じゅうぶん豊かで、貧しい社会

じゅうぶん豊かで、貧しい社会:理念なき資本主義の末路 (単行本)

じゅうぶん豊かで、貧しい社会:理念なき資本主義の末路 (単行本)

「強欲」から「自己利益」へ、アダム・スミス

 ルネサンスは、人間の欲望を悪徳として罰するのではなく、逆に利用して社会を治めることを再発見した。ニッコロ・マキアヴェッリによれば、賢い支配者は民衆をあるがままに扱い、あるべき姿を強要しない。支配者は民衆の気まぐれ、偽善、強欲を利用して目的を達成する。政治における徳の試金石は成功であって善ではない……。マキアヴェッリの主張はキリスト教倫理学者にとってあまりに衝撃的であり、ニッコロに由来する「オールド・ニック」が悪魔の代名詞となったほどである。それでもマキアヴェッリの持論は、結局は受け入れられた。トマス・ホッブズジョン・ロックマキアヴェッリに追随し、政府とは人間の欲望を禁ずるのではなく、平和裏に満足させる装置だと論じた。国家をこのように現実的に捉える学説の背後には、世の中の暴力をできるだけ減らしたい、とりわけ宗教による暴力を抑えたいという立派な野心があった。そして18世紀が訪れ世の中がいくらか平和になると、人間の情熱を有益な目的に向けようとする発想が経済学を生む。
 経済が学問になる前は、金銭欲は倫理的に好ましくないうえ、歴史的に見ても社会を破壊するとみなされていた。アウグスティヌスは、金銭欲を人間の最悪の罪だと告発し、権力欲や性欲より悪いと述べたほどである。政治哲学者もほぼ同意見だった。
(略)
 18世紀初めには、この新しい論理が、当時ヨーロッパ随一の商業国だったイギリス、オランダ両国政府のよりどころとなる。それでもどちらの国も、表向きは強欲と贅沢を悪徳とみなす倫理観に与していた。となれば、偽善に陥るのは避けられない。オランダで生まれイギリスで人気を博した三文文士バーナード・デ・マンデヴィルは、その実態を辛辣に風刺した。
 マンデヴィルは、経済学におけるマキアヴェッリのような存在である。
(略)
マンデヴィルの蜂の群は「不正、贅沢、自尊心」に取り憑かれていたが、それでもこうした「私人の悪徳」を商工業の「公共の利益」に変える「巧みな政治」のおかけで繁栄していた。(略)
ところが徳が入り込むと蜂の巣は弱体化し、しまいには崩壊してしまう。倹約がきっかけで没落していく蜜蜂の物語にケインズは大いによろこび、『一般理論』にも『蜂の寓話』から数節を引用している。マンデヴィルの倫理観は単純明快だ。富と悪徳は共存する、貧困と徳は共存する、しかし富と徳は共存できない。さあ、あなたはどちらを選ぶのか。
(略)
[とはいえ、悪徳を基礎とするのは不信心なので]
当時の進歩的な思想家は、マンデヴィルの逆説から刺を抜く方法を見つける。徳と悪徳を再定義し、経済的な効用と不効用に一致させたのである。この新手法の先駆者であるデイヴィッド・ヒューム(略)
「強欲」という古い言葉はしだいに使われなくなり、「自己利益」という中立的な言葉に置き換えられた。ただし「強欲」という言葉がなくなったわけではなく、退蔵などの病的な物欲や詐取などの犯罪的な奪取はこの言葉で呼ばれた。一方、通常の商業活動はかつてほど蔑まれず、穏当な言葉で形容されるようになる。「働く理由として、金儲け以上に害のない理由はほとんどない」とジョンソン博士が指摘したことは有名である。
(略)
 こうして倫理的に不名誉な行為ではなくなった金儲けは、その原因と結果が論じられるようになる。この方面で先駆者となったのが、ヒュームの友人でやはりスコットランド出身のアダム・スミスだった。(略)
[『国富論』]ではニュートンの機械論的自然観が経済に敷衍され、自己利益はさしずめ重力の役割を果たすとされた。これは、革命的な発想である。従来の倫理観では公共の利益に尽くす組織として社会を認識していたが、スミスは自己中心的な個人が生み出す関係性と捉えた。スミスが古風に「宇宙の偉大な指揮者」と呼んだ神は機械を最初に動かすだけで、その後は利己心がその利益のために働くに任される。
(略)
スミスの政治経済学では、禁欲は自己利益に基づく徳であり、資本蓄積に役立つとみなされた。慈善は、怠惰を助長するからよくないとされた。性欲だけは相変わらず、金儲けや蓄財から気を逸らさせる破滅的な悪徳と決めつけられた。
(略)
 スミスの経済学は、知性の節約の勝利だったと言える。つまり、「オッカムの剃刀」と呼ばれる思考節約の原理「できるだけ単純な理論でできるだけ広範な事象を説明すべし」を人間の社会行動に応用したところに独創性があった。複雑に絡み含う人間の感情や情念を、自己利益という単一の動機に収斂させたのである。おかげで、経済学は固有の分析能力を備えることになる。(略)
もっともスミス自身は後継者ほど極端ではなく、自己利益に加えて「共感」をもう一つの動機と認めており、それについて『道徳感情論』で詳細に論じている。だが経済学が学問として発展するにつれ、そうした複雑な感情は無視されていった。
(略)
[スミスによる転換の]プラス面は、経済成長を促す意欲が解き放たれたことである。公益に資するという条件付きながら、欲望はよいものとされた。マイナス面は、社会として実現する公益の観念が失われ、個人が市場で自己利益を追求した結果が公益とみなされるようになったことである。人類のほとんどの社会で、経済には互恵の精神が根付いていたが、スミス以降、契約は互恵の論理から切り離された。そして経済が発展するにつれ、必要と欲望を区別することはどんどんむずかしくなっていく。

