臆病者のための裁判入門

本人訴訟を手伝った顛末がメインなのですが、それを後回しにして日本裁判事情を先に。

臆病者のための裁判入門 (文春新書)

臆病者のための裁判入門 (文春新書)

ディスカバリー(証拠開示手続き)

[アメリカの民事訴訟では守秘義務のあるもの以外は、訴訟での争点に関するあらゆる情報を得られるが、日本では]
強制力を持った照会を行なうためには裁判所から文書提出命令を出してもらわなければならないが、それ自体が争点になって審理が長引く(略)
 こうしたきびしい制約があるために、日本では訴訟を起こす前に自力で証拠を集め、事実関係を立証できるようにしておかなくてはならない。それに対してアメリカでは、広範かつ強力なディスカバリー(当事者照会)が認められているために、原告は最低限の証拠でとりあえず訴訟を起こし、その後に当事者照会で必要な証拠を入手して事実関係を確定し、それに基づいて有利な和解を模索しようと考える。医療過誤訴訟などでは、原告の目的は損害賠償というよりも、ディスカバリーを通じて医療機関に証拠の開示を求め、なにが起きたのか真実が知りたい、ということにあるという。

  • 弁護士費用保険

日本特有の本人訴訟の多さにより、素人が民事裁判を混乱させ司法インフラが機能不全に陥っている。日弁連は「弁護士費用保険」が普及すればもっと弁護士を利用しやすくなるだろうと期待している。実は日本でも販売されているがその利用率は0.05%

この低い利用率は、保険契約者が弁護士費用保険の特約を知らないのが大きな理由だろう。(略)保険の契約件数は1400万件もあるのに、利用者がいなければ保険料は損保会社の丸儲けで、弁護士には一銭も入ってこない。逆にいうと、保険の請求率がきわめて低いとわかったからこそ、損保各社が競って弁護士費用保険の特約を販売しはじめたのだ(2000年に弁護士費用保険がスタートしたときは、契約件数はわずか7400件だった)。
 自動車保険や火災保険、傷害保険などに加入しているひとは、弁護士費用保険の特約の有無をいちど確認しておいた方がいい。

依頼人は弁護士の出来不出来がわからないから不安だが

 弁護士が少額の依頼を警戒するのは、依頼人と揉めることが多いからでもある。そもそもふつうのひとは、損をするのがわかっているような裁判などしない。一般的にいって、経済合理性を度外視して裁判に訴えるのはヘンなひとなのだ。
 どんな弁護士でもそうだと思うが、もっとも神経質になるのは依頼人とのトラブルだ。

[事件]
新井さんのバイクを借りたトムが事故に、責任は相手ドライバーに、A損保・栗本は先方のT海上とも過失割合20対80で合意してるが相手ドライバーの説得に手間取っていると説明して八ヶ月経過、だが著者がトムにかわりT海上に問い合わせると自損自弁処理されていた。A損保を追求すると申し訳ないちゃんと保険金を払うとなったが、クビを恐れた栗本が頑として非を認めず、そのうちA損保もこのままうやむやしてしまおうという態度に。

 もっともかんたんなのは、トムに「あきらめたほうがいい」と伝えることだ。A損保は12万円の保険金をすぐにでも払うといっているし、まがりなりにも自らの非(「不手際」と彼らはいっていた)を認めて謝罪してもいる。納得はできないだろうけれど、これ以上こだわっても面倒なだけだから、嫌なことは忘れて楽しく暮らすのが大人の正しい知恵だ。
 とはいえ、A損保が交渉を打ち切ったのは、そんな私たちの足元を見たからでもある。

法テラスで相談して100万円の民事調停申し立てに。

[調停委員がA損保代理人を呼び]“損保会社としてあってはならないことをした”ということはA損保も認めているのだから、ここは10〜20万円の解決金を支払って和解にすることはできないか、ぜひ検討していただきたい」と調停案を示した。(略)
[一ヵ月半後の第二回調停、調停委員は、A損保は支払いできないと言っている]
これではあなた方は納得できないでしょうから、調停は不成立とします」と述べた(略)
 その後、窓口で「調停不成立証明書」を受け取る。2週間以内に訴訟を起こした場合、民事調停で納めた印紙(5000円)を裁判でも転用できるのだという。

再度「法テラス」で相談、A損保の態度はヒドイが裁判すれば99%負ける弁護士は誰も引き受けない、本人訴訟しろと勧められる。
小額訴訟で申し込むと窓口で簡易裁判にしてくれと言われ、再度申し込むと、複雑すぎて扱えないので東京地裁に提訴してくれと言われる。ところが地裁では地裁がやる事件じゃないと言われ

 「地裁から移送されてくれば簡裁だってやるでしょ。それに、彼らにもすこし勉強してもらわなくちゃ。ちょうどいい機会だよ」
 簡裁で審理してもらうのがもともとの希望なのだから、もちろん私たちに異存はない。(略)
 総括判事が話のわかるひとだったので、訴訟のことも聞いてみた。
 「損害賠償は無理だね」あっさりといわれた。
 「それは、訴訟なんかやっても無駄、ということですか」
 「そんなことはないよ。まあ、謝罪くらいはするんじゃないかなあ」

簡裁口頭弁論にたどりつくも

裁判官の最初のひと言を聞いて、私は椅子から転げ落ちそうになった。
 「この事件は簡裁では扱えません。地裁に移送することにします」
 「でも、地裁から簡裁に移送されたんですよ」なにがなんだかわからないまま、私は抗議した。「地裁に移送されたとして、そこでまた簡裁に戻されたら、ピンポン玉みたいに往復するだけじゃないですか」
 「その心配はありません」裁判官はいった。地裁から移送された事件を簡裁が地裁に再移送したら、地裁はその事件を引き受けるしかないのだという。
 「どうしてもダメなんてすか?」もういちど頼んでみた。
(略)
 「そういわれても、こんな複雑な事件は無理なんですよ」裁判官は急に気弱な口調になった。「表の札を見てくださいよ。ここで扱うのはあんな事件ばかりなんですよ」
 「あんな事件」というのは、消費者金融がらみの定型化した事件のことのようだった。

なぜ簡易裁判所は著者たちの事件を忌み嫌うか

簡裁判事は司法の世界の“二級市民”だった。司法試験を通っていない彼らは、裁判の実務には詳しいが、法律の条文を解釈して判決を下すことに慣れていない。「こんな複雑な事件は無理なんですよ」という自虐的な発言は、彼らにすれば当然のことだったのだ。
 日本の簡易裁判は、地裁で扱うまでもない少額の民事訴訟を効率的に解決するための制度で、貸し金の返済や消費者金融への過払い請求など、定型化された事件を大量に処理するようにできている。(略)判事と検察官・弁護士で構成される民事・刑事の訴訟とはまったくの別世界になっているのだ。
 その結果、簡易裁判所は、訴訟請求額が少額でも法律上の争いがあるような事案を扱うことを極端に嫌う。このようにして、面倒な事件はすべて地方裁判所に回されていくのだ。

二回に分ける分量じゃないけど疲れたので明日につづく。