ボブ・ディラン 指名手配 その6

前回の続き。 

 チャーリー・クインタナ

 チャロ・チャーリー・クインタナは、かつてはプラグス、そしてクルサドス、今はハヴァリナスのメンバーで、ボブ・ディランと演奏した最高のドラマーのひとり。

(略)

「レターマン・ショウ」のことを話してください。

(略)

 出演のためのリハーサルはしたんですか?

 

 ああ、テレビ局でサウンドチェックをした。前日の夜にもリハーサルをしたんだが、その時はぼくたちが知らない歌を曲も演奏したんだ! サウンドチェックの時にはスタジオを立入り禁止にして、ボブがいるからってことでNBCのお偉がたがせいぞろいしていた。ワン・ツー・スリーで曲をはじめるなんてことはなかった。ボブがギターをひきはじめて、ぼくたちがそれにあわせてはいっていくんだ。終わりもおなじようだった。彼がただ弾くのをやめるんだ。「ダ・ダ・ダ・ダ・ジャーン・ジャーン!」などというエンディングはなかった。

 本番の5分前に、ぼくはビル・グレアムに言ったんだ。「こまるよ、こんなんじゃやれない。どの曲を演奏するのか、ボブに聞いてきてくれよ」と。彼はもどってきて「ボブにもまだわからんそうだよ」と言った。ぼくたちは「何てこった!たった150曲しか練習しなかったぜ!」と言ったんだ。

 

 でも番組がはじまるまでには、〈Jokerman〉や〈License To Kill〉をやるとわかっていたのでしょう……

 

 いや、全然。正直いって〈Don't Start Me Talking〉なんて……あの番組の前にはやったおぼえがない!

 

 するとテレビの番組でライヴ演奏するのに、ボブは一曲目にあなたたちが知らない曲を選んだということですか?

 

 そうだ。でもやるしかない。わかるだろう?(笑い)(略)

 

 〈Jokerman〉のとき、ディランがふりむいてハーモニカをとろうとしたのに、なかなかみつけられなかったのをおぼえていますか?

 

 ああ、はっきりおばえてる。あそこは最高にうまくいった。一曲を初めから終わりまで完全に決まった通り演奏するという具合のリハーサルをしていたのなら、どうしようもなくなっていただろうね。でも、ぼくたちはつぎに何かおこるかわからないのに慣れていたから、ボブがハーモニカを手さぐりしているあいだも、どうにかドラムを叩いていられたんだ……ヴァースの一部とコーラスのあいだずっとだよ。まるで10年もの長さに感じた。カメラマンは間がもてなくて、ぼくのクローズアップを撮ったよ! ハハハハ!きっとディレクターが「ギター・プレイヤーを撮れ!今度はベース・プレイヤーだ!次はギター! ベースに行け!よし……ドラマーも映せ!」なんて叫んでたんだろう。


Bob Dylan - Jokerman (Live - letterman'84).mpg

  

ロン・ウッド、インタビュー 1985年

 初めてボブに会ったときは、どんな話をしたんですか?(略)

 

 1974年にグリーンハウスでやったフェイセズのパーティで、ボブがぼくのところへきたんだ。人ごみのなかをやってきて、突然ぼくの前にあの顔をつきだして、「きみのアルバムが気にいっている」と言ったんだ。ぼくは「えっ!ありがとう、ボブ!ほしいものすべてが手にはいったみたいな気分がする。あなたにそう言ってもらって!」と言った。音楽をつくる時には、ある意味でいつもボブのことが頭にあった。そのボブが、それまで面識もないのに、そう言ってくれたんだよ。そのあとはほんとうにいい気分だった。「キースによろしく言ってくれ」ボブがほかに言ったのはそれだけだった。

 

 つぎの出会いはいつだったんですか?

 

 シャングリラ・スタジオで、エリック・クラプトンと一緒に《No Reason To Cry》のアルバムをつくっていた時だった。ぼくは同時にリック・ダンコとちょっとした録音をしていて、イアン・マクレガンやロブ・フラボニもそこにいたんだ。それである夜、ハリウッドのサンセット通りにいる時、たまたまシャングリラに電話をして、「そっちは今夜は何かあるかい?」ときいた。そしたら彼らが「何もないよ。ボブ・ディランがここで演奏している以外は」と言うんだ。「何だって?」とぼくはききかえした。彼らは言った、「そうだよ。ボブがここにいる。ベースをひいてるよ。きみの曲のひとつをやってるよ」と。ぼくは言った、「彼を帰さないでくれ!」と。それで結局、ぼくはホブといっしょに演奏することになったんだ。ぼくとジェシエド・デイヴィスとエリックと...…ダンコだったかジェイミー・オーデイカーもいたはずだ……それに、エリックのバンドもいたはずだ、マーシ・レヴィンとディック・シムズとカール・レイドルがいたのをおぼえている……とにかく、それからセッションはたっぷり二日続いた。

 〈Seven Days〉をもらったのはその時だ。ボブがエリックに言ったんだ。ぼくもそばにいたけどね。「よければこの歌を使っていいよ」って。それでぼくがその申し出をうけてエリックはうけなかった。

 

 彼はあなたのためにその歌を演奏したんですか?

