Cut 1990年11月号ジョージ・クリントン、猥褻裁判

前回の続き。

Cut 1990年11月 Vol.6
2 LIVE CREW 2 ライブ・クルー
歌詞の卑猥さで逮捕されたラッパーたちを巡る表現の自由論争。
SPIKE LEE & JIM JARMUSCH スパイク・リー & ジム・ジャームッシュ
アメリカ映画界の若き巨匠が語る、我がインディーズ・スピリット。
黒澤 明
『夢』の全米公開を前に、米ジャーナリストに日本、そして日本映画への苦言を語る。

ジョージ・クリントン・インタビュー

――表現にとってはドラッグはどうしても必要なものなんだという意見がありますが、それについてどう思いますか。
「っていうか、あらかじめそういうことを考えてやろうとは思わないな。例えば60年代のことを振り返ると確かに、LSD系のものは俺にいい効果をもたらしてたけどね(笑)。でもそれをあらかじめ考慮に入れて薬を使って表現をしようとは思わないね(笑)。今になって振り返ってみれば、ああいうこともあってよかったとは思うけど、でも、自分としては実は自分が薬の影響下で作品を作っていたんだということを認めるだけでも随分と時間がかかったからね。あれは自分自身を騙くらかしてる時期だったと思い込んできたからさ。つまり、俺はニュー・ジャージーの出身で、知ってる連中なんかは皆ヘロインにうつつを抜かしてて、俺はあんなもんに絶対手を出すもんかって思ってたような人間なんだよ。あんなもん、レクリエーションとしてやるもんじゃないしさ(略)
今は、薬を奨励してドラッグ・グルーになるつもりなんかさらさらないんだ。そりゃあ、あの頃、薬で自分の頭の中のねじを緩めて楽しんでいたことは確かだけど、でも、あれが商売になった時に俺はすごく怖くなったんだよ。だから、薬を使っていろんなものが作り出されたことはわかってたとしても、わざわざ薬を使って作品を作ってみるつもりはないんだな。で、俺達を今取り囲んでいる薬はだな、60年代の頃のヘロインと同じでね……つまり、お門違いな連中ばかりが使ってるんだよ(笑)。だから、ニュー・ヨークがアシッド・ハウス・ミュージックなんてものにうつつを抜かし始めた時には結構、ビビッたもんだった。故意に薬を使って表現なんかできっこないんだよ。一回くらいできたとしても、それを計画的にやろうなんてことは絶対に無理だ。若いもんがイカれたついでに偶然、すごいもんができるってことならありうるし、そういうことなら信用してやってもいいけどな。とにかく、最近のものは何にしてもとかく金に走りがちだからな。特に薬に関する現象はなあ、ビビッちまうぜ」
――ファンクという言葉は様々な人に様々な意味合いを持たせうるものだと思いますが、あなた自身は90年にはどういう意味合いをこの言葉に持たせたいですか。
「(略)まあとにかく、ファンクっていうものは人に安堵をもたらすために、どんな意味合いをも持ちうるんだ。俺がそこにポジティブなものを見出したら、俺にはそれはそういうものになるんだよ。だから、俺にとってファンクとはそれこそ自殺を試みるのと同じことなんだ。首をくくる前に自分に語りかける最後のジョークのようなもの、それがファンクさ。『ちぇっ、誰も聴いてくれるはずもないジョークを何で今、言わなきゃなんないんだ?』っていうそういうものなんだな。また俺としては最もシンプルな形でプラクティカルな形にしておいた方が扱いやすいものなんだ。解釈をああだこうだと色々と付け加えて、こうしなきゃああしなきゃって考えるよりはね。そんなことはせずに、手を加えずに、それで自分の本能を信用してグルーヴに身を任せるっていうそういうことだな。また、過剰な理想も抱かずにね。ただただ自分も他人も傷つけたくないっていうそれこそが非常にシンプルでファンキーな信条だと思うし、それに実際に効用もあると思うよ。だから俺にとってファンクとは、正しく生きる、完璧になりたい、そうしたことから受けるプレッシャーを和らげるのに必要なもの全てを指すんだ。正しさとか、完璧さなんてものはさ、ファンクをやめた時にこそ近づくものなんだ(笑)。でも、怠けろってことじゃなくてね、勿論、ベストは尽くさなきゃ駄目さ。それさえ出来れば、はたと、何だこれで良かったんだって気がつくもんだよ。というわけで、俺にとってファンクとは究極の現状肯定なんだ。自分の在り方、それが全てなんだ。俺のisの状態がね」

