こういう仕事(イラストレーションを描く)をしているので、当然のこととして子供の頃から絵を描くのが好きだった。ぼくの絵を見てくれた近所の人々は口を揃えて褒めてくれた。自分でもついその気になった。
(略)
小学校に入学して驚いたのは、周囲に絵の上手な連中が実に多いということだった。絵を描くのは大好きなので、確かに美術の時間は楽しかったが、リアリズムに卓越した仲間に比べかなり評価は低かった。どうも当時の絵の先生の評価は、如何に対象物を正確にビジュアル化するかで決っていた。暗い色使いも駄目だった。
そんなこんなで、絵を描くことが好きでも、評価されない子供たちは次々と絵から離れていった。残ったのは、先生の評価などどうでもよく、描いていれば楽しいといったぼくのようなマイノリティなノー天気派だった。
(略)
ぼくは絵は上手い下手で評価してはいけないという考え方を持っている。ゆがんだ形にも、濁った色にも、それだから魅力があるといえるのではないか。もちろん絵が上手くて悪いわけではないが、絵画の先生になるのならともかく、特にイラストレーションの場合はただ上手いだけでは面白くない。
(略)
[12年程美大の講師をやった時、落ちた受験生に魅力的な絵が多かった]
「先生、ぼくは先生の大学の受験に落ちたんですよ。それで仕方なく専門学校に入って……」先日、ある若手の人気イラストレーターに言われた。そんなものである。
ぼくは日本の(もしかしたら世界中の)美術教育は間違っているのではないかと常々おもっている
(略)
[イラストレーター志望者の]絵を見て、いいところは指摘する。いつも感じるのはみんなが絵を上手く描こうとしているところだ。どうあがいても上手くなれるはずなどないのに上手く描こうとしている。ぼくにしてみれば情熱的な下手さに魅力を感じているのに、上手く描こうとしている。下手でもいいのだと言う先生はいないらしい。まあいずれにせよぼくはマイノリティだから、ぼくの話など話半分に聞いてください。
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