ポピュリズムとは何か ヤン=ヴェルナー・ミュラー

ポピュリズムとは何か

ポピュリズムとは何か

序章

この言葉はたいてい「反エスタブリッシュメント」の同義語として用いられ(略)
何よりも特定のムードや感情と結びつけられる。たとえば、ポピュリストは「怒って」おり、彼らに投票する者は「不満がたまっている」、あるいは「憤懣」に苦しんでいる、というように。
(略)
わたしは、ポピュリストとしてカウントするためには、エリート批判は、必要条件ではあるが十分条件ではないと論じる。(略)
反エリート主義者であることに加えて、ポピュリストはつねに反多元主義者(antipluralist)である[と論じたい]。ポピュリストは、自分たちが、それも自分たちだけが、人民を代表していると主張する。たとえば、トルコのエルドアン大統領が、国内の多くの批判者をものともせず、「われわれが人民である。お前たちは誰だ?」と党大会で宣言したことを想起してほしい。もちろん、彼は反対者たちもトルコ人であることを知っていた。その排他的な代表の主張は、経験的なものではない。それはつねに明白に道徳的なものである。政権を目指しているとき、ポピュリストは政治的な競争相手を非道徳的で腐敗したエリートとして描く。統治するときには、彼らはいかなる反対派[野党]も正統なものとして承認することを拒む。また、ポピュリストのロジックは、ポピュリスト政党を支持しない者は誰であれ、人民――つねに高潔で道徳的に純粋なものとして定義される――にふさわしい一員ではないということを仄めかす。
(略)
この[自らと人民との]同一視はつねに良い結果をもたらす。残りの者たちを、非道徳的で、人民の一部では全くないものとして、退けることができるからである。
(略)
ポピュリズムが民主主義にとって脅威となるということだ。なぜなら、民主主義は、多元主義と承認を必要とするからである。(略)単一で同質的で真正な人民という考えは幻想である。かつて哲学者ユルゲン・ハーバーマスが述べたように、「人民」は複数で現れることしかできない。そして、それ[単一で同質的で真正な人民]は危険な幻想である。なぜなら、ポピュリストは、対立を食い物にし、分裂を強めるだけでなく、政治的な敵対者たちを「人民の敵」として扱い、彼らを完全に排除しようとするからである。
(略)
ポピュリズムは、ポピュリストが政権を勝ち取るや否や冷めて消えてしまうような、無害なキャンペーンのレトリックや、単なる抗議に限定されるわけでもない。ポピュリストは、ポピュリストとして統治できるのである。ポピュリスト的な抗議政党は、いちど選挙に勝てば、政権についた自分たち自身に対して抗議することは不可能なので、自己矛盾に陥るだろうと一般的には思われがちだが、そうではない。(略)
ポピュリストの場合、自分たちのみが人民を代表していると主張することによって、自らの行為を正当化することである。そうすることでポピュリストは、自らの行いをほとんど隠蔽せずに済むのである。そのことはまた、なぜ腐敗が摘発されても、ポピュリスト指導者たちがほとんど打撃を受けていないように見えるのかを説明する(略)
支持者たちの目には、「彼らはわれわれのためにそれをしているのだ」、ひとつの真の人民のためにそうしているのだと映る。

「憤懣を抱く人びと」ではない

 ポピュリズムの主要な支持者として特定の社会経済集団に焦点を当てることがミスリーディングなのは言うまでもない。(略)
ポピュリズムを説明する際に、「不満」や「怒り」、そしてとりわけ「憤懣」のような、感情を込めた用語を使うことには、きわめて慎重になるべきである。
(略)
憤懣を抱く人びとは(略)強者について不愉快に思っており(略)優越者から相応に承認されることを結局は望んでおり、彼らの自己理解は根本的に強者に依存している。その意味で、憤懣を抱く人びとは、つねに自律した行動をとることができない。
(略)
「リベラルなエリート」は、普通の人びとの言葉を信じることができずに、代わりに、恐怖し憤慨した市民を治療すると称して、政治的なセラピーを処方したがる。そうすることで、「リベラルなエリート」は単に相手をひどく見下す存在というだけでなく、自らの民主主義的な理想に従って生きることができない存在だという、[診断された側の]人びとの見方を裏づける結果に終わってしまうのだ。
(略)
ポピュリズム現象全体を、「近代化プロセスの敗者」と想定された側の不明瞭な政治的表現として説明すること(略)
なぜこうもわれわれの多くがそうした説明に頼り続けているのだろうか。その理由は、意識的にせよ無意識にせよ、われわれが、1950年代から60年代にかけて絶頂期を迎えた近代化理論に由来する一連の想定に依拠し続けているからである。(略)
1950年代の過程で、「ポピュリズム」と見なされていたものを、より質素で「前近代的な」生活を希求する者たちによる不安や怒りの無力な表現として描き始めたのは、ダニエル・ベル、エドワード・シルズ、シーモア・マーティン・リプセット(みなマックス・ヴェーバーの継承者である)のようなリベラルな知識人であった。(略)
これらの社会理論家たちの直接の標的は、マッカーシズムとジョン・バーチ協会だった――しかし、彼らの診断は、しばしば19世紀末における本来のアメリカのポピュリストの反乱にまで拡張された。たとえばヴィクター・C・ファーキスは、農民同盟と人民党の支持者たちを、まさにファシズムアメリカ的な変種の先駆者と見なしていた。

