寅さんの「シベールの日曜日」 - 本と奇妙な煙
上記「喜劇人篇」の方は読んだ記憶のない箇所多数だったのだが、こちらの「エンタテイナー篇」は記憶が鮮明。
単行本未収録「これがタレントだ1963・1964」がオモロー。渥美とかクレイジーとはちがい、ここでしか小林がふれてない方々の話が新鮮。
例えばアイ・ジョージ。
ふと気づくと、向こうの隅で今までポーカーをやっていたランニングとパンツだけの小男が、私の顔を穴のあくほど見つめている。
(略)[精悍な野獣がカメラを好奇心に満ちた目で見つめるように](略)盗み見なんてもんじゃない。正々堂々、真正面から見据えてるのである。
(略)
[両親を失くし]中学のころから長野のリンゴ園でアルバイト。銀座の風月堂の洋菓子職人を六年。(略)
[アイスクリーム配達で鍛えた]スピードを生かして、競輪選手(黒田治雄)になり、ニコヨン、横浜の風太郎。それから、ジャズ歌手のハリー黒田に生まれかわり、駐留軍のキャンプでうたったラテン物がウケて、この道に入った。
(略)
彼自身のテレビ番組でも、気に入らぬことがあると、「佃煮屋のオッサン!」と怒鳴りつける。全く感覚的表現だが、これは“商人め!”(つまり、おまえたちは芸術家じゃないぞ!の意)という怒りのあらわれらしい。
(略)
遠くで見ているかぎり、私はこの人の顔が好きである。奇妙なことに、これは老人の顔である。若者の肉体の上に、老人の顔が載っているのだ。
そして、とくにあの残忍さとやさしさとアキラメの混った目、である。
朝丘雪路
「花柳のおじちゃん(章太郎氏)や川口先生(松太郎氏)は舞台へすすめとおっしゃるの。でも、雪会、もう少し、このまンまでいたい……」
(略)
ものすごくあいそがいい。人をそらさない。フランクに自分のすべてをこまかくしゃべっているように見えるが、あとでよく考えると、結局、何もいっていないに等しい、そういうおしゃべりだ。
天知茂
その中でも、大人に受けているのが、「虎の子作戦」のキザで女たらし(実は成功したことがない)の警官“シャネル”。
(略)
いろんな悪役をやっているうちに、社長が大蔵貢に変わり、二枚目もやるようになった。
「なんと『婦系図』の主役をやらされました。白塗りの二枚目で、われながらビックリしましたねえ」
新東宝がつぶれるまでの十年間、邦画界の底辺にいたわけだ。
(略)
「映画ではブツ切りの芝居だけですが、テレビの芝居は流れますからね。映画とはちがった何かがつかめますよ」
今の念願は、天知茂=悪役というイメージをブチこわすこと。そのためにも、コミックな演技を伸ばしたい。
(略)
うわさでは、一年位前までの彼は、異常のかげの濃い暗い人間で、他人とほとんど話さなかったという。
今の彼は、やはりかげはあるが、冗談をいうソフトな紳士である。
長門勇
フランス座にいた人の話では、長門は狷介な男で、なんとなく孤立した格好になっていたという。みんなと飲まず打たず買わず、仕事が終わるとどっかへ行ってしまったそうだ。
(略)
――率直にいって、あなたのやろうとしている線は、渥美清とソックリですが。
「ええ……まア……でも、向こうは、大スターですから……」
すっとぼけているようだが、実は、この人、とんでもない<場面どろぼう>である。
(略)
浅草時代には、ケンカっ早いことと、演技の守備範囲を決めたら徹底的に強いことで定評があったが、さて、いまは、どうだろう?
いしだあゆみ
ペギー・リー、アニタ・オディー、クリス・コナー、雪村いづみ、朝丘雪路と好きな歌手の名をあげて、
「本業がわからない人になりたいんです。朝丘雪路さんみたいな……」
へえ。
「わたし、しゃべり方がつっけんどんでしょう。それで、いろんなことがおこるんです」
(略)[不用意発言で脅迫状が届いたり]
「芸能界はむずかしいですね。イヤになります。それで、みちよちゃん(梓みちよ)に相談したんです。そうしたら、みちよちゃんのところも、いろんな脅迫がくるんですって」
(略)
本当に、男っぽいですね。
「だから、男の子のファンなんて、いないんです。女の子ばかりで、たまに男でくると、小さい子でね、“お姉ちゃん”なんて書いてあるの。ゾッとするわ」
今、上野学園の二年生である。少しは休むが、わりに行っている。
「とにかく、大人はきらいなんです」
小池朝雄
「きょうは、ハッスルしてるんです」
Gパンに黄色いポロシャツ、ついでに目まで黄色い小池朝雄は、喫茶店にはいってきたとたんに、いった。
「撮影所で、吉永小百合にあいましたんでね」
これが、かなり、おかしかった。
(略)
「よく考えると、ぼくのやりたいのは、全部、狂人なんだな」
彼は、“一貫性のある人物”など、ウソだし、やりたくないという。人間は分裂し、二重人格・三重人格であり、多面的な人間ほどすぐれているのではないか、と考えている。
(略)
「(略)とにかく、一つの役で、やりたいことは全部やる。自分でも見てられないくらい大オーバーにやる。一度そうやる必要があると思いますね」
鹿内タカシ
サイン帳を持った女学生が、オズオズと、また厚かましくサインを求めにくる。鹿内のプロの人が阻止しても、きかばこそだ。
が、鹿内は、ガンとしてサインをしないのである。テレビでおなじみの手つきで、はっきり断るのである。女の子たちは遠巻きにして、彼女らの“王子”をジロジロ見ている。
そのうちに、つき人がソワソワしだして、
「そろそろ本番ですが……お化粧は?」
(略)
「化粧なんかいらねえ」
鹿内はうるさそうにいった。
(略)
[去年ジャズ喫茶で観た売れる前の鹿内]
ハリガネみたいに細く、ムチみたいにしなやかな身体で、とにかくカッコがいい。(略)
ジョージ・チャキリスに似過ぎてるのが少し気になったが、全身から発する“殺気”みたいなものが個性的である。
(略)
藤木孝の爆発的人気のかげにかくれて、不遇だった。(略)
「僕は、これからも、女の子なんかにキャアキャアはさわがれないでしょうよ」彼は、笑いながら言ったものだ。「愛されないタイプなんですよ」
打合せが終って、われわれが車にいっしょに乗らないかと言うと、「いえ、歩くからいいんです」砂ぼこりの中を昂然と去って行った長身のうしろ姿が忘れられない。
「鹿内はナマイキだからいい」
めったに人をほめぬ石堂淑朗が言った。この時の鹿内はまるで志を抱いた孤高の浪人みたいだった。
あれから一年ちょっと――あのニヒルな笑いを浮べた浪人が、伊東ゆかりとデュエットで「けんかでデート」を歌う日が来ようとは、夢にも思わなかったネ。