全米公開を前に、米ジャーナリストに日本、そして日本映画への苦言を語る。

いまやアメリカで最もポピュラーなカルト監督という彼が語る、芸術的変態性。

[至福に満ちていたが、同時に忘れがたい恐怖の連続だったという子供時代について]
「祖父母を訪ねて、しょっちゅうブルックリンに行っていたんだが、それも恐怖の一部だったな。巨大な街には、莫大な量の恐怖があることに気づいたんだ。(略)
地下鉄の駅を降りて行くたびに、地獄に落ちて行くような気分になった。階段をどんどん深いところへと下るにつれ、腫を返して地上に戻るのが、そのまま降りて行くのよりも困難に思えてきた。未知のものに対する圧倒的な恐怖があったんだ。列車が起こす風、音、匂い、普段と違う光とムードというのが、どこか特別に忘れがたかったんだろう
(略)
[至極ノーマルな両親を恥じていた]
50年代の雑誌広告によくあっただろう。オーブンからパイを出す小奇麗ななりの主婦。その顔には、いつもある種の笑みが浮かんでいる。(略)
――けれど、あなたには信じられなかった。
「奇妙な微笑みだった。この世界の理想形というか、実際にはありえない微笑みだったんだ。そのせいで、狂ったように夢を見たよ。今ではそれもすごく気に入っている。けれどもある種――破局とまではいかなくても、何か普通ではないことが起こるのを待っていた。みんなが同情してくれる何かを。そうすれば僕は犠牲者だ。たとえば、大事故で自分一人が取り残されたり。ある種、楽しい夢想だったけれど、日々はきわめてノーマルに過ぎていった」
――心の中では、そういった広告の“微笑み”に違和感を感じていたのですか?
「いや、僕自身、すごい微笑みの持ち主だった。クリスマス・ツリーの下に立っている写真があって、それを見ると、完璧に、紛れもなく幸せという笑顔を浮かべている。ある面では幸福だったんだ」
――けれど、どこか信じきれなかった。
「(略)隠蔽され、ひどく秘密めいて見えるものもある。本当に秘密なのか、それとも自分がパラノイアなのかも判然としない。科学を学ぶことによってのみ、少しずつ、世の中には隠蔽されているもの――目には見えないものもあることが理解できる。それに心配の種というのは考えれば考えるほど増えるものだ。そんな時、恐ろしい出来事に出会ってしまうと、実際には、ほんとうに数限りないものが間違っていることに――実に多くの人々が、まともじゃない恐ろしいことに加わっているのに気づかされて、平和で幸福な暮らしが脅かされたり、消滅するのではないかと心配するようになるんだ(略)
[妻が1歳の娘を乳母車に乗せ出かけようとした時]通り向かいの大家族は、洗礼に出かけようとしていた。その時、ギャングがその家族を急襲したんだ。一家には10代の息子がいて、全員を護ろうとした。ギャングは彼をたたきのめし、頭の後ろを撃った。そういった類のことがらが、雰囲気を台無しにしてしまう――永遠に」
――子供の頃、「あらゆるものに、ある種の荒々しい痛みに似た力、そして腐敗がつきまとっている」と感じていたそうですが(略)
「完成したものは、その場で腐敗し始める。ちょうど、ニューヨークのように。道路もビルも橋も、みんな崩壊しつつある。新しいものも建っているが、その建て方は前とは違う。この腐敗を思い、そして何物も永遠ではないことを考えると、また心配になってくる」
(略)
絵画や映画などの小さな世界なら、ある程度コントロールが利くという幻想にひたることができる。(略)
――で、あなたは世界を築き上げた。
「そう、築き上げた。僕は別世界に移り住むのが好きだ。そして映画は、その機会を与えてくれる。とりわけ、『イレイザーヘッド』の時は。と言うのも、実際、あの世界に住んでいたからだ」
――セットで暮らしていたのですね。
「セットで暮らし、心の中ではあの世界に暮らしていた。セットや照明やその場のムードが、そう思い込むのを簡単にしてくれた。時間もかなりかかったから、すっかり浸りきっていた」
(略)
――自分のやっていることを、両親には知られたくなかったのですか?
「僕がやっていたのは、両親が知っても喜ぶはずのないことばかりだった。だから自然と秘密めいた生活になってしまった」
――秘密を持つというのは、ある種、パワーの源泉ともなりますね。
「恐怖の側面もある」
――恐怖というと?
「秘密にしておくこと自体が恐怖だ」
(略)
