〈愛国心〉に気をつけろ! 鈴木邦男

元来改憲派であり「愛国運動」50年の著者が、現在の改憲に異議を唱え、「売国奴」「左翼に転向」と批判されることに。そんな時代の流れに物申す。

〈愛国心〉に気をつけろ! (岩波ブックレット)

〈愛国心〉に気をつけろ! (岩波ブックレット)

愛国心〉がもつ危険性

大衆運動がうまくいかないと思い、自分の言論活動にも展望がないと思い、絶望的な気持ちになる。そんなとき、ふと思うのだ。そうだ、自分も「愛国者」だ。だったら、国のために命をかけるべきだ。国のためにならない人間を取り除き、自分もその場で自決すべきだ。もう、これしかない――。
 これは狂気であり、妄想なのだが、何やら甘い誘惑のようでもある。
(略)
 先に、「愛国運動」に身を投じてきた僕だからわかる、と書いた。僕は、自らを振り返って、〈愛国心〉の危うさ、愛ゆえの暴走が起きることを実感している。だから、気をつけなければならないし、謙虚でなければいけない、と心底から思っている。そして、いまの時代の危険性を感じる。
 〈愛国心〉は美しい花だ。しかし毒をももっている。そのためなら死んでもいいと思わせる。至上の愛だ。最上のストーカー行為だ。愛の対象であるはずの「国」が、どう思っているのかなどは考えない。もしかしたら、〈愛国心〉の名のもとに行われる行為によって、「国」は傷つき、貶められ、傷つけられているかもしれない。(略)
 ヘイトスピーチ・デモでは、何本もの「日の丸」が打ち振られている。その光景を見るたびに思う。「日の丸」が泣いているのでは、と。寛容で自由な国民の象徴であるべきなのに、排外主義の先頭に立たされている。

1963年早稲田入学と同時に「生長の家」学生道場に入る

 朝も夜も宗教行事のすべては強制だ。朝は五時四五分から一時間、正座してお祈りし、お経をあげる。そのあと道場長の講話を聞く。それから外に出て国旗掲揚君が代斉唱、皇居遥拝をやり、ラジオ体操。そして道場の掃除だ。夜は九時半からまた、お祈り。そして「生長の家」の本の輪読会。土、日も「生長の家」の講習会の手伝いに駆り出される。本当にハードな修行だった。(略)
谷口雅春先生はこんな話をしていた。「六〇年安保は何とか乗り切ったが、まだまだ騒ぎは統いており、革命の恐怖も去っていない。革命が起きたら、日本の伝統・文化は否定される。天皇制も否定される」。(略)
道場長は戦争中、海軍にいた。軍艦の艦長だった。(略)「いまは危機の時代だ。君たちは国を守るために立ち上がるべきだ」といった話を毎朝、聞かされた。そして、僕らも自分たちは特攻隊のように身体をかけて闘おうと思っていた。

改憲」か「復憲」か

当時、右派の人たちは主に「改憲」を主張していた。しかし、いま見たように、ごく一部だが、「明治憲法復元」を主張する人たちがいた。(略)改憲派は言う。「復憲などと突飛なことをいうから、我々改憲派も誤解される。そんなことを言うから、ますます改憲が遠のいてしまう」と。一方、復憲派は言う。「占領憲法を認めたうえで改正しようなど、むしろ護憲派より悪質だ」と。(略)
 このように「復憲」や「改憲」など、右派には主張の違いはあったが、当時、僕たちは「諸悪の根源 日本国憲法」などというスローガンを掲げて運動をしていた。(略)日本の世の中の問題は、すべてこの憲法のせいだ、というわけだ。
(略)
 犯罪が多いのも、経済がよくないのも、親子の関係がうまくいかないのも、すべて憲法のせいだ、とも言っていた。それらには、一つ一つ自分たちなりの「理屈」や「理由」があった。(略)そんな「理屈」を、当然のことと思いこんでいた。

「愛と正義」のもとに集団が暴走するとき

[森達也はオウム取材体験から「主語が複数になると述語が暴走する」と言った]
 主語が「私」だと、みな謙虚に話をするし、自己批判もする。ところが、主語が「我々」になると、自分のことを客観的に見ることができなくなる。「我々」という主語を使うときは、右翼や左翼、宗教、市民運動などの共通項をもっている。(略)
 僕がやってきた「愛国運動」も、まさにそうだった。「僕」が主語なら、「まだ、その点がわかりません」などと言える。しかし、「我々」と言ったら、迷ってはいけない。「断固○○すべきだ!」「○○を阻止しろ!」となる。「我々」としてまとまり、「一つの意思」のもとに運動することになるのだ。もちろん、集団での運動は大切だし、すばらしいと思う。しかし、こうした危険性が常にひそんでいることは、自覚しておくべきなのだろう。

