ロバート・ブロックで中原昌也

もう誰も覚えていない、四年ぶりに復活「kingfish.hatenablog.com」。
ロバート・ブロックから適当に引用して中原昌也ぽくなるのかならないのか、どうなんだいオレの筋肉ということで。

血は冷たく流れる (異色作家短篇集)

血は冷たく流れる (異色作家短篇集)

かれはまっすぐカウンターへ行った。今は人と話をして気分をこわされたくない。
目の前に、二人の男がいた。
「おれが引導を渡してやらあ。まっすぐ地獄へ旅行しやがれ」
これはひどい。ムードはみるみるこわれ始めていた。
「可哀想だと思ってやめたんじゃないぞ」と、男は言った。「てめえはみじめったらしい野郎だと思っただけだ。さっさと芝居をつづけやがれ」
たくましい男は、かれの足もとにぺっと唾を吐いた。
  * * *
ここでは、毎日、雨また雨だ。蟻を避けるために、石油をいれたドラム缶の上に小屋を立てる。それでも蟻はあがってきて、人間に噛みつく。何もかもがきちがいじみている。マリーが狂ったのも無理はない。雨は小屋の屋根をうち、人間の頭蓋骨をうつ。
  * * *
男は事の成り行きを知っていた。
恐ろしい噂が流れ、まじめな警告が聞かれ、みんなはずるずると町にとどまり、この男一人が逃げたのである。
むろん、避けがたい破局を避けようとして、できる限りの努力をした人もいる。そういう人の勇気はすばらしいと、男は思った。
どの車も死んでいた。そこから先の国道は車の墓場だった。
それらの車のなかの人間たちに起こった悲劇は、しかし、この男には、曖昧にしか想像できないのだった。車のもちぬしたちも、もちろん死んでいるのだが、その死はなぜか重要ではないように思われた。この男の考え方にはこの時代の影響があるのかもしれない。人は個人として尊重されることはますます少なくなり、その所有する車の種類によって判断されることがますます多くなっていた。
クリネックスの箱、むかしステーション・ワゴンの窓にぶらさがっていた模造の生首、くしゃくしゃにまるめた買物のメモ、精神病院を訪ねる約束のメモ。
ようやく町が始まるところまで来て、荒廃はいっそうひどくなった。街路には歩いていたと思われる人の死体があり、むきだしになった部屋部屋では、死に見舞われた瞬間の日常生活が、そのまま、くりひろげられている。これが行き着くところなのだ、こうして世界が終わるのだ。
  * * *
心臓があまりはげしく悸ち始めたので、思わず腰をおろした。目をつぶると、その場所の光景までがはっきり見えた。ちゃんと計画を立てれば、起こる可能性のあること。起こるかもしれないこと。いや、きっと起こるにちがいないこと…。すこし頭のおかしい連中、気がくるっているから、いつ犯罪をするかもしれない連中。新聞記事を読んだだけで刺激されて、火をつけられたようになる。
自分の記事を新聞で読んだ。それに刺激されて殺すことを思いついたのではないだろうか。水に映った自分の姿にほほえみかけた。水面を一つの影が横切った。その影は男の顔のように見えたが、へんに黒いのだった。水面をのぞきこんで、思わず息をのんだ。黒い部分は仮面だったのである。軍手をはめた二つの手が喉を締めつけた。
  * * *
何かのきっかけから、どこかの場所で、だれかが発見するだろう。
それは避けられぬことなのだ。
ここは埃と、くらやみと、荒廃の場である。
そのとき音がきこえた。
何かがどしんと落ちた音のようでもある。何かをどんとたたいた音のようでもある。
そして男の姿が見えた。
狂人を見ると、いつでも、こんなふうに恐怖がこみあげてくる。
ゆきあたりばったりに名簿をえらび、針を突き刺す。刺された名の人は死ぬ。そう、あの肥った小男なら、きっとそうするだろう。
単純明瞭だ。気がへんになるほど単純明瞭だ。
動かしたおぼえはない。手も触れなかった。だが針は磁針のようにこちらを指した。たぶん北極なのだ。この胸をつらぬく痛みのように、冷たい凍てついた所。北極。
こうしてつづく。いつまでもつづく。だがある日、避けられぬある日、どこかの場所で、だれかが発見するだろう…。