ファウスト伝説

 ファウスト伝説は、実在したドイツの学者ヨハン・ファウスト博士に由来する。ファウスト博士の偉業は悪魔との密約のおかげだと言われていた。初期の伝説では、ファウスト錬金術師兼魔術師というごく中世的な人物として描かれ、自分の悪魔的な力をくだらない目的、たとえば女を誘惑するとか人をだますといったことに使っているとされた。やがて伝説は進化し、ファウスト博士は錬金術師ではなくなって、あきらかに現代的な人物として描かれるようになる。自然を征服しようと試み、自らの所業の恐ろしい運命に怯える科学者である。
 ファウストの最初の文学的傑作を生んだのは、エリザベス朝の創作家クリストファー・マーロウである。戯曲『ファウストゥス博士』がそれだ。この戯曲では、博士は無限の知識と権力を求めるという罪を犯す。ファウストゥスが願ったのは女たちを征服することだけではない。途方もない大事業、たとえばドイツを真鍮の防御壁で取り囲む、ライン川の流れを変えてヴィッテンベルグの周りを流れるようにする、学生たちに絹の服を着せる、スペインをオランダから追い出すといったことをやってのける力も夢見ていた。
(略)
 マーロウが『ファウストゥス博士』の構想を続ったとき、モデルにしたのは同時代の哲学者にして政治家のフランシス・ベーコンだったと思われる。ベーコンは近代技術の予言者であり、自然を征服して人類向上の歴史を作り出そうと考えた最初の人だった。古代と中世の学問の思索的な方法に代えて「ものごとの真の原因を調べる」ことの必要性を説き、それを人間のために活用すべきだと考えていた。「知識は力なり」という彼の言葉は有名であり、これに続けて「原因を知らなければ結果を生み出すこともできない」と語っている。マーロウは、ベーコンの試みに何か悪魔的な要素を嗅ぎ取っていたのだろう。この戯曲はベーコンの学問探究にファウストの暗い影を落とし、すくなくともヨーロッパではそれがいつまでもつきまとった。
 19世紀に入ると、ゲーテの『ファウスト』が発表される。ここではファウストは、絶え間なく何かを求め続ける現代的な人物の象徴として登場する。誤りも犯すが、最後は愛に値する人物である。ゲーテの『ファウスト』では、政治経済学者の言う「幸運な罪」が文学的に表現されていると言えよう。
(略)
この物語には、悪魔と取引しても最後に勝つのはわれわれなのだ、という異端の思想が見え隠れする。
(略)
ゲーテの次なる新機軸は、ファウストと悪魔の取り決めを、従来の契約から賭けに変えたことである。
(略)
哲学的に言えば、この作品が残した最も重要な遺産は、進歩は絶え間ない「否定」にある、すなわち伝統的な倫理観を覆すことにある、とする歴史観である。これはゲーテからヘーゲルヘ、そしてマルクスヘと受け継がれ、近代の思想に決定的な影響を与えた。

