アレン・ギンズバーグ現代詩手帖総特集

討議:宮内勝典☓佐藤良明☓原成吉

佐藤 「文学」でくくれない何が起こったかということを一番ざっくばらんに言うと、気持ちいいことはいいことだ、かっこいいことはいいことだ、ぞくぞくすること、わくわくすること、これを全部肯定せよということになるのかな。怖いことも汚いこともいいことだと。(略)
もう家庭から職場から町内から、あらゆるレベルでの価値の転覆を計ろうという、それが実際にあの国では、転覆とか革命とかを信じる十分な数の若い人たちを引き連れて、ダダダダーッて起こってしまった。
(略)
宮内 世の中が本当に変わるかもしれないぞという、ぞくぞくするような気分はありましたね。
佐藤 五年経てば少なくともマリファナは解禁になってるだろうというぐらいのことは、フツーの人間が思ってましたよね。
宮内 そう思っていました。けれど八〇年代にすべてが終わって、今度はヤッピーですか、そういう時代になった。
(略)
ロックンロールが商業主義に収斂されるように、ギンズバーグ自身がギンズバーグのそっくりさんをやるようなアイロニーに陥ってしまっているなという感じがあるんですよ。
原 ギンズバーグは、そのものズバリの詩を書いていますね。『白いかたびら』という詩集に入っている「私はアレン・ギンズバーグの囚われ人」という作品。(略)
「誰だこの奴隷の親分 私に命じて/あいつの名前で手紙を書かせる奴/毎年毎年詩を創らせ/発表させ続ける奴は/このエゴイストは ファイル戸棚の/どこを見ても/私の写真がこれ以上入る余地もない男/あいつの手かせから、人に聞かせる音声から/銀行口座、マスタークレジットカードから/どうやって逃れよう/あいつに気に入られようとわが人生に催眠術を/かけたこの政治野郎はだれか」(略)
この詩集には自分をカリカチュアした詩がけっこう目につきます。話はちょっととびますが、この詩集が書かれる前に、ギンズバーグは、ボブ・ディランのツアー「ローリング・サンダー・レヴュー」に参加していますね。そこから『レナルド&クララ』という映画が作られていて、そこに〈ボブ・ディラン〉というミュージシャンがでてくるんです。でもディラン本人じゃない。別の人間が〈ボブ・ディラン〉を演じる、という設定になっている。ディランは〈レナルド〉という役をやっています。ギンズバーグもディランも、有名人のロール・プレーをやっている自分を戯画化しているんじゃないでしょうか。このツアーは(略)六〇年代のサバイバーたちが集まって、メイフラワー号が上陸したプリマスから始まるんです。
佐藤 あれは建国二〇〇年前夜でしたね。あの後ですよね、ディランが日本に来たのは。コンサートで印象的だったのはとにかく万人のイメージの中のディランとディラン・ソングをむちゃくちゃ変えちゃったっていうところ。それはジョン・レノンにも言えるんだなあ。つまり、ジョンも完全に家庭に閉じこもって、ペルソナの破壊を試みた。(略)
つまり七〇年代がどういう状況だったかというと、六〇年代に“革命”と自分たちが思っていたものが展開した結果が、何のことはない、すべてはしたたかな経済体制に吸収されていたという苛立ちや無力感が満ちていた時代だったと。いまのタワーレコードみたいなところにビート関係の本が大量に積まれるということの走りみたいな現象がいっぱい起きていたんですよね。ビートを単に文学の運動として捉えても空しいなとぼくが思うのはまさにそこのところなんです。ビートの底流には文明の本流の変化がある。刺激的でワイルドでエキゾチックで非日常的で反文明的な――それら「おいしい」イメージが経済を回転させていく反ピューリタン的な文明が立ち上がりつつあったときに、時の前衛を切り開いていった人間たちとして彼らを見ていくと、とても収まりがいいんですね。
原 イメージ消費の世界が新たな産業を形成しつつある、つまりさっき言った「気持ちいいこと」、これが商品としての価値を持つということですね。いまのエコロジー・ブームも同じです。ビートっていうのがヒットする、つまり売れるコマーシャル・イメージとして成り立っているわけです。そのマーケットが成立するのは時代的にいうといつ頃になるんでしょう。
(略)
佐藤 (略)七〇年代になって、ビート、カウンターカルチャーと受けつがれてきたものが、オルタナティヴな知というか、あるいは近代以前の生き方と合体する形で、ある種の創造的な理想主義を生んでいきますよね。『ホール・アース・カタログ』に始まるニューエイジ文化ね。でもそうした形での浄化というのは、貧しい人たちや醜い現実の切り捨てということに通じていってしまうわけです。アッパーミドル・クラスの人たちが自分のつまらない嫌な現実の世界から救いを求めてすがる、超越的感性の拠点みたいなところに収約されていってしまう。
(略)
宮内 心理的なニーズといったものは現在もあると思うのです。ギンズバーグたちが風穴を開けた、そちらの方角を希求する若者たちはやはりいまもいると思うのです。例えば、乱暴に話を飛躍させてしまえば、オウムに入ってしまった若者たちもモティベーションにおいてはつながっていたと思います。現象はまったく違いますけれど。
佐藤 ドラッグを利用して認識そのものを組み替えていくという六〇年代のハードコアなロマンが、現代の日本で最悪の形で出てしまったということですね。やっぱり、理性を吹き飛ばしちゃって社会からドロップアウトするということは、本来ものすごい危険な面を持っているわけで、実際に六〇年代のアメリカで潰されていった魂がいっぱいあるわけです。でもそういう危険の代償として、やっぱりガチガチの現実感が崩された、自由が開かれた、のだと思いますよ。開かれる瞬間に輝いたものと同じものがいま輝けるはずはないのかもしれないけど、でも遺産というふうに考えるからダメなのかもしれない。どの時代にも、新たなクリエイティヴトリックスターみたいなものが出てこないといけないわけで(略)

