本当の強さとは何か 中井祐樹・増田俊也

中井祐樹増田俊也の対談本。

本当の強さとは何か

本当の強さとは何か

 

道家の寝技に対する意識改革のすすめ

中井 柔道家の寝技練習はみんな寝たところから始める。それじゃ駄目ですよって。「立って逃げたらだめ」とか、そんなことを言う。でも柔道家ブラジリアン柔術家がやってるような本物の寝技、緻密な寝技の練習をしない。「柔道家には投技があるから相手が寝技にきたら立って逃げればいい」って。だったら普段の練習でも相手が寝技にきたときに立って逃げる練習もしないと。それを寝技だけの局面で練習してるようじゃだめです。試合中に立って逃げたいのに、どうして練習で立って逃げることをやらないんですかっていうこと。練習でやらないことが、試合でできるわけがない。それではだめです。
(略)
柔術の寝技技術を柔道家に教えると、よく「このシチュエーションにならないんですけど」って言ってくる。でも「ならないのは知ってますよ」って僕は言う。「だけどね、これをきっちりできるようになれば自分が下になっても負けないんだ、下になっても勝てるんだっていう思考に変えていく第一歩にはなるよ」と。だって柔術家なんて寝技技術がどんどん進んで「下のほうが有利なんじゃないか」って、そこまで思考がいっちゃってる。
(略)
でも柔道家はみんな、下になったらカメしかしないし、それでは寝技がうまくなる機会がないじゃないですか。下の人間はカメになるか二重搦みしてる、上の人間はカメ取りか足抜きしか練習してない。この2つのパターンだけで、本当の寝技の練習になってないもん。だからクローズガード(胴がらみの体勢をブラジリアン柔術ではこう呼ぶ)から始める日があってもいいと思うし、寝技への引き込みありの日があってもいいんじゃないかと(略)。グラウンドに持ち込む手段を学べば、たとえば自分が下になる危険性がある巴投げとか隅返しとか、そういう投げ技を積極的にかけられるようになる。
(略)
グラップリングとか柔術とかでスタンダードとされてるものとか常識的なものとかも、もう無いんですよ。技術が完全にミックスされちゃって。でも柔道のなかには柔道の寝技しかない。そこが問題なんです。もっともっと外から技術を取り入れないと。もちろん逆に言うと柔術家とかグラップラーが柔道ルールで柔道をやって勝てるのかっていったら、絶対に勝てないですよ。柔道の技術に特化しなきゃ勝てないから絶対に無理なんですけど、でも海外のトップ柔道家ブラジリアン柔術グラップリングやサンボと交流してリサーチしてますよね。もうパッと見ると「こいつグラップリング絶対やってる」とか「ドリル練習やってる」とかわかるんですよ。

ブラジリアン柔術の問題点

中井 ブラジリアン柔術に弱点があるとすればブラジリアン柔術のルールのことだけしか考えなくなること。昔から言ってるんですけど、ブラジリアン柔術のルールに則ったものが柔術だと9割の人が思い込んでいるんですよね。「あ〜、普及して失敗しちゃったな」と思いますね。すごく良かったけど洗脳しちゃったなと。ブラジリアン柔術しか考えられない人を作っちゃったなとは思ってます。それへのアンチはありますね。これからの図を描くときに、柔道も同時にやろうね、と言い続けないと。(略)
寝技だけやってると腹筋と背筋のバランスを崩して腰を痛める人とか出てきちゃうんですよ。(略)
物凄く下からのグラウンドがうまかった子が、腰痛めて何人も挫折していくのを見ているんですよ。そのときに僕はすごく落ち込んで「こんな崩れ方するんだったらやらせなければよかった」と思って。腰が柔らかいけど、腰痛がすべり症になってしまって。(略)
だから下のポジションになるのがどれだけ好きでも、教え方を常に考えていかないとだめなんてすね。(略)
いまやってる人たちが20年後どうなってしまうのか、それは心配ですね。だからやっぱり立技もやらないと。柔道もやってほしい。

「文子絞め」

中井 初めて話しますけど、僕は北大柔道部が休みの日は札幌市内の町道場を巡ってたんですよ。あと公共体育館でやってる愛好家たちの柔道の集まりとか。しらみつぶしに回ってたんです。それで色々と教わって。そのうちに、いまも使ってるこれ(と言って2本の指を突き出す)、「文子絞め」っていうのを覚えた。文子さんて女性が使ったらしいんですよ、2本指で。(略)これで絞めるんですよ。そんなわけねえだろって、僕は。当時は一応、覚えたけどずっと使ってなくて。でもいま、僕、ものすごく得意なんですよ(笑)。これが使えるシチュエーションがあるんですよ。ある1個だけなんですけど、これができる場面があるんです。
増田 文子さんてOLさん?
中井 いや、わからないんです。あれは89年か90年か、もう25年経ってるんですけど、そこを仕切ってる先生が教えてくれたんです。昔、文子さんという人が使ってたんだと。そういう町の変な技を収集しようと思って道場巡りをしてたんです。
(略)
増田 これってすごく、後世の格闘家のインスピレーションになるね。ただの市井の女性が考案したものが、日本ブラジリアン柔術連盟のトップが使える技になってるっていうのが。
中井 だから、本当に生きている人には会えるうちに会っておかないと、って思いますね。色々と話を聞いて、吸収できるものは何でも吸収したいですよ。そのときはピンとこなくても、何年かたってから実用的に使えることがあるんですから。

