XTCソング・ストーリーズ

XTCソング・ストーリーズ

XTCソング・ストーリーズ

 

子供時代

 彼らは町の公営住宅に住む、割と貧しい家庭に生まれ、全くの世間知らずだった。ヴァージンの豪勢なマナー・スタジオでの初めてのレコーディング・セッションで、ワインをすすめられたアンディは、それが自分の好きなものかどうか判断できずに辞退した。テリー・チェインバーズが考える愉快な晩とは、友人とへべれけに酔っ払ってフィッシュ・アンド・チップス店に金を盗むために忍び込み、金がないことが分かると奥の部屋にあるカット済みのチップの桶に小便することだった。バリー・アンドリューズはパンク坊主で、パンクダムの理想に身を俸げていた。アンディ・パートリッジは子供時代を精神安定剤に頼って過ごし、空き店舗の裏の害虫だらけの倉庫に住んでいた。コリン・モールディングは土地管理人助手として働き、非常に若くして父親になっていた。

GO 2 (紙ジャケット仕様)

GO 2 (紙ジャケット仕様)

 

『Go 2』

アンディ 俺たちは最初、ブライアン・イーノにプロデュースを頼んだんだ。
コリン 彼がウルトラヴォックスでやったことが気に入ったんだよね。
アンディ 俺たちのギグを何度か見に来ていたらしい。話しかけたりはしなかったけどね。何年もしてからデイヴ・マタックズに聞いたんだけど、『ビフォー・アンド・アフター・サイエンス』をレコーディングしている時にブライアンが入って来て、こう言ったんだとさ――「夕べ、XTCというすごいバンドを見たよ。俺がバンドに入るとしたら、あれだな」。でも俺たちにはすでに頭が薄くなってきているキーボードのキチガイ教授がいたから、もう一人は必要なかった。でも彼にはヴァージンのオフィスで会ったよ。20分かけて自分がこの仕事に向かないことをこう言って説明してくれた――「君たちにはブロデューサーは要らないよ。必要なのは君たちがやることをテープにちゃんと収めてくれるエンジニアだ」。
コリン それで俺たちはまたジョン・レッキーと組むことになった。彼以外の誰かと仕事をするのは浮気みたいな気がしたしね。またしてもヴァージンはシングルに他の誰かを使いたがった。それで俺たちは「アー・ユー・レシーヴィング・ミー」をマーティン・ラシェントとやった。彼はストラングラーズで大金持ちになっていて、自分のスタジオを運営していた。またしても彼は俺たちのいいところをうまく引き出してくれたよ。
(略)
アンディ とにかくいがみ合ってばかりいた。『ゴー2』を作っている間の雰囲気は最悪だったよ。バリーは俺が主導権を握っていることが気に食わなかったんだ。
(略)
アンディ ヒプノシスに会いに行ったんだけど、作ってもらった作品が気に入らなくて、ちょっと気まずくなったよ、ほんと。
コリン 「じゃあちょっとこれ、考えさせてもらいますー」とかなんとか言いながら、玄関の方にじりじり向かって行った。
アンディ その時、オフィスの古い暖炉の真ん中に見つけたのが、例の黒地に白いタイプの文字でずーっと、「レコードのジャケットはこうあるべきだ」なんてことが書いてあるやつだった。そしたら彼らは「それは内輪のジョークだ。買い手がつかなかったやつだよ。評判に傷がつくとか、露骨すぎるとか思ったらしい」と言った。それで俺たちは「へえ、それじゃ俺たちがいただくよ!」連中はほっとした反面、ちょっと恥ずかしかったみたいだった。俺たちが内輪のジョークを買っちまったもんだから。

アー・ユー・レシーヴィング・ミー?

[アンディは他のメンバーのようにロックンロール乱交には参加しなかったが、一度だけ、ヴァージンのスタッフと浮気したことを未来の妻に告白]したあと、いつか彼女に仕返しされるものと信じていた。「彼女が陰で浮気してるんじゃないかという被害妄想に悩まされたよ。それが歌に現れ始めたと思うな」

