岡田斗司夫と宮崎事件

著者にはなんとなくナニワ商人全開な印象を持ってたのだけど、社長としてビジネスに徹して汚れ仕事を続けるにはクリエイティブ体質で繊細すぎたのだなあ。

遺言

遺言

宮崎事件にショックを受けた

というのが意外だったので順序を飛ばして一番先に

 そういう犯罪を実行するか、実行しないけど現実の幼女が好きか、現実の幼女ではなくアニメの幼女が好きか、幼女を主人公にしたアニメが楽しく見ることができてしまうか。
 その間に明確な線が引けないんですよ。明確な線を引こうとすればするほど、同族嫌悪に近くなってしまうし(略)
僕の頭は、スタックしちゃいました。アニメーションというものが考えられなくなってしまったんです。
(略)
 自分たちの中にも、そういうモンスター的な要素が何パーセントかあるはずだから。だって、否定出来るはずないんです。その何パーセントを否定したら、僕たちは仕事でアニメを作っていただけなのか、という話になってしまうんですよ。(略)
そうじゃないはずです。僕たちはロボットが好きで、女の子が好きで、パンチラが好きなんですよ。(略)
 でも、もっとショックだったのは、僕以外に悩んでアニメを作ることが出来なくなった人が居なかったことでした。
 みんな、ある程度自分の問題として悩んだ後で、「それはそれ、これはこれ」という風に処理して乗り越えていっちゃったんです。(略)
 そういう処理の仕方に関しては、実は僕は不信感持ってますねえ。

 俺たちの中からああいうのが出ちゃったということは、「俺たちの代表として捕まってくれたんだな」って、僕はその時間違いなく感じたんです。
 ところが、宮崎被告が捕まって「おたく族」が世間からダメ人間とか犯罪者予備軍みたいな烙印を押されると同時に、オタク内オタクバッシングも激しくなってきました。

『オタクはすでに死んでいる』で、「オタクという民族はなくなった」と僕が言っているのは、オタクという趣味嗜好は自分の中の問題なんだから、外部に依存するのをやめて、自分自身の物として処理しよう、という考え方なんです。(略)
 外部に依存しようと考えている限り(略)いつもいつも、「でもお前はもうオタクじゃない」とか「いや、そんなのオタクとはいえないとか」「今ニコ動見てないと駄目だ」「今この話が出来ないとオタクと言えない」ってどんどん細かくなっていっちゃう。
 それはキリがないと僕には思えるんですよ。 
そうじゃなくて、そのオタク的なものを、卒業すべきものとか、外部に依存したものでなくて、自分の内部で共存できる、これからも一緒に生きてくものというふうにとらえるしかない。(略)
個人責任論になっちゃうと、心の弱い人たちは犯罪を犯して、心の強い人は「ほら俺たちは犯罪を犯さなかった。あいつらは駄目なんだ、あいつらは本当のオタクじゃなくてただ単に馬鹿なんだ」って責めるだけの社会になっちゃう。
 責めた人間はそういう社会に対して、なんら責任を取らない。自分も好きで、作ることやお金を払うことで生み出された作品が原因であるにもかかわらず、「ほら見たことか」と言うだけで終わってしまう。
 そういう犯罪を減らそうとしたり、この世界全体を何とかしようという方向に行かないんです。
 僕はそれが嫌なんです。

斗司夫の『三国志

 初期ガイナックス作品の作り方は、明らかにカウンセリングの技法だったからです。(略)何を作りたいんだろうか。なぜ作ってるんだろうか。なぜ俺たち、あんな作り方しちゃったんだろう。なぜ私は、こんな問題意識を持ってるんだろうか。
 そういう根源的な問いをぶつけて、監督からヒアリングで答えを引き出す。(略)
王立宇宙軍オネアミスの翼』の場合は、山賀君が持っている問題意識や世界の捕まえ方みたいのを、僕がかなり上手く引き出せたつもりです。(略)
[『王立〜』後充電状態の山賀から]
相手を庵野に切り替えて、庵野のやりたいことをカウンセリングしていけば良かったんですよ。ところがそれが僕にはできなかった。
 なぜか。
 あの三人の立ち位置というか関係が微妙なんですよ。(略)
 庵野が一番年上なんだけど、監督としてデビューしたのは山賀君が先になってしまった。(略)『マクロス』では庵野の方がスタッフとして活躍したので、庵野君はアニメ界では自分のほうが先輩だと思ってるし、年上だっていう意識がある。(略)
ところが山賀君には「『王立』の監督やったし、次も俺でしょう」みたいな気負いがあるんですよ。
 庵野庵野で「まあ、やってくれと頼まれればやってあげてもいいですけど」みたいな、上から目線なポジションですし。
 赤井君は赤井君で「やって勝てそうだったらやります」と完全に軍師なんです。(略)
ほんとにあの当時、庵野・赤井・山賀、この三人相手ならどの一人も自分の人生かけて全然悔いがないと思ってました。(略)
しかも、三人の面白さが、全然違うんですよ。
 庵野は、あきらかにバランスの崩れたカンジの面白さです。才能は本当に人の十倍あるんだけど、何かが人の十分の一しかない。圧倒的に足りないんです。(略)
山賀君と散々悩んでた間に、庵野を使えばよかったんだよな。今になって思えば、それが、その時の社長としての正しい判断だと思えるんですよ。(略)
[『トップをねらえ!』後、ジャンプ連載『BASTARD!!』に着目]
BASTARD!!』の中に出てくる天使というのが、ウルトラマンの格好をしていたので、庵野君はいたく心を奪われてました。「天使はウルトラマンだったんだ!」って。
 これが、後にエヴァンゲリオンにつながってるのは間違いないですね。エヴァに天使が出てきた時「うわ、すげえ!『BASTARD!!』が原作とは、全然わかんない!」(笑)って、感心しましたよ。(略)
その『BASTARD!!』、今になって読み返してみても、やっぱりすごいです。
 ブラックホールに至る重力の井戸を人間の原罪としてとらえるアイディア。キリスト教的な符丁と物理現象とを並列で語るという考え方。天使とか悪魔とか旧約聖書的な世界観と、ウルトラシリーズとか特撮みたいな、僕らが知ってるものと重ね合わせるセンス。