柔術家も柔道家と練習しろ

中井 (略)柔道出身の柔術家、芝本幸司とか中村大輔とかいるんですよ。(略)「本当ならあいつらは柔道に戻ればいいんだよ」と言ったことがある。「柔術で身に付けたものを柔道界に教えてあげればいいのに」って。誰も柔道から逃げたとか辞めたとか、言ったりしないと思う。強かった人間だから、行きづらいんだろうけど、俺みたいに半端な所にいると、空気を読まないことはできるけど、あいつらは空気読んじゃうんだよね。(略)俺が日大に出稽古に行く。「他のトップ柔術家も来ればいいじゃん」って誘ってる。でも来ないんですよ。予想はしてたけど、これがいまの柔術家のよくないところだと思うんですよね。(略)
[柔術マスターズの黒帯・茶帯が「年齢的に一線じゃないから」負けてもいいやという感じで柔道へ出稽古して]
柔術が通じないんですね」って驚いて言ってくる。「あのな、あんたらいつも柔道家はカメになるからとか、足関節がないからとか柔道の寝技をバカにしとったやないか」って。「やってみて通じんてわかったやろ」と。柔術家は自分から引き込んで正対する。「でもカメになるのは恥だからってそのまま正対やってたら柔道家特有の強力な足抜きで足を抜かれるよね、そしたら胸合っちゃうよね、なったらおしまいだろ」と。(略)「カメをやるのは必要悪なんだ」と。「カメは悪い」って言ってる人間は一面しか見ていないんだ。
(略)
悪いけど、柔術家が外に出られないんだったら柔道とかレスリングをやってたフィジカルの強い奴に柔術を教えこむしかないと思ってるよ。興昧持ってるやつにはバンバン教えちゃうし。で、そのとき俺は言うさ「俺たちがやってる柔道の方が本当の柔術です」って。「立技もできるから」ってな。それぐらいの刺激はしないと。

講道館で柔道の寝技を教えたい

増田 このあいだ言ったよね。講道館全柔連に一緒に挨拶に行こうって。先生方に紹介するから。トップの先生方に会って、中井がこうこうしたいって言って頭を下げれば、それは十分通じるはずだと。(略)中井が講道館で寝技を指導する、それが中井の柔道界への一番の恩返しだと思う。(略)
中井 本音を言ったら、講道館で柔道の寝技を教えたいですよ。(略)
入れてほしいですよ僕を。まあ、いろいろ問題あるんでしょうけど。(略)
増田 富木謙治先生が嘉納治五郎館長から「植芝盛平のところへ行って離れた間合いでの乱取りを研究してこい」と背中を押されて、植芝道場へ入門した。だけど戻ったときには嘉納先生が亡くなっていて、排斥されて、ああいうかたちで講道館護身術の形だけ残ったけど、当時中井と同じこと言ってるんだ。「私が植芝道場で修行して研究してきた柔道に使える離れた間合いの実戦技術すべてを自由に使ってください」と。「僕の名前は残さなくていいから、離れた間合いの乱取りもすべて取り入れてください」って。結局、それは叶わず、護身術の形だけが残った。でも形だけじゃ競技武道である柔道には似つかわしくない。本当はもっとたくさんの競技部分を戻そうとしてたんだよね。それは富木先生のお弟子さんに聞いた。あまりにも政治的な世界になっちゃってたらしい、当時は。
中井 つまらないですね、それは。僕の寝技技術も全部使ってくださいと言いたいです。
(略)
[日大の]金野潤先生が僕と組んでるのも、やっぱりまだ「何かやってるよ」ぐらいだと言ってましたね。「先生、立場悪くなったりしないんですか」と僕が気にして聞いたら。

佐山聡

増田 佐山聡先生のイメージというと、プロシューティングを特集したテレビの影響かどうか、すぐに殴る蹴るの人なんじゃないか、みたいに思ってる人もたくさんいる。「おまえ、やれ!思い切り蹴れって言ってんだろ!」、バチーンと殴って。
中井 全然、本当にすごく人当たりがよくて。
増田 純粋な方なんだよね。
中井 そうですね。いつも気軽な感じで話してくれるような人です。
増田 頭のなかが格闘技のことで一杯という。
中井 だったでしょうね。いまは違うでしょうけど。本当に気軽に話すような感じで、腰も低かったですし、そういう感じの人です。
増田 怖いイメージはひとつのポーズっていうのもあったんじゃないかな。

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