- 初期消費文化と争ったヘンリー・ジェイムズ
- 『アメリカの風景』(1907)
- 「ホテル」は檻へと変貌する
- 『アメリカの風景』
- 第四章はジョイスの『ユリシーズ』
- 広告を読み耽り映像化していく。
- 広告を白熱したエキゾティックなシナリオヘと翻訳する。」
前日の続き。
- 作者:ジェニファー・A. ウィキー
- 発売日: 1996/05/01
- メディア: 単行本
初期消費文化と争ったヘンリー・ジェイムズ
第三章は、激しく広告と衝突し初期消費文化と争ったヘンリー・ジェイムズ。1904年に20年ぶりに帰国した
彼が見いだしたのは「宣伝は重要な媒体であるという考え方が権威をもって組織化されている姿であり、組織化を好むアメリカ的気質のみが、自己発奮してそこまで組織化し得た権威ある姿であった」。彼の旅は、さながら、宣伝の働きを、宣伝がもたらす効果を映し出す「魔術幻灯ショー」のようである。ジェイムズは至るところで積極的に歴史を探し求めていくが、歴史が宣伝のフィクションによって横領されてしまったということがわかるばかりである。
『アメリカの風景』(1907)
彼は同じ出典が、確かに興味をひかれる参考文献ではあるのだが、必死に節約されて、何度も何度も繰り返し使われるのを眼にしている。また、同じ人物が、英雄や、有名人、即席の流行児や、犠牲の羊のような場合でも、社会的、教育的表看板や「価値」のためにあらゆる関係に引き合いに出され、あらゆる逸話に登場させられるのも見ている。それが、彼がアメリカから受けたもっとも生き生きとした印象のーつなのである。これほど莫大な人口と、浸透した、増大するばかりの需要がありながら、経済より他には自国の歴史が、記録されたものであれ、進行中のものであれ、十分にいきわたっていないというのはいったいどうしたことなのか。
「ホテル」は檻へと変貌する
『アメリカの風景』大衆文化を満載した「ホテル」は檻へと変貌する。ホテル・カリフォルニアではマトリックスを上映中。
わたしがまたもや見たようにおもったのは、自分たちが囚われ、支配されているのではないか、法外な贅沢と喜んで見倣しているものの代価として、雑然とした無秩序に眼をつぶらされているのではないか、という漠然とした疑いを抱いているかのように、ホテルに収容された客という客が動き回っている姿であった。彼らは騙されて檻に入れられているのに、広い空間のなか、檻であるという感覚も、限定された視野も、明らかに感謝の念をもって甘受している。この状況が妥協の産物であり、そこに立ち入り不安に襲われる日がいつか来るかもしれないと微かにでも見当がつく、数多のショーケースや連絡通路がそこになかっただろうか?
『アメリカの風景』
大衆はかくしてさらに熱狂的な心酔者と化していく。大衆はまったく自己満足的に見るものすべてを無批判に受け入れてしまうので、嘘で固めた織物をみて、そこにどれほどはっきりと嘘であるという証拠の織り目があってもそれに気づかず、かくも依怯地に、かくも単純に感傷的なので、どこでもなんでもすべては完璧にすばらしいと思い込んでしまい、いかにもペテンの遣り口でペテンにかけられているのに手も足もでないのだ。
第四章はジョイスの『ユリシーズ』
『ユリシーズ』が書かれる頃までには、広告はその最盛期を迎えており、ありとあらゆる種類の生産に必要不可欠な付属物としてきわめてしっかりと定着したため、文学は広告に同化・植民地化されはじめている。『ユリシーズ』はこの段階の過程を記録するものだが、だからといって、受動的に広告に乗っ取られるままになっているわけではけっしてない。この小説は侵入者を受け入れ、広告言語をそれ自身の目的のために利用している。この小説がどれほど広告技術を作り直しているかを明らかにしても、この小説をけなすことにはならない---『ユリシーズ』は広告に対して文学が多大な犠牲を払って得た勝利を記す場であるがゆえに、なおさら重要な作品なのである。
『ユリシーズ』広告取りのブルームは
広告を読み耽り映像化していく。
ブルームはここで模範農場の広告文を心の中で逐語的に読むのではなく、紙と印刷文から喚起される動的イメージを継ぎ目なく縫い合わせ、家畜とその飼育者を完備した一農場のドラマを作り上げている。広告のかなりそっけないメッセージは、それでもなお、内的映像を生み出すことができるばかりか、『ユリシーズ』自体の頁のうえに奇妙な空間を拓いてもいる。というのもそこに浮かび上がっているのは、外の風景を「読み取った」ものでも、「登場人物」の個人的な記憶でもないからである。「外界」に由来する素材は、本それ自体の内部にのみ存在しているようにおもわれる言語と衝突して、混淆言語を生み出している。われわれもまた、広告、宣伝について経験を積んだ読者であればこそ、ブルームが読み・生み出すテクストを次にまた読んでいるのである。
「ブルームは帰り道も「読み」続け、
広告を白熱したエキゾティックなシナリオヘと翻訳する。」
アジェンダス・ネタイム、植樹会社。トルコ政府から広大な砂地を買い込みユーカリの木を植林。日よけ、燃料、建材に最適。ヤッファ北部にオレンジの木と広大なメロン畑あり。八マルクの料金で、一ドゥナムの土地にオリーヴ、オレンジ、アーモンドないしはレモンの木を植林いたします。オリーヴはかなりお徳。オレンジは人工濯漑の要あり。毎年採れた作物をお手元にお送りいたします。
「広告が勧める投資目的以上のものとして、オレンジ、エロス、満足感に満ちあふれたまばゆいばかりの中東世界を彼は魔法で出現させる。(略)ブルームは広告の語りから、それと隣接する語りの精神領域である、旧約聖書の歴史へと飛び込んでいく。」
死んだ土地にある死んだ海。灰色の太古の海。昔昔。その海は最古の、そして最初の人類を産んだ。……最古の民。彼らは地球上を果てしなく流浪した。捕因につぐ捕因。それでも子を産み、死に、また子を産みして、至る所に子孫を増やした。が、いまでは力尽き横たわっている。もう子を産むこともできない。死。老婆の死。灰色の窪んだ世界の女性性器。