村上春樹の神様

なかなか本が読めないので村上春樹の大好きなチャンドラー本で穴埋め。その前に

やっぱりチャンドラーは神様。盆と暮れには『長いお別れ』を読んでる

と熱く語っている1983年のスタジオ・ボイスのインタビューから。

サリンジャーはもうしんどい。昔ね、最初読んだ時は面白かったけどね。今は読めないですね。『ライ麦』なんてあんなの読めないですね。あんなの、つっちゃ悪いけど。

翻訳の話は出ているかと聞かれ

いや、あの、結局僕の場合は、英訳すると意味ないと思うのね。英語的な表現をなんとか自分なりにさ、日本語にかみ砕いて、そういうふうにしたところにある程度、面白さがあるんであって、あれ英語にしちゃうとさ。
  ---国際通用性はないんじゃないか、と思います?
 全くないですね。すごく日本的だと思うね。というのはだんだんさ、はじめさ、もろアメリカの、英語的なものを、翻訳して、やって、というところから始まったでしょ。今度はどんどん日本的にねえ、方向としてはなっていくと思うのね。食い物がね、僕の場合ね、あの、洋食ばっかりでしょ。だんだん和食に移行してきた。まだね、難しいけどね。なかなか出てこないのね。この前(作品中に)出たのはね、あの、天丼出したのね。今度天丼出るんですよ。『新潮』の一月号(『納屋を焼く』)に出るんですけれど、これは天丼が出てくるんですよ。

それはさ、いわゆる右翼、国粋、農本になっちゃうとね、ヤバイんだけど、やっぱりマルキシズムの減退とさ、呼応してさ、いくんじゃないか、とさ。あの、いわゆる近代西欧文明のさ、根本ではやっぱり、一応マルキシズムが根本になってるわけじゃない。それが、あれだけ減退して、メタクソになってたらさ、やっぱさ、ウナ丼の世界じゃない? そんな気がするね。北一輝よりはさ、ウナ丼にいきたい、と。
(略)
だから僕は、アメリカ的だってよく言われるけど、アメリカそのものをそのまま、もってこう、というんじゃなくて、それに対する個人的対応の中で、何かを語りたい、という気がするのね。

卒論は『アメリカ映画における旅の思想』

シナリオのバック・ナンバーを見て一週間ぐらいでデッチあげたかなぁ。(略)
要するにアメリカ映画っていうのはみんな走っているわけよ。東から西へってね、『駅馬車』にしても。で、フロンティアが終わって、『イージー・ライダー』が走り出してきた、西から東へ逆戻りして、上へ行っちゃうと、『2001年宇宙の旅』であると。それだけのことを百枚に延ばした(笑)。

というわけで、やっとチャンドラー名言集。

ギムレットには早すぎる―レイモンド・チャンドラー名言集

ギムレットには早すぎる―レイモンド・チャンドラー名言集

私は電話に出る気にはなれなかった。電話はもうたくさんだった。どうでもよかった。相手がセロファンのパジャマを着た、もしくは脱いだシバの女王だとしても、私は疲れすぎていてどうでもよかった。頭が濡れた砂を入れたバケツのようだった。

常識というやつは絶対に計算違いをしないグレイの服を着た銀行員だ。しかし、彼が数えているのはいつも他人の金なのだ。

警官はドアを蹴破ったりしない。そんなことをすれば足が痛いからだ。警官は自分の足にはやさしい。だいたい警官がやさしくするのは足ぐらいのものだ。

私はパイプにたばこを詰め、火をつけてふかした。訪れるものはなく、電話をかけてくる者もなく、何も起こらず、私が死のうがエル・パソへ行こうが、気にかける者はひとりもいなかった。

私は空虚な人間だった。顔もなく、意味もなく、人格もなく、名前もないといってよかった。食欲もなかった。酒も飲みたくなかった。私は屑篭の底に丸められて捨てられたきのうのカレンダーの1ページだった。

1時間が病気のゴキブリのように這っていった。私は忘却の砂漠の1粒の砂だった。弾を撃ちつくしてしまった二挺拳銃のカウボーイだった。

この後のになるとかなり有名なので不要かとは思うがとりあえず。

「僕は夕方、店を開けたばかりのバーが好きだ。---後ろの棚の整列したボトルやきれいにみがかれたグラス、そのたたずまいがいい。バーテンがその日最初の1杯をつくり、真新しいマットの上に置き、折り畳んだナプキンをそえるのを見る。僕はその1杯をゆっくりと味わう。静かなバーの静かな最初の1杯---こんなすばらしいものはないぜ」

夢の女が入ってきたのはちょうどそのときだった。一瞬、バーは静まりかえった。伊達男たちは甲高いおしゃべりをやめ、スツールの酔っ払いはぴたりと鳴りやんだ。まさに、指揮者が譜面台を軽く叩き、両手を挙げてポーズをとったときのようだった。

うーん、なんだかわざわざやる必要なかった気がしてきた。時間の無駄だったかなあ。