日本SF精神史

日本SF精神史----幕末・明治から戦後まで (河出ブックス)

日本SF精神史----幕末・明治から戦後まで (河出ブックス)

 

貫名駿一『星世界旅行』明治15年

[星世界のひとつ、「智力世界」では三か条で監理された人造人間が人間の代わり働く(←ロボット三原則は40年後)]
1.化学的に於いて生れし人は仮りに其製造人を以て父と定む
2.製造人より購求せしものある時は買主を以て即ち父と定む
3.若し万一にも其人にして罪悪の行ある時は政府より製造人或は他の化学士に命じ、之を改造せしめ又は分析して其の元素に復帰せしむべし
(略)
また「智力世界」では、人間の心のうちを照らし出す道具や、犯罪者を一度に大量に、しかも正確に裁くシステムも確立している。(略)
「文明世界」というのは、財産がすべての人々によって共有されている社会で、貧富の差は存在せず、政府も法律もない世の中として描かれている。そうした制度や機構がなくても、犯罪は起きず、秩序が保たれているのだという。またこの世界には宗教も存在しない。それは「智力円満なる文明世界においては神仏を仮想し、其加護冥福を祈るが如き愚人は絶へてなき所」だという。(略)
 『星世界旅行』は宇宙旅行の物語という形式をとっているが、当時の認識では政治小説だった。(略)
[厳しい弾圧下]民権派の人々は、正面から民権を獲得するための闘争にはふれず、「異世界に存在しているという民権」を描くことで、読者にそのすばらしさを訴えるという戦術をとっていた。

杉山藤次郎『黄金世界新説』明治17年

[典型的演説小説で]世間では経済が豊かになった状態や、知識が進んで文明が豊かになった状態、さらには政府がなくすべてが個人の自由になった世界を幸福と考えがちだが、それらはいずれも誤りだと説く。なかでも杉山はスペンサーを徹底的に敵視し、「政府なき社会」を繰り返し批判し(略)非管理社会としての「小さな政府」を理想に掲げている。司法・警察がなくてもいいというのは、<道徳の改良極天に達し己の欲せざる所これを人に施すことなく 人を愛する己を愛するが如くし>という人間性の進歩の故と書かれている(略)
杉山は「政府なき社会」を排撃してやまない。スペンサーを「敵人」とまで呼んでいる。このようなスペンサー観は、同じように道徳的達成を理想社会の条件にあげていた貫名駿一の『星世界旅行』とは、大きく異なっている。
 民権論者たちのスペンサーに対する評価は、明治15(1882)年をはさんで大きく変化していた。社会進化論が知られるようになり、それまで民権的自由思想と考えられていたものが、競争の自由(極言すると弱者排除の自由)だと見做されるようになり、民権論者は動揺した。(略)
 スペンサーの自由論を、制限なき自由主義、徹底的な闘争を肯定する非人道的競争を促す思想と解した杉山は、これに対して、政府が国民生活を管理/抑圧することは退けながらも、一定の調整機構としては必要だと考えた。

末広鉄腸雪中梅明治19年

[序文は尾崎行雄]サイエンチヒツクナーブエルとルビを付したうえで、「科学小説」という語が用いられている。おそらくこれは、日本で「科学小説」という語が今日的な意味で使われた最初の用例だった。(略)その命名者は尾崎行雄だったのである。

矢野龍渓『報知異聞 浮城物語』明治23年

[序文は森鴎外、ヴェルヌが]自然主義的な文学観からは低く見られていることを確認したうえで次のように述べている。
  〈或は云く小説は詩なり報知異聞は果して詩として価値あるべきかと、嗚呼、小説は実に詩なり、叙事詩なり而れども其境域は決して世人の云ふ所の如く狭溢なるものにあらざるなり(略)〉
 これは日本最初のSF擁護論といえる。さすがは星新一先生の大伯父

幸田露伴「滑稽御手製未来記」明治44年

[小説中で]近未来に可能性の高い発明や制度改革を提案している。たとえば電力を電線で送電するのではなく、電波に変換して無線で送電(略)エレベータで動くプラットホーム(つまり、動く歩道)、単軌鉄道(モノレール)、排気ガスを出さない電気自動車(略)日曜も営業する「常灯銀行」ができると商業界全体が刺激されてますます発展するとか、保険会社と警備保障会社が提携して新しい盗難保険を設けたらどうかなど、商売のアイディアも豊富に語られている。

押川春浪海底軍艦

[押川春浪海底軍艦」がヒットし、第六作までシリーズ化。海賊船団を全滅させ帰還中、ロシアの奇襲で「日の出」は沈没、桜木大佐は事件が明るみに出ることでかえって日本が窮地に立たされることを懸念し、再び地下にもぐる。フィリピン独立派のアギナルド将軍らとも協力関係を結んで、朝日島を拠点にアジア解放民族運動を助ける。第5作「新日本島」では]
老英雄閣下(西郷隆盛)まで登場。西郷は西南戦争では死なず、秘かにフィリピンに渡って独立運動を助けていたのだが、米国の奸計に陥って捕らえられ、ロシアに引き渡されてシベリアに幽閉されていたのだった。(略)
[最終作「東洋武侠団」では]春浪が生んだ最大のヒーロー段原剣東次が青面怪塔に殴りこむ。彼はロシア軍の守備隊百余人を相手に大立ち回りを繰り広げ、西郷隆盛を救出する。

星一「三十年後」大正7年

星新一パパ&星製薬社長)

[大正37年嶋浦太郎が戻ってきた未来社会]
「夢枕」という措置があって、寝る前に装着すると、その日のニュースや種々の知識を吸収できるという。今や世界は、全体に豊かになり、誰もが健全な肉体と精神を所有するようになったために争いがなくなり、戦争もなくなったので、近く軍隊も廃止されるという。
 食生活も変化していた。今では健康的でヘルシーな日本食が世界中で食べられるようになっており、それも「米炊会社」「味噌汁会社」から温かな食事が各家庭に届けられるようになった。また感情も薬剤でコントロールできるようになり、あまりに興奮して危険な行為に及びそうになると、警察の代わりに巡視官が駆けつけてきて、測頭機で頭の検査をして、薬を飲ませて興奮を冷ます。
[実は「三十年後」の著者こそがこのユートピアの建設者というオチ]

空中征服 (現代教養文庫 (1311))

空中征服 (現代教養文庫 (1311))

 

賀川豊彦「空中征服」大正11年

[貧民窟住人の作者自身が主人公。大阪市長に就任し公害問題に取り組むも悪辣な資本家に妨害され刺されたりなんだかんだで失意のなか水中国へ]
そこで人間世界を客観的に見つめる目を養った賀川は、人間界に戻ってくるが、川辺には過去の自分もいる。「過去の自分」と「達観した自分」のふたりとなった賀川は、協力して事態を収拾すべく立ち上がる。(略)
[貧民の体重をゼロにし空中楼閣を作る計画が資本家によって粉砕され]
 ついに、地球に自分たちが住むべきところはないと見切りをつけた六千人の仲間たちは、アインシュタインの相対性原理を利用して発明された光線列車で火星へと向かう。火星には火星人たちが住んでいて共和制を布いていたが、彼らは地球からの難民を温かく歓迎してくれる。その一方、地球では「過去の賀川」が十字架で処刑されようとしている……。