金聖嘆「快哉三十三則」

万事は移ろうとしても、美の一瞬は過ぎ行く流れの中で捉えることが可能であり、そうした一瞬一瞬を愛でるところに老子の教える人生の知恵があった。その精神は、17世紀の批評家金聖嘆が友と数日寺にこもったときに書き留めた「快哉三十三則」によく表れている。ここではその中から五つを挙げよう。


 「食事の後何もすることがなかったので、古い長櫃の中身を整理しようと考えた。すると中から、何十枚、何百枚と借用証が出てきた。我が家にお金を借りた人たちが書いたものだ。その中にはもう死んでしまった人もいたし、まだ生きている人もいたが、いずれにせよ金が返ってくる見込みはない。私は一人しずかに証文を束にすると、たき火にくべた。やがて空を見上げると、最後の煙がかすかに立ち上ってゆくのが見える。ああ、これが幸福でなくて何だろうか。
 目覚めると、歎き声と、昨晩誰かが死んだと話す声が聞こえた。死んだのは誰かと訊ねると、この町でいちばん狡猾で抜け目のない男だとわかった。ああ、これが幸福でなくて何だろうか。
 夏の日の午後、赤い大きな皿の上で、緑の瑞々しい水瓜を鋭い包丁で切る。ああ、これが幸福でなくて何だろうか。
 窓を開け、蜂を外に逃がす。ああ、これが幸福でなくて何だろうか。
 誰かの凧の糸が切れるのを目撃する。ああ、これが幸福でなくて何だろう」
(略) 
ロマン主義が花開き、西洋の人々が自由気ままに精神を遊ばせる楽しみを知るのは、金聖嘆がこれを書いてから二世紀ほどもあとのことである。

