ブライアン・ウィルソン 消えた『スマイル』を探し求めた40年

 マリリンがたぶん妹のダイアンと一緒だったと思うが、帰ってきて、犬に餌をやり、少し後に僕らにも食事をさせてくれた。(略)ブライアンはその数ヶ月の間に録音を続けていた音楽のアセテート盤の一部を聴かせてくれた。彼の寝室にあった蓄音機でだった。(略)僕が聴いたのは新しい音楽の僅かな部分だった。〈グッド・ヴァイブレーション〉以降の音楽だった。歌入りの曲ではなく、伴奏のトラック、器楽演奏のトラックで、ブライアンが丹精をこめて作り上げたものだった。そしてあまりに美しかったので(ただし、アセテート盤は既にすりきれていた)、僕はそれらを忘れられなくなってしまった。世の中に伝えなければならなかったのだ。僕らは皆がそうした。評判が広まった。僕らは歴史が作られる過程、伝説そのものを作ろうとした伝説的人物の無自覚の(そして喜んでの)宣伝媒体だった。誇大広告は一切無し。良質の麻薬だったさ、ああ。でも、本当に素晴らしい音楽なんだ。
 そんなわけで、その夜の締め括りに僕らは犬が見守るプールに入った。僕はめがねを外さずにいた。というのは、そのプールの中に立つと眼下にロスアンジェルス(略)の灯りが自然の驚異のようにきらめくのを見ることができたからだ。水は温かかった。ブライアンはそれが体温と同じ(華氏)98・6度ぴったりに暖めてあると熱心に説明した。「だから、こんなふうに水の中に入って」(彼が実演した)「そして立つと、まるで生まれるときみたいなんだ。生まれたときの感覚みたいなんだよ」。僕は彼の不思議な感覚を察知した。銀河の星々が丘の上にある僕らの豪邸の下できらきら輝いているかのようだった。[1966年の]クリスマス前日の午前4時、僕は生まれて初めて麻薬で恍惚となっていた(そして、この男は僕を自分の家にいるように感じさせてくれた)。それはまた僕がカリフォルニアに行った最初の機会でもあった。

いかにして『スマイル』は失われたか

デイヴィッド 或る意味では今行われている水準でのポップ音楽における音響効果の始まりだった。(略)彼は『ペット・サウンズ』にすごく満足していた。(略)[売上にがっかりしていたが]
 でも、彼は実験をして、成功した。だから、それゆえに、『スマイル』にとりかかったとき、『スマイル』に熱中し始めたとき、あの男についていくのはとにかく不可能だったんだ。(略)
あれは記念碑的作品になるものだった。(略)
 この頃にブライアンはヴァン・ダイク・パークスと親しくなった。(略)
ヴァンとブライアンの才能が混ざり合って、とても熱烈で刺激的だった。ヴァンはブライアンをすごく興奮させ、ブライアンはヴァンをすごく興奮させていた。僕はそういった情況の全部を見ながら、あの頃言っていたもんだ。「あれはうまくいきっこないよ。あの二人が一緒に仕事ができるなんて絶対にありえない」。
 そして彼らはやっぱりうまくいかなかった。実際うまくいかなかったんだ。創造力に溢れた偉大な瞬間はあったんだけど。ヴァン・ダイクはブライアンが真に自分と同等のレベルでつきあえるほんの僅かななかのひとりだと思う。ヴァン・ダイクはブライアンを興奮させたけど、そんなことができるやつは他に見たことなかった。
(略)
彼らの別れは悲劇みたいなものだったね。彼らは絶対に離れたくない2人なんだけれども、どちらも離れなくちゃならない、一緒にはやっていけないとわかっていたという事実においてね。というのは、彼らは強烈過ぎるんだ。それぞれ自分自身の領域においてね。(略)
彼の歌詞はあまりに洗練されすぎていた。ブライアンの音楽は幾つかの領域ではそれに充分なほど洗練されていなかった。それで彼らはぶつかり始めたんだ。(略)
突然おかしくなってしまった。彼らはお互いを避けるようになった。2人の道はもう決して出会うことはないだろう。
(略)
『スマイル』はブライアンの知的な関心事すべての頂点になるはずだった。彼は元素にすごく興味を持っていてね。彼は1週間ビッグ・サーに急ぎ旅をした。そのなかに入りこむためだけにね。山々へ行き、雪のなかに分け入り、浜辺まで下り、プールに入り、夜に出かけ、走り回り、泉の水を飲み、たっぷりの水と空に触れた。そういったすべてのことが彼を取り囲むものへの意識をすごく広げてくれた。(略)
 僕らは火がどうなるのか、水がどうなるのかを知った。彼が僕らにわからせてくれたんだ。空気についても幾らかのアイデアはあった。ところが、そこで止まってしまった。僕らの誰にもそれらを一緒に結びつけるアイデアが全くなかったんだ。(略)
ブライアンは火の部のためのトラックを作った。それは僕が今までに聴いたなかでも最も革命的なサウンドだったよ。彼は実際に火を創り出したんだ。林が燃えている火をね。楽器だけで、効果音無しで――たくさんのストリングスと調整卓の技術で――あれを聴いたら、本当に怖くなるよ。聴くのが怖くなる。すごく圧倒的で……。その頃に街で火事が多発したんだ。(略)
彼はこれに関して僕と何度も話し合ったあげく、消防署で調べてほしいと頼んできた。(略)LAでのその時期の火災が歴史上他の時期よりも多く発生しているかどうかを調べてほしいとね。というのは、彼は本当に感じていたんだ。ヴァイブレーションという言葉がふさわしいと思うけど、ブライアンはすごくヴァイブレーションに興味を持っていて、おかげで今では僕もヴァイブレーションを理解するようになったよ。とにかく、そういった情況で僕らが普通していたように、みんなが笑って彼の言うことを無視していたら、彼はテープを壊してしまったんだ。完全にね。消し去ってしまった。二度と聴くことができないようにね。基本的にはそのことが〈エレメンツ〉をだめにしてしまったんだ。
(略)
[それが最初のつまづきで]
すべてのことがとてもゆっくりと崩壊し始めた(略)ヴァン・ダイクとの一件。あれが決定的な時点だった。(略)
どうやったら、ヴァン・ダイクが既に書き始めていた歌詞に彼の歌詞を加えることができる?それで、彼はしばらくの間録音を中断した。音楽から完全に離れよう、映画に入れこむ時期だ、とか言ってね。僕らはみんな何が起こっているのかわかっていたよ。(略)
そこに、ビジネスがあった。ブラザー・レコードさ。彼はブラザー・レコードのビジネス面に関心を集中させた。そのことが彼を離れさせる……彼にとってのもうひとつの言い訳だったわけさ。
(略)
 ブライアンはボーイズをどのように扱えばいいかわからなかった。回りにいる僕らも新顔だったしね。ビーチ・ボーイズがイギリスから帰ってきたら、この連中がいて、突然いろんなことを言っているんだ(略)
見知らぬ連中が彼らの活動歴、彼らの未来に重要なことをやっていたんだから。そして、ブライアンが、まったく新しいサウンドを創り出していた。もし彼らがリラックスして『スマイル』に取り組めれば、『スマイル』は生まれたかもしれないと思う。だって、忘れちゃいけないのは、『スマイル』は今もトラックだけのアルバムとしてどこかに保管されているんだ。あまりヴォーカルは録音されていないけれど、それでもアルバム全部がね――信じられないようなトラックがアルバム3枚分は優にあるんだよ。
 〈英雄と悪漢〉はあのアルバムの決定的に垂要なトラックだった。元の形のままだったら、『スマイル』の決定的な部分になったかもしれないんだ。発表された形ではなくね。

