たけしの初恋、コッポラ娘とアバレンジャー

北野武インタビュー本と『菊とポケモン』二冊。

Kitano par Kitano 北野武による「たけし」

Kitano par Kitano 北野武による「たけし」

深見師匠

深見師匠が焼死したのは知ってたけど……。

1983年にね、金を少し持って師匠に会いに行ったんだ。(略)
[一人前になった]弟子が自分に小遣いを持ってやってきたことに感動するあまり、師匠はその晩、俺の成功を大声で知らせながら、浅草じゅうを練り歩いた。(略)俺の渡したはした金で、その日、師匠は酒とタバコを買ってさ、そうとう酔っ払って家に帰ったんだろうな。[寝煙草で焼死](略)
[訃報を知ったのは]「おれたちひょうきん族」の収録の最中だった。打ちのめされたよ。(略)今でも、本当に辛いし、苦しい。それに、罪の意識を感じる。俺のせいで、師匠は死んだんじゃないかっていつも思ってる。俺があんなふうにお礼をしなけりゃ、師匠はあれほど酒を飲まなかったんじゃないか、タバコも買わなかったんじゃないかって……。

初恋

 大学に入ってから、ある女の子と恋に落ちてね。年下のその彼女とは、長いことつきあったな。育ちも似てて、お互いに好きになって、すぐに一緒に出かけるようになった。驚くかもしれないけど、しばらくはプラトニックだったんだよ。初めて関係を持ったのは、出会ってから一年くらい経ってたときだったから。ずいぶん長いこと一緒にいたよ。七年かな。すごく良い子だった。今、振り返ると、本当に初恋そのものだったなって思うね。この娘は、なんか信じられない光を宿してた。人を幸せにする、縁起のいい光をね。
(略)
この子と一緒に生きていこうかなって、真剣に考えたこともあったもん。でも、少しずつ、彼女の存在が居心地良すぎるものになってきた、っていうかね、退屈になってきちゃったんだね。結局、うまくいきすぎたっていうかさ。この子といると、枯れてっちゃうんじゃないかっていうね、心の底では舞台とかコメディとかに燃えてるのに、ひからびていっちゃう気がした。それで、別れた……。

その男、凶暴につき

[監督を引き継ぐにあたり]
条件をひとつだけつけたんだ。台本に手を入れさせてくれって。で、オーケーしてもらったから、骨組みだけ残して、オリジナルの台本を主役の我妻と彼の妹に焦点があたるように書き直したんだよね。(略)
俺にとっては、まず何よりこの映画は、血、血筋を語る映画だと思った。日本では家族の血筋について語るのはタブーのような気風がある。我妻の妹は病弱っていうか、ちょっぴりいかれてる。我妻はそれをわかってる。最後に、彼が妹を冷酷にも殺すことになるのは、彼女と同じ狂気に襲われるのを恐れたからなんだよ。

アバレンジャー

ソフィア・コッポラの『ロスト・イン・トランスレーション』ネタのアバレンジャー

 2004年夏、ABCは子供向けテレビ番組『アバレンジャー』(長期シリーズ化しているパワーレンジャーのシーズン番組名)の一話として「ロスト・アンド・ファウンド・イン・トランスレーション」を放送した。前年にヒットした大人向け映画をあきらかに参照して、象徴的なひねりを入れながら文化の差異を描いた。
 米国でレンジャーたちが宿題をしているシーンから番組は始まる。宿題は二つの文化を社会科学として比較するプロジェクトだ。テレビをつけると、『アバレンジャー』の日本版が英語の吹き替えで放送されている。プロットはこのシリーズの典型だ。奇妙な姿のエイリアンと対決するレンジャーが、サイバー戦士に変身して様式化した動きと新式武器で戦い敵を倒す。おもしろいことに、テレビのなかの日本版『アバレンジャー』には典型的米国人が登場する。粗野でお金のことしか考えないスポーツ選手で、日本によい整体師を探しにやってくる、という設定だ。米国人は日本人のアバレブラックに背中を治してもらい、そのおかげで無駄な出費をしなくてすんで、二重の意味で日本に救われる。
 米国人として日本版レンジャーの番組を、二人のレンジャーはおもしろがって見るのだが、三番目のレンジャー、コナーは「こんなのおかしい!」と頭ごなしに否定する。彼は敵を「大したことないやつだ」と見くびり、米国人の描き方に反発する。「ぼくたちのスポーツのヒーローをバカにしているのか? この番組は日本でぼくたちがどういう風に見られているかをあらわしているよ!」。仲間たちが彼に、これはただのテレビ番組だし、想像を働かせて楽しめよ、と言うと、コナーは怒りを鎮めて言うことをきく。
 最後まで番組を見終わった三人は全員興奮して、コナーも「かっこいいじゃないか!」と認め(略)「ぼくたち(米国人と日本人)は結局そんなに大きくちがっているわけじゃなくて、ほんの少し解釈がちがうだけなんだ」。宿題を終えたコナーは、仲間たちにタイトルを発表する。「日本文化対米国文化――考えているよりも近い」
(略)
アイロニーをちりばめたこの一話では、それ[日本版]がオリジナルであるという事実は抜け落ちているものの、日本版が存在していることは認められている。外国制作の番組を締め出し、バカにしてきた米国のポップ・チャンネルの偏狭な自国優越感をからかっているのだ。

ロスト・イン・トランスレーション [DVD]

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