イエスと「神の呪い」、絶対音感

名画で読む新約聖書

名画で読む新約聖書

  • 作者:山形 孝夫
  • 発売日: 2011/09/16
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)

精神疾患」は「神の呪い」

なぜ、こうした大量の奇跡物語が、福音書に記録されることになったのか。(略)
[それは古代ユダヤ社会がハンセン病や悪霊つきと呼ばれた精神疾患に「神の呪い」というラベルを貼っていたから]
ヨブ記』によると、「呪われた」病気のために町を追放された人間は、砂漠の死の谷に棲みつくほかなかった、という。死の谷は墓場であり、それは地下の暗闇の穴をとおって、暗い水底の他者のくにに直結している、と信じられていた。(略)肉体の死以前に、すでに社会的制裁によって、存在そのものが抹殺されてしまうのだ。先に引用した、『ヨハネ福音書』5章のベトザタの池の周囲にたむろしていた人びとも、そうした人びとであった。家畜の出入り口に、汚れた家畜の洗浄のために用意された池。それが、ベトザタの池なのだ。
エスは、こうした棄てられた人びとに近づき、「神の呪い」という名の、おそろしい牢獄から病人を解放し、不当に強制された呪いのラベルを引きはがすことにむけて、その活動を開始した。それがイエス神の国の運動であった。

レビ記』13章、14章は、その詳細な病態生理の記録である。そこには、診断に必要な症候群が細目にわたって列挙され、汚れた者と清い者とを識別するための規準が網羅されている。発病が確認されると、患者は往来に出て、自ら大声で汚れた者であることを宣言し、その後に、汚れた者だけの住まう宿営に住むために、町を退去しなければならなかった。肉体の崩壊の以前に、社会的な死の制裁に耐えねばならなかったのである。患者は死骸のように避けられた。
古代ユダヤは、こうした一連の医療行為――検診、診断、治療、隔離、社会復帰の許可の権限を、すべてユダヤの最高法院をとおして、集中的に祭司の手にゆだねていた。祭司は、臨床医のようにこの権限を行使した。病人をかくまったり、病気を隠したりすれば、祭司は、最高法院に代わって、制裁権を行使することができた。

響きの科楽

響きの科楽

絶対音感

19世紀には、ロンドンの「A」は、ミラノの「Aフラット」やワイマールの「Bフラット」に近かった。こうしたことがわかっているのは、この混乱の時代に使われていたさまざまな音叉が発見されたからであり、いろいろな土地にある教会のオルガンやフルートの音を比較できるからである。(略)
[当時のプロの音楽家は]その土地のピアノ調律師やオルガン製作者が選んだピッチと一致する「絶対」音感を身につけていたことだろう。彼らが国外を旅するとすぐ、自分とは異なる「絶対」音感をもつ、高度な教育を受けたプロの音楽家に出会うだろう。(略)
今日、絶対音感をもつ人々はたいてい、1939年に決定された標準的な西洋のピッチを記憶している。(略)
[モーツアルトの音楽は、楽譜通りに演奏すべきか、彼の頭のなかで聞こえていたとおりに演奏すべきか]
モーツアルトには「絶対」音感があったが、彼が記憶していた音は、1939年に委員会が採択した音とは異なっていたからだ。実際のところ、わたしたちが「A」とする音は、モーツアルトなら「少し外れたBフラット」と呼んだだろう(モーツアルトが使っていた音叉が現存しているためにそうとわかる)。したがって、今日モーツアルトの音楽を聴くとき、彼が意図していたものよりおよそ半音高い音で聴いていることになる。これでは学者たちが頭を抱えるのもよくわかる。モーツアルトの作品のなかでもっとも難しい高音部の歌は、半音だけピッチを下げたら、もっと楽に歌えるようになるだろう。そのほうが、モーツアルトが意図していた音に近いのだ。