 

 そうさ。ぼくとエリックのためにスタジオでそれをやって見せて、ぼくたちがそれを録音したんだ。どこかにそのテープがあるはずだよ。ぼくも自分の分を持っていたが、だいぶ前にどこかにいってしまった。ボブはすばらしい歌を何曲かやってくれたんだ。「これを使ってもいい。こっちの曲でもいいし」というぐあいにね。

(略)

[ボブがテントで暮らしていた話になり]

 そう、その通りなんだエリックが話したんだね。とてもよくおぼえているよ。ボブはぼくのベッドの用品を持っていて、あのテントをつくったんだ。シーツとか枕とかありとあらゆるものを集めてつくった。

(略)

ある夜、部屋へもどってみると、ありとあらゆるベッド用品が消えていた。大きく開いていた窓から外をのぞくと、ずっと遠くにテントが見えた。広い庭のまんまんなかにだ。ボブがそこに女といっしょにひきあげていたけど、女のほうは大きなギプスをはめてるんだ。かたほうの足と両腕にギプスをはめてるんだよ!すごく滑稽に見えた。彼女が庭を歩いているところは、『ゾンビ』の映画みたいだった。

(略)

 

ボブはベースが上手ですか?

 

 腕ならしをしていたんだ。彼はギターでもベースでもピアノでも自分の曲を弾ける。彼のオルガンとピアノはすばらしいと思うよ。

 

 ラスト・ワルツ・コンサートには、どうして出ることになったんですか?

(略)

 

コンサートには、ただ見るだけに行ったんだ。それで会場に着くとすぐにリンゴにばったり会って、ふたりで坐ってコンサートを楽しんでいたら、ビル・グレアムがぼくたちを「きみたちも出てもらいますよ!」と言って椅子から立たせたんだ。ほかの人とおなじように、ぼくたち本人だって思っていなかったことだ。ぼくの大きらいなニール・ダイアモンドが、……実際、なんであいつがあそこてああいうことをやってるのか、だれにも理解できなかったね..…ステージからもどってきて、ボブが出ていこうとした時だった。ダイアモンドはステージからひっこんだ時「ぼくのあとにやるのはたいへんだよね。ぼくがすごくよかったから」と言ったんだ。そしたらボブは言ったよ。「どうしてほしいんだ?ステージに出ていって居眠りでもしてほしいのか?」って。

 

 つぎにボブに会ったのはいつですか?

 

 ええと、ぼくがマリブ地区に住んでいた時に、サラがボブと別れてぼくとクリシーのところに来たんだ。(略)

サラは家族全員をひきつれてきたので、うちのダイニング・テーブルは満員になった。

(略)

 それからしばらくして、ぼくがマンデヴィル・キャニオンに住んでいたとき、ジム・ケルトナーが「今夜、友だちをつれていってもいいか」と電話で言ってきた。ぼくは「喜んで」と答えた。それでジムがボブをつれてきたんだ。そのころボブは彼を力になってくれる人物と信用していたのだと思う。ボブには行くところがなかった。それでジムは、ボブがくつろげるように、プレッシャーを感じなくてすむように、うちへつれてきた。10回のうち9回は、うちのガレージでセッションをやることになった。ボブは何度か、特別の用件もなくやってきた。そしてよくぼくといっしょに奥の部屋に坐って、ただしゃべっていた。ボブは「ぼくもこういう場所がほしい。この家が好きだ」とよく言っていた。

(略)

 ボブがキリスト教に熱心になったあとも会っていたんですか?

 

 会っていたよ。(略)キースに言わせりゃ、あれはボブのご利益の予言者時代だった。ホブはまさかと思うぐらい変わっていて、客に説教をしていた。ぼくは「いいぞ!やれやれ!」って大声でいったよ。ボブがそのうちにあんなに熱心ではなくなるのがわかっていた。だけど、簡単に人の意見をききいれないのをわかっていた。ボブがやろうとしていることを変えることなんてできないんだよ。

 

 あなたは1981年に《Hearts Of Mine》で演奏していましたね….

