政治的正義 オトフリート・ヘッフェ 人権

 

人権のあたりをチラ見。

人権

 憲法の歴史を見ればわかるように、近代の政治的構想の中心に位置するのは人権である。人権とはすなわち、人間なら誰であれ、またどんな状況においてであれ要求してよい権利である。これに批判的な人たちはいくぶん軽蔑的に「近代の市民宗教」などと呼んだりしているが、これは西洋における権利の展開の中ではひとつの革命を意味している。ただし、革命とはいっても歴史的進展というかたちで繰り広げられた革命ではあるけれども。人権の理念は、ギリシアやストア、それにユダヤ教キリスト教の政治哲学に見られる準備段階での思想のあとを受けて、ヨーロッパの啓蒙主義運動の中でその輪郭がすみずみまで定まった。
(略)
 いうまでもないことだが、人権という想定に対しては、一連の根本的な異議がある。まずはじめに登場する疑念は、一種の法倫理学相対主義である。すなわち、人権というものはいつでもどこでも妥当しなければならないはずなのに、実際には普遍的な請求権の思想はおもに西洋の文化圈にしか見られず、その中でも歴史的にはおそい時期の現象なのだ、というわけである。
 このように人権の理念が社会的・歴史的に制約されているとする異議に対しては、わりあい簡単に対処することができる。発見のコンテクストと正当化のコンテクストとを区別し、その哲学的・政治的発見が比較的おそいからといって発見されたものの普遍妥当性が排除されはしないということをしっかり見ておけばよいのである。さらにいえば、法原理のなかには、意味内容のうえでは人権にかかわっており、しかも歴史上はじめて人権言言が出されるよりもずっとまえからほとんどすべての法的共同社会で承認されてきたようなものも存在する。たとえば殺しの禁止がそうである。他方また、信仰の自由のように、一定の付随的条件のもとではじめて揺さぶられるにいたった人権もある。キリスト生誕以前のローマは被征服民に対して彼らが自分たちの祭式をおこなうことを許していたが、国家宗教に成長したキリスト教はこのような寛容を捨て去ったのである。
 もちろん、人権思想のなかに請求権の普遍性という考えが含まれているとはいっても、多くの人権宣言は、くわしく見てみると不十分で、一面的で、おそらくは行きすぎでもあることがわかる。人権思想は規範的・批判的な性格をもつものである。人権にかかかる請求権が性や肌の色、言語、宗教的信条や政治的信条、さらには経済的・社会的地位といったものとかかわりなく適用されるべきだというのなら、体系のうえからいえば、まずもってその請求権がまさにこれらの要因とはかかわりなく人間の権利であるということを証明しておかねばならないであろう。もしこの証明に失敗するならば、問題になっている人権は本当の人権ではなく見せかけの人権だということになる。
 次に、功利主義の側からは、法倫理学的に見てもっと重大な異議が提出される。それが論拠とするところは、こうである。功利主義にしたがえば、正当化に関する議論において最後にものを言うのは配分的利益ではなく集団全体の利益である。ところが、人権は、その概念からいうと配分的利益、すなわちひとりひとりすべての人間に与えられるべき利益である。ゆえに、このような人権の利益は、もしもそれより大きい社会全体の利益があるならば、そちらの利益のために犠牲にされてもかまわない。功利主義は、こんなふうに言うのである。けれども、これまでおこなってきた正義のパースペクティブの説明と正当化は、功利主義に反対して、こう述べることになる。すなわち、強制というかたちをとる社会的関係が全面的に正当といえるのは、その社会的関係が当事者の全体にとって利益があるだけではなく、ひとりひとりすべての当事者にとって利益がある場合に限られるのだ、と。
 このようにして、残る異議は、基本的には次に述べる第三の異議だけになる。あるものがそんなふうにすべての人にとってプラスになる普遍的な利益であるということなど証明できるわけがない、というのがその異議である。
(略)
ハーバーマスは、「道徳哲学者は道徳的真理への特権的な接近を」思いのままにできるわけでは「ない」と主張する。これは正しい。しかし、だからといって、行為の自由を可能にする普遍的条件がありえないということにはならない。これがあってはじめて行為の自由が可能になるというような普遍的条件は存在する。それはすべての人にとって有益であって、普遍的な同意を得ることができる。しかもそれは、たしかに討議を通じての意志形成のなかで何度も新たに「合理的」だと明らかにすることもできるけれども、しかし体系のうえではいつでもすでに討議的意志形成自身の前提となっている。「必死でわが身を守る」のではなく身体と生命の不可侵性について「ただただ討議するだけ」でよいという人も、すでに「実質的な」条件のもとで生きている。道徳哲学(ここでは法倫理学・国家倫理学としての道徳哲学)だけが特権的にその実質的条件を正当化できるわけではないけれども、道徳哲学はその権能を十分にもっている。
 以上の洞察をもっと一般化して言い直すと、われわれは自由の相互放棄という正義の中間原理でもって配分的利益という意味での普遍的利益を見いだした、ということになる。あとはもう、この中間原理がさらに人権という性格、したがって人間であるがゆえにこそ人間に当然与えられるべきである請求権という性格をももっているということを明らかにしさえすれば十分である。