家族兄弟

[父との関係が語られてから]
デイヴィッド ……デニス、デニスがどんな人かといえば、彼が君を買い物に誘うと、自分のために買うものは何でも君にも買ってくれる。それがデニスさ。彼がモーターサイクルを買いに出かけるとき、もし君がつきあえば、彼は君にもモーターサイクルを買ってくれる……いつもいらいらしている。まったくいらいらしている。どの瞬間に彼が感情を爆発させるのかしないのかまったくわからないんだ。楽しいか悲しいかにかかわらずにね。彼はまったく自由で、動物だよ。ほとんどいつも感情に動かされ、めったに理性に抑えられることのない自由な動物なんだ。素晴らしい弟で、ブライアンが心を通わせられる男だ――ブライアンが心を通わせる気楽な兄弟関係であり、それに信じられないような楽しみの源でもある。ブライアンはデニスについてすごい時間をかけて話したものだ。しまいにはデニスについての長い文句になるけど、明らかにブライアンにとって全員のなかで最も理解しやすい男のようだね。彼はブライアンが共感できる肉体的なことを今も持っている。力や運動能力とかそれらすべてのことね。
ポール サーフィンはデニスからやってきたんですよね。
デイヴィッド そう。ホット・ロッドもね。
ポール 熱中する男なんですね。
デイヴィッド デニスだ。常にデニスだよ。屋外での遊びへの愛情もね。でも、面白いことがある。ブライアンが考えるファンタジーのすべてを、デニスがずっと先まで進めるんだ。言葉を変えると、ブライアンがアイデアを思いつく。でも、それをデニスの頭に吹き込むと、それはたちまち現実になってしまう。つまり、デニスがそれを極端なところまで飛ばすんだ。ブライアンがみんなで海に出れればいいよなと言う。デニスは船を買ってしまう。ブライアンはまだ海について話しているか、出かけるにしても船を借りるだけなのにね。もしブライアンがこう言う。「モーターサイクルがあると最高だよなあ」。デニスはモーターサイクル用の服とモーターサイクルを買い、僕らが見たこともないような山登りをこなしているだろう。それがデニスなんだ。
 そして、カールは精神なんだ。ブライアンは精神的なものを求めてカールのところへ行く。ブライアンはカールが自分の個人的に知る最も精神的な人間だと感じている。(略)或る何かが……ヴァィブレーションのことはカールだよ。ブライアンは深く、感情的にカールとつながっている。すごく、すごく深いところでね。(略)
君はビーチ・ボーイズの連中の人生だけを題材に三部作を書けるよ。すごくたくさんの感情、ドラマがあの家族にはある。(略)ブライアンは常にあのボーイズたちを意識しているよ。絶えまなく彼らを兄弟として人間として意識している。仕事仲間としては本当にめったに意識していないよ。
 これもまた、何故『スマイル』が完成しなかったか、ブライアンが望んだように完成しなかったかの重大な理由だよ。何故なら、彼らがスタジオ内で抵抗したからだ。
ポール そして、完成させる方法のひとつはグループを解散させたかもしれない。でも、彼はそうしなかった。
デイヴィッド それが彼の言っていたことさ。多くの機会にね。でも、僕が思うに実の兄弟たちと別れるよりも、僕のような部外者を排除するほうが簡単だったわけさ。
 ……マイク・ラヴ? 商売人だよ。ブライアンはいつも彼を欲得ずくで、魂のない男だと責めていた――それは全然真実じゃないね、マイクはとてもソウルフルな男だよ。彼はグループのなかで唯一ビジネスのことを知っている男なんだ。同時に、彼は他の誰よりも強く実験に反対した。(略)
ブライアンが最も扱い難い男なんだ。ブライアンが最も対処しにくい男なんだ。
(略)
僕が思うに、ブライアンはたぶん自分自身に言っている。「僕は別のコースをとるべきだった。自分の進もうとした道を前に進み、ビーチ・ボーイズを捨て去るべきだった」と。(略)なぜなら、ある時点で彼は頂点にいたのに、それから下り出したんだから。