バリー・アンドリューズ脱退

 アンディ・パートリッジとバリー・アンドリューズがどうして不仲になったのかを理解するのに心理学の学位はいらない。XTCのおかげでバリーはショー・バンドのオルガニストからニュー・ウェイヴの偶像へと変身できた一方、彼がいたおかげでXTCはレコード会社との契約を結ぶチャンスを広げ、有名になることができた。彼のステージでのワンマン暴動と、いつ感電死するかも知れないという恐怖は、多くのギグで彼を注目の的にした。アンディはバンドのリーダー、彼はスターだった。それをバリーは知っていた。だが彼はバンドに自分をもっと真剣に受け取って欲しかった。彼とアンディの仲違いの原因は『ゴー2』のセッションで彼の歌が数多く却下されたことにあった。バンドの他のメンバーが彼の味方につきでもしない限り、出て行かねばならないのは彼だった。アンディは誰にも自分からバンドの支配力を奪い取らせようとはしなかった。いずれにしろ、アンディを長年知っているコリンとテリーが寝返るはずはないし、ツアーにオルガンではなくサックスを持ってきたバリーを、彼らはそう簡単に許しそうにもなかった。
 XTCにとってバリーの脱退はこれ以上望めないタイミングで起こった。エルヴィス・コステロニック・ロウといったソングライターの成功のおかげで、従来のスタイルにインテリジェンスを併せ持つ歌詞が一般に受け入れられるようになっていた。(略)バリーがレストラン・フォー・ドッグズ、ロバート・フリップのザ・リーグ・オヴ・ジェントルメン、そしてシュリークバックでビッグになっていく間に、XTCもまた新しい音楽性を探求する時期に入っていった。
 初めのうちはファンも懐疑的だった。彼らにとってバリーの脱退は大きなショックだった。小柄で髪の毛が薄く、クルマーのピアノを叩きまくる彼は、完璧なアンチ・ヒーローだった。彼こそXTCがXTCたる由縁と考えていたファンは、彼とともにXTCから離れて行った。
(略)
 デイヴ・グレゴリーはちっともそれらしく見えないロックのゴッドである。彼はやや斜視で、物柔らかで明るくハスキーな声を持ち、どうしようもなく恥ずかしがり屋だった。バリーとは正反対である。アンディとコリンは何年も前から、彼は自分たちのバンドに入るには巧すぎる、と思っていた。それはおそらくその通りである。1977年は態度とイメージが演奏力よりも大切な時代だった。(略)1979年になると、外見はそれほど重要ではなくなっていた。(略)
デイヴは、バリーには絶対なれそうにない、タイトでテクニックがあって勤勉な四人目の男だった。(略)
彼はオタマジャクシが書ける男でもあった。音楽を譜面にすることができたのである。初めてXTCに本物の音楽家が加入した。だがデイヴはバリーほど見ていて面白いパフォーマーではなかった。そして、二年後にアンディの身に起こったことの原因のひとつは、アンディ以外にステージで観客の注意を引きつける人物がいなくなったことだったのかも知れない。コリンのソングライティングも、多くの歌でリードをとれるまでに上達してはいたが、ボスはやはりアンディだった。プレッシャーは彼にのしかかっていた。

コリン バリーがとうとう匙を投げた。ちょっと恐かったな、ほんとに。思ったのは、あーあ、来る時が来たか。二枚レコードを出して、人生で一番楽しい時を過ごしているっていうのに、もう何もかもおしまいだ。
アンディ あいつは「じゃあな、みんな」って言っただけだった。ちくしょう!えらいショックだった。バリーのサウンドは本当に不可欠になっていたからな。
コリン あいつが俺たちを平凡に聞こえなくしていたんだと思うよ。
アンディ 最初の二枚のアルバムは、あの軽薄なピューピューって音に支配されていたからな。あのピューピュー鳴るオルガンから出る奇妙なスペース・ミュージックに。
(略)
デイヴ でも俺にはバリーが辞めた気持ちが分かるよ。アンディに自分が作った歌を聞いてもらうには、辛い思いをする覚悟がいるからね。コリンはそいつを我慢した。あいつはアンディの影響を受けて成長したんだし、彼に育てられたところがあるから。
(略)
自分がそんなことを頼まれるとは思わなかった。バリーが抜けることも知らなかったし、彼らが探しているのはキーボード奏者だと思ってた。
アンディ トーマス・ドルビーに入れてくれと頼まれたけど、ハゲかかったキチガイ教授タイプのキーボード・プレイヤーはもう沢山だった。
(略)
コリン ニック・ロウにプロデュースしてもらおうと思ったんだ。俺は「アイ・ラヴ・ザ・サウンド・オヴ・ブレイキング・グラス」が好きだったから。でもマネージャーのクラブにスティーヴ・リリホワイトがやってきて、俺たちとウマが合いそうなことが分かった。
アンディ 俺たちはあいつがスージー・アンド・ザ・バンシーズのレコードで作ったドラムの音が気に入ったんだ。
コリン それに彼はウルトラヴォックスでイーノと一緒に仕事をしていた。
アンディ 彼はヒュー・パジャムとつながりを待っていた。

