「貧者を殴り倒そう」ボードレール語録

ボードレール語録 (岩波現代文庫)

ボードレール語録 (岩波現代文庫)

  • 発売日: 2013/04/17
  • メディア: 文庫

「貧者を殴り倒そう」(『パリの憂愁』)

 それまでの二週間、私は部屋に閉じこもって、当時(十六年か十七年前)流行の書物にとり囲まれていた。私が言いたいのは、諸国民を二十四時間で幸福に、賢明に、裕福にする術が論じられた書物のことだ。というわけで私は、あの公共幸福業者たちすべての、――貧者たちすべてに奴隷になるように勧める者たちや、貧者はみな廃位の王なのだと貧者たちに信じさせようとする者たちの、――珍案をことごとく吸収した、――いや、鵜呑みにしたのだった。――私がそのとき昏迷あるいは愚鈍に近い精神状態にあったとしても驚くには当らないだろう。
(略)
 そして、ひどく咽喉が渇いた私は外出した。というのは、ろくでもない本を入れ込んで何冊も読んだりすれば、その分だけ外気と咽喉を潤すものが必要になるからだ。
 私がとある酒場に入ろうとすると、乞食がひとり私に帽子を差し出し、その眼差しときたら、精神が物質を動かし、催眠術師の目が葡萄を熟させるものなら、王座をもひっくリ返しかねないあの忘れがたき類のものだった。
 同時に、ある声が私の耳に囁くのが聞こえ、それが誰の声なのかよく分かった。それは、どこへでも私に付き添ってくれる、善〈天使〉の、あるいはよき〈ダイモニオン〉の声だった。
(略)
「それを証明できる者のみが他者と平等であり、それを勝ち取る術を知る者のみが自由を得るに相応しい」と。
 ただちに私はその乞食にとびかかった。拳骨一発で彼の片目を見えなくし、するとその目はたちまちボールのように腫れあがった。彼の歯を二本折るのに自分の爪がひとつ割れ、生まれつき華奢だし、ボクシングの稽古もあまりしたことがなかったから、自分がこの老人をさっさと殴り倒せる自信がなかったので、私は片手で彼の服の襟首をおさえ、もう片手で咽喉もとを掴んで、その頭を激しく壁にぶつけ始めた。白状しなくてはならないが、私は予めあたりを一目見渡して、この人気のない郊外では、自分が、まあしばらくはいかなる警官の目も届かないところにいることを確認しておいたのだ。
 それから肩甲骨が折れるくらい強く背中を一蹴リし、この弱った六十爺をひっくリ返した後、私は地面にころがっていた太い木の枝を手に持って、ステーキ肉を柔らかくしようとする料理人のように、しつこく力を込めて彼を殴りつけた。
 突然、――これこそ奇跡だ!これこそ自分の理論が優れていることを確認する哲学者の喜びだ!
(略)
[老乞食に逆襲され叩きのめされた]
――荒療治が効いて、私は彼に誇りと活力を取り戻させたわけである。
 そこで私は、こちらはもう争いは済んだと思っている旨を知らせるために何度も合図し、まるでストア派ソフィストのように満足して、私は彼にこう言った。「あなたと私は平等ですよ!どうか私の財布を分けさせてください。あなたが本当に博愛家なら、あなたの同業者たちから施しを求められることがあれば、苦痛〔原稿で「光栄」を「苦痛」に訂正)にもお背中で試させていただいた理論を、同業者諸君すべてに適用すべきことをお忘れなきようお願いいたします」。
 彼は、私の理論を理解したし、私の勧めに従うと、私にしかと誓ったのだった。

[解説]