『ワイルド・ハニー』

デイヴィッド 『ワイルド・ハニー』アルバムの本当の素晴らしさがわかり始めたのは、『ジョン・ウェズリー・ハーディング』が発表されて、みんながこう言い始めてからなんだ。「ディランが何をすべきか語っている。再び彼が道を先導している。素朴さに戻ろう、制作に手をかけた騒々しいアルバムなんて忘れて、ただ肝心なこと、それだけを表現するんだとみんなに語っている」と。そこで突然僕はまたもやブライアンが真先にやっていたと理解したんだ。
 それこそがまさに『ワイルド・ハニー』なんだもの。それがあのアルバムの内容だ。素朴さに立ち返り、音楽そのものに立ち返っている。1枚のアルバムでどれだけ風変わりなものを作り出せるかなんて忘れてしまおう。僕には、とにかく……それがまさにあのアルバムが僕に語りかけてくることだ。しかも、実のところそれはブライアンがいつもやりたがっていたことをやっているわけさ。彼が最初に〈サーフズ・アップ〉を書いたとき、ピアノの弾き語りだけでみんながすごく興奮したのを思い出すよ。あのとき……あのときにもし君がその近くにいたら、ブライアンがどんな方向に音楽を進めていこうと考えていたかをよく理解できただろうね。あれと同じ種類の欠乏感、嘆願、彼の信じ難いほどの孤独感が『ワイルド・ハニー』のなかにすべて表現されていたんだ。彼のやっているのはある種のソウル歌唱だ。いやあ、『ワイルド・ハニー』はすごくいかしているね。

ワイルド・ハニー +1

ワイルド・ハニー +1

ポール (略)『アイ・ジャスト・ワズント・メイド・フォー・ディーズ・タイムズ』は奥さんとお母さんだけではなく、フィル・スペクターにも捧げられていますね。なぜこれをスペクターに棒げたんですか?
ブライアン ああ、その理由は……何よりも、彼が僕にどうやってそのようなものすべてをやるかを教えてくれたんだから。彼が現われるまで、僕はどうやればいいのかまったくわからなかった。でも、今ではスタジオのなかで何をすべきか知っている。彼が本当に僕をたくさん助けてくれたんだ。
ポール 彼が教えたというのは……彼のレコードを聴いて学んだという意味ですか?
ブライアン その通りさ。よく聴いてはこう言ってたもんさ。「あれはギターなのかピアノなのか、あれはホーンかヴァイオリンかヴォーカルか何だろう?」とか「ああ、すべてがひとつの大きなサウンドに聞こえる!」とかね。それはエキサイティングなものだったよ――最初にそれを聴いたときはね。最初にあのウォール・オブ・サウンド・タイプのレコードを聴いたときには、本当に遠くの方へ連れていかれたんだ。現実の世界から他のところへね。
(略)
僕は常に自分のことをフィル・スペクターの弟子だと考えてきた。それは確かだね。僕はずっとそうだった。それが僕の当然の居場所なんだ。この音楽業界のなかでの。いわば、彼の影にいるようなものさ(笑)。

駄目な僕?I Just Was

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