倉本聰対談集 山田太一他

誤解による自己形成

[母が疎開先で亡くなり]
近所の人たちがドドドってやってきて、たらいにお湯を張って、母を全裸にして(略)しかも、髪の毛を全部剃って、ツルツルにして(略)湯灌をしたわけです(略)
その後、樽が来て、座棺なんですよ。(略)それを山の上のお寺まで、近所のおじさんたちが、えっちらおっちら担いで運んでくれたんですよ。厚意も感じたんですけど、でもなんだかね、すごい暴力的な感じがしたんですね。
お寺の境内の真ん中に植木があって、そのまわりを3回くらい座棺を担いでよいしょ!よいしょ!ってまわったんですよ。それを見てるうちに、もう葬式じゃなくてなんだかお祭りをやっているような気がしてね。そしたら急に、気持ちっていうより生理的にウワーって涙が出てきてね、悔しくてね。
すごく後になってから、もう60歳を過ぎたくらいだったかな。姉と雑談をしているときに、あのとき母が乱暴に扱われて悔しかったねって言ったら、姉が「あれはすごく有り難かったの」って言うんで、何で?って聞いたら……。(略)
[実は父が]故郷の風習でお葬式をやってほしいと、町の人たちに頼んだって言うんですね。だから父が頼んだことをみんなで一生懸命やってくれていたんだということが分かってね。ずーっと疎開者だから無神経にされたって思っていたけど、ぜんぜん見当違いだったんですね。
まったく違う意味に読み取って、それが60過ぎまで僕の人生観のどこかにしこりになってずーっとあったんですよ。
(略)
ホントに人間って、誤解して自己形成しちゃったりするんだなあって(苦笑)

同級生だった寺山修司

太一ドラマで非モテ男子同士がクネクネしてるのが寺山と太一だったとは

寺山修司とは[早稲田で]同級生でしたから。不思議な縁なんですけどもね。寺山も、まだ青森から出てきたばっかりで訛りがひどくて、本はいろいろ読んでいたけれど、だからなんかまあ「子どもがふたり、友達になった」みたいな感じでしたね。(略)
本の話ばっかりでしたね。まあ両方、見栄を張ってるってとこも、あったんでしょうね。元の本を読まずに、解説だけ読んで知ったかぶりをしたりとかね。(略)
なんか、人恋しいみたいな時期ってのがあるんですよね。そりゃ女性も恋しいんだけど、その前に男同士で親しくなるっていうね。今は、もっと小さい頃の話なのかもしれないけど、あの頃はみんなまだ育ってなかったっていうかね。大学1年生くらいでも、ホント子どもでしたね。

松竹入社、木下恵介組で助監督

木下さんは、口述筆記でシナリオを書かれるんで、僕も口述筆記はずいぶんやらせていただきましたね。演出でもね、次の日に撮るシーンを木下監督ならどういうふうに撮るかとか、時間をどのくらい用意したらいいかを考えるから、コンテ(カット割り)なんかを想像するわけですよね。そういうのが勉強になりましたね。
(略)
[映画が斜陽になりフリーになった木下がTBSでひと枠持つことに]
巨匠がひとりで来ても向こうも困っちゃうから、誰か付けろってことになって、僕がカバン持ちで付いたんですよ。木下さんは、普段はコンテを考えない方なんですけど、テレビだとそれではカメラ割りができないっていうんで、考えるわけですよ。Aカメでアップを撮る、Bカメで引きを撮る、Cカメで手元を撮るっていうふうにやっていたんです。そのときに、「ここに、もうひとセリフないとダメです」とか、そういうのを僕が判断してたんですよ。そのコンテじゃダメですって。
(略)
[一週間に一本で脚本が足りず]
木下さんも僕には「これはダメ」ってはっきり言えるけど、お願いした脚本家には遠慮もあったんでしょうね。それで、「君が書け、君が書け」って言うから書き始めまして。
で、そのときに木下さんが胆石になって入院なさったんですよ。それで一生懸命書いた本を持って行きまして。ベッドに横になっている木下さんの前で、僕が読み上げて。で、聞き終わると「あのセリフはいらない、あそこはこうして」って言われて、それを病室で直して。
(略)
木下さんが19本書いて、僕が20何本か書きましたね。
それで、ずいぶん勉強させていただきました。

北の国から』と『想い出づくり。』

倉本 あれはね、『北の国から』が先に決まってたンだけど、TBSがぶつけてきたンです。(略)太一さんの方が、先にスタートしたンですよ。同じ秋の作品なんだけど、2、3週前から始まってたンですよ。で、そちらの方が良かったンです、視聴率。
山田 いやいや、あとで圧倒的にね。
倉本 いや、負けたんです、完全に(苦笑)。
(略)
山田 [『北の国から』]見てましたね。どうやって見たんだろう?
倉本 僕はね、その当時は、ビデオを録れなかったから、太一さんが『想い出づくり。』を全部ビデオに録って送ってくださったの。放送が終わってから。
山田 ああ、そうでしたっけ。わー、余計なことをしたなぁ(笑)
倉本 いやいや、そんなことないですよ。それを見て、非常に勉強になりました。
山田 僕も、改めて倉本さんは、やっぱりユーモアっていうのかな……そういうのが、とっても上手いなあと思ってね。

