吉本隆明 全対談集12

吉本隆明 全対談集12』(青土社
吉本隆明の現在」芹沢俊介(1986年)

世界視線

吉本 「人間」という概念は、19世紀の発明品で、べつに永遠不変の概念でないというフーコーの考え方は考古学的だと思います。世界視線という考え方の出所は、むしろ像を上方から視るところの像(視線の基盤である地勢を上からみる視線)というところにあり(略)
迂回路を通って〈倫理〉が存在しえない場所に〈倫理〉を存在させることによって成立ってきた19世紀的な知の宗教を脱構築したいというモチーフがぼくにはあります。〈倫理〉は死の領域からこちら(現在)を俯瞰するところにしか存在しえないと思います。フーコーのモチーフはやはりそれに近い問題を含むのではないのでしょうか。

「都市とエロス」出口裕弘(1986年)

出口の最近の学生はホント重い文学を嫌うという話から

吉本 ぼくも重いものは駄目だなというふうに考えるんです。(略)
現代の作家の重い、軽いで言えば、村上春樹とか椎名誠とか、その程度がいちばん重いところで、それより重かったら相手にされないということがあります。(略)
 感覚としてならば、結構重いものもいい。もちろん、軽いものもいいんだけれども、重いものもいい。しかし意味として重いものはそんなに長時間は耐えられない、ということになっているような気がするんです。そして、意味として重いということの問題は、かなり切実な「いま」の問題のような気がしているんです。(略)
書かれたものでも話されたものでも、意味を考え込まざるをえないようなことは何も言ってないよ。何も言っていないのと同じにもかかわらず、言葉で感覚を放出しているという人たちはいるんです。(略)
 おしゃべりでも同じです。テレビなどを見ていると、ぼくらの年代に近い人で大島渚とか野坂昭如とかよく登場してくるでしょう。そうすると、言っていることの意味が重たくて、これはもう違和物だという気がしてしょうがない。それは覆いがたいです。どうしてかといったら、かれらの言ってる表現はぼくたちと同じで、短時間のうちに意味の濃いことを言おうというのがあるんです。(略)
 何か重たいんだ。意味として意味を表現しようとしていることが重たいんだ。そこの感性といったものはぼくの考えでは、たぶん逆戻りすることはないんじゃないか。これは、一種「来たな」という感じがぼくはしています。

漱石的主題」佐藤泰正(1986年)

吉本 (略)小林秀雄小林秀雄と同時代の仏文系の文学者たちは、漱石をほんとの意味では読んでないと思うんです。(略)漱石の作品の中には、一種の構成上の単純さとか不備とかがあります。描写があまりに観念的、抽象的すぎて、小説作品としての体裁をある意味では無視して自分の主題を書ききっちゃっているという作品です。そういう作品は、とくに初期の小林秀雄なんかにとっては粗雑に見えたということがあると思うんです。
(略)
小林秀雄の批評がどうしてだめなところがあるかというと、漱石が突き当たった問題にムキになって突き当たって、倫理的にムキになって解こうとしたところがほとんどないからです。ドストエフスキイ論のいくつかがそれに該当するだけで、それ以外では、正面衝突はしないで、やや距離をもってすれ違った。そしてすれ違ったときに一瞥してみた、そういう片づけ方をしています。それは、小林秀雄という批評家を小さくしちゃったし、だめにしちゃったと思います。

漱石の同性愛的傾向

漱石のばあいには、世界がぜんぶ同性だといいますか、「均質な性」をもっている(略)
女性に対して、〈性〉を第一義としているよりも、〈人間〉を第一義としているというふうに対応する。そうするとたぶん、奥さんはキツくなったんだと思います。(略)みんなが〈人間〉としてしか見えないという形で、漱石の観念の世界はできあがっていた。そうすると、女性は、そういう世界に対して、違う場所から〈異物〉のように入ってくる以外に入り方がない。まるで違う世界からきた〈人間〉なんだというふうにしか、女性は、漱石の観念の世界には入っていけない。そんなことがあったんじゃないかなと、ぼくは思います。