僕は改憲派だ。でも……

安倍政権は「日本を取り戻す」と勇ましく宣言する。(略)[押し付け憲法のせいで戦力を持てず]日本は他国になめられてきたのだ。(略)
自民党が野党時代につくった「日本国憲法改正草案」などをみても、「すべては憲法のせいだ」といった意識が垣間見られる。憲法改正に過剰な期待がされる。(略)
いま、僕たちのやってきたのと似たことが、政治の中で行われている。似た掛け声が叫ばれている。まさに「スローガン化した政治」だ。確かに、当時、僕といっしょに運動した人たちなども、安倍首相の周辺にいて、現在の改憲運動の中心にいる。
 当時は左翼が圧倒的に強く、僕たちは簡単に粉砕された。しかし、いまは左翼もほとんどおらず、国会では野党の力も弱い。「日本を取り戻せ」「中国、韓国になめられるな」と〈愛国心〉が煽られ、日本社会全体が集団で暴走しかけているようにさえ思う。
 もう一度書く。僕は改憲派だ。でも、いまの急激な改憲の動きは危険だから、反対だ。

改憲派だった著者の考えを変えたのはベアテ・シロタ・ゴードンと小林節
22歳の女性が「憲法第24条草案」を書いたという事実に、「日本が見下されたようで不愉快だった」著者だが、ベアテの講演を何度か聞くうちに、そこにあった「理想」に感銘を受けるように。
本当の「愛国者」とは

[改正作業にあたった人々は「売国奴」と誹られることを恐れ、明治憲法と大差ない試案を作成、失望したGHQは自ら改憲作業に乗り出した]
 「国賊」などと言われようと、徹底的に改正作業をやればよかったのだ。そうすれば、アメリカに任せることなく、「日本人がつくった自主憲法」ができただろう。〈愛国心〉という言葉が政治家たちの目をくらませてしまったのではないか。政治家などが「愛国者」を自任し、「愛国者」のままであろうとすると、それは、時として何もしないことにつながる。
 たとえば、いま、日韓や日中関係がうまくいっていない。関係を改善したいと思う政治家は多い。あるいは、「韓国、中国を許すな!」と勇ましい言葉を口にする政治家も最近は少なくない。拉致問題のある北朝鮮などに対しては、特にそうだ。しかし、中国や韓国、北朝鮮などに乗りこんでいって、たとえ、けんかになっても話し合ってこよう、問題を解決してやろう、という政治家は少ない。相手の国に行こうともしない。
 一度か二度、行っただけでは相手にされないかもしれないし、関係もすぐには好転しないだろう。すると、マスコミや世論から「何もできなかったではないか。向こうに取りこまれたのか」などと批判される。そして、ネットなどで「売国奴!」とののしられる。次の選挙で落ちてしまうかもしれない。だったら、日本という「安全地帯」にいて、「韓国、中国を許すな!」と怒っているポーズを示しているほうが得策。そのほうが、「愛国者」だと思われる。そう思われるように振る舞うことは、簡単だ。それに、「愛国者」と思われたい、という誘惑は強いのだ。しかし、政治家などで「愛国者」と自称している人たちのなかで、本当の「愛国者」がいるだろうか。「売国奴」などと言われてもいい。それが国のため、国民のためになる、と判断して、覚悟をもって行動している人こそ、本当の「愛国者」なのではないか。

自民党改憲草案

いずれの草案も考え方の基調は同じだ。国の防衛、国の威信を全面に出し、そのためには国民の権利や自由は制限されて当然、という発想だ。(略)
 彼らにとって、国民の政治参加とは「選挙をすることだけ」だという思い込みがあるのだろう。(略)
それなのに、デモをやったり、集会をやったりして、政治に□を出す。これは「政治のルール」を破る行為だ。そう思っているのだろう。投票行為だけで、国民の政治参加は十分。選挙権の年齢も18歳以上にまで広げたではないか。政治はあくまで、選ばれた自分たち「プロ」の仕事。国民はそれに従えばいいのだ。そう思い上がってしまうのだろう。そんな意識が、自民党のつくった二つの改憲草案からにじみ出ている。

小林節

 立川談慶さんのパーティーで、小林さんに「最近、自民党改憲案や改憲運動を批判していましたね。どうしたんですか?」ときいてみた。「自民党の連中には愛想がつきたんだ」と言う。「でも、何が一番のキッカケだったんですか?」と聞いたら、〈愛国心〉だと言う。えっ? どういうことだろう。自民党も小林さんも〈愛国心〉は必要だと言っている、違うところはない、と思っていた。
 ところが、自民党の側は「愛国心をもて」といった主旨を憲法に書こうと主張してきたという。しかし、小林さんは、国が国民に「愛国心をもて」と強制するのはおかしいと述べる。政治家の仕事は、国民が愛せるような国をつくることではないのか。政治家が思い上がっている、本末転倒だ、と小林さんは憤る。
 小林さんは、1992年に『憲法守って国亡ぶ――私たちの憲法をなぜ改正してはいけないのか』という著書を刊行している。同書で、小林さんは「日本国憲法への改憲提案」を書いている。(略)
 たとえば、こんな具合だ。第九条に「すべて国民は、法律の定めるところにより、国防の義務を負う。但し、良心的兵役拒否の自由は、法律の定めるところにより、何人に対してもこれを保障する」といった規定を加える。これは、かなり意欲的だ。また、第二五条では、「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」という現行の規定のあとに、こう加えるべきだという。「心身に障害を有する者が人格的な生活を確保する権利は、国政の上で特に尊重されなければならない」(略)
第九九条「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ」という現行の規定のあとに、同条の二として「元号を廃止し、西暦を用いる。君が代にかわる、わが国に相応しい国歌を定める。わが国の国旗は日の丸である」と加えることを提案している。実は、この文章が右翼から攻撃を受けることになった。(略)
天皇条項も問題視された。第二条「皇位は、世襲のものであって、国会の議決した皇室典範の定めるところにより、これを継承する」というのが現行の規定だ。これを「性別にかかわりなく、これを継承する」と変更することを提案している。つまり女帝を認めるということだ。そのこともまた、「小林は売国奴だ!」「非国民だ!」と攻撃される原因となった。