黎明期ゲーム市場で成功

つくりたいアニメは金にならず、金のためにクズアニメを作る一方、黎明期ゲーム市場で成功、大収益

 それでも、自分たちの中心はやっぱりアニメだと思ってたから、アニメも作り続けました。しかし社内の政治的バランスが徐々に徐々に崩れだしていました。赤井君のゲーム班と、庵野君のアニメ班、実績はあるけど放電状態の山賀君。この三人のバランスも変わり始めていました。
 ゲーム班では赤井君が全ての決定権を握るようになります。
 赤井君にしてみれば「岡田さんが作りたいと言っているゲーム」を作ってるだけなんですけど。(略)
ほんとにその頃は、日銭が欲しかったんですよ。(略)『哭きの竜』『モデナの剣』『ビートショット!!』で稼いできて、それで庵野や山賀に給料を払ってるんですよ。それなのに、庵野や山賀は「ガイナックスはこんなことしてていいと思うのかなあ。岡田さんにはもうついて行けないよ」って、飲んでやがるんですよ。
 「ちょっと待て! お前が今飲んでるその金は、俺が泥ん中に手え突っ込んで取ってきた金だぞ!(略)
『ビートショット!!』でバンダイから千七百万もらって、これをマジックバスに千二百万円で渡して、五百万抜く。これでスタジオは一ケ月持って、文句を言い続けてるアニメスタッフを食わせることができる。(略)これが泥に手を突っ込むということです。

井上博明のクーデター

井上博明が岡田と苦楽を共にしてきた庵野等とはちがう貞本&前田に「俺についてきたらNHKでナディアつくれるよ」と岡田の知らぬところで話を進めてクーデター

みんなごっちゃに一緒にやろうよ、ワンフロアでやろうよ、一緒に悩んだり考えたりしようよ。
 そういう姿勢がガイナックスのはずだったのに、その姿勢が徐々に徐々に崩れていってしまったんです。
 アニメスタッフは、ゲーム班は稼いでいるけども、俺たちに関係ない。俺たちの作品で儲からないのは経営者が悪い。と思っています。
 経営者の僕は、アニメーターたちは金を使うだけ使って、好きなこと言っている。ゲーム班はたくさん儲けてくれてありがたい、と思っています。
 ゲーム班の監督、赤井君には、明らかにストレスが溜まってきます。(略)
「こういう行き詰った状況で、残されたみんなの希望は、岡田さんと山賀君が次の作品を作ることです。二人がいつか作ってくれると思えばこそ、僕はこの役割を引き受けているんです!」と赤井君に涙を流さんばかりの大演説をされたりもしてしまいます。
 僕は「すまない!」と思うんだけど、山賀は話を聞くと、「そうか」と一言言っただけで、そのまま新潟へ帰省してしまいました。(略)
[クーデターの]一番大きい原因は、「ガイナックスというのは山賀・庵野・赤井が岡田さんと一緒に企画をする会社で、俺たちの番は回ってこないんじゃないか」という風に、他のスタッフが疑問を持ち始めたことです。
 貞本君や前田真宏みたいに、『王立』の最初から参加していたスタッフは、それでもまだ切実に「これは俺たちのスタジオだ」という気持ちもあったようなんです。だから、クーデターも失敗に終わったわけです。

  • 面白エピソードいろいろあったけど、疲れたので二つだけ。

ナウシカもどき、落日の西崎義展

『王立』宣伝の東宝東和がナウシカもどきにみせかけようと

[子供が飼っている普通の虫を]巨大な王蟲みたいに見せかけて、街を襲っているイラストを描いてくれと、いつの間にか貞本にイラストを発注してたんです。
 また貞本も受注して描くんですよね、それを!
 ある日、僕が貞本の机を見たら、虫が街を襲っているラフ絵があるんですね。
[激怒する岡田だがさらに]
ポスターだけじゃなくて、本当にクライマックスで巨大な虫を出せないかって言われたんですよ。(略)
でも「虫、なんとか出せないか、三カットだけ」って言われたときに、庵野が一瞬嬉しそうな顔をするのが、目のはしで見えるんです。
 庵野にしてみれば、ずっとリアリティ演技の作画だったから、もう欲求不満になっている。「山賀さえアリなら、虫描いてもいいよ?」みたいな感じなんです。

落日の西崎義展、本田美奈子は俺がスターにしたと語り、謎の薬を飲みどろっとした目で大風呂敷を広げ、出すと言った大金は秘書がしっかりブロック

「二千万は二千万だよ、西崎が払いたいから払うんだよ。理由なんかないよ。ギャラとかそんなんじゃないよ。お前を見て、岡田斗司夫を見て俺が二千万払いたいから払うんだ。文句あんのかよ」

 辻君の場合は、帰り際に百万円の束を二つ、ボンと投げられたそうです。 スーツケースをばかっと開けるとその中に現金がぎっしり入ってて、百万円の束を二つ取って「お疲れさま。車代に持って帰って」ってぽんって投げられた。(略)貰って部屋を出て帰ろうとしたら、秘書が近寄ってきて手を出すんですって。「へっ?」って言ったら「お金」って、二百万取り返されたそうです。
 あれは儀式みたいなものらしい。西崎先生が気持ちよく話をするための儀式なんですよ。