倉本聰と山田太一「それぞれの秋」

倉本聰の対談番組「みんな子どもだった」(BS―TBS、日曜夜11時)に山田太一登場番宣記事に

倉本は山田の「それぞれの秋」(73年)に触発され、75年に始まった「前略おふくろ様」からナレーションを採り入れたと明かした。

なぬううう、というわけで「それぞれの秋」を借りてきた。語り手・稔役は小倉一郎

それぞれの秋

それぞれの秋

木下惠介生誕100年 木下恵介・人間の歌シリーズ それぞれの秋 DVD-BOX

木下惠介生誕100年 木下恵介・人間の歌シリーズ それぞれの秋 DVD-BOX

以下ナレーション抜粋。

稔の声「それに、女の人や、年をとった男の人には分らないかもしれないが、ぼくらの年頃には、とても鋭く、なんと言うか、刺すように、女の人を求めているのだ。あとで考えれば馬鹿みたいなことでも、その時に、頭がポーッとして、自分じゃないみたいに、つまらないことをしてしまうことがあるのだ」

稔の声「こんな時に、ぼくがこんな妄想を起こすことを弁解しようとは思わない。でも、なんだか色っぽいお母さんなので、いつか、この人とぼくは、すごいことになるのではないか、と」

稔の声「まったくぼくの人生は恥多き人生で、一日一回ぐらい、死にたいような気持になるのだ。唐木とバーヘ行ってのんだのは土曜の夜だった。唐木は、この前キャバレーヘ入れなかったことを馬鹿に気にしていて、ぼくに世慣れた所を見せたくて仕様がないのだ」
(悪友・唐木役は火野正平

もう庄司薫ですよ、サリンジャーですよ。それがショーケン、北の国まで到達したのか。

赤頭巾ちゃん気をつけて (新潮文庫)

赤頭巾ちゃん気をつけて (新潮文庫)

キャッチャー・イン・ザ・ライ

キャッチャー・イン・ザ・ライ

稔の声「不潔とか言うんじゃないけれど、唐木に触れられたりするのは嫌だった。ぼくたちのつき合いが、ふとホモみたいな気持ちになって、純粋な友情に傷がつくような気がしたのだ」

あとアキバおにいちゃーんw先取りみたいなのも

「(略)ぼくは、そんなことで俺はだまされないぞ、と言っておく必要を感じた。われながら、少しお節介だと思う。でも、誰に対してもお節介な訳ではない。妹だからこそなのだ」

毎回、前回までの解説としてモノローグがあるのですが、一番面白かったのはこれ。

稔の声「ぼくは大学の二年生だが、あまり出来がよくないせいもあって、話を要約するのは得意ではない。もうこのドラマも六回目だ。そうなるとここで五回分をひとロに説明しなければならなくなる。そういうことはうまく出来るわけがないので、あつかましい事を言うようだが、そろそろこのドラマを見て下さる方は、なるべく毎週見損わないで見ていただきたいと思うのです。要するに、一口に言えば、これはわが家の五人の家族の物語で、平凡な一家で、しかしやっぱりぼくは語るに足るような気がするので、終りまでお話しようと思う。ぼくは、いまちょっと気持が落ちつかない。これからお話する所は、とても大変だったのだ。思い出してものどが渇く。ぼくは、不良グループヘ入った妹を、たったひとりで、そのグループの本拠へのりこんで救けようとしたのであった(誇らかな口調が終りでチラとあって)」

父・小林桂樹、母・久我美子、兄・林隆三、妹・高沢順子、スケ番・桃井かおり。痴漢して失恋を忘れろと悪友・火野にけしかけられた小倉、桃井を触って不良グループアジトに拉致される、そこへ新入り不良として妹登場。家族をまとめようと悪戦苦闘の小倉、なんだかんだあって後半、父が脳腫瘍になり今まで溜めていた妻や子らへの不平をすべてぶちまけだす、家族は父がずっと眠っていたことにするが、手術後同室患者から事実を聞き出した父は真実を話せと迫り、父親だけに恥ずかしい思いはさせられない、僕も自分の恥をさらすと小倉、そして家族は次々に、という太一ドラマ定番告白大会大団円。
あとがきで山田が「中年男のブルーのジーンズに対する偏執など、やや時代のずれを感じられる」としているシーンが、なかなか面白い。手術前おかしくなっている小林桂樹が治ったらやりたいことを医師に語る部分抜粋。流れの中で読むとかなりオモロ悲しいのだが、これだけだと伝わらぬか。

「ブルーの、ブルーのジーパンがはきたいですねえ(涙をこらえ、哀切である)」
「ええ(しみじみ)ブルーのジーパンをはいて、細身のシャツを着て、長い髪をはやして、背が高くて、長い足で、細いウエストで、同じようにジーパンをはいた、すらりとした女の子と、銀座あたりを歩いてみたいですねえ」
「長い髪が風になびいて、その辺をドタドタ歩いている、背の低い中年男をドンドン追い抜いて、女の子の肩に手を回しさわやかに歩いてみたいですねえ」
「(略)スラリーッとした足で布製のショルダーをさげましてねえ。(略)サンフランシスコなんか、どうでしょうか? どうでしょうか。先生」(略)
「軽ろやかにデイトがしたいですねえ」(略)
ジーパンをはきたいですね。グスグスドスドスボコボコとはきたくはないけれど、スラリーッと、ブルーのジーパンをはきたいですねえ(と目を閉じる)」

  • あとがき

家族が悪口を言い合うのがリアルだとするプロデューサー(←久世?)と対立、お互いの秘密を明かさない平穏無事な一家を描きたい「ブラム・ストーカーのドラキュラを書きたいんです」と主張するも却下され、くさくさした気分でジャック・ニコルソン新作「ファイブ・イージー・ピーセス」を観にいく。

 「山田さん」
 小さな声が背後で聞えた。振りかえると、一度だけ逢ったことのある俳優なのだった。十八、九の青年で、木下恵介さんのお宅で、「冬の雲」というドラマに出た青年だと紹介されたのである。名前も忘れていた。
 「あ、こんちは」というと、
 「映画ですか?」フフフ、と笑った。
(略)
 フフフ、と彼はまた微笑した。
 不器用でナイーブで、短いやりとりの中に、知的な匂いも、なんともいえず可笑しいようなところもあった。
 ジャック・ニコルスンを見ながら、段々私は映画を忘れていった。いけるような気がして来たのである。背後の彼を主人公にすればいけるぞ、というように、どんどん気持がたかまって来たのである。
 50パーセントしかなかった自信が忽ち80パーセントぐらいになって来た。ドラマの姿も、どんどん鮮明になって来るのだ。だから今でも「ファイブ・イージー・ピーセス」が、どんな映画だったか判然としないままである。
(略)
[コーヒーに誘うと青年は横の友達と三回見るからと断る]
 つまり、私と見た回の前から見ていたのであった。「フフ、すいません。映画、好きなんで。フフ」
 別れて、私はひとりで外へ出た。入る時とはまったくちがう気分だった。わくわくしていた。「彼でやろう。彼なら絶対うまく行く」
 それが、売れない頃の小倉一郎君であった。