 

(略)あの時、ボブはクライディ・キングといっしょだった。あのころのボブはいつもクライディに慰めてもらっていた。彼女はボブにとてもよくしてやっていたが、ふたりはチョークとチーズみたいだった。あのふたりはいっしょにいるのが想像できないぐらい違った人間なんだ。彼女は黒人で、奔放で、ハンバーガーを食べるソウル・シンガー、ボブのほうは無口で白人で、彼女のハンバーガーのすみをかじってた。いつもボブがハンバーガーをふたりで分けようというのに、クライディがいやだといって全部食べてたのをおぼえているよ。あのころのボブには、そういうことが必要だった。彼は、人のなかにすごく激しい才能を見ぬくんだ。クライディはすばらしい声をしていて、ボブがメロディをほのめかすピアノを弾き、彼女がそれに加わってふたりで歌をつくっていく。そして、さらにほかの女性シンガーも加わるんだ……そして熱くてすてきなものができあがるんだ。テイクとテイクの合間に、ボブとクライディがつくった歌は大地を揺るがすようにすばらしかったが、ボブがそれをプロデューサーにまかせて埋もれさせてしまったと聞いておどろいた。〈Driftin' Too Far From Shore〉がそのいい例で、きらきらしたすばらしい、ほんとうに脈打っているロックンロール録音ができた。だけどレコードを聴くと……(略)

ぼくは言ったよ。「ボブ!どうなっちゃんたんだ!きみのピアノはどうなったんだ? ドラムはどうしたんだ?」って。

(略)

[ボブは]ただ、こう言った。「うん、ぼくがこの人のことをよくわかっていなかった……」と。つまり、プロデューサーのことだ。さらに、ボブは「……彼をこまらせたくなくて」と続けた。だからぼくは言った。「だけど、きみのアルバムじゃないか!」と。ボブは「ああ……だけど彼のことがほんとうにわかっていなかったんだ」って言った。(略)

ボブの弱い面が出ていたんだ。彼らが「おい、ボブ、これは必要ないだろ」と言うと、いつも「そう、いいよ」と答えてしまうんだ。そしてやつらは自分たちの耳にあわせてミキシングした。ボブは手をくださずに彼らの好きなようにさせた。ぼくは何度も言ったよ。「だめだ! あいつらにあんなことを……ほら!バック・ヴォーカルを削っちゃったぞ!」とか「ドラムはどうなった!」とか。(略)

もし彼がぼくたちといっしょに録音したときのような圧倒的な支配力を持って、コントロール・ルームにはいっていったとしたら、人間関係のトラブルが起きただろうしね。

 (略)

 

ボブとローン・ジャスティスのセッションにも、あなたが参加してましたね……

(略)

 あの夜は女性のエンジニアがいて、ぼくたちはボブの曲を別に4曲ぐらい録音した。そのうちひとつすばらしいテイクがあって、ぼくたちがそれを聴きにブースに入っていったら、その女性が「あら、あれは好きじゃなかったわ。気に入らなかったの」と言うんだ。ぼくはすごく頭にきた。だけどボブは違うんだ。「そう、ということは……録音しなかったってことか? いまぼくたちがあそこで演奏してたのを全然録らなかったのか?」と言った。彼女が「録らなかった」と答えると、「じゃしかたない」と言うんだ。ぼくはカッカとして言った。「ボブ、どうする?もう一回やるか?」と。そしたら、ボブは「いいんだ。もう終わってしまったんだ」と言った。だからぼくは「ボブ、だけど演奏の録音は残ってないんだ。もう一度やろうよ」と言った。それでボブも「わかった。もう一度やろう」と言った。

 ライヴ・エイドにいっしょに出ることになったいきさつを話してくれませんか?

(略)

ボブが言った。「あさってフィラデルフィアで演奏する」とね。ぼくはライヴ・エイドなんてものがあることも知らずにいた。それでボブが「大きなチャリティの催しなんだ。ビル・グレアムがぼくのためにバンドを集めていて、それといっしょにやらなきゃならない」と言って、それから「きみとぼくがいつかどこかでいっしょに演奏したらいいと思わないか?」と言うんだ。だからぼくは言ったよ。「うん、土曜にいっしょにやろうよ」って。ボブが「ほんとうに?」ときき、ぼくは「そう、ビル・グレアムの言うとおりにやることはないさ」と言ったんだ。それから「キースもきっとやりたいって言うよ」と言った。そしてもう一度キースに電話をして言ったんだ。「こっちに来い。ボブがぼくたちといっしょにライヴ・エイドに出たいと言ってるんだ」と話した。

(略)