――10代の頃、セックスをどんな風に考えていました?
「はっきり言って、セックスは夢のようなものだった。ものすごく神秘的な世界のもので、人生にそこまで素晴らしい側面があり、しかもいずれ自分でも体験するというのがとても信じられなかった。あまりにもファンタスティックで、それはもう新しい世界が開けたようだった。(略)
セックスの領域は果てしなく広大だ。ただの肉欲があり、恐怖に満ちた、暴力的なセックスがあり、そしてその向こう側には、真にスピリチュアルな体験がある。人生のファンタスティックな神秘を解く鍵なんだ」
(略)
――画家としてのバックグラウンドが、質感とひとつのイメージにこだわるあなたの映画作法を導いたと思うんです。コマごとに、目を凝らして見ずにはいられない。(略)
「いや。何と言うのかな――そうそう、構成美だ。この構成美というのは、ひどく抽象的なものなんだ。物の配置と関係に強く係わってくる。けれど、知性でどうこうできる問題じゃない。行動し、行動に反応するだけ。すべては直観だ。規則はある。どんな本にも載っていない規則が。構成の基本法則なんて、ただのジョークだ」
(略)
――(略)あなたは妄執[オブセッション]に妄執を抱いている。(略)
ブルー・ベルベット』の撮影中、フランクがドロシーをいたぶりレイプするシーンでは、我を忘れるほど大笑いしてましたね。あれのどこがファニーなんです?
「(略)僕には分からない。とにかくヒステリカルにファニーだった。フランクは完全に取りつかれていた。チョコレート屋の犬みたいだった。自分でもどうしようもなかった。完全に入り込んでいた。(略)
きっとあまりに恐ろしく、強力で、暴力的なシーンだったことに関係があるんだろう。そのせいで、別種のユーモアが生じたんだ。自分でもどうにもならない妄執のせいでね」
――妄執を抱きやすい方ですか?
「どうしようもなく。習慣も妄執のひとつと言える。一定のやり方じゃないと気が済まない。一面、ユーモラスでもあるんだが」
――コントロールが利かないという感じがするからじゃないでしょうか?
「うん。ある種のコントロールが利いている状態なんて幻想に過ぎない場合が多い。ちょっとでもそういう気持ちになれたとしたら、それは天の恵みなんだ。あっという間に足元をすくうような事態が起こる」
(略)
――何年か前、あなたの映画は自分の恐怖感を隠すのと同時に明かすものでもあると言っていましたね。今でもそれは正しいと思いますか?
「間違いない。直観だか無意識だか知らないが、とにかくその類に手をつけるとなると、フィルターをかけるのは絶対によくない。一切手を入れず、起こるがままにしておくしかないんだ」
――となると、あなたの映画は、どのような形であなたの恐怖感を隠しているんでしょうか?
「ふと顔を出す程度。それ以外では、うまく隠されていると思う。それに、決してリアルな形では現れない。むしろ夢に近い。(略)だから、より象徴性が高くなり、解釈の自由も増える。腐った肉ひときれを例に取ってみよう。状況によっては、人々がその美しさに賛嘆する声すら聞こえてもおかしくはない。なのに、それが何だか分からなくなってしまうと、もはや誰も美しいとは思わなくなる。名前がついたその瞬間に」
(略)
――秘密の話に戻りましよう。さっきわたしは秘密にはある種のパワーがあると言い、あなたはある種の恐怖があると言いましたが、その二つの均衡について話してもらえますか?
「(略)僕は、秘密と神秘にすごく感謝している。秘密を突き止め、神秘を明かしたいという気持ちにさせてくれるし、その美しい小さな回廊では、たくさんの素晴らしい出来事が起こり、そこで漂っていることもできる。ある面で僕は、完璧な答えなど望んでいないんだろう。それが、圧倒的な至福を伴ってでもいない限り。神秘に入り込んでゆく過程が大好きなんだ」
(略)
――あなたが肉体のパーツに興味を持っているのは周知の事実です。聞いたところによると、子宮摘出手術を受けた某女性プロデューサーに、その器官を取っておくよう頼んだそうですが。
「それは全然違う!その女性本人が、医者に取っておくよう穎んだんだ。僕にくれるつもりで」
――ヴァレンタインのようなものなんですね。
「そう、贈り物だ。僕の家には色々なものがある。けれど中には――ログ・レディのように――ある種の人たちの興味をひどくそそるものがあるらしい。多分、そういった類のひとつなんだろう」