「人権の歴史がまだ短い」は近代の自惚れ

 数多くの憲法史や憲法論の研究が示しているように、人権の実定化の過程のなかで特に大きな役割を果たしているのは近代における展開である。すなわち、人権としての意義をもつ基本権を宣言したものがはじめて見られるのは、18世紀の後半になってようやくのことである。たしかに自由権を宣言する伝統はそれよりもずっと以前からある。しかし、たとえば『マグナ・カルタ』(1215年)やハンガリーアンドレアス二世の『金印勅書』(1222年)のような多くの中世の自由の証書は、けっして人権の擁護を請け負っているわけではなく、ある特定の都市や身分に対して特権を保証しているのであって、しかも生まれながらの支配者によって「上から」与えられたものである。このような状況はずっと変わらなかったが、『ヴァージニア権利宣言』(1776年)が登場してはじめて状況が一変した。これは、「ヴァージニアの善良なる市民の代表者たち」によって「下から」公布された。それゆえ、これは主権者である市民によるものであって、しかももはや特定の特権階級にではなく、すべての人間に自由を認定するものである。
 それからほんの数世代のうちに、あとを追うように大多数の国家が同様の基本権の声明を掲げることになった。それゆえ、正義の中間原理の承認の歴史は、始まるのはおそかったが、いったん始まってからは急速に進展し、今日では基本的に完結してしまっているという過程であるかのように見える。いいかえれば、何千年、何十万年つづいた長い世界史のほんの短い歴史であるかのように見える。しかし、もっとくわしく見ていくならば、こうした見方は訂正しておかなければならない。(略)
「人権の歴史がまだ短い」とする考え方のなかには、近代の自惚れの傾向が見え隠れしている。
 人権の実定化の歴史がすべて近代の中にあるとみなす試みに対しては、次のような反論をあげることができる。人権が基本権として承認されたということは、せいぜいのところ最後の仕上げにすぎない。そうした仕上げを果たすことができたのは、それを支える精神史的・法制史的な素地があったからにほかならない。この精神史的・法制史的な素地をさかのぼってたどると、ヨーロッパの啓蒙主義や中世の自由の証書をはるかに越えて、ギリシアの古典哲学やヘレニズム思想、そしてユダヤ教およびキリスト教の宗教観にまで達することになる。
 ヘーゲルのよく知られた思想に依拠するなら、世界史を人権の承認が(遅々としてではあるが)前進していく歩みとして読むこともできるであろう。(略)
では、その歴史が始まったのはいつなのか。それは、(当初は慣習法的であったにせよ)刑法が成立したときである。法的共同体の誕生が見られるのは、(民法と区別した意味での)刑法においてである。それゆえ、最初の大きな「正義の前進」、つまり最初の「人権の実定化の前進」が生じたのは近代ではないし、はたまたヘレニズムやキリスト教の時代をまつまでもない。そうではなくて、刑法が(多少とも外形的に)成立して、その制裁によって身体と生命、名誉、財産といった基本的自由が保護されるようになったときである。

自由権

 このように人権が実定法として承認されるにあたっては、人権は二重の意味をもっている。体系のうえでまず第一の意味は、人間が互いに対してもつ請求権としての意味である。そして第二に、人権は、そういう請求権を保護すべき機関(すなわち国家)に対する請求権としての意味ももっている。たしかに人権は共に生きる他の人間の側から危機にさらされることがある。だからこそ国家が人権を保護する。しかし、人権の危機はそれだけにはとどまらない。「保護権力」自身によって請求権が危うくされる場合もある。たとえば身体と生命は、恣意的な拘禁や行きすぎた(「過酷な」)刑罰によって、あるいはまた拷問のようにまったく不当な措置によって危うくされることがある。
(略)
 近代において人権をめぐる議論に火がつくことになった背景では、こういった第二の意味にかかわる問題までもが一因としてはたらいている。近代の初期においてもまだしばらくは国家と教会との融合が広く一般に見られた。そして次には国家権力が絶対主義的な傾向をもつようになった。こうした状況のもとで、自由権が国家権力に対する拒否権というかたちで具体化した。近代の憲法理論にしたがえば、自由権は国家が侵害してはならない公法上の権利(いわゆる消極的地位)である。そして、このような拒否権という枠組みの中で、信仰の自由、言論の自由、そして人身の自由(人身保護の基本権、すなわち恣意的な拘禁からの保護)がもっとも重要な自由権として登場するのである。