よい暮らしという観念の消滅

 よい暮らし、よき人生という観念は、かすかな余韻こそ残っているものの、もはや欧米では公的な議論には上らない。政治家は選択や効率や権利保護といった論拠は持ち出すが、「この政策は国民の意義深く品位ある生活に資するものと確信いたします」といったことは目にしない。私的な議論も同様の傾向にある。
(略)
 こうした傾向は、本能的な物欲からいっさいの制限を取り払うという影響をもたらした。よい暮らしというものが存在しないなら、物欲に絶対的なゴールはなくなる。あるのは、「他人と同じだけ」あるいは「他人より多く」という相対的なゴールだけだ。このゴールは他人もめざしているのだから、永遠に遠ざかるばかりである。
(略)
[ロールズ以来]自由主義の思想家はこぞって中立性を重視するようになり、さまざまな倫理観について公の立場は中立を保つべきだと主張している。
(略)
1960年代までは、自由主義は第一義的には寛容の思想であって、中立の思想ではなかった。この差は重大である。単に先見や偏向がないこととはちがって寛容は積極的な徳であり、忍耐、平静、快活、プライバシーの尊重を包含する。寛容は、ある倫理観やある宗教観への公的な支持を排除するものではなく、それ以外の思想を配慮と尊敬をもって扱うことだけを要求する。また、許しがたいものにまで寛容を示すにはおよばない。これに対して、中立であるということは、あらゆるものについて一貫して中立であるということだ。屍姦愛好者、ネオナチといったものに直面すると、中立国家はジレンマに苦しむが、寛容な国家にそういうことはない。
(略)
 公の場から倫理判断が排除されたことは、経済学の分野で一段と重要な意味を持つ。世界中の大学やビジネススクールで経済学が教えられている今日では、なおのことだ。経済学者は(と一般化して言ってもそう誇張したことにはなるまい)、欲望に対して判断を下すことを用心深く控えている。「経済学においては、もっと食べたがることの正当性やもっと高級な車を欲しがることの軽薄さを批判したがる輩には、たちどころに修業不足の絡印が押されてしまう」とガルブレイスは指摘した。経済学者であれば誰でも、すくなくとも何らかの限度までは、欲望を満たすことに異存はない。だが欲望それ自体については、潔癖なまでに無関心である。
 経済学のこの奇妙な姿勢は、この学問のルーツすなわちアリストテレスに叛旗を翻し、経験主義を標榜したことに由来する。この反乱の首領格であるジョン・ロックは、こう書いている。「古代の哲学者は、最高の善は富にあるのか、肉体的快楽にあるのか、徳にあるのか、瞑想にあるのかなどと無意味な問いを発していた。この調子で、最高の美味はリンゴにあるのか、スモモか、木の実か、といったことも合理的に議論できたにちがいない」。
(略)
この懐疑的な視点が、「欲望を所与のものとする」立場として経済学の中心に据えられることになる。(略)
欲望とはありのままの心理的事実にすぎず、罪もなく誤りもない。よって、本質的に望ましい生き方は存在しない。存在するのは各人が望んだ生き方だけである。
 近代以前の経済思想を支えてきた要石がこうして外されると、他の石もあっという間に崩れ落ちた。まず、必要と欲望の区別がなくなった。必要とは、伝統的な見方では客観的なもので、生存あるいはよい暮らしのために欠かせないというほどの意味である。対照的に欲望は心理的なもので、欲しがる人の頭の中にある。必要と欲望は互いに無関係である。
(略)
 よい暮らしという概念を捨ててしまった現代の経済学にとって、必要と欲望を区別することに意味はない。
(略)
 続いて崩れ去ったのは、「十分」という観念すなわち「足るを知る」ことである。
(略)
 そして最後に崩れた重要なものは、使用価値という概念である。現代の経済学は、この重要な概念を用いなくなった。
(略)
19世紀後半になると、マルクスヘの反動もあり、経済学者はこの概念を取り上げなくなる。(略)
[カール・メンガーによれば]価値とは、効率的な人間が自分の自由に使える財の重要性について下す判断である」。この新しい価値の概念は「効用」として知られ、その後の経済学の標準となっている。効用は純粋に記述的な概念であり、欲しいものについて語るが、欲しがるべきものについては語らない。私がワインよりコカインに金を払いたいと考えたら、コカインが私にとってより多くの効用を持つというだけである。
(略)
ロールズ以降の自由主義新古典派経済学は、いずれもある生き方が他の生き方よりよいと公に認めることをいっさい禁じている。どちらの思想も、個人がある生き方を「よい」とすることには反対しないし、その生き方をするために必要以上に働いても咎めない(彼らの「効用関数」がそうなっているなら、誰が反対できるだろう)。だがこの許容は、見かけほど寛容ではない。人間のような社会的動物は、よい暮らしを基本的に他の人たちと共にする。
(略)
 言うまでもなく自由主義社会においては、人々が集団でよい暮らしをすることは禁じられていない。ユートピア主義者やある種の信徒はまさにそれをしている。だがそのような集団が存続するためには、周囲の文化から承認されなければならない。このことは、より深い意味で、よい暮らしが基本的には公的な性質を持つことを浮き彫りにする。もし世間から認められなかったら、その集団は不信と反感のうちに内部崩壊するだろう
(略)
 欲望がとめどなく拡大するようになったのは、よい暮らしという観念の消滅が原因と考えられる。貪欲になりがちな傾向はいつの時代にも認識されていたが、従来は禁止や理想によって抑えられていた。だがいまや、禁止も理想もなくなった。よく生きるという理想から解放され、羨望と退屈に助長された欲望は、神話の怪獣ヒュドラの頭よろしく増殖している。

次回につづく。
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