デヴィッド・リンチ展 〜暴力と静寂に棲むカオス

デヴィッド・リンチ展 〜暴力と静寂に棲むカオス

[『ワン・フロム・ザ・ハート』の失敗による800万ドルの借金を、『ゴッドファーザーPART3』の演出、脚本、プロデューサー料の500万ドル、総利益のパーセンテージ数百万ドルでケリをつける算段]
 しかし、もし成功しなかったら?
「また、貧乏生活にもどるだけさ」とコッポラ
(略)
美術のダブラリスは、こう語る。
「彼はこの企画に命を賭けてます。いい作品にしなきゃいけないんです。駄作ということは許されないんですよ。いい作品にしなくちゃいけないんですけど、いい作品になるという保証はない。そこがストレスの原因なんです」
(略)
[マイケルの娘役に]ジュリア・ロバーツを考えたが、彼女の体はあいていなかった。マドンナはこの役に、いや、この映画のどの役でも興味があると売り込んできたから、コッポラはテストをするために彼女をナパに招いた。彼女と会いたくてしかたなかったジョージ・ルーカスは、うまく夕食に招待されてご機嫌だった。
「彼女はすぱらしかったね。みんな、恋しちまった」とコッポラは語っている。
(略)
[娘ソフィアの起用を考えだしたコッポラ]
ミスキャストといえばまだ聞こえのいいほうだった。
 コッポラのスタッフの一人は、こう言っている。「ほかの俳優たちは、クサっていました。そんな話聞いてないぞ、彼女と一緒に演じるのか、という感じでした」
 コッポラはこう語る。
「マイケルの娘はどういう風にしたいかというと、自分の娘みたいな感じだった。もし、ぼくがマイケルだったら、感じのいい娘がほしい、それがたまたまソフィアだったんだ。
(略)
つい最近自動車事故で10代の娘を亡くした音響デザイナーのリチャード・ベッグスは、とくに悲痛な思いでコッポラに訴えた。
 コッポラは、こうふりかえっている。
「彼は入ってきて、目に涙をいっぱいためて、こう言ったんだ。『フランシス、彼女をはずしてくれ。彼女だってやりたくないんだよ。向こうで泣いてるぞ』って。で、ぼくは娘のところに行ったんだけど、ほんとに泣いてた。
(略)
[そこで]『(略)やりたいのなら、やれるんだぞ。10分休んだら、行って、最高のショットを撮ってきなさい』ってね……。すると、あの子は行って、ほんとうにやってきた。感動的だったな。その晩、あの子はぼくに『あいつら、アホかっての。わたしにだって立派にできるところ見せてやるわ』って言ってた。
(略)
 パラマウントの重役は役者たちのところへ行って、ソフィアを使うというコッポラの止め役になってくれないかとパチーノをかつぎだそうとした。コッポラはそれを知り、カンカンになって怒った。
(略)
[さらに長年のパートナーだったパチーノとキートンが大喧嘩]
どうやらパチーノがいつまでたっても決めることを決めないので彼女が業を煮やしての喧嘩だったらしい。(略)
[パチーノの祖母の葬儀に出た旅で仲直り]
まだぎくしゃくとしたところはありありとうかがえたが、撮影はそのまま続行された。
(略)
 コッポラの映画というのは、非常に個人的な色彩が強い。(略)『ゴッドファーザー』シリーズはとくに個人的だ。『ゴッドファーザーPART2』では、飛ぶ鳥を落とす勢いのマイケル・コルレオーネがマフィア王国を築きあげる姿を描いた。このとき、監督自身もみずからの王国を築いていた。彼はスタジオを作り、サンフランシスコにビルを買い、
(今は廃刊となった『シティ』という)雑誌社を手に入れようとしていた。「ある意味では、ぼくはマイケルになってしまった」と当の彼は言っていた。(略)
[パート3が「王国をみすみす手放した老人が荒地をさまよう」悲劇になったのも]
今のコッポラは悲劇的な人生を送るリア王と自分自身をオーバーラップさせているからだ。
(略)
[さらに仕事や借金とは別の悲劇が、4年前の23才の息子ジャン=カルロの死]
父親のようになりたいと願う、父親を尊敬する息子だったのだ。彼は父親の許しを得て父親の弟子になるために16才のときに学校をやめ、あこがれのコッポラの映画製作チームの仲間入りをはたした。(略)
将来は独立して映画をつくろうかという矢先、その映画に端役で出演していたグリフィン・オニールとメリーランドのロケ地近くでモーターボート事故を起こしたのだった。(略)
 「フランシスは息子さんを亡くしてから、がらっと人が変わりました。人格にぽっと抜けたところができたような感じです」
 今、シルバーフィッシュの中で腰かけながら、コッポラはジオについて、そして新しい才能を生かせなかった悲劇について熱っぽく語る。
「普通の悲しみと違って、ぼくがいちばん悲しかったのは、彼には才能があり、ここ数年でその片鱗をすごくうかがわせていたからなんだ……人の命はいつか終わりがやってくる。でも、彼にはもうちょっとチャンスを与えてくれてもよかったんじゃないか、って思うと悲しいんだ。すごくきれいなものをやろうとしてた……。
(略)
でも、これは人間の宿命なんだ。人間にはいつか悲劇がおとずれる。どんな人間でも二度や三度の悲劇はやってくる。悲劇のない人生なんてないからだ。悲劇のない人生が送りたいかね? 要するに悲劇ってのは人生の一要集なんだ。だからこそ、美しいんだよ。すばらしいお芝居なんかを見て、感情移入するのはそのせいだよ。だから、このけばけばしいマフィアの物語も同じようにしたいんだ。人生がにじみでているようなものにしたいんだよ、やっぱり」
(略)
マイケル・コルレオーネがその悲劇に耐えなければいけない理由は、コッボラがその苦しみに耐えたからなのである。
(略)
いつものようにコッポラ家の人々は一家総出で活躍している。(略)
[だが27年間連れ添ってきたエリノア・コッポラはマイケルの妻ケイのように、非イタリア系の現代的アメリカ女性で「ずっと仕事をしたいと思ってきた」「夫の仕事のあおりを食った」「わたしは家庭におさまるタイプじゃない」と語り、一方コッポラは「君には家庭を守ってほしい」と本音を吐く]

次回に続く。

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フランシス・F・コッポラ ~Francis Ford Coppola & His World

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