オランダの極右、非正規雇用事情

移民を積極的に受け入れマイノリティに「寛容」な国、オランダでなぜ極右が台頭したか、オランダのパートタイム状況他。

反転する福祉国家――オランダモデルの光と影

反転する福祉国家――オランダモデルの光と影

大陸諸国の福祉国家形成を支えた政治社会的背景としてカトリック的伝統、そしてキリスト教民主主義政党のプレゼンスを重視する論者は多い。(略)
[自由主義派が]教会権力の削減を狙って政教分離の徹底、とりわけ教育の世俗化を推進した。しかしこれに強く反発した宗派勢力は、教育の世俗化撤回を求めて各国で政治に参入する。こうして結成された宗派政党は、広範な信徒層の支持を受け、各国で相次いで選挙に勝利していく。(略)20世紀に入って労組や農民団体など系列団体の組織化を進めて権力基盤を確立していく。呼称も、狭義の宗教利益の擁護者のイメージの濃い「宗派政党」から、デモクラシーを積極的に受容し、広く支持を訴える政党としての「キリスト教民主主義政党」が一般化する。

てな状況での福祉政策についてが第1、2章。そこはザッとスルーして。

  • パートタイム

[1996年の「労働時間差別禁止法」によりパートタイムは日本とは違い、「短時間正社員」化。2000年の労働時間調整法でフルタイム・パートタイム間の差別が禁止され、労働時間を短縮したがゆえの解雇・リストラはなくなった]

 オランダでパートタイム労働が一般化したのは、実は近年のことである。1960年代ごろまでオランダでは、男女の性別分業意識の根強さを背景に、男性は家計支持者としてフルタイムで働き、女性は家で家事育児に専念するパターンが一般的だった。パートタイム労働はむしろ例外的な労働形態とみなされていたのである。(略)
パートタイム労働の社会的・経済的な役割が本格的な注目を集めたのは、1980年代のことである。それまで労組は、基本的にパートタイム労働に否定的だった。パートタイム労働の導入は、企業がフルタイム労働者をリストラするための体のいい口実とみていたからである。
 転機となったのは、やはり1992年のワセナール協定だった。前述のようにこの協定は、基本的には雇用情勢の悪化を受けたいわゆるワークシェアリング、すなわち労働時間短縮と賃金抑制を柱とした包括合意だった。しかしそこで同時にパートタイム労働の促進によりワークシェアリングを補完する方向が示されたことで、パートタイム労働の拡がりに弾みがついた。
(略)
 オランダでは、フルタイムからパートタイムヘの移行はもはや「片道切符」ではなく、乗り降り自由の「往復切符」のようなものであって、フルタイムヘの復帰も権利として認められる。この仕組みのもとでは、「仕事か家庭か」の二者択一を迫られる必要はない。人生のある段階ではフルタイム労働者として仕事に重点を置き、子供が生まれたら労働時間を減らして家庭生活に重点を移し、しばらくしたら再びフルタイム労働者として仕事に取り組むといったライフサイクルが、各個人の自由な選択として可能になったのである。

女性パート論争

しかし女性のフルタイム就労に対しては、依然としてオランダ社会は全般に否定的である。(略)
最近ではパートタイム労働に従事して「安穏としている」女性たちのあり方を批判する主張も出てきている。
 米国在住のオランダ人コラムニストのH・メースは2007年に出版した著書『パートタイムフェミニズムよさらば!』のなかで、「男性=フルタイム勤務、女性=パートタイム勤務」というあり方を、伝統的な男女の役割分担が姿を変えて現れたものに過ぎないと論じ、話題を呼んだ。(略)パートタイム労働で満足している「パートタイムフェミニスト」たちは、それによって他の女性たち、将来世代の女性たちの地位を貶めているのだ、と彼女は手厳しく批判した。
 同様にジャーナリストのドライエルは、『甘やかされたお姫様たち』で、女性の経済的な自立を重視する立場から、専業主婦の道を選択したり、パートタイム労働を選んで子育てとの「両立」を図るオランダの女性を批判する。彼女は特に、オランダにおいて「母親」の役割が今もなお神聖化され、母親たちが人生のほかの可能性を捨て、子育てにすべてをささげていることに問題があるという。彼女は労働を一種の「社会的義務」であるととらえ、高学歴であるにもかかわらず、専業主婦を選択した女性に対しては、公費で賄われた学費を返還すべきと主張する。そのような義務も責任も自覚しないまま、子育てや趣味に時間を費やす女性たちは、「甘やかされたお姫様たち」にほかならないという。