政権についたポピュリスト

 政権についたポピュリストは、人民を二極に分裂させ、まさにある種の黙示録的な対立同然のものを人民に覚悟させる。ポピュリストは、できる限り多くの政治的紛争を道徳化しようとする(略)敵が不足することは決してない(略)それらはつねに、さまに人民全体の敵なのである
(略)
ポピュリストには、国家を植民地化、あるいは「占拠」する傾向がある。(略)
ポピュリストたちは憤然として次のように問うだろう。なぜ人民が、自分たちの唯一の正しい代表を通じて、自らの国家を占有してはいけないのか?

非リベラルな民主主義

 非リベラルな民主主義という用語は、選挙は行われるけれども、法の支配が守られず、とりわけ抑制と均衡が損なわれているような体制を描写するものとして、1990年代半ばに西洋の政策担当者たちの間でポピュラーなものとなった。(略)
立憲的リベラリズムには、政治的諸権利、市民的諸自由、そして所有権が含まれる。(略)
共産主義体制が崩壊し、世界が民主主義に酔いしれた、あの浮き足立った日々には、マジョリティの支配と法の支配がつねに綺麗に調和するように思えた。しかしすぐに、選挙によって生み出されたマジョリティが、マイノリティを抑圧し、基本的諸権利を侵害するために利用可能なあらゆる権力を用いるようになった。このことがはっきりと意味するのは、政治的競争者が「勝者総取り」のメンタリティを示している諸国では、民主主義の危険を封じ込めるために、リベラリズムが強化されねばならないということだった。
 このリベラリズムと民主主義の概念的な区分は、厳密には新しいものではない。「ブルジョワ民主主義」に対する左翼の批判者も右翼の批判者も、長らくその区別を巧みに操ってきた。きわめて大雑把に言えば、マルクス主義者たちは、資本主義のもとでリベラリズムが、市民の「私的自律」としばしば呼ばれるものを実質的に保護する(略)一方で、単なる「形式的な自由」と、ある種の偽りの政治的解放をもたらしたと非難した。右翼の側では1920年代にカール・シュミットが、リベラリズムは失効したイデオロギーだと主張した。リベラリズムは、19世紀には議会で理性的に政策を議論するエリートを正当化した。しかし、大衆民主主義の時代においては、議会は個別利害間の利己的な取引の単なる覆いに過ぎなくなった。対照的に、真の人民の意志は、ムッソリーニのようなひとりの指導者によって代表されうる。同質的な人民による喝采が適切な民主主義の目印となり、それをシュミットは「治者と被治者の同一性」と定義した。(略)
シュミットは、人民の「実質」と、選挙および世論調査の経験的な結果との間の決定的な概念的区分を行った(略)まさにポピュリストが決まって用いる区分である。ここでシュミットを省略せずに引用する価値はあるだろう。なぜなら彼の思想は、近年多く見られる、民主主義風の言語を装った権威主義への移行を説明するからである。
 一億の私人の一致した意見は、人民の意志でもなければ、公論でもない。人民の意志は、過去50年できわめて入念に構築された統計装置[選挙]よりも、自明で反論し難い存在、すなわち喝采によって、いっそうよく表現されうる。民主主義的な感情の力が強ければ強いほど、民主主義は秘密投票の登録システムとは異なるものだという意識が確固としたものになっていく。直接的な民主主義と比べると(略)議会は、リベラルな思考過程から生み出された、人工的な機械に見えてくる。(略)
(略)
さらに最近では、1989年以後の世界におけるリベラリズムの覇権を批判する者たち――最も目立つのは左翼の理論家シャンタル・ムフである――が、「合理主義的な」リベラル思想は、民主主義に本来備わっている紛争および意見の相違のもつ正統性を否定するようになったと論じた。同時に、社会民主主義政党は、ネオリベラリズムに対する真っ向からのオルタナティブを提示するという課題を放棄してしまった。彼らが「第三の道」に収斂したことで、「選択なき選挙」(あるいは、かつてムフがあるインタビューで述べたように、コカコーラかペプシかの選択に過ぎないもの)が提示されているという感覚が、有権者の間に強まった。ムフによれば、この諸政党の収斂は、合意に達するための強制(略)とともに、強力な反リベラルの対抗運動を引き起こしており、その最も顕著なものが右翼ポピュリズムなのだという。
 これら政治理論上の論争を越えたところで、「リベラリズム」は(略)制約なき資本主義を意味するようになってしまった。

