訳詩のあまりの違いに驚いたので写真とともに。
「大鴉」冒頭部、加島祥造・2009年版訳
あれは嵐の吹き荒れる夜のことだった
それも真夜中だ。
悲しさにぐったりした気持で
もう世に忘れられた古い怪奇な物語を
読んでいた。ふと、うとうと
睡りはじめた。と、とつぜん
こつ、こつ、こつ、まるで誰かがドアをそっと
叩くような音。
「誰かが訪ねてきて
ドアをノックしているんだ」とぼくは呟いた。
「ただそれだけだ、なあんでもないのさ」
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Once upon a midnight dreary, while I pondered, weak and weary,
Over many a quaint and curious volume of forgotten lore,―
While I nodded, nearly napping, suddenly there came a tapping,
As of some one gently rapping, rapping at my chamber door.
“Tis some visitor,”I muttered,“tapping at my chamber door―
Only this and nothing more.”
- 作者: エドガー・アラン・ポー,加島祥造,Edgar Allan Poe
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ある嵐もようの夜、それも陰気な真夜中のこと、
私はひとりぐったりとした気分で
もう忘れられた古い不思議な物語の数々を読んでいて――
思わずうとうとと睡りはじめた、と、とつぜん
こつ、こつ、こつ、という音
まるで誰かがこの部屋のドアを、
そっと叩くかのよう――
“誰かが訪ねてきて”と私はつぶやいた
“部屋のドアを叩いているのだ――
ただそれだけのこと、なんでもない”
- 作者: エドガー・アランポオ,Edgar Allan Poe,日夏耿之介
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[()内はふりがな。]
むかし荒涼たる夜半(よは)なりけり いたづき羸(みつれ)黙坐しつも
忘郤(ぼうきゃく)の古學の蠧巻(ふみ)の奇古なるを繁(しじ)に披(ひら)きて
黄奶(くわうねい)のおろねぶりしつ交睫(まどろ)めば 忽然(こちねん)と叩叩(こうこう)の欵門(おとなひ)あり。
この房室(へや)の扉(と)をほとほとと ひとありて剥喙(はくたく)の聲あるごとく。
儂(われ)呟きぬ「賓客(まれびと)のこの房室の扉をほとほとと叩けるのみぞ。
さは然のみ あだごとならじ。」
加島祥造・2009年版訳解説より。
太平洋戦争のはじまったころ、二十歳ごろの私は早稲田大学の英文科にいた。当時は詩人の目夏耿之介教授がいて、私は彼の教室に出た。また、彼の詩や散文に心酔して、その詩のいくつかを暗誦したものだ。すでに彼にはポー「大鴉」の訳(1935年)があって、私も読んでいた。
(略)
それから三年生のとき、私は軍隊に入った。二年十か月で敗戦となり、東京に戻った私は再び早稲田に入り直した。そのときの英語の授業では、谷崎精二氏の教室に出た。彼は谷崎潤一郎の弟で、彼自身も小説を書いてかなり知られていた。彼もまたポーの翻訳が沢山にある。「大鴉」も訳していて、そのなかではNevermoreは「またとなし」となっている。
(略)
平明な文語体の訳だ。しかし、深い詩的感動からのリズムや情緒はまったく感じられない。これは、谷崎氏が散文作家であるから仕方ないことだ。(略)日夏さんの訳は高踏的で晦渋であり、谷崎さんの訳は平明で乾いている。そしていわば私の訳は、この両方の狭間にあって詩の情念とリズムと平明さを結合しようと苦心している。(略)
私の「大鴉」その他の訳は、最初は岩波文庫の『対訳 ポー詩集』のためになされた。1995年のことだ。(略)ただしこの仕事は対訳で、英語の原文が対ページにあるものだったから、訳の詩行もややそれにとらわれて、自由に原文を離れた訳になれなかった。今度、この訳詩集を出したかったのは、対訳でなくて詩だけを、物語詩として語り直したかったからだ。もっと自由な、一個の独立した物語詩に仕上げたかったからだ。
大鴉と言えば、ということで。
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