「地震予知」という利権

3000億円が投入された地震予知研究は全く成果がなく、不可能と知りながら予算欲しさに地震予知は可能と関係者は未だに主張していると著者は批判。

日本人は知らない「地震予知」の正体

日本人は知らない「地震予知」の正体

新方式によりM9地震が誕生

[1975年金森博雄(著者の師)とドン・アンダーソンの比較研究により]
地震モーメントが大きくなるにつれ、リヒター式表面波マグニチュードは8・5程度で頭打ちになってしまうことがわかった。つまり、地震モーメントは巨大地震の規模を正確に表わすことができるが、旧来のリヒター式表面波マグニチュードは巨大地震の規模を正確に表わすことができないということが明らかになったのだ。(略)こうした研究成果などを受けて、70年代半ばには、世界の研究者はリヒター表面波式マグニチュードではなく、地震モーメントによって地震規模を表わすようになった。(略)
[世間で定着しているマグニチュードという指標からの転換による混乱を避けつつ正確な値を出すために77年金森が「モーメント・マグニチュード」を定義。]
マグニチュード8程度までは、旧方式(リヒター式)と新方式(モーメント・マグニチュード)のマグニチュードはほぼ等しい。だが旧方式では、地震モーメントの大きさにかかわらずマグニチュード8・5程度で頭打ちとなる。つまり、旧方式では、巨大地震の規模を正確に表わすことができない。例えば、1960年に南米チリの沖合で起きた地震は、旧方式のマグニチュードでは8・3とされるが、新方式では9・5と推定される。

M9地震を想定外とするのは間違い

以上を総括すると、60年代に福島第一原発を設計した時点では、世界最大級の地震の(旧方式)マグニチュードマグニチュード8・5前後と考えられていた。したがって、設計当時にマグニチュード9クラスの地震を想定しなかったからといって、批判はできない。
だがその後、研究は進展した。1950年から論文が発表された77年までの27年間に、全世界で3つの(新方式)マグニチュード9クラスの地震が起きたことが明らかになっている。これは学界の共通認識だ。それにもかかわらず東京電力や政府は、マグニチュード9クラスの地震が東日本の沖合で起きる可能性を特に想定することも、地震津波対策を見直すこともなかった。

[2004年スマトラ島沖]地震が起きるまで、日本の地震研究者の間には神話のような思いこみがあった。
マグニチュード9クラスの地震は、一部の沈み込みプレート境界だけで発生可能なものだ、それ以外の場所では発生しない」という説だ。この説は、完全な誤りだった。(略)
スマトラ島沖地震後、マグニチュード9クラスの地震が発生可能な地域に関して再考を促す複数の論文が、学術雑誌に発表された。(略)つまり東北を含めて、マグニチュード9以上の地震は、頻度はまれであっても、どこにでも起き得るものなのである。

地震予知はいつ政治と癒着したか

その癒着について、正直に告白した者がいる。東京大学地震研究所所長を務めた森本良平氏だ。彼が産経新聞(94年8月31日付夕刊)に寄せた述懐を振り返ってみよう。
《担当大臣の中曽根運輸相より、研究計画では百万円単位の交付しか期待できないが、実施計画とすれば千万円単位以上の高額予算配布が可能になる旨のアドバイスがあった。実際には研究計画であるが、必要経費を得るために「研究」の1字を落とすことで、学会の委員たちを説得し、昭和44年、地震予知計画はナショナルプロジェクトとして出発した。
それからは、官僚の予算獲得技術に助けられ、安定成長ゼロ・シーリングの下でも、着実に年間70億円の支出が確保されて、25年が過ぎた。》
その結果、予知はどこまで現実のものになったのだろう。
《いまだ予知の端緒すら開かれていないし、今後とも奇蹟でも起こらぬかぎり、開かれるとも思えない》
ずいぶんと正直な告白だ。

東海地震」という麻薬

[77年石橋克彦が東海地震を予測、78年伊豆大島近海地震]
「明日にも東海地震が起きるかもしれない」
そんな雰囲気が醸成される中、「大規模地震対策特別借置法(大震法)」は[土木予算を期待する政治家の思惑と一致し]たった2ヵ月の審議によってスピード成立した。これは、あまりにも詰めの甘い見切り発車だった。実用的地震予知が学問的に可能か否かについて、国会で十分な検討が行なわれることはなかった。(略)
以後、地震予知関連事業の予算要求は優先的に認可されていく。東海以外の地域で地震が起きたときには、「予知できなかったのは観測設備が足りなかったせいだ」という論理にすり替えられ、さらに予算を上乗せさせる「焼け太り」作戦も行なわれた。

前兆幻想

地殻の変動もまた、地震の前兆のひとつとして地震予知関係者が取り上げたがるトピックである。
最新の観測設備をもつアメリカ・カリフォルニア州では、89年にマグニチュード6・9のコマ・プリータ地震、92年に7・3のランダース地震が起きた。だが、前兆となるはずの地殻変動はまったく観測されなかった。これに対し、日本の地震予知関係者がどう弁明したか。それは、「日本の地震アメリカの地震とは違う」というものだった。
(略)
最新の地震学では、無数に発生する小さな地震のうち、ごく一部が連鎖反応として大きな地震に展開すると考えられている。つまり、大きい地震も小さい地震も発端は同じであり、大きな地震に限って特定の前兆が存在するわけではない。
したがって、どんなに観測の網の目を細かくしても、地震予知はできないのだ。そのことは、日本の地震予知研究者自身が挙げた先の“成果”が証明している。

東日本大震災の前触れであるかのように、「前震」が次第に震源地へと近づいていったというのだ。こうした観測事実があったことは事実にしても、小さな地震はどこにでもいつでも起きている。毎日新聞が見出しにつけるように「前兆、2月からか」とはとても言えない。これは典型的な“地震後知”だ。
(略)
3月9日に発生した同じ地震について(略)松沢暢教授は、「大地震との関連性はなく、むしろこの地震により大地震発生の危険性が減った」とまで言ってのけていたのだ。(略)
同じ地震について、加藤氏は東日本大震災の発生後に「予兆だった」と言い、松沢氏は東日本大震災が起きる前に「関連性はない」と、正反対のことを言う――大地震の「前震」と「その他の微小地震」を前もって識別するための処方は、残念ながらまったくないのだ。

提言

日本の地震工学の研究は、世界トップレベルと言っていい。だが、できもしない地震予知体制が政府から得ている潤沢な予算と比較すると、役に立つ地震工学に十分な予算が配分されているとは言えない。例えば大地震のときにも振り切れることのない強震加速度計は、地震工学観測には欠かせない測定器だ。(略)
[予算申請が却下されたため、ゼネコン等からカンパで]
設置された加速度計は、阪神・淡路大震災の発生時に貴重なデータを記録している。

地震予知計画の費用によって蓄積してきたデータは、国家のものであるはずだ。だが、それらのデータは実質的に予知関係者の私物となってしまっている。記録されたデータは、すべての研究者、そしてすべての国民に公開すべきだ。

現行の予知計画を廃止して、同じ程度の予算を地震災害の軽減計画に向けるならば、次の地震の災害額、死亡者、負傷者を滅らすことにつながるだろう。