ジブリ汗まみれ・2 鈴木敏夫

浦沢直樹:『母をたずねて三千里』の影響

浦沢 「あっ、これいいなあ」なんて思った構図って、案外、宮崎さんも関わった『母をたずねて三千里』あたりからの影響が大きいんですよ。
(略)
[四週に一度やってくるうまい人が描いた回にクレジットされていた、大塚、高畑、宮崎といった名前を見て、違うジャンル、違う会社なのに出てくる、この人たちは誰なんだろうと思っていた]
「このアニメーションは影が違う」って、いつも言ってたような気がする。「すごいや、影が!」って。(略)
マルコが、タタタタッと走って、トンネルの下に入った瞬間に、クッと影になる。キャラが暗くなって、それでまた向こうに抜ける時に明るくなったりとか、そういう影の表現が、「ただごとじゃないわ、これ」って。
(略)
魔女の宅急便』とか『紅の豚』とか、あのへんを観ると、「ああ、『母をたずねて三千里』、懐かしいなあ」と思ったりします。
鈴木 そうです。その時々のネタで、同じことやってる。全部、イタリアになっちゃうんですよ(笑)。最初は違うところでやろうって言ってても。『ハウルの動く城』もね、最初はイギリスを舞台にしてやろうなんて言ってたんですけど、宮さんが途中でぼくのところにやってきて、「どうしよう、鈴木さん、またイタリアになっちゃった」って。(略)
[高畑勲は『自転車泥棒』とかあの時代のイタリア映画にしようとしてる]
絵を描かないくせに、実は空間感覚が一番あったのは、高畑さんなんですよ。(略)
浦沢 そう。『三千里』での、手前と向こうの多重構造になっている画面効果ね。暗いところから明るいところを見るとか、そういうのが多いんですよ。
鈴木 宮さんは、そういうことを高畑さんからガチガチに教えられたというのか、勉強させられた。で、がんじがらめで映画を作ってきた。あと、宮さんと高畑さんとの中でそうだったらしいんですけど、たとえば、“魔法”というのは禁じ手だったらしいんですね。(略)
[コナンが飛びおりて、「ビイ〜ン」となるのは]
高畑さんがいたら、できなかった。(略)その後も宮さんは、延々と言ってましたよ。「高畑さんに怒られる、怒られる」って。「怒られるけど、一回やってみたいんだよ」って。(略)
そういうことで言うと、『崖の上のポニョ』は、ほんとに宮さんの思いどおりにやっていますからね。一度そういうことを全部やってみたかった。高畑さんの呪縛からの脱出。

押井守:『イノセンス』について

押井 当時、たしかに自分の身体もすごく調子が悪くって、不健康だった。『攻殻』を終わった時に犬と暮らし始めて、少しわかったんですよ、それが。
 犬はさ、自分の身体をどういうふうに意識してるんだろうって。で、もしかしたら、人間だけが自分の身体について考えているのかな、っていう話だよ。(略)
機械の身体と、獣の身体と、人形と。三つ並べてみて、自分はどれを選ぶんだっていう、ただそれだけの映画だもん。(略)
脳みそはどうでもいいんだよ、もう。どうでもいいっていうか、みんな、人間の実体を、なぜ脳だと思うんだろう。
(略)
[養老孟司と対談して]
やっぱり同じようなこと考えてるんだこの人は、って思った。
 ようするに、「自分は、ほとんど人形として生きてます」っていうさ。自分が、「ここにもう一人の自分がいる」という瞬間は、実は24時間の中で、たかだか1時間か2時間に過ぎませんよ、と言ってたの。あとは、習慣だけで動いてるし、身体が動いてるだけだと。“自分”は置き去りになっているだけで。(略)
「じゃあ、人間の本質は何だ」っていったら、脳とか神経系以外に何が人間を支配しているんだというと、ぼくに言わせれば、それは、具体的な肉体のことじゃないと。自分が――自分の身体っていうのをどういうふうに意識化しているかという、言ってみれば、“言葉”なんだよね。人間を人間たらしめているのはマルキストの香りが残ってる」って言ったんですよ。