福祉国家

 国家に社会福祉の責任があることを基礎づけるためには二つの論証戦略がある。ひとつは絶対的な論証である。この論証は、社会福祉の責任が他の諸原理(ここでは、正しい共存のための諸原理)から独立に妥当する国家の任務であることを証明しようとする。これに対して、もうひとつは機能的な論証である。こちらの論証は、これまでたどってきた正当化の方向をさらに先へと進めるものである。それは、国家を正義が現実のものとなるための条件だとみなし、ある種の福祉国家的な要素がなければ基本的自由はしかるべき歴史的現実性を得ることがないということを示す。このような機能的な正当化の線でいえば、福祉国家は政治的正義の戦略のひとつである。
(略)
 機能的な正当化においては、福祉国家を福利国家という意味に解さないことが重要である。というのも、福利という表現はあまりにも幸福や幸せという表現に近いからである。たしかに、「近代国家は人間が幸福になるのを手助けすることができるし、また手助けすべきだ」という見解もある。しかし、この見解はひとつの期待にすぎない。あるいはそれどころか空約束にすぎず、国家にはそれを果たす能力も権限もないとさえいえる。それゆえ、福祉国家の機能的な正当化は「脱神話化」から出発する。つまり、近代の政治的構想のなかに非現実的で同時に不当でもあるような要素がときおり忍び込むということ、このことの指摘から出発するわけである。
 その指摘は以下のとおりである。法秩序や国家秩序においては、それが徹頭徹尾正しい法秩序であり国家秩序であるとしても、人間の幸福追求のいくつかの可能性が決まるだけである。これに対して、それらの可能性のなかからひとつを選び出してつかみとることは、それぞれの個人なり集団なりにゆだねられている。というのも、人間は究極的には何のために生きているのかという問いに対する答えとなるもの(すなわち幸福、自己実現、あるいはその人自身の人間性)、これは、われわれを取り巻く諸条件に対して能動的に、しかも多くの場合創造的に対決することによってはじめて生じてくるからである。もちろん、だからといって法的関係や国家的関係が人間の幸福要求にとって重要でないというわけではない。
(略)
 近代においては、政治に対する多くの期待のなかに神話的な要素が隠れている。その神話的な要素をしりぞけることが課題となるわけだが、もちろん無差別にしりぞけるわけではない。というのも、それは「幸福」の意味しだいだからである。アメリカの独立宣言のいうところによると、幸福の追求は人間にとってひとつの権利でさえある。ただし、この場合の幸福は、「私的な幸福」という意味に解してはならない。私的な幸福に対しては、国家は何の権限ももつことができないし、またもつべきでもない。しかし、幸福には「公的な幸福」という意味をもたせることもできる。したがって、幸福追求の権利に、共同体の諸問題についての発言や決定に参加する権利という意味をもたせることもできるわけである。ところが、そうなると、この権利は民主的な参政権に近いものになる。
(略)
 民主的な参政権は、それだけではまだ福祉国家の要素を含んでいるとはいえない。しかし、民主制という点から福祉国家の機能的正当化を果たすための出発点にはなる。それにしたがうと、共同体は、参政権が実現可能となる範囲を定めることになる経済的、社会的、文化的、政治的な条件に対して責任の一部分を担っている。

まとめ

以上のさまざまな実定化の戦略は、具体的な正義に到達する公算を高めはするけれども、しかしその保証までは与えない。具体的な正義は依然として政治的論争のひとつの対象であるにとどまっており、しかもその論争はといえば、一部の人たちの利害関係だとか潜在的な威力や脅威に左右されている。それゆえ、いずれかの政体について「それはほかのものよりも正しい」という言い方はできる。ところが、国家がその概念に含まれる正義概念にしたがって要求されるあり方、すなわち無制限な「倫理的理念の現実性」についてはどうか。これを備えているなどと申し立てることは、経験的な共同体にはできないし、立憲民主制福祉国家にもできない。もちろん、このような留保がなされるからといって、立憲民主制福祉国家は「市民の時代だなどとうわべだけ見せかけていたことの化けの皮がはがされたのだ」ということになるわけではない。むしろまったく逆で、立憲民主制福祉国家においてこそ正義のための本質的な諸条件が実現される。ただ、その諸条件は具体的な正義に対する保証とはならないというだけのことである。