I Love the Sound of Breaking Glass

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メイキング・プランズ・フォー・ナイジェル

 ついにヒット!それも、人の言いなりになって生きる人生を両親に無理矢理押しつけられる意気地なしの子供の歌とは、まさに負け犬を愛する英国人にぴったりのテーマだ。(略)
「英国製鉄を選んだのは、組織というイメージが強い会社を使いたかったからだ。」抜群のタイミングだった。アルバムがリリースされて一ケ月後、十万人の鉄鋼労働者がストライキに入ったのだ。組合は意見を求めて、コリンにまで電話をかけてきた――彼には意見などあるはずもなかった。弱った英国製鉄はシェフィールドの工場で見つけた四人のナイジェルを『鉄鋼ニュース』に登場させ、彼らの将来がいかに明るいかを語った。(略)
 アンディはこの頃ヴァージン・レコードがコリンをスターに仕立て上げようとしていると思い込んでいた。「コリンのやることなすことがすべて大きな注目を浴びていたことにものすごく嫉妬したよ」とアンディは言う。「あいつはハンサム野郎、俺は頭でっかちだった。ヴァージンの言うことももっともだ。あいつはクリッシー・ハインドとヌレーエフの合いの子みたいだったからな。俺が一番頭に来たのは、レコード会社がこれがシングルだと決めた途端、アルバム全部のために取ったスタジオ時間のうち、三分の一をこの曲に割いたってことだ。」

日本ツアー、結婚

アンディにとってツアーは辛いものだった。彼は家に帰るのが待ち遠しくてたまらなかった。彼はニュージーランドでギターを盗まれていた。彼女と離れていて寂しかったので、ゴム製のサメの人形の口に乳液を塗って使うという変わった方法で自分を慰めていた!夜中に、デイヴと同じ部屋に寝ている時、彼は電話機を布団の中に引きずり込んでマリアンヌに電話をかけた。デイヴを起こすまいと気を遣いながら、アンディは彼女に結婚を申し込んだ。この後のツアーでまわる日本から戻ったらすぐに、と彼は約束した。彼女は承諾し、アンディは電話機をそっとベッドの脇のテーブルに戻して、毛布の下にもぐり込んだ。「おめでとう」デイヴは呻くようにそう言うと、また眠りについた。
 日本でのギグを終えると、彼らには休息が必要だった。デイヴとコリンとテリーは日本が気に入り、大衆浴場の楽しさを試してみるために、もうしばらく滞在することにした。だがアンディはできるだけ早い飛行機で帰路についた。(略)二日後、バンドのメンバーが出席しないまま、アンディはマリアンヌと結婚した。

Black Sea: Definitive Edition (+Blu-ray)

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ブラック・シー

は、チェインバーズがレコードのジャケットでルレックスのタキシードを着ることを断りさえしなければ、『テリー・アンド・ザ・ラヴメン』と呼ばれるはずだった。日本では『テリー・アンド・ザ・ラヴメン』として宣伝されたが、時間ぎりぎりで、当時のバンドの心理状態を盛り込んだ『ワーク・アンダー・プレッシャー』に変更された。(略)
[潜水服を身に付けた]撮影が終わった後でイアン・リードが[自分が悪者にみたいに聞こえると]そのタイトルに反対したため、もっと曖昧な『ブラック・シー』が渋々採用された。(略)
レコード会社の営業部にとって、「サージェント・ロック」と「トラヴェルズ・イン・ニヒロン」を同じアルバムに入れることができるバンドをどう分類するかは難しいところだった。そのため宣伝活動は、真面目なマスコミ向けと独立系音楽雑誌向けと女学生雑誌向けとに分けて展開された。XTCの英国での人気はかつてないほど高かった。

アンディ 俺たちの腕はそれほど上がっていなかった。俺は赤ランプが点くのがいまだに恐ろしかったよ。録音していることが分からないようにできないかとか、あれが点かないようにできないかとスティーヴに聞いたくらいだ。うなづき合ったり声をかけ合ったりできるように、わざわざお互いが見えるような位置に立とうとしたっけ。昔からよくレコードにある、例えばビートルズの『ホワイト・アルバム』なんかで聞こえるあのかけ声は何だろうって思っていたけど、ようやく謎が解けたよ。あれはミュージシャンが「はい、コーラスに入るよ」って叫んでたんだ。
デイヴ 俺は『ブラック・シー』を作ることは楽しめなかった。体の調子が悪かったせいもあるけど、アンディのせいもある。あいつは自分の歌をレコーディングする時は、あまり寛容的なミュージシャンじゃないんだ。それに俺は自分の曲を一つも提供できそうになくてがっかりした。