(略)残された自筆原稿では、印刷された分のあとに、改行して「これをどうお思いかね、市民プルードン」という呼びかけの表現が続いている。印刷の際にこれが削除されたのは、ボードレールの意図に沿ったものなのか、[死後編纂者の判断なのかは不明](略)
執筆が1865年頃だとすれば、語られている出来事は、二月革命から第二共和政初期に設定されていると判断される。
(略)
 二月革命に銃を取って参加し、さらに六月の労働者の蜂起の際にピエール・デュポンとともに叛徒側について活動したと伝えられるボードレールも、プロレタリアートが政治の舞台から完全に排除されてしまった八月の段階では、性急な行動を控えるよう説くプルードンに耳を傾けざるをえなかったようだ。
 革命には賛同できないが、一旦起こった革命の成果あるいは結果は尊重するというのがプルードンの基本姿勢である。
(略)
[プルードン二月革命七月革命]を非難しないのと同じく、この蜂起[1848年の六月蜂起]も非難しない、つまり私はこれを容認するのだ」と述べている。しかしたとえ六月蜂起が勝利に終わったとしてもそれに賛同することはなかっただろうという。そのあと騒然とした状況が続いたに違いなく、叛徒たちが期待した成果が、さらにそれに勝る害悪に打ち消されずにすんだとは思えないというのだ。プルードンは、労働者たちのこの叛乱を正当防衛と見たのである
(略)
二月革命からその数箇月後までの短い期間だけに注目すれば、ボードレールは、ブランキという行動のダイモニオンの声に耳を傾けたあと、禁止のダイモニオンたるプルードンに同調するようになったのだと言えよう。
(略)
 それでは、これ[乞食の虐待、反撃、平等成立]が、六月蜂起を遠まわしに表現しているという解釈は成り立つだろうか。プルードンは、もともと国立作業場開設には賛同しなかったが、これの閉鎖決定に反対して立ち上がり、ついに敗北した叛徒たちを擁護して、「フランスの労働者は仕事を求めているのです。だから仕事を与える代わりに施しをすれば、叛乱を起こします」という見解を示している。(略)
国立作業場が、革命によって承認された労働権(労働によって生活する権利)を前提にした施設である以上、これに所属する労働者たちの賃金を「偽装した施しと呼ぶこと」がこの権利を尊重することだったのかと問い、彼らが乞食扱いされたことに異議を唱えている。プルードンのこのような発言に照らせば、散文詩の話者が、「施し」を求める乞食に暴力を用いて「誇り」を取り戻させたということは、貧者をプルードンの言う誇り高い「フランスの労働者」の型に力ずくで嵌め込んだということなのだと理解することもできよう。
(略)

世界はやがて終わりだ(「火箭」15)

 世界はやがて終わりだ。世界がまだ存続するかもしれない唯一の論拠は、現にそれが存在していることだ。
(略)
機械が我々をまったくアメリカ化してしまい、進歩が我々の中の精神的な部分全体をすっかり萎縮させてしまうから、空想家たちの冷酷な、冒瀆的な、あるいは反自然的な夢想のうちのどれひとつとして、進歩の実際の結果〔のひどさ〕には及ぶべくもないだろう。私は、ものを考えている人誰にでもいいから、生というものの何が存続しているかお尋ねする。宗教の領域では、わざわざさらに神を否定することくらいしか破廉恥なことは残っていない以上、宗教については語るも無駄、その残骸を探すも無駄だと私は思う。私有財産は、長子相続権の廃止とともに事実上消滅していた。
(略)
わずかに残る政治は、全般に広がる獣性に包囲されて悪戦苦闘することになるだろうし、統治者たちは、ふみとどまるため、秩序の幻影をつくりだすために、今日の我々の人間性がこれほど無感覚になってしまったとはいえ、これをも戦慄させるような手段に訴えることを余儀なくされるだろう、と私が言う必要があろうか。――その時代になれば、息子は、異様に早く貪婪になって、18歳どころか、12歳で親離れし、家を飛び出すことだろう。息子が家出するのは、英雄的な冒険を求めてではないし、塔に閉じ込められた美女を救出するためではないし、崇高な思索によって屋根裏部屋を不朽のものとするためではなく、店を開き、金持ちになって、低劣なパパと張り合うためなのだ
(略)
正義は、その裕福な時代にまだ正義が存在しうるとしての話だが、一財産をつくるすべを知らない市民を禁治産にさせるだろう。――お前の妻は、〈ブルジョワ〉よ!正妻だということで、お前にとっては詩になっているお前の貞淑な愛妻は、これからは、恥辱も〔正妻という〕適法性の範囲に持ち込んで非難の余地のないものとし、お前の金庫の番人となって、それを油断なく守り、それに恋し、囲われ女が完璧な理想と仰ぐ代物にすぎなくなってしまうだろう。お前の娘は、子供のまま年頃になって、ゆりかごの中で、百万で身売りする夢を見るだろう。
(略)