移民優遇

1980年代には「多文化主義」が政策として推進され、各移民団体は公的に認知されて政策提言に参加した。教育面では、公的補助によりイスラムヒンドゥー系の小中学校も次々建設された。(略)
[充実した福祉制度により]移民を対象とした低家賃公共住宅が大規模に建設されており、多くの移民は都市部で安価な住宅に居住することが可能だった。(略)[公的扶助も受け易く]2001年の時点で非西洋系住民に占める生活保護受給者の比率は14%、特に非西欧系高齢者における受給者比率は27%に進しており、その結果、大都市では生活保護受給者の約半数を非西洋系住民が占めるに至っている。(略)[難民認定を拒否され不法滞在状態でも1998年までは]生活保護など社会保障給付を受ける道が開かれていた。

キッチェルト『西ヨーロッパにおける急進右翼』

先進工業国において急進右翼(新右翼)が台頭する条件をいくつか挙げているが、そこで第一の前提となるのは、左右主要政党の政策距離の接近である。脱工業化社会の到来にともない、政治的対立軸として従来型の左右軸が有効性を減少させ、むしろリバタリアン-権威主義という新たな軸が意味を持つようになると、既成政党、とりわけ社民政党は従来の位置を離れて中道に近づくことが多い。その結果、従来の右派政党と左派政党は相互に接近し、有権者にとっての政治的選択肢として有効性を失っていく。そこに新右翼政党のアピールが受け入れられる余地が発生するというのである

ピム・フォルタイン

[1948年生まれ、学生運動を経て労働党入党、1989年に転向し右派論客として鳴らす]
 ここで注意すべきは、フォルタインは人種差別・民族差別的な主張に基づきイスラム移民を排撃するのではなく、あくまで西洋啓蒙の伝統に由来する普遍的な価値観を援用して「遅れた」イスラムを批判する、という論法をとっていることである。たとえば彼は、自らが学生時代以来の同性愛者であることを公言し、女性解放や同性愛者への差別撤廃をなしとげた1960年代以降の西欧諸国の社会運動を高く評価するが、それとあわせて女性差別・同性愛者差別を認めるイスラム社会を厳しく批判する。(略)
 このようにフォルタインは、男女平等や人権・自由といった近代的価値を積極的に認め、議会制デモクラシーの存在なども自明視したうえで、その「普遍的な」価値に立脚するがゆえにイスラムを批判するという手法をとる。これは周辺諸国新右翼(略)民族的・国家的価値を重視して排外的主張を行ってきた勢力とは一線を画している。フォルタイン党も議会外の過激な移民排斥運動とは一切関係ない。むしろフォルタイン党は、デンマークの進歩党、国民党、ノルウェーの進歩党のように、やはり西洋的価値を唱えつつ移民規制を説く新右翼と共通する点が多かった。(略)
 しかもフォルタインは妊娠中絶などの女性の権利、同性愛者の権利を積極的に擁護するのみならず、安楽死や麻薬も容認する立場をとっており、むしろリバタリアンにも近い。その点で中絶に強く反対し、伝統的家族の価値を重視してきた国民戦線などの極右とは対照的だった。(略)
ポストモダン新右翼」とでも呼べるかもしれない。

[総選挙まであと10日]フォルタイン党の獲得予想議席は実に38議席に達した。キリスト教民主アピールとの連立さえ実現すれば、フォルタインが首相となることさえ夢物語とはいえなくなっていた。そしてこの野望に最も近づいたかに思われる五月六日夕刻、ヒルフェルスムのメディアパークでラジオ番組の出演を終えたばかりのフォルタインは至近距離から銃撃され、まもなく死亡したのである。(略)
射殺したのは、当時32歳だった白人男性であり、小規模な環境保護団体「環境攻勢協会」の熱心な活動家だった。彼は動物の権利擁護の運動などに携わってきたが

「包摂」のための「排除」

より多くの市民を労働市場へと「参加」させ、包摂を進めようとする現代の福祉国家は、いまや女性も高齢者も障害者も含め、全員が何らかの形で経済社会に貢献する、一種の「参加」型社会を志向するようになった。市民に積極的な「参加」を求め、参加を拒むものには福祉国家のメンバーとしての資格を制限することは新しい現象であって、これは社会の構成員としての条件、すなわちシティズンシップの概念に大きな変化が生じているといわざるをえない。
(略)
労働市場に参加する見込みが低く、言語や文化を共有しないがゆえに社会生活にも参加が困難とされる非西洋圈出身者は、文字通りの「テスト」をくぐり抜けることができない限り、そもそもシティズンシップ付与の候補者にはなりえないということになる。
 そうだとすれば、「包摂」と「排除」は矛盾するものではない。むしろ再編を進める福祉国家が、「参加」のロジックに基づき「包摂」を進めようとすれば、「包摂しがたい」存在をあらかじめ排除しておくことが、必然的な選択となる。まさに「包摂」を徹底して進めるためにこそ、「排除」が必要となる、ということなのだ。
(略)
福祉国家の「ゲイティッド・コミュニティ」化が進行し、「福祉国家が移民を守る」という理念は「移民から福祉国家を守る」というロジックに反転していったのである。

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