諏訪優が「吠える」

小泉純一

(略)
 「吠える」を今まで日本語に全訳した者は三人いる。諏訪優、古沢安二郎氏、それに片桐ユズル氏の三人だ。古沢氏はケルアックの『地下街の人びと』の翻訳を通して当時日本に来ていたゲーリー・スナイダーと知り合い、「吠える」を翻訳することを依頼されたらしい。六一年に那須書房から『詩集 咆哮』を出版している。紙は厚めの和紙を使っていて、紙面の下半分だけに活字が印刷され、ていねいな作りになっている。片桐氏は五〇年代の後半にアメリカ留学から戻って以来、ビートを含めてアメリカ詩の紹介を雑誌の誌面で行っていた。六二年に国文社から出版された『ビート詩集』で片桐氏は「吠える」を翻訳している。
 諏訪の「吠える」の翻訳には二種類あり、さらにそれらのたたき台となった「ウル吠える」があったことを諏訪は書き残している。六〇年の八月号の「ユリイカ」で「ビート・ゼネレーション」の特集が組まれ、そこに一つ目の諏訪訳「吠える」(これをユリイカ版と呼ぶことにする)がある。二つ目は思潮社から六五年に出された『現代の芸術双書:アレン・ギンズバーグ詩集』の中の「吠える」(これを思潮社版と呼ぶ)。諏訪の「吠える」は思潮社版で完成稿となり、それ以後手を入れた形跡はない。本の形で『咆哮』を発表したのは古沢氏の方が早いが、雑誌も含めるとギンズバーグの「吠える」を初めて日本語に全訳したのは諏訪だった。(略)
初めて部分訳を発表したのは六〇年の「現代詩手帖」の一月号でビート・ジェネレーションの小特集を組んだときだった。


 僕は狂気とヒステリックなむき出しの衝動によって破壊
  された僕の世代の最良の精神たちを見た
 彼らは怒りの苦しみを求めて夜明けのニグロ・ストリー
  トをのろのろと歩いていく
 夜の機械の中の星の形をしたダイナモヘの古くからの天
  国的関係に興奮している天使の頭をしたヒップスター
  たち
 彼らは貧しくボロボロなシャツを着て落ちくぼんだ眼を
  して高いところへ坐っている
(略)


