誰がための地方自治改革

山縣有朋の挫折 - 本と奇妙な煙の続き。

山縣有朋の挫折―誰がための地方自治改革

山縣有朋の挫折―誰がための地方自治改革

  • 作者:松元 崇
  • 発売日: 2011/11/23
  • メディア: 単行本

出遅れた東京

明治維新以来、都市の経済力の発展には目覚ましいものがあった。横浜市大阪府などはその経済力を背景とした増税や借入金の活用で近代的な都市造りを行っていった。ところが、そのような動きに立ち遅れたのが東京であった。徳川幕府の根拠地だった東京は、明治初期には都市の中で圧倒的な財政規模を誇っていたが、明治後期には、積極的な都市造りを展開した大阪市にほぼ並ばれることになっていたのである。

横浜

明治維新期、政府の支援を受けながら、まずは目覚ましい発展を遂げたのは、開国によって新たに経済活動の中心になった横浜や神戸であった。(略)
[下関砲撃事件でぼったくられた賠償金300万ドルが米国で正義に反すると問題になり返還され、港湾整備に充てることに]
候補地となったのは横浜と品川であった。(略)
内務省の品川港築港論は、首都東京の開発を視野に置いた長期的なもので、その後、政党政治期になると東京都市圏開発論として政友会の支援を受けることになるものであった。それに対して、大蔵省と外務省は、幕末に横浜がすでに開港していることの延長線上に、現実的な視座に立ち、より安上がりな案として横浜港拡張案を主張した。それは、神奈川県や横浜市とも一体となった地域主導の案で、後には民政党の支持を受けることになるものであった。(略)
[大隈重信により横浜に決着]

神戸、大阪

横浜港のように政府高官とのつながりのなかった神戸港の整備は、当初、民間主体で行われた。(略)
大阪築港は、明治30年に国の補助金なしの市営港湾整備事業として着工された。当時は、日清戦争後の不況期にもあたり、築港事業は大阪市財政の危機をもたらすのではないかと危惧された。(略)国が明治10年代に直轄事業として手掛けた港湾事業も、そのほとんどが失敗していた。当時、市営で築港事業を行うようなところはなかった中で、自前の税収を基に市営で整備されたのが大阪港だったのである。(略)
大阪市の税収が東京市の1.5倍だったということは(略)1人あたり税負担額が東京の3倍(略)大阪で無理な増税が行われたというよりは、東京でまともな増税が行われず(略)
大阪築港事業が苦しい運営を行っていた間、赤字の港湾事業を支えた大きな柱は路面電車事業であった。[発達した水路に比べ道路は狭く貧弱だったため]

外債

政府の強力な後押しのもと、大都市が発行する地方外債発行額は2億円を突破していく。その結果、日露戦争後、日本はロンドン市場における最大の債券発行国の一つになったのである。
[第一次大戦で債権国となり正貨流出問題が解決し政府の外債押しは消滅、金本位制離脱により為替リスクが生じ]
明治45年に東京市が発行していた巨額の外債(8956万円)は、フランスの金本位制離脱後のフラン下落を受けて、返還通貨がフランかポンドかをめぐって紛争が生じ、その差額は当時の東京市の予算の約1割に相当する2500万円にも上った。

地方増税

満州事変を経た昭和7年度の国税額に対する地方税額の比率は、東京府で0.8、大阪府で1.0であったのに対して、岩手、青森、鳥取の各県では4倍から5倍弱となっていた。それは、東京や大阪に比べて、岩手や鳥取で4倍も5倍もの無理な地方税増税が行われていたことを意味していた。(略)
[沖縄は東京と比べ地租附課税3倍家屋税15倍]
[格差是正が議論されるも関東大震災が発生、復興のための都市増税で立ち消え]

府県による市町村統制

[高橋是清が打ち出した]地方への地租委譲の財源として国が一般財産税を創設するということは、明治維新以来、国が地方から財産を吸い上げるばかりだった流れを逆転するものであった。(略)
[時局匡救事業実施のために]預金部資金による地方債の直接引き受けが行われるようになったことは、結果として、地方団体間の信用力格差を反映していた地方債市場での利率差を消滅させることになった。それは、市場原理に基づいた地方債市場の消滅を意味していた。
[吉田震太郎はこれが大蔵省預金部による地方への財政統制の始まりだったとしているが]
むしろ、この時期に強まったものがあるとすれば、それは、道府県から市町村への統制であろう。(略)
[吉田は]匡救事業およびその後の凶作対策事業を画期として、官選知事の主導する道府県の町村財政活動に対する支配体制が内実的に強化され、それが戦時財政にうけつがれていったことにつながった」としている。
志木市長の穂坂邦夫によれば、戦前の「市町村は国にだけ仕えていた。今日、市町村が、国と都道府県という二君に仕えている状況。都道府県は、箇所付けの権限や、市町村に対する独自の補助金を持っており、市町村にとって怖いのは国ではなく都道府県」だとしているが、そのような状態になったのが高橋財政の時期からだったというわけである。
時局匡救事業の実施による町村への統制強化を、最も強く警戒していたのが高橋是清であった。(略)
「自力更生」を強く主張していた高橋是清か暗殺された後、[下からの農村自治を目指した]農山漁村経済更生運動は変質していく。当初、極めて少なかった国からの助成が、高橋が暗殺された昭和11年度からは、事業の補助対象の拡大や補助の新設で増加していった

フランスの地方自治

フランスの地方選挙には、安定した政権を成立させる仕組みがビルト・インされている。例えば、市町村(コミューン)の選挙では多数派にプレミアムを認めることによって多数派が必ず過半数を獲得できる(略)それは、地方議会において多数派を形成する議員たちに責任ある政治を行わせ、それによって国政レベルでも活躍する責任ある政治家を育てる仕組みである。(略)
フランスの地方選挙の投票率が[75%と]高い理由としては、フランスの市町村においては毎年のように税の議論が行われていることがある。フランスの地方団体は、財源不足が生じる場合には赤字予算を避けるために、住民に増税を求めるか歳出を削減しなければならない(略)わが国では三新法の時代までとられていた単年度税主義が、今日でもとられている(略)
山下茂は、地方議員が行政責任を負わず、「審議」機能しか果たさない制度を全国一律にとっているのは、いわゆる先進国では、おそらくわが国だけで、わが国では「公権力行使責任者またルール形成者として、政治家が自らを鍬練し育っていくための現場が不足している」としている。

増税する地方議会

地方議会は、「コストを負担する面と、サービスを受ける面の両方を代表する議会でなければならないのに、サービスに注文をつけるだけの代表になってしまった(略)
実は、戦後しばらくは地方議会は増税に忙しかった。元自治事務次官の柴田護によれば、「かつては、地方自治体は赤字を出すことを恥とし、増税をしてもバランスをという精神は、戦い破れたりとはいえ、第一線市町村に脈々として残っていた」。各自治体では、ラジオ税、ミシン税、アイスキャンデー税など、様々な課税が行われていた。その精神が失われたのは「昭和27年ごろから地方団体が堂々と赤字決算を始めた」ことによる