兄弟−刑務所の内と外で

大学教授で作家の兄と終身刑の弟の実録をチラ読み。

兄弟―刑務所の内と外で

兄弟―刑務所の内と外で

[兄]

ぼくが痛感していたのは罪の意識だった

ぼくが痛感していたのは罪の意識だった。ぼくは、やりたいようにやっていた。ぽくはピッツバーグから逃れ、貧しさから逃れ、黒い肌から逃れようとしていた。成功してひとかどの人間になるために、大学は自然で必要な第一歩に思えた。(略)
ぼくを見てくれ。ぼくはちゃんと逃げた。やったんだ。ぼくは過去にとらわれるのはいやだった。ぼくにとっては、はるばる遠ざかったものだ、と改めて確認するために家が必要だった。はるかかなたの学校で、本だ、試験だ、かわいい金持の白人の女の子だ(略)
みんながゲットーのもとのままの家にいるのを見て、ぼくは自分がとても運がいい人間に思えた、罪の意識にぴったり不安が寄りそっていた。ピッツバーグヘ帰ったときにいやでも出くわす貧しさや無知や危険をにおわせるものがわが身にしみつくのではないか、という不安だ。ぼくは汚染されていて、どこへ行ってもその毒素がつきまとうのではないかという不安だ。ぼくの中から悪い病気が見つかって癩病のように嫌われるのではないかという不安だ。(略)
ぼくに言わせれば、選択肢は二つしかなかった。二者択一だ。金持か貧乏人か。白か黒か。勝つか負けるか。(略)白人社会で成功するには白人みたいにならなければだめだし、白人ならピッツバーグに黒んぼの親威がいるなんて言いっこない。

お前が夏のキャンプでボーイとして働くというのでメーン州まで車で送ってやったときのことだ。(略)お前がラジオで次から次ヘブラック・ミュージックをさがしてはかけつづけていて、ぼくはずっと神経がピリピリしどおしだった。お前はそれをさがしあてただけじゃない。大声でいっしょに歌ったんだ。(略)お前はそれを、保守的な白人が乗るようなぼくの六六年型ドッジ・ダートの新車に乗って、マサチューセッツメーン州の避暑地へ向かう途中でやらかしてくれた。しかも後ろの座席には新婚ほやほやで白人のぼくの妻がいた。もうピッツバーグから遠ざかったのに、お前は気づかなかったのか。こんなときは、音量をさげてクラシック音楽をきくほうが歓迎されるぐらいのことが分からなかったのか。ぼくはすっかり変わってたのに、お前が黒んぼらしく振る舞って、何もかもあばいてくれたってわけだ。