『前略おふくろ様』と『それぞれの秋』

(→kingfish.hatenablog.com

倉本 僕は、『前略おふくろ様』というのを書きましたけど、あれは、太一さんの『それぞれの秋』のナレーションに刺激されて書いたんですよ。『それぞれの秋』は、小倉一郎のナレーションで進行するんですよね。でもね、昔、僕がやってた日活映画では、「ナレーション」と「回想」は、卑怯な手だから使ってはいけないって禁じられてたの。(略)
ところが『それぞれの秋』を見ていたら、堂々と小倉一郎がナレーションでことを進んでいるわけね。(略)
それを見ていて、たとえば高倉健みたいな人が無口でいるってことは、本当に無口なンだろうか?インナーボイス(心の声)は、意外と饒舌だったりするンじゃないだろうかって思って。田舎の青年が山形から出てきて、方言コンプレックスもあって人前で口にできない板前の心の声を、思い切ってナレーションで喋らせちゃおうって。(略)それと山下清の『裸の大将放浪記』の語り口を加えていったンですね。
(略)
山田 あのね、『逃亡者』っていう、お医者さんが無実の罪で追いかけられるっていうテレビドラマが、その頃すごく当たってたんですよ。それのナレーションが、ホント素敵だったんですよ、ロマンチックで。……それでね、あ〜こういうのアリだなって思ったの(笑)。(略)
あのころ、サリンジャーの『ライ麦畑でつかまえて』が野崎孝さんの翻訳で出て、その語りっていうのが、非常に魅力的だったんですよ。それで、『それぞれの秋』はサリンジャーでいこうってことになったの(笑)。

ハエ

ハエっておもしろいもんでね。動物が生きてる間は彼らは卵を産みつけないんですよ。でも、死んでからでもないんですよ。死期が近づいてきた動物に、ハエは卵を生みつけるんですよ。
まだ生きていて、獣医の僕が治療してるのに。だから一生懸命卵を取るんですけどね。でも、やっぱりハエには分かるんですね。そろそろ死にそうだって。
それでその動物が死んだら、もう卵から孵ってウジになって、すぐに死肉を食べ始めるんですよ。これって要するに生物をいかに早く分解するか、という役目なんですね。だからハエって、とっても重要な役割を果たしていると思いますね。

動物に虚栄心はあるか?

虚栄心だらけでしょうねえ、オスは。オスはもうとにかく、メスからモテようとしてますからね。多少つらいことがあったとしても胸を張って生きて行きます。(略)
[自己顕示欲は?]
ああ、それも。オスはそればっかりです。
メスには、ないですけどね。メスはいいんですよ。黙ってたって、私準備ができましたよってホルモン出したら、みんな寄ってくるわけですから。
オスはもう、自分の遺伝子を残そうと、他のオスより俺がいちばんという自己顕示欲のかたまりになります。

子育て

動物ってよく、自分の子どもを食べちゃうって例あるでしょ?あれ実は、子どもを食べるような親は、次に可能性があるんですよ。子どもを無視する親は、次の可能性は厳しいです。
愛情があるから食べるんです。自分のものにしようと思って、不安で不安でしょうがなくて、この子は誰にも渡さないって食べちゃうんです。そうすると、安心して育児ができる環境をしっかり整えて、絶対大丈夫だってお母さんが思ったら、食べちゃうようなお母さんは、次、必ず、うまく行きます。
(略)
よく野生のチンパンジーが、死んだ我が子の亡骸を、ずーっと持ち続けて……。干からびてもずっと持ち続けてるってありますよね。
あれは、きっと事故で死んだ子どもです。生まれたときには健康で、親の乳もちゃんと吸って、親が、この子は大丈夫だと認識したと思うんですよ。それでその後の事故だから、手放せないんですよ。

[「狂った果実」のオファーを断るが、兄の長門が]
「この映画に出たやつは必ずスターになる」「100%そうなるんだ」と。「でもな、考えて見ろ」「これ、ほかのやつがやったらな、俺のライバルが出来るんだぞ」(略)
「でも、お前は役者やる気がないんだろ?そしたら、これ1本やってやめればいいじゃないか」「そしたら俺のライバルをつぶすことになるんだよ」と。
「お前、弟なんだから、それくらい協力しろ」と。「兄貴を助けると思ってやれ!」と言われて。(略)
[前評判でプロマイド売れ行き1位、大人気に]
彗星のごとくスター登場ってやつですよ。そしたら、日活で兄貴の企画だったやつが、全部僕の方に来るようになっちゃったわけです。で、兄貴の仕事がなくなってきて。一緒に住んでましたからね、もううちの中がトゲトゲになってね。
毎日、雑誌社から電話がかかってきて、それをお手伝いさんが取る。それで「はい、はい、あー、グラビアと対談ですか?あ、津川雅彦ですね」ってそこまで聞くと、兄貴が飲んでたコップをガシャーンって庭に投げつけてる音がね、聞こえてくるわけですね。
(略)
それで兄貴が日活に「もうやめます」と言ったら、若い役者がみんな兄貴を慕ってて、みんなが泣いて「長門さん、やめないでください」と。「すべて津川のせいでしょ?」「だったら、津川がやめればいいんじゃないですか」って、みんなが泣いて止めたんで、「そりゃあそうだな」って兄貴も(笑)。それで僕が呼ばれて「お前やめろ」と。
でも僕はね、この「良い顔」さえあれば、どこの会社に移ったって、大丈夫だって思ってたから。「いいよ移るよ」って。
[松竹に移ったが出る作品どれも大コケ、解雇。一方長門は『豚と軍艦』でブルーリボン主演男優賞]