キースが「ウディ、おれをだますなんてことするなよ」と言うから、ぼくは「違うよ。だましてなんかいない。こっちへ来てみろよ」と言った。それでキースが家に来たんだが、ボブがまっさきにキースに言ったのは「ライヴ・エイドに行くつもり? それとも家のテレビで見るつもり?」だった。ぼくはキースに、ぼくたちも出るんだぞと言ってしまっていたのにね。それでキースは「この嘘つき野郎!」と言って、ぼくの首をしめようとしたんだ。ぼくは「キース、黙れ」と大声で叫んでるし、ボブはどうしていいかわからなくなったみたいで、それでトイレに行くことにした。キースは「おまえはいつも、嘘ばかり言いやがって!なんでだよ?」と大声で言っている。ぼくは「違うよ!ぼくはボブにちょっと協力しようとしてるんだ」と言ってた。キースは「なんだ、そうか。おまえはいつだってものごとの正しいやりかたがわかってない」と言った。だから「だから、ここに坐って。機嫌をなおして」と言った。そのとき、ボブがトイレから出てきたから、ぼくはトイレにつづくホールに上がっていってボブにきいた。「ボブ、今度の土曜にぼくたちにいっしょにやってほしいのか、それとも違うのか?」って。ボブは「もちろんいっしょに出てほしいさ」と答えた。そこへキースが帰ろうとして上がってきたから、ボブに「やつに言ってやってくれ!」とたのんだ。ボブは「なあ、今度の土曜日、ぼくたちといっしょにやってくれないか?」と言った。キースは「もちろんやるよ」と言った。それからは三人でとても楽しいときをすごしたよ。

 それで何種類ぐらいの歌を試したんですか?

 その二日間で、ボブのカタログとストーンズのカタログにある全部をやったといっておくよ。

 それを全部、録音してあるんですか?

 うん、録音したよ。あの大量のテープがどこにあるかわかるといいんだけどね。キースにたくさんやったし、ボブにもおなじぐらい渡した。ぼくがたくさん録音するんで、ボブが「そのテープをどうするんだ?」と気にしはじめた。だからぼくは言った。「ほら、こういうことだよ。これはきみが持っておく。こっちはぼくが持っておく」と。ボブは「いいんだ、そんなつもりじゃ…」と言った。ぼくは言った。「きみの心の安定のために、これをしまっておけ」って。ニューヨークのぼくの家の地下室で録音したリハーサル・テープのなかには、すばらしいものがいくつかあるよ。あそこで二、三日演奏をしたんだ。フィラデルフィアへ出発する直前にも、上のダイニング・ルームでやってたけど、とてもすばらしかった。スタジアムに着いたとき、ボブは「ビル・グレアムはぼくにどの歌をやらせたいのかな?」なんて言うんだ。ぼくたちは言ったよ。「きみがやりたいのをやればいいさ、ボブ!」って。だけどボブは「ビルはこれをやったほうがいいと思うかもしれないな」なんて言い続けてた。とても変なことだけど、ボブはまた人に指図されたがっていたんだな。ステージへの坂を上がっている時にも……その時にはもう演奏曲目を決めていたのに、ボブはぼくたちふたりに「なあ!やっぱり〈All I Really Want To Do〉をやったほうがいいんじゃないか」なんて言うんだ。キースとぼくは言ったさ。「あー!! いい加減にしてくれよ!」って。そしてぼくたち三人がステージに出た時にはステージのモニターPAが全部カットされてて、何が何だかわからなかった。おまけにうしろで、次のセッティングをしてるんだ。まるで風にむかって歌ってるみたいだった。そしてボブは弦を切っしまった。だけどほかのギターは全部、たよりになるはずのローディがかたづけてしまっていたから、ぼくのをわたした。ぼくたち三人は本当の間抜けみたいに見えたよ。だが、ボブのためなら、おなじことをもう一度やってもいいよ。

 ライヴ・エイドをあの時も見て、そしてこのあいだ、もう一度見たのですが、あなたは演奏をたてなおそうとするぐらい充分正気でしたが、キースのほうは全然ふつうじゃなくて、おおかたのあいだ、まったく別のものを演奏しているように見えましたね。

 たしかに、でもキースとボブは、ここが(頭を軽くたたく)ちょっと上のほうに行っててね。ぼくはあの録画を見ると、ほんとうのところあの夜ボブがやったことを誇らしく思うんだ。歌詞がよかった、ぴったりの歌だった。ホリス・ブラウンと飢えた彼の一家の歌だ。それに〈When The Ship Comes In〉もすばらしかった。おたがいのやっていることがまったく聞こえなかったことを考えると、あれはあれでよかったと思うんだ。

次回に続く。