フロリダ州の連邦判事が2ライブ・クルーのアルバムをワイセツ物と裁定。レコード店主がそのアルバムを売ったかどで逮捕、メンバーもコンサートでアルバム収録曲を演奏して逮捕。
「歴史上初めてレコード・アルバムに猥褻の烙印を押し」「言論だけを理由にパフォーマーに対して猥褻罪が適用された、ここ数年来で初めてのケースとなった」
『ローリング・ストーン』に掲載された有名人の忌憚ない意見
フランク・ザッパ

 ゴンザレス判事の裁定は、このアルバムが人々に淫らな考えを抱かせるから猥褻であるとしている点に問題がある。そういう裁定を記したとなると、書状の形で、将来的に思想統制にもつながる一連の法律の基盤を作ったことにもなる。アルバムが不埒な考えを抱かせると言うのであれば、グリーティング・カードはどうなるのだ?ひとたびアメリカ合衆国国民の思想、精神、心情をチェックする何らかの機構の設立を許してしまったなら、もう2度と再びわれわれを放っておいてはくれないだろう。

アクセル・ローズ

 マッカーシズムなんて2度とありえないと言ってたのに、またぞろ始まった。そして事態が別の方向に向かったとしても、きっと揺り返しがある。(略)
俺たちステージに出る前に2ライブ・クルーをかけたんだ。可笑しいからさ。それにただのセックスじゃないか。つまり、どうやらこいつは悪い男じゃなさそうだってことさ。な?ただ、セックスが好きでたまらないだけ。けどあいつらはそんな男の存在すら我慢ならない。人のセックスに関する意見や価値観まで検閲しようとしている。たった一つだけ俺たちにできるのは、易々と勝たせるんじゃなく、反対の立場を明らかにすることだ。

トム・シルヴァーマン(トミー・ボーイ・レコード社長)

 ガキの頃、回りの仲間はみんなこう言っていた。「何だってやりたいことをやるさ。ここは自由の国なんだ。それが嫌ならロシアに行きな」ってね。今じゃかえってロシアの方が、自分の言いたいことを言えそうじゃないか。
 この一件は、結局のところいい結果をもたらすと思う――むろん、俺はすごく腹を立ててるが、長いこと眠りこけていた他の連中も、反応せざるを得なくなるだろう。

アンディ・ベル

 僕は検閲を嫌悪している。ゲイのひとりとして、日々直面しているからだ。あのグループとレコードのポリシーは買えないにせよ、表に出てショウを続けている点に敬服する。僕らもこの週末にゲイ・プライドのイベントを終えたばかりなんだけど、結局はそういうのが一番モノを言うんだ。無理やりでも世間に見せつけるっていうのがね。好きになろうとなるまいと、とにかく馴れさせるしかないのさ。

クィーン・ラティファー

 お笑い草としか言いようがないわ。2ライブ・クルーはコメディアンなのよ。面白がってやってることなんだし、みんなを面白がらせようとしてやってることなの。あの人たちのことは知ってるけど、人に危害を加えるつもりなんて全然ない。権威の椅子に座ってる人、他人が何を聴くべきか判断する人が、全然その役目に適してないんじゃないかしら。

スティーヴン・タイラー

 中には好きになれない歌詞もある。けど、これは俺の見解だから、ね?世間に起こっていることを伝えるのが音楽の美点なんだ。ラップ・ミュージックはメッセージを伝え、受け取った人間は「クソッ、なんてこった。こりゃひどすぎる。どうしようもない」ってことになる。あいつらが怒っているのは、そういう言葉が裏庭にまで侵入してきたからだ。ラップの言語を嫌ってるのさ。クソったれなクラブに行って、そこの男を逮捕するなんて信じられるかい?どうせみんなクソったれになりたくて行ってるのに。

ケイト・ピーターソン(B-52's)

 一女性としては2ライブ・クルーに不快感を覚えるけれど、アメリカ人としては、誰もが間抜けになる権利を持っていると思う。アメリカには、誰かを傷つけでもしない限り間違っていられるという、奪うことのできない権利があるわ。シュールレアリストが言ってるでしよ。「禁止することは禁止されている」って。言えてると思わない? 文化を法律で縛るなんて不可能よ。

イギー・ポップ

 権威筋の人間は何でも取り締まればいいと思っている。「これを取り締まれ、あれを取り締まれ」って具合。俺はかなり保護された環境で育った。そのせいで、セックスを知った時は、もうそればっかりになってしまった。もっと早いうちに知ってたら、どんなにか良かっただろう。今になってようやくなくした時間の埋め合わせが終わったところなんだ。
「ワァオ!ほんとにそんなことするのかい?ウヒャー!さっそく試してみよう」ってな感じだったのさ。
 汚い言葉が使えないってことになったら、誰かいけすかない奴がオフィスに入ってきても、悪ロ一つ言えなくなってしまうだろ?俺はそれをいちばん恐れているんだ。