冒頭の数行が訳され、最後に(大意)と但し書きがある。(略)
ユリイカ版でも諏訪はその訳が試訳の段階であることを告白し、『ギンズバーグ詩集』とする際にはより完全なものを送り出すことを誓っている。


 僕は見た。狂気によって破壊された僕の世代の最良の精神たちを、
 飢えながら苛ら立ちを露出させて
 夜明けの黒人街を腹立たしい境地を求めてのろのろと歩いていく、
 夜の機械の中で燦然ときらめいているダイナモとの古めかしい神聖な関係を憧れて興奮している天使の頭をしたヒップスターたち、
 ある者らは 金もなく ぼろぼろのシャツを着て 眼をくぼませ ジャズのことを考えながら都市の上を漂っているつめたい水のような超自然的な暗闇に高々と坐ってタバコを吸っていた
(略)


 先に引用した「現代詩手帖」の「ウル吠える」と比較すると、一行目に大きな変更が生じている。動詞「見た」の置かれる場所が主語の直後に上がってきている。諏訪がなぜこのように変えたかというと、五九年に「ハウル」の朗読のレコードを聞き、活字で読んでいるだけでは理解できなかったものが理解できるようになったからだ。


 ギンズバーグの朗読を聴く前はこの二行を次のように見ていた。
 餓えながらヒステリックなはだかで、狂気で台なしに
  なっている僕の世代の最良の精神たちを僕は見た、
 彼らは怒りの苦しみを求めて夜明けのニグロ・スト
  リートをのろのろと歩いていく、
(略)
朗読の場合の呼吸の入れ方、強弱に注意を払って再び前の二行を書いて見ると。
I saw / the best minds / of my generation destroyed by madness, starving hysterical naked dragging themselves / through the negro streets at dawn looking for an angry fix,
 となり、特に“僕は見た”“僕の世代の”“最良の精神たち(人びと)”“身を引きずっている(のろのろ歩いている)” が強く読まれている。
(略)
[五年後の]思潮社版ではさらに問題の解決が図られている。


 僕は見た 狂気によって破壊された僕の世代の最良の精
  神たちを 飢え 苛ら立ち 裸で夜明けの黒人街を腹
  立たしい一服の薬を求めて のろのろと歩いてゆくの
  を
 夜の機械の 星々のダイナモとの 古代からの神聖な関
  係を憧れてしきりに求めている天使の頭をしたヒップ
  スターたち
 ある者らは 金もなく ぼろぼろのシャツを着て うつ
 ろな眼でタバコをふかし 寝もせずに 湯も出ないア
 パートの超自然的な暗闇で 都会の上を漂いジャズを
 瞑想していた


(略)
思潮社版では一行目を突出させ、その行に続く部分は行の頭を一マス空ける形を選ぶことになった。言うまでもないが、ギンズバーグも同じ詩型を使っている。翻訳した場合段落を使うと、ますます散文的な文章だという印象を与えかねない。諏訪はギンズバーグの朗読における呼吸、リズムそして強弱を無視することは「ハウル」を平板な詩的散文とみなしてしまう危険性があることを指摘している。だからこそ、一行目突出型の詩型を選ぶことになる。
 句読点が削除されたのも、散文的になることを避けるためであったろうが、「吠える」が朗読され耳で聴く詩だという点にも配慮したのだろう。ギンズバーグの一行が息の長さであること、それを一息で読むべきだということを示すためには、声に出して読まれる際のスピード感を表現できるような目新しい詩型が必要であったのだろう。(略)

富山英俊訳「吠える」

ぼくは ぼくの世代の最良の精神たちが狂気によって破壊されるのを見た、ヒステリカル
   に裸で飢えている、
ニグロの街を体を曳きずって夜明けに怒りのヤクを求めている、
天使の頭部のヒップスターたちが夜の機械仕掛けのなか古代の天空の交流を求めて星々の
   ダイナモヘと燃えている、
あるものは 貧困とぼろ着と空ろな眼で恍惚と無給湯アパートの超自然的な暗闇でタバコ
   をふかして座る都市の屋上を超えて浮かぶジャズを黙想する、
(略)