文体

吉本 (略)個人がもっている文体が、ある時代の流布されている書き言葉の傾向とうまく合致したときに、その作家はその時代を象徴する作家だということになると思うんです。
 鴎外は、そういう意味では自己の文体と、文体が接触しうる時代の言葉とがあまり隙間がないような形でいつも作品を書いているように思うんです。それが自然主義の作家だったら、隙間がないどころではなくて、一種の時代の言葉に淫するというか、それに浸りきったというところで作品を書いていると思います。
 ところで漱石は文体的になにをいつでも狙っているかというと、強いて空想的な比喩でいえば、自分のなかに、英文学の作品の文体があって、もう一方に、自分が日本語で可能な作品を形成する文体のイメージがあって、いつでもその落差を埋めようというところで、自分の作品を書いたような気がするんです。
(略)
 その冒険がうまくいかないときには、漱石の小説は高等講談だなんてよく悪口を言われたような、悪い意味での観念性の濃い作品ができてしまいます。しかし、それは漱石の格闘の仕方がほかの作家よりはるかに高次元にあったために、どうしてもそうならざるをえないということがあったように思うんです。

「定型・非定型の現在と未来」岡井隆(1978年)

吉本 初期の「あららぎ」つまり子規とか、長塚節とか、伊藤左千夫とか、赤彦とかに漠然と感じたことは、その描写の精密さにくらべて、喚起される内容が非常に貧しいということです。それがなぜなんだろうかなというのがよくわからなくて、古い歌の自然描写を見ていくと、言葉では粗雑な大まかな自然描写にすぎないのに、こっちに喚起されてくる内容は非常に強烈で大きい。それはやはり近代で、写生ということを間違えたんじゃないか、『万葉』なら『万葉』の自然描写を間違えたんじゃないかな。
(略)
近世の歌が『新古今』的であり、しかも『新古今』よりも平板なものになっちゃっているということに対するアンチテーゼから、一種の印象派じゃないけれども、戸外の光線で静物画を描けば、それはものすごく新鮮な歌になるということが子規なんかにあって、結局非常に緻密な自然描写になっていった。それはたぶん、言葉の調べということと関連するわけでしょうけれども、一種の叙述性を殺すのがリアリズムなんだと考えたところが、問題なんじゃないか。つまり、写生という観念が決定的な誤解なんじゃないかというのが、ぼくの考え方なんです。(略)
それじゃ「あららぎ」の正反対と考えて、折口信夫の歌はどうか。緻密な自然描写があるわけじゃないし、それほど歌を作る執念があるとは思えないけれども、しかし一種の調べ、韻律の叙述性みたいなものをものすごく喚起させるように言葉を使っていて、歌がまた別の問題として出てきちゃう。本来ならば子規が、それを初めから同時に持ってなくちゃならなかったものを、それが他の人の役割になってしまったということがある。それは折口信夫がそうであるし、前川佐美雄がそうであるし、斎藤史がそうでしょう。
(略)
古歌が自然に備えていた叙述性が、どういう形で近代の中でよみがえるべきなのかということは考慮の外において、描写の緻密性だけを追って行ったことが、近代の短歌の分裂の根本だったんじゃないか。そこに最初の誤解があったんじゃないかというのが、ぼくが持っている大よその鳥瞰図なんです。

「宗教の体験」笠原芳光(1978年)

吉本 それから、戦後にぼくががっくりして考えたことは、天皇を絶対者として信仰することと、自分が科学をやってることはどうして矛盾しなかったのかという疑問ですね。天皇を神とするのが迷妄だとすれば、迷妄と知識とは同居できるってことの恐ろしさね。これに対して何か解決が与えられなければうそじゃないかと思いました。

「作家への視点」山田有策(1981年)

語り手と登場人物の内面性とは(まるで)違うんだということが作品の芸術性というものを作っているかも知れないと思います。(略)
語り手が語ったよりも登場人物の考えたり、感じたりしたところはもっとたくさん奥行きがあるというふうに、そこに出現してしまうわけです。そうするとそこで語り手と登場人物は分裂してしまうというふうになります。(略)
漱石が机に向って『明暗』を書いています。その書いていた夏目漱石人間性、内面性というのは、『明暗』を書いている作家・夏目漱石から『明暗』の登場人物たちを支配しているように見える。統御しているように見える語り手というものをマイナスしてしまえば、その概念の中で漱石の内面性というのが出てくるのではないでしょうか(考え概念)。そうすると『明暗』の中に漱石の内面性は考えられると思います。それは多分語り手とも違う、登場人物とも違う何かとしてそこにあると思います。(略)
作家も語り手も一緒くたにして考えてしまったり、語り手も作家もいらない、とにかく作品として享受できるものが「作品論」なんだというものをやれば本当は語り手の思うつぼになってしまうという気がします。