天皇に捧ぐ憲法改正

天皇に捧ぐ憲法改正

三島由紀夫

[自決の二年前、1968年]『朝日新聞』夕刊に「愛国心――官製のいやなことば」と題したエッセイを寄稿している。(略)
愛国心の「愛」の字が私はきらいである。自分がのがれようもなく国の内部にいて、国の一員であるにもかかわらず、その国というものを向う側に対象に置いて、わざわざそれを愛するというのが、わざとらしくてきらいである。
 こういう実体のないものを「愛国心」と思っている。いや、思わされている。いまの日本人が抱えている矛盾が表現されている。そして三島は言う。
もしわれわれが国家を超越していて、国というものをあたかも愛玩物のように、狆か、それともセーブル焼の花瓶のように、愛するというのなら、筋が通る。それなら本筋の「愛国心」というものである。(略)
もしキリスト教的な愛であるなら、その愛は無限定無条件でなければならない。従って、「人類愛」というのなら多少筋が通るが、「愛国心」というのは筋が通らない。なぜなら愛国心とは、国家を以て閉ざされた愛だからである。
(略)
 三島は、政治家、権力者が〈愛国心〉を強調し、国民に押しつける、という図式が嫌いだったのだろう。それと同時に、〈愛国心〉を煽る政治家や右翼が嫌いだったのだろう。
(略)
[「風流夢譚事件」で三島宅にも右翼が押しかけた]
「三島は右翼的なことを言いながら、実は不敬な発言もしている。危険な左翼だ」と右翼には思われていたのだ。
 ただ、1970年の三島事件で、がらりと変わった。「あっ、三島は本気だったのか。憂国の士だ」と右翼はみな思った。この日を境にして、三島は「人間」から「神」になった。今は誰も三島を批判する人はいない。
(略)
 三島は「右翼」と思われているが、でも「右翼」の人たちとの付き合いはほとんどなかった。右翼思想家の影山正治と「生長の家」の谷口雅春の二人のことは尊敬していたが、他との交渉はいっさいなかった。
(略)
三島は「愛国」とは言わず、「憂国」と言った。声高に「愛国」を強制する勢力に、「憂国」でもって闘いに打って出た。それが、あの「愛国心」の文章だったのだろう。
 1969年12月、三島は「楯の会」の学生たちとともに「憲法研究会」をつくり、毎週、研究会を行っていた。毎週三時間、計34回に及んだ。その成果を一冊の本にしてまとめて出版するつもりだったようだ。だが、間に合わなかった。ただし、「楯の会」の班長だった本多清らの尽力によって、その「憲法改正草案」の全文が本としてまとめられている(『天皇に棒ぐ憲法改正』)。(略)
核武装や徴兵制には反対している。「国を守るのは国民の名誉ある権利である。徴兵制になったら、それは汚れた義務になる」と言っている。また女帝も認めている。(略)
言論の自由は100%認めるべきだし、デモや表現の自由についてもそうだ。たとえ、国家の考えと反対の場合でも、言論の自由は保障すべきだという。そんな三島からすれば、いまの自民党改憲案には、けっして賛同できないだろう。
(略)
 また、三島は、自決直前の演説のときに撒いた声明文「檄」でこう叫んでいた。
政治家のうれしがらせに乗り、より深い自己欺瞞と自己冒瀆の道を歩まうとする自衛隊は魂が腐ったのか。武士の魂はどこへ行ったのだ。魂の死んだ武器庫になって、どこへ向かうとするのか。(略)
沖縄返還とはなにか?本土の防衛責任とは何か?アメリカは真の日本の自主的軍隊が日本の国土を守ることを喜ばないのは自明である。あと二年の内に自主性を回復せねば、左派のいうごとく、自衛隊は永遠にアメリカの傭兵として終わるであろう。(略)
現在の安倍政権が目指す改憲は、むしろこの方向に進んでいるのではないか。「自衛軍」がアメリカとともに、世界中どこにでも出かけ、戦争に参加する。あるいは、アメリカの指示で、アメリカの代わりに戦争をする。まさに、「アメリカの傭兵」化ではないのか。