三島由紀夫『恋の帆影』舞台

とにかく三島由紀夫さんが、恰好良くてねー。初日の日にタキシード着て「おはよう!」って僕の部屋にいらしてね。「シャワー貸してくれ」って言って「はい、どうぞ」って言ったら、パパパーと脱いでね、シャワーにお入りになって。(略)[タオルが切れてたら]「いや、いいんだ」って、濡れたままシャツをぱっと着てねー。[筋肉が出て恰好いいなあと思ったが](略)
後でみんなから、「お前、狙われたんだぞ」って言われて、「あ。そういうこともあるのか……」と思ったりしたことも

子供が誘拐され犯人からの電話を待つ緊迫の朝5時、ゴルフの約束をしていた辰巳柳太郎から電話、理由は言えず行けないと言うと、「ゴルフに“ごめんなさい”はないんだ!」と30分粘られる。
[丹下段平役もやってるだけに、なんか面白さ倍増w。
すまなんだ、ジョー。]

事件が終わってからね、辰巳先生から電話がかかってきたんですよ。「雅彦かぁっ!」「はい」「ごめんな!」「ごめんな!」……もう泣いてらっしゃるんですよ。「ごめんな!今な、女房が後ろからな、俺の頭ひっぱたいてんだよ」「いちばん大変なときだったんだよな!それに俺はお前を、30分だぜ」「30分お前を手こずらせた!」「これからな、お前に謝りに行きたい。いや電話じゃなくて、お前の顔を見て謝りたいから、行っていいか」っておっしゃる。 (略)
先生がいらして、飛んで出たら玄関の土間に土下座をして、「雅彦おっ!悪かったあっ!」「勘弁してくれえっ!」って。ホントにねぇ、喜劇っていえば、ホント喜劇(笑)。

あしたのジョー (実写版) [DVD]

あしたのジョー (実写版) [DVD]

 

[映画館で売っていた「採録シナリオ」。左頁がヒアリングで採録した英語、右頁が日本語]
倉本 僕は、その採録シナリオっていうのを、もう趣味みたいに読んでたンですね。(略)
[テレビ創生期でシナリオのルーチンがなく]
採録シナリオを思い出して、採録シナリオにはここで音楽が入るとか、でき上がりの姿をこと細かに書いてるから、これがいいンじゃないかと思って。それを僕は、テレビ脚本のスタイルにしたンですね。だから音楽の指定まで書いて、演出家から嫌がられるンですけどね。

『第三の男』「今夜の酒は荒れそうだ」

ナイトクラブで水割りを飲んでいる闇屋のルーマニア人が苦々しそうに、"I shouldn't drink it.It makes me acid."って言うんですね。直訳だと、「私はこの酒を飲んじゃいけない」「これは私をacidにする」って。acidって酸性で、体を酸性にするって意味と、非常に機嫌悪くさせるっていう両方掛かった掛け言葉なんですね。
(略)
もう素晴らしい名訳でしょ?秘田余四郎さんって、お酒飲みの方

カサブランカ』「君の瞳に乾杯」

あれもね、とってもつまんないっていうか、"Here's looking at you,kid."っていう原文で、直訳すると「君を見ながら」。
どこにも「乾杯」もないし、「君の瞳」もないの、原文は。ただ「君を見ながら」って言ってるだけ。(略)
このkidがくせものね。(略)ハンフリー・ボガードにすればイングリット・バーグマンは年下の女だから、愛情込めて「お嬢ちゃん」みたいな感じで言ってるわけね。[日本語の「お嬢ちゃん」だとからかう感じになるし、字数制限もあるから](略)
「君の瞳に乾杯」って言うとね、彼の気持ちがものすごくよく表れるわけ。

地獄の黙示録』撮影中のコッポラ、アメリカとフィリピンを頻繁に往復、その途中必ず日本により、NHKのハイビジョン工場を見学したり

[ジャングル炎上やヘリコプター編隊飛行]を現地で見たりして、ホント得難い経験をいたしました。(略)
それで、私が道すがら「字幕をしたい」なんてポロっと言ったので、あとでコッポラ監督が「字幕は彼女が現場をいろいろ見てるから」って、ひとこと言ってくれて。それが鶴のひと声で、あの大作が、まだ新人の私に来たと。