テクノクラシーポピュリズムは合わせ鏡

[戦後、西欧は]何よりも全体主義的な過去への回帰を防ぐための秩序を構築しようとした。(略)
[結果]権力の分散と、憲法裁判所のような非選出制度、あるいは選挙のアカウンタビリティを免れた制度への権限付与であり(略)
戦後西欧秩序の設計者たちは、人民主権という理想に、不信に満ちた眼差しを向けていたのだ。そもそも、ファシストに権力を握らせた(略)人民を、どうして信じられようか。(略)
端的に言えば、抑制なき人民主権、あるいは無制約な議会主権(略)への不信が、いわば戦後ヨーロッパ政治のDNAに組み込まれたのである。(略)
ヨーロッパ統合は、この人民主権を抑制する包括的な試みの一部だった。つまりそれは、国家の抑制に超国家的な抑制を加えたのである
(略)
 さて、この短い歴史的挿話の要点が何かというと、人民主権への不信に基づいて築かれた政治秩序(略)は、人民の参加を最小限に抑えるために設計されたように見えるシステムに反対し、人民全体の名のもとに語る政治アクターに対して、とりわけ脆弱だということである。
(略)
現在のヨーロッパにおけるポピュリズムの波に関する限り、ユーロ危機――端的にはテクノクラシー[専門家による政治支配]――に焦点を絞った特定のアプローチが、ポピュリズムの現在の興隆を理解するのに重要だと言えるだろう。
 奇妙なかたちで、テクノクラシーポピュリズムは合わせ鏡の関係にある。テクノクラシーは、正しい政策的解決法はただひとつだと考える。他方でポピュリズムは、唯一の真正な人民の意志が存在すると主張する。最近では、両者は特性まで交換している。つまり、テクノクラシーが道徳化する一方(「ギリシャ人よ、汝の罪――すなわち過去の放蕩――を償わねばならない!」)、ポピュリズムはビジネスライクになった(たとえば、ベルルスコーニチェコ共和国のバビシュは、国家を自らの会社のひとつのように運営すると約束している)。テクノクラートにとってもポピュリストにとっても、民主主義的な議論は必要ない。ある意味で、両者は奇妙なほどに非政治的だ。それゆえ、一方が他方の道を拓いていると想定するのは妥当である。なぜなら、意見の相違はありえないという信念をそれぞれに正統化しているからだ。結局のところ、両者はそれぞれ、唯一の正しい政策的解決法が存在し、唯一の真正な人民意志が存在すると考えているのである。

ポピュリズムについての七つのテーゼ

 四、しばしばポピュリストはレファレンダムを要求するが、その意図は、市民の間で民主主義的な意思形成の無限のプロセスを始めることにはない。ポピュリストは単に、すでに彼らが真の人民の意志だと決定したものが追認されることを望むだけである。ポピュリズムは、政治参加の拡大へ通じる道ではないのである。
 五、(略)ポピュリストは憲法も起草できる。これは、本来的かつ真正な人民の意志を永続化させるという名目のもと、ポピュリストの権力維持を目論む、党派的ないし「排他的」な憲法となるだろう。おそらくそれは、ある時点で深刻な憲法上の紛争を引き起こすだろう。
 六、(略)ポピュリストと話すことは、ポピュリストのように話すことと同じではない。彼らが提起した問題を、彼らの問題の組み立て方を受け入れることなく、真剣に受け止めることは可能である。