おれは、ほんもののブルースの話をしてるんだ

大学に入って一年目、ぼくが寄宿舎に住んでいたころ、ある白人の学生にブルースが好きかって聞かれたことがあった。ぼくは、自分こそブルースだと思っていたから勢いこんで答えた。もちろんさ。(略)
お前、だれが好きなんだ。だれのだって、あるぜ。リードベリーもビッグ・ビル・ブルーンジーも。ライトニングだってレモンだってソニー・ボーイだってあるぜ。ブルーンジーは好きかい。奴の新盤を買ったばかりさ。
 こんな名前は、何ひとつ聞いたことがなかった。(略)このトロそうな白い奴は何を言ってたんだろう。奴のブロンドの髪の毛は長くて脂でべとべとしていて、ジェームズ・ディーンふうになでつけてあった。肌は青白くベビーフードのコマーシャルに出てくるかわいい白人の赤ん坊みたいにふっくらしていた。奴はいかにも生意気で、お前よりおれのほうがブルースについてよく知ってるぞ、という表情がみえみえだった。(略)
 ブルースさ。そればっかり聞いてるのさ。時によって好きな曲も違うさ。ミッドナイターズもいい。ドリフターズの新しい曲もいいな。
 おいおい、ラジオで流れてるリズム・アンド・ブルースのがらくたなんかじゃないぜ。ほんもののブルースってやつさ。地方のカントリー・ブルースだよ。年とった男がつまびいて歌うやつだ。
レイ・チャールズ。ぼくはレイ・チャールズが好きだ。
 おい、ありゃ、ブルースじゃないぜ。
 (略)ずーっとブルースを聞いてきたんだ。レイ・チャールズはたいしたもんだ。今いる中じゃ一番だ。どれがよくてどれが悪いなんて、どうやって見分けるんだ。あれは、ぼくの音楽だ。ぼくは生まれてこのかた聞いてるんだ。
 こいつ、まだロックンロールの話をしてやがる。それにお前のはリズム・アンド・ブルースだよ。(略)おれは、ほんもののブルースの話をしてるんだ。ビッグ・ビル・ブルーンジーの、な。一流の曲のことさ。
(略)
もう何度も頭の中で、とっくに、奴のふとったあごをなぐりつけてた。(略)あの、人を馬鹿にした笑いがけし飛んで、あごのあたりがべっとり血だらけになった。(略)ぼくの音楽、つまり大学の圧迫感に対するただ一つの救いとして昔から頭にしみこんでいた黒人音楽という個人の領域に、奴は入りこんできたのだった。(略)一番傷ついたのは、奴の言ってることが、嘘ではなかったことだ。あの男が白人で傲慢だからぼくはカッとなった。けれどもぼくをほんとうに傷つけたのは、ごまかしようのない真実だった。
 ぼくは奴をなぐらなかった。なぐるべきだったが、決してそうはしなかった。(略)奴の口元をなぐるのなら、あまりにも簡単だったはずだ。だからそうはしないで、ぼくはこの男を憎んだ。怒りと恥ずかしさと屈辱感で全身があふれそうになった。だからそのときの憎しみが、二十数年たった今でも生きている。寄宿舎の部屋は壁が青っぽい緑色で、床はむきだしの木、中にはおそまつな机とたるんだベッドがあるだけ。
(略)
ちょっとばかり事実をふりかざして、奴はぼくを窮地に追いやった。ぼくとは、だれだったのか。ぼくとは何だったのか。ぼくはそれほど、自分自身の本当の姿をこわがっていたのか。四〇〇年にわたる圧制と嘘の積みかさねが奴に力を与え、ぼくをやっつける武器としてぼくの仲間の音楽を利用させたのだった。(略)ぼくは奴をなぐるべきだった。ぼくは、奴がぼくについて知っているもう一つの真実、つまり黒んぼの暴力というものをしっかり見せてやるべきだった。

[弟]

あんたの弟は仙人になりつつあるのさ

さっき言ったみたいに、時間はあるんだ。山のようにあるんだ。ありあまるほど、あるんだ。(略)眠りにおちるまで、時間はすべて自分のものだ。ちきしょう。そう思うと朝がみじめったらしくなってくる。(略)
朝はみんな、押し黙ってる。みんな、むっとしてる。斜め前の奴を見てみろ。あいつ、かっと頭に血がのぼりそうだぜ。スプーンで人を殺しにかかるぜ。朝めしのときもみんな、食器の中ばっかりのぞきこんでる。食器に近づいて、その中に体ごと入りそうな勢いだ。看守だって、朝はうるさいことはいわない。おれも半分は何を食ってるのか分からない。できれば、朝めしなんか食わないでいたいぐらいだ。食いものはまずい。黒い奴らは不機嫌な顔して、しょったれてる。(略)食堂はしーんとしてるけど、みんな心の中じゃ、悲鳴をあげてるんだ。そういうものさ。昼ごろになって、やっと人に話しかける気になる。
(略)
この中であんまりいためつけられると、何もする気がなくなる。ムショにいて一番まずいことのひとつは、孤独な点だ。たぶん、一番まずいな。いつも、馬鹿は大勢いる。頭のおかしいのも、うじゃうじゃいる。だから、一人ぼっちにはなれっこないが、いつも孤独なんだ。ここに長くいればいるほど、おれは、だんだん後ずさりしてる。みんなといっしょのときでも、後ずさりしてる。自分の居場所がどうしてもほしくなる。(略)
くりかえし。いつもいつも、同じことのくりかえし。みんなといるところでも、同じことばっかりだ。朝めしのまずい食いものも同じだ。いやらしい看守も同じだ。一日一日がまるっきり同じだ。同じ単純な奴らが、同じ馬鹿なメロディーをくりかえしてる。明けても暮れても、毎日毎日。これには、いらつく。間違いなく、いらつく。(略)
あんたの弟は仙人になりつつあるのさ。この、おれがだぜ。(略)
おれがここへはじめて来たとき、仙人みたいな奴がいた。その何人かは年とった連中で、ここへ入ってから長かった。おれもその意味が分からなかった。でも今は分かる。

ファミリー・アフェア

弟が自分のことを歌っているようだというのが名曲『ファミリー・アフェア

子どもが一人おとなになって
勉強するのが大好きに
も一人子どもがおとなになって
盗みをするのが大好きに
ママは二人が大好きで
それも二人が兄弟だから