「リスペクタブル・ストリート」

「キングズヒル・ロード四十六番地にいた頃、うちの隣に実に驚くべき一家が住んでいたんだ。そこの奥さんがしょっちゅう、ありとあらゆるものを洗っていたんで、俺たちは彼女をミセス・ウォッシングと呼んでいたよ」とアンディは言う。「隣の裏庭を覗くと、どんな日でも必ず絨毯とかマットとか靴とか子供のおもちゃとかが干してあった。とにかく何でもだ。俺がちょっとうるさくすると、壁を叩いてくることもあった。向こうだって同じくらいうるさいくせに。この歌は、いわゆる高級住宅地に住んでいる隣人の偽善のことを歌った歌なんだ。カーテンをスッと引いて、陰でこそこそ話をするようなね。アラン・ベネットの世界さ。」「リスペクタブル・ストリート」ではアンディの歌詞のスタイルに大きな変化が見られた。イメージに曖昧な部分が少なくなり、観察力にも磨きがかかってレイ・デイヴィス風になってきた。「デイヴがバンドに入ってしばらく経っていたから、あいつの六〇年代の影響が俺たちにも移ってきたんだ」とコリンは言う。「それがキンクスなんかの六〇年代のバンドヘのパーツィの関心をまた燃え上がせたのさ。」
 シングル・ヴァージョンはアンディがヴォーカルを録り直したものだった。A&R部の新しい部長ジェレミィ・ラッセルズがアンディの観察眼は鋭すぎて放送向きではないと感じたためである。そこで、「体位(sex position)」は「誘い(proposition)」になり、「中絶(abortions)」は「熱中(absorption)」に、「避妊(contraception)」は「子作り防止(child prevention)」に、「吐く(retching)」は「体を伸ばす(stretching)」になった。それはスティーヴ・リリホワイトによって短期間でミックスされたが、途中で彼らは歌の最後におかしなバッキング・ヴォーカルが入っていることに気が付いた。「テリー・チェインバーズが腹を立てて叫んでいたんだ。もうすぐ終わりだというところで間違えたと思ったらしい」とアンディは言う。「あいつの唸り声は、ちょうど歌のキーと一致するところまで音程を曲げていた。面白かったから何度か重ねることにしたよ。」

ラブ・アット・ファースト・サイト

 世界的ヒットではなかったが、ポリグラム・カナダはひとひねりすればなんとかなると考えた。「ちょっとだけ手を加えたいと言ってきたんだ」とコリンは言う。「好きなようにさせたら、速回ししやがった!」

タワーズ・オブ・ロンドン

 「レノンが撃たれた日の夜、俺たちはリヴァプールでギグをやっていたんだ。俺は最後にやった『タワーズ・オブ・ロンドン』の終わりの部分のコードが簡単に変えられることに気が付いて、『レイン』をやり始めた」とアンディは言う。「俺はあの時、すごく感情的になっていた。“なんてこった、ジョン・レノンが撃たれた日にリヴァプールにいて、ビートルズの曲を演っているなんて”って思った。涙が頬を伝ったよ。」

Rain

Rain

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ラヴェルズ・イン・ニヒロン

 アンディはアラン・シリトーの小説『ニヒロンヘの旅』から強く影響を受けていた。新しく開国した東欧の国家を訪れた紀行作家のグループについて書かれたその不思議な物語は、驚愕すべき混沌を描いていた。そこではインクのシミを旗と見立てていたり、あえて危険な人生を歩むことを選ぶ権利が与えられていた。そうしたことがアンディにはパンクの完壁なメタファーに思われた。(略)
「あれはパンク・ムーヴメントに対する俺の強い失望感を歌っているんだ」と彼は言う。「これは俺たちの『トゥモロウ・ネヴァー・ノウズ』なんだよ。『若者文化なんて存在しない。借り物の仮面にすぎない。』パンクには最初、正直さがあった。でも俺はその偽善にうんざりした。イギーが歌っていることを俺は信じた。でもすべては無(ニル)になった。」「パンクに心を動かされなかった者なんていないと思うな。俺たちはみんな若かったからね」とコリンは言う。「アンドリューズがいつも言ってたよ。あいつはジョー・ストラマーを神様だと思っていた。ジョニー・ロットンはニヒロンの市長ってとこかな。」

次回に続く。