印刷革命とネット

パブリック 開かれたネットの価値を最大化せよ

パブリック 開かれたネットの価値を最大化せよ

本書で引用されている下記本が面白そう。
The Printing Press as an Agent of Change (Volumes 1 and 2 in One)

The Printing Press as an Agent of Change (Volumes 1 and 2 in One)

これを一般向けに要約した本が下の「印刷革命」
印刷革命

印刷革命

読む元気がないので本書の引用を引用。

初期の印刷本は、写本にあった多くの間違いをそのまま受け継いだ。印刷本が生まれた頃、それらは今僕らが思っているような、「神聖なもの」でも、「まつられるべき完璧さの象徴」でもなかった。最初の印刷本は間違いだらけだったのだ。「昔からあった転訛のプロセスは、印刷技術の発明後、拡大し、加速しました」とアイゼンステインは言う。印刷された誤りは広く速く伝播したが、それらはさらに速く見つけられ、訂正された。これは、今日インターネットが批判され、また信頼されているのと同じ構図だ。本はより広い範囲に普及したため、誤植はますます危険なものになった。(略)
16世紀の編集者は「時には新しい情報をくれた読者や、取り除くべき間違いを見つけてくれた読者の名前を出すと約束することで、投書者の巨大なネットワークをつくり、それぞれの版への批判を引き出しました」とアイゼンステインは言う。これは、今で言うクラウドソーシングだろう。(略)
出版プロセスは、小説をも変えた。1740年に『パミラ』を世に出したサミュエル・リチャードソンは、自らが組織した女性読者のグループからの批判と助言をもとに、次の版で作品を改訂した。(略)
印刷物の爆発的増加――そしてそれがまったく統制されていなかったことは、エリートを動揺させた。カトリック神学者のデジデリウス・エラスムスもその一人だった。「これらの新しい有象無象の本が世界の隅々にはびこるのはいかがなものか」と彼は嘆いた。「その数の膨大さこそ、学問を傷つける。なぜならあまりに供給過剰で、たとえ良いものであっても度を超えた飽食は何より有害であるからだ」。アイゼンステインによると、彼は、「気まぐれで新しいものに惹かれがちな」人の心が、「古い著作の研究」から離れることを恐れた。(略)印刷業者は、「我が国を無数の本であふれ返らせ、人々の頭脳を無数の矛盾する見解で満たした。これらの紙の銃弾は、本物の銃弾と同じくらい危険なものになった」とリチャード・アトキンスは嘆いた。(略)
出版そのものが壁に囲まれた修道院を離れてコミュニティヘと移っていった。騒々しい作業場では、作家たちが活字組みや校正を待つ間ぶらぶらと時間をつぶしていた。こうした印刷所は、「学者や芸術家や文学者の集会所であり、外国人通訳や移民や難民の隠れ家であり、高等教育の機関であり、ありとあらゆる文化と知識の交流の中心地」だった。そこでの雑多な人々の寄せ集めは、あらゆる種類の「垣根を越えた知識の伝播」につながり、「学習する人々の間の、またさまざまな知の体系の関係を変えました」この進化は、「知的なものであると同時に社会的なものでもあったのです」とアイゼンステインは言う。その場所が、今の僕らのウェブのように、新しいつながりをつくったのだった。

ここからは『パブリック』内の余談。
プライベートに過敏なドイツでは、グーグルのストリートビューへの反感が高まり、撮影車両が破壊されたりetc。
ドイツのパロディTV番組

その名も、「グーグルーホームビュー」。グーグルの帽子をかぶったグーグルマンがカメラを手に(略)
「ドイツ全土のすべての家のすべての部屋を全部撮影して、すべてネットで公開いたします」とグーグルマンが言う。(略)情報保護法に従って、顔のモザイク化、つまりデジタルによるぼかし処埋が必要だと言って、ある家ではグーグルマンが住人全員に「モザイク板」という名の黒い棒を渡し、目の前に掲げるよう指示する。別の家では、女性がグーグルマンに食ってかかり、反対に彼の車を写真に撮る。グーグルマンはモザイク板を自分の目の前に掲げてこう脅かす。「協力して下さらないのでしたら、今後グーグルの使用をいっさい停止させていただきます」。

"Google Home View"動画あった

コダックマニア

法的権利としての「プライバシー」は、1890年までアメリカで真剣に議論されたことはなかった。そのきっかけはテクノロジーの進歩だった。1888年コダックは初代の箱型携帯カメラ「スナップショット」を発売した。わざわざ撮影スタジオに行かなくても、カメラをどこにでももち歩いて、誰でも写真に撮れるようになった。挿絵入りの大衆紙、ペニーペーパーと呼ばれる格安タブロイド紙が一般に普及したおかげで、誰でもその画像を見ることができた。(略)
当然、ありとあらゆる「写真騒動」がもち上がった。1899年、ニューヨークタイムズは、「コダックマニア」がニューポートの上流婦人に嫌がらせをしていると書いた。「街角のあらゆる場所で、女性たちは絶え間なくコダックを向けられ、写真を撮られていた」と同紙は憤慨している。

根気がないので明日につづくよ。