ジェフ・アイロフ(ヴァージン・レコード・キャンペーン・ディレクター)

 右翼のおかげで、その反対勢力が活気づいた。右翼は、自分たちの失墜を早めているようなものさ。
 権利章典を玩ぶ方が、2ライブ・クルーよりもずっと下劣だと思う。私だってあのレコードが好きだなんて言うつもりはない。けれどここはアメリカなんだ。権利章典を護ろうとするのが、ポルノに対して好意的だということにはならない。われわれは、その存在意義ゆえに、不快なことがらをも容認しなければならない国に住んでいるんだ。

ジョン・ライドン

 汚染が大々的に進行し、銃が火を吹く世界では、汚い言葉を使う誰かがピック・アップされる。まったく、それがロックンロールってもんじゃないか?レコードはあんたを殺したりしない。単に他人の意見というだけのことで、誰も無理に聞かせようとは思っちゃいないぜ。
 俺はKKKなんぞに自分の人生を支配されたくない。けど現実には支配されてる。主婦のKKKってやつ。いったいどこから涌いて出たんだ? 現実の世界じゃ誰も見たことがない。なのに政治家にはえらく力を持ってる。20世紀最大のクズだ。

ラス・ソロモン(タワー・レコード社長)

 あのレコードはしょうもないカスだと思う。けれどそれを買いたいという人がいれば、それはそれでまったく構わないというのが私の考えだ。
 この男はゲットー出身の黒人で、基本的にはストリートのものだったアイデアを取り上げて大成功を収め、ある面、非常にリッチになった。別に麻薬を売ったわけじゃない。ギャングの一員でもない。ただ、喋っているだけだ。憲法はその自由を保証してるんじゃなかったかね?私はそう思っていたんだが。

ブランフォード・マルサリス

 この一件はまったくの戯言だ。誰もこの国の黒人と白人の不和が、実際にはどれだけ根深いかを問題にしようとしない。このレコードを猥褻だと決めつけた白人のお偉方は、結局2ライブ・クルーの売り上げを増やしただけだった。このしょうもないレコードが、頭の固い間抜けどものおかげで急に息を吹き返したというのは、実に痛快だね。

デヴィッド・ボウイ

民主主義社会においてわれわれは、その歓びと不快さの両方を取り込む義務を負っている。あらゆる芸術形態は良い作品、悪い作品、どうでもいい作品を通じて進化してゆく。チョーサー、2ライブ・クルー、ヒューバート・セルビー・ジュニア、もしくはその他の4文字言葉を駆使する作家の作品に用いられているホットな言葉を認めるにせよ認めないにせよ、それが出版と流通の権利を冒すことがあってはならない。

オジー・オズボーン

 自分の子供をある種の音楽、ある種の本、ある種のポルノ・ビデオから遠ざけておきたい時は、どうあっても聞かせたり、読ませたり、見せたりしないようにするさ。アーティストを非難する前に、自分の顔をゆっくり鏡で見たらどうだ。

リック・ルービン

 騒ぎが白熱化する中で、レコード会社はレコードを出すのを怖がっている。波風を立てたくないんだ。俺は気に入ったレコードがあれば、そのまんま出す。こっちの店が発禁にしても、あっちの店が売ってくれるだろう。キッズもそれが本当に求めてるものなら、絶対に捜し出すはずだ。

エディ・ローゼンブラッド(ゲフィン・レコード社長)

 あのレコードとは関わり合いになりたくありませんね。けれど他に買いたいという人がいるのなら、店頭に並ぶ権利はあると思います。この映画は観たくない、このレコードは買う気がしない――こういう選択を、私は日々行っています。ビッグ・ブラザーの手を借りるまでもなく、自分の人生の面倒は自分で見ていますよ。

グラハム・ナッシュ

 時々、猥褻という言葉の定義が判然としなくなる。1000万ものアメリカ人の子供たちが、毎晩飢えたまま床につくというのは猥褻だと思う。食糧がまともに行き渡らず、医療面も不備のままだというのに――しかも多くの場合、人々には暮らす家すらない――世界中で1兆ドルが武器に費やされているというのも。

ビル・シドンズ(ドアーズの前マネージャー)

 ドアーズがマイアミでプレイした時、私は19才で、パーソナル・マネージャーになってからまだ1ヵ月しかたっていなかった。4日後、ジム・モリスンに逮捕状が出た。私はただ「ちょっと待ってくれ。ここは勇者の土地、自由の本家じゃなかったのか?」と問い返すだけだった。21年たった今も、私たちはまったく同じ問題を巡って戦っている。

スパイク・リー & ジム・ジャームッシュ対談
『モー・ベター・ブルース』のサントラ仕上げ中のスパイクをジムが訪問

ジム・ジャームッシュ(以下JJ):タイトルのことなんだけど、元々はコルトレーンの曲名を取って『ラブ・スプリーム』ってタイトルにするはずだっただろ。法的な問題でもあったの?それとも………
スパイク・リー(以下SL):未亡人のアリス・コルトレーンがなんとも信心深い人でね、この映画は神を冒涜する部分が多すぎるって言うんだ。汚い言葉もいっさい駄目だって。けどそれなしじゃ映画が成立しない。それで彼女が言うには『いいことスパイク、他の曲だったら全然かまわなくてよ。けれどこれは亡き夫の曲の中でもいちばんスピリチュアルな曲なの』でもって、『映画で曲を使うのは問題ないわ。だけどできたらタイトルからは外してもらいたいの』って言うもんだから『結構です』って答えたんだ。下手すりゃ曲を使うのもNG食らうところだったからね。
(略)
JJ:どんな映画が好き?
SL:『ストレンジャー・ザン・パラダイス
JJ:(笑)おいおい。
SL:マジだぜ。『ミーン・ストリート』や『ピショット』、『暗殺の森』、『ウエストサイド物語』、『オズの魔法使』なんかが好きだ。
JJ:ミュージカルが好きなんだ。

夢 [DVD]

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黒澤 明
『夢』の全米公開を前に、米ジャーナリストに日本、そして日本映画への苦言を語る。

――『夢』は、夢の個性的な表現方法を模倣しようとするものですか?
「僕の『夢』は、あなたがこれまでに見てきた映画によくある、夢を扱ったシークエンスとは違います。夢の持つパワーというものは、音楽や照明では表現できないんです。夢には、そういう要素がありませんからね。夢と映画は、まったく別々のものなんです。僕は、僕の見た夢を原作だと考えているんです。だから、僕の映画は、映画用に脚色されたものだといえますね」
――『夢』には、監督の抱いている恐れのうちのどれが使われているのでしょう?
「『夢』では、僕が心の一番奥にしまってある恐れを皆さんに見てもらえると思います。最近、盛んに取り上げられている環境の破壊というのは、かなり以前から僕のテーマでした。それから、僕がある懐かしい思いをもって昔をみているということもね。人間が今ほど自然にダメージを与えていなかった昔をね。それと、原子力に対して抱いている強い恐怖感は、“赤富士”に出てきます。原発は安全だ、絶対に過ちは起こらないと専門家たちは言いますよね。僕は信じません。もし、狭くて人がたくさん住んでいる日本という国で、スリーマイル島級の事故が起きた場合ですけれど、どこまで逃げればダメージを受けないのかと専門家に訊いたら、中国まで逃げなければならないと言われました。もし、チェルノブイリ級の事故が起きたら――もう、逃げ切ることはできないんです」
(略)
――『夢』には、ゾッとさせられるシークエンスがいくつか出てきますね。原発事故が原因で富士山が溶けてしまうものもそうですが、あれは、監督が子供の頃に経験された1923年の関東大震災に影響を受けているとは言えないでしょうか?
「撮影している最中には気がつかなかったんですが、色をつけたり音を入れたりしているときに、もしかしたら、僕がじっさいに経験したあの関東大震災と何らかの関連があるのかもしれないという感じはありました。映画の最後に持っていったシークエンスは、それとは対照的にとても楽しいんです。僕は希望を持ちたい。だから、あれを最後に持っていったんです」
――監督は自叙伝の中で、お兄さんに震災後の廃墟に連れて行かれたときのことを書いていますね。それは、恐怖に打ち勝つことが目的だったと、監督は言っておられますが?
「(略)あのとき、一日中引きずられるようにして、累累と積まれた死体や、想像もつかないほどに恐ろしいものを見たあとに、僕の中にそれを受け入れようとする感情が生まれたことは確かです。あのあと、僕の気持ちは大分落ち着きましたね。兄は、廃墟を巡るあいだ、ずっと冷静でした。僕が顔を背けるたびに、ちゃんと見なさいと言われましたよ」
(略)
――日本の若手で、特に面白いと思う仕事をしている監督はいますか?
「日本にもよい若手はいます。しかし、映画製作への取り組み方が、今ひとつ積極的でない監督が多いように思えますね。たとえば、スタジオと契約している監督は、スタジオが勝手に権利を買ってきた低俗な小説を、与えられるままに映画用に脚色するだけです。彼らが荒々しい情熱を内に秘めてくれたらと思いますね。スタジオから与えられるのではなく、彼ら自身がどうしてもやりたいという作品を持っていったらいいと思うんです。自分でこんな作品を作りたいんだという願望を持っていないかぎり、よい監